非恋愛主義(2)



なめ合うふたり サナギのおしゃべり 鴨女 セブンスヘブン ニオウ女

なめ合うふたり

女の口唇から嗅いだ喉の奥の匂いはマサルが子供の頃に何度も嗅いだ、プラモデルに使う深緑色の塗料のような匂いだった。
「わたし、運転すごい上手いと思うんですよ。友達とか男の子がいても、わたしが運転しちゃうってくらい。車の運転は十八からだから、七年くらいやってるんですね…」
ずいぶん若いと思っていたマサルは、実は自分と大して変わりない女の年齢にかえって親近感を覚えた。
マサルが女の上半身を跨いで顔面の上に尻を向けると、女は自ら積極的に肛門に舌を吸い付けてきた。その生暖かく、細やかな舌の感触は女の強い性慾を感じさせた。
「お尻すき?お尻すきなの?」
マサルが聞くと、
「ん?んーー?」
黙々とアナルを舐める女は熱中のあまりマサルの質問が聞こえなかったようだ。
「お尻好きだよね」
誘導尋問的にマサルが再び聞き返すと、
「…舐めるのは、好き…」
女は恥ずかしそうに認めた。
舐められながらもマサルはオーラルによるクリトリス攻撃を緩めない。ときどき女が舐める口から漏れる息づかいと、舌の暖かさが同時に異なる快感を与えた。
「はぁ…ぁはー、あーん、あーん、ぁはーーん、あはぁーぅん、うーん、うーん、うーん、うふぅーん、うーん、うーん……はぁ……(ためて高音で強く)っあーーん、あーーん……ぁはー…ああん、ああん、いや、ああん……、うーん、うふぅーん、(泣いてるように)はぅーん、はぅーん……はぁ、はぁ、はぁ……あっ、あっ、はぁっ、ふぅーん……はぁ…はぁ…うーーんにゃ、うーん、うーん…」
「ずっとこれでもいいや」
マサルが女に感想というより同意を求めると、
「ふん」
女は舐めながら生返事を返したが、マサルには納得がいかなかった。
「ダメ?」
「ふふふっ」
女は笑って応えたが、マサルはまだ足りなかった。
「いやじゃない?」
「うふぅーん」
声にならない女の返事にマサルはもう一度念を押す。
「イヤじゃないよね?」
「ん?む、ふふふふ」
マサルがあまりに執拗に聞いてくるので、
「どっちが…」
と女は笑いながら呆れていた。

ぼちゅっ…びちゅっ…ぶっちゅっ…女がマサルの局部を粘りよい舌づかいで愛撫する音が響いていたとき、
「♪春は何時でも、ときめきの夜明け、奏でるメロディ、恋の予感響かせ、BOY MEETS GIRL…」
と流れてきたBGMソングは大瀧詠一の「恋するふたり」で、その二回目の「BOY MEETS GIRL…」のところで、
「ぼーぃ、みー、がー」
と女の鼻歌がマサルの耳に微かに聞こえた。
「♪甘い君のささやきに…」
「うっん…うぁんっ…あっ…はぁ…はぁん」
まるで歌詞と連動するかのように女はマサルの陰茎を陰唇に含みながら深い息をもらした。それは喉よりもっと体の奥ほうから漏れているようだった。
マサルは挿入したまま女を抱き上げ、エッチ椅子に移動した。彼女の下半身は完全に床から自由となり、局部同士が女の体重によって密着されている状態になった。
「はぁぁぁ…はぁあぁぁ」
女の息づかいの間から、まださっきの曲が流れている。
「BOY MEETS GIRL…白い砂の上で、恋人たちは裸足の夏を待つ…」
曲につれて女の呼吸は速まった。
「しっかりつかまっててね」
マサルが女の尻の両側を握って、腕力に任せて激しく前後左右に揺らすと、
「っはぁああ…っああっ!…あうっ!…っううっ…うぁうっ、あうっ!あうっ!あうっ!あうっ!あうっ!あうっ!あうっ!あうっ!はあ!はあ!…っはああっ、はああ」
女は息をためて勢いよく出すのを繰り返しながら、徐々にその間隔は狭まり、やがて絶頂に達した。その荒くなった息をなだめるようにマサルは女に口づけした。
「ダンデュビ、デュビ、ダンダデュビ、デュビ…」
さっきの曲のエンディングが流れている。射精した後でも執拗に女の腰を押したり揉んでいると、
「あはぁぁああ…ううう…う゛っうううう…ううう…あううっ」
女の声は猫が交尾のときするような動物的な声になった。

熱いシャワーをあてながらマサルは指で女の局部をマッサージしていた。
「恥ずかしい…」
女がいうと、ならばとマサル、
「気をつけ!」
女を直立の姿勢で足は閉脚させたまま、シャワーと指二本で攻めた。水圧はさほどないが、二本指から三本、三本から四本、そして四本に親指も添えて…フィストファックに挑んでみたが、女は不意の攻撃に四本までは声が高まったが、拳骨でグリグリしはじめるや、
「あ、ん…あ、ダメ…いたい、ダメいたい、ダメダメダメダメ!お願い…あーん、あっ、あっ」
かなり慌てて股に手を当てて椅子に座り込んでしまった。
「ごめんごめん」
それでも中断してしまったことを早口で謝る女。
「大丈夫?痛かった?」
「うん。ごめん…」
女は余裕もなくうつむいていたが、しばらくして、
「うん!大丈夫」
と落ち着きをもどした。
「ごめんね…」
「いえいえ」
「シャワーって使う?…なんか…こういうプレイに?」
「ふふ。あーうーん、イヤ、使う子もいるよね、シャワーを家で…」
「指なんかに比べたらソフトでしょ?」
「うん…ソフトだけど…」
「結構気持いいと思うんだけど」
「うん。」
「ウォシュレットとか使ったことあります?」
「うん。トイレの時に」
「ちょっと気持ちよくなることないですか?」
「でも、この辺までは届か…あー、こうやれば届くか…」
「でも生理の時とかビデ機能があるんでしょ?」
「あれはでも、そんなに気持ちいいと思ったことない」

サナギのおしゃべり

マサルは馴染みになりかけの女の鎖骨に、家に転がっていたマッサージ機をあてがいながら、
「両親もこんな遊びをしてたのかね?」
と話しかけた。
「…何人兄弟なんですか?」
女が聞いてきたので、彼は正直に答えるべきか、適当に嘘で答えようかと二、三秒間考えて、結局、一人っ子というウソをついた。
「寂しいうちですよ…」
と呟いたマサルに女は矢継ぎ早に質問を浴びせてきた。
「子供とか全然欲しいと思いません?結婚したら…」
「子供欲しいけど…結婚できないと思うんで…」
しばらく沈黙があった後で女が、
「うーん…結婚したいとは思いませんよね…」
と、自分に言い聞かせるように言った。
「…友達とかでいませんか?子供いる人」
「うーんとね…いないんだよね、あんまり」
「あ、そーなんですかー!女の子も?」
「そういう人はぼくに近づかないのかも…あいつは変な奴だからとか…結婚して五年も六年もたってもできない人はできない」
「うーん…つくってないのかな…私の友達、三年連続で男の子生みました。全部女の子欲しかったらしいんですけど…三人位いてもいいと思うんですけどね」
「一人っ子よりは、二人、二人よりは三人がいいと思うけど…親は大変」
マサルのその言葉は女の勢いにもみ消されてしまった。
「三人よりは四人…みたいな!」
「子供は多けりゃ多いほど子供にとってはいいけど…昔の家族ってお爺ちゃんお婆ちゃんが家にいたり、あと女中さんとか乳母とかが同居してたから…」
「あ、そうですよね一人では…」
「今の核家族で親二人しかいない中に子供が三人もいたら、相当厳しいと思う」
「子供もね、なんか育てるの…たいへんそう」
友達の子どもを可愛いがるのと、自分が育てるのとでは大違いだと女もわかったらしい。
「溺愛する親とかいるじゃん、髪型まで芸能人みたい染めちゃったり」
「うーん!いるねっ」
「オマエねー、子供はオモチャじゃないんだからって思うよ」
「ねっ、名前をすごい凝る親とかも嫌ですね」
「源氏名みたいな名前とか多いもんね」
「あっ、そう!ホストみたいなねっ」
「その人が老人になったとき恥ずかしくないかなってね。こんな名前でやってられるか!って変えちゃうかもね。戸籍は本名だけど、名刺は違うみたいな…」
「美容室とかでも全然嘘の名前で行ったりしてますよ」
女は自分の名前が友達から正しく呼ばれたことがないといった。
「例えば『さちこ』とか呼ばれるんだけど、わたしは全然、『さちこ』じゃない…あ、例えばですけど…だけど何故かみんな『さちこ』って呼ぶから全然知らない人が聞いたら、あっ『さちこ』ちゃんだと思う、みたいな」
「まぁ…ぼくもネットとかで仮名使うことはよくありますけどね…でも、リアルな友達なのに仮名使うのは変だし、好きな人とかだったらもっと嫌だなって思う」
「私も何で友達がその名前を呼びだしたのかっていうのが不思議なんですよ。もう小学校くらいのときからそうだから。誰かに似てたのかな?」
「友達は…一生の友達ですよね」
「うーん、一番大事。でも友達ってときどきわかんなくなるときありますね。こんなに一緒に長い年月を過ごしているのに、この人一体どういう人なんだろうって」
「ぼくは自分でもどれが本当の自分だかわかんないときがときどきある。こう言ってるときもあるけど、それを『何を言ってるんだよ、オマエは…』なんて冷静に見てる自分もいて」
「私も自分自身が、まずよくわかんない。」
「そんなのわかんない方がいいんじゃないですか。だけど蝶にはなれないサナギではちょっと親にはなれないかもしれない」
ここでようやく脱線した会話は本題に帰結した感じ。
「ははははは、あー、ねぇっ!?」
「でも、そういうサナギみたいな人結構多いね。オトナの振りしてても、あ、この人、子供のままのとこあるなって人。お年寄りに多いんだけど」
「へーーーっ」
「彼等を見てると、我々は結構抑え込んでるなって思う。五歳のとき一年くらい祖父母の家に住んでたことがあって、その一年がすごい大きくて、絶対だと思ってるの、老人の言うことが。親の言うことよりも」
「私も親よりも、お爺ちゃん、お婆ちゃんの方が好き。ちゃんとしてるって感じじゃないんだけど、お爺ちゃんが書く文章とか、昔の漢字とかでてきて、これってこういう意味だったんだ!って」


「横になりますか?」
と女から促されて、このあと三十分間だけ繰り広げられた。もはやバイブもうち捨てられ、変態的な体位もない。クンニはおろか、女のワギナを拝むことさえマサルはしなかった。しゃべり過ぎたせいで少し萎え気味で中に入ったまま、十二、三分の性交は終始、女が上になって、ベッドから椅子へ移動して、またベッドに戻って、最後はマサルが上になって終えた。
「疲れたでしょ」
女が息を切らして投げた言葉は、女自身の状態だったようにマサルには思われた。

女はローションを口に含んでマサルの足指を一本ずつ口の中で愛撫した。それはまるでイソギンチャクに足を吸われてしまったような快感をマサルに与えた。
「どうなんですかね、性慾ってあります?」
「性欲?…でも一番おっきいのは食欲かな。物欲もないかなー…モノは欲しくないけど、精神的な…もっと…運命的なものとか…」
「セックスレス夫婦とかカップルっているでしょ?よく知らないけど。そういうのはいいんだろうかって思うんだけど、仕方ないかなとも思うし…」
「私もね、前、付き合ってた男の子とは一、二回しかしなかったですよ…一年で」
「でも相手の人はしたいと思わなかったの?」
「あんまり思わないんじゃないんですかね…おばさん好きでしたもん。ホント見た目キレイな三十代じゃなくて、『すごい…おばさんじゃん…』って人がいいって…。だから、そうなんだー…って、若い子には興味なくて、すごい太ってる人とかに…」
「なんかわかるような気はするけど…だって、おばさんはすごいもん。もう、いろいろ遊園地だもん。守るもんもないし」
「はははは。そっか、そっか」
「だけど、そういう性慾がない人がどうしてこういうことできるんですかね?」
「ないからじゃないですかね!両極端だと思いますよ。ホントに好きか、大して…どうでもいいやっていう…」
「ホントのプロフェッショナルは性慾ないものなのかもしれないね」
「そうですね!もう、心の中では何も…うふふ。自分だけ楽しんでもね…」
「最高に長く付き合った期間ってどのくらいあります?」
「え、長くて一年半くらいですね」
「あ、そのくらいが限界だよね」
「あんまり長くてもね、その先もないと思うんですよ。一年くらいで別れるか…。きっと、みんなすごいオトナなんでしょうね。付き合いを続けたりとか、結婚したりってのは」
「気を遣ってるんですかね?相手に」
「そうでしょう、これからまた大きな試練を乗り越えようみたいな。それで結婚したりするんじゃないですか。そうとしか思えない」
女はフェラチオしながらマサルの恋愛相談にマメに答えていた。
「そんなことを要求した憶えはないんだけど、情とかって返ってくるじゃない。でも情をかけずには付き合えないよね」
「うーーん…じょおおねぇぇ」
女はためを利かせて「情」と呟いた。
「たぶん結婚する人って、喧嘩することも寂しさを紛らわすっていうか…喧嘩しちゃったよー…なんて他人に自慢してる人とか羨ましい」
「ねっ。たぶんそうなんでしょうね」

「いいですか?」
女はゴムをつけたマサルを膣に迎え入れた。
「簡単に行けちゃうよ」
軽い抽送であったが、押さえ気味の喘ぎ声の合間から、くちゃくちゃ、ベチャベチャと淫靡な摩擦音が漏れていた。

呼吸が落ち着いてきたら、部屋を暗くしたまま二人は天井を仰いで話を続けた。
「初めてした時のことって覚えてる?」
「いつだっけなぁ…あんまり覚えてない…痛くもなくて、出血もしなくて…入ったのかなぁ…入ったは入ったと思うけど…よくスポーツとかしてると処女膜切れちゃうって聞いたことがあるから…私、スポーツしてたから、ないのかなって思って。それが高校一年の時だったんですけど、でも高校の時は三年間で、その一回か二回くらいしかしなかった…大学行ってー、付き合ってー、そのときに何故か出血したんですよ。なんか自分でも全然気づかなくってー、ヌルヌルがすごいと思ってー、ちょっとしか出ないかと思ったら、すごいダラダラ流れちゃって…これが処女膜が切れたって…」
「ちがうよ、それ絶対ちがうよ」
茶化して笑うマサルをよそに、女は至って真面目にしゃべり続けた。
「そのあと生理なのかもって思って…でも、その後生理にもならず、あの出血は何の出血だったんだろう…って未だに不思議。すごいタラタラに出て、普通の生理の血って、ちょっとドロドロっぽいんだけど…はじめ私すごい!濡れてんのかなぁって…どっから出てんのかな…って自分の血なのか、相手のなのかもわかんなくて」
「そこで、あたし初めてだったの…なんて言わなかったの」
マサルがふざけて言うと、
「そんな話もしなかった…あれー?おかしいって感じで、自分が一番ビックリしましたね。相手も、えっ…何でだろうって、ちょっと動揺してました」

「最近、高校生の時の記憶がよく蘇るんだけど、不思議と。当時聞いてた音楽とかを聴いてるとジワジワと」
「私もすごい引っ越しばっかりしてたから、昔の曲とか聞くと、あっ!あそこの家思い出すぅー!とか…」
「行ったりとかしないんですか、その場所に」
「すごい近所だったりするから、車でいつも通ったり、あっ!このマンションの三階に住んでたとか…前と全然変わらなくてボロボロで」
「無くなって哀しくなったりは?」
「無くなってるとこ今のところまだなくて、私、小学校高学年くらいの時、伊勢佐紀町っていうか黄金町の辺りに住んでて…あの辺すごくアヤシイ街でしょ?そこで、ニール・ヤングの…あれ何ていうレコードなんだっけ…あれを聞くと、そこの黄金町の家で隣の家からいつも喘ぎ声が聞こえて、こう夕陽が当たって…っていうのをすごい思い出す…」
「その喘ぎってお店なの、家なの?」
「家。日本人のおじさんとタイ人の女の人が隣の部屋で暮らしてて、すごい声が…喧嘩するか、喘ぎ声のどっちかで、なんかそれを思い出しちゃう…あの頃なんでか知んないけど、たぶん家でよくニール・ヤングがかかってたんですよ」
「すごい…いいねぇ、映画のような…」
女は鮮明な記憶に酔ったように、
「あああ、思い出すぅ!窓がすごくって、簾みたいな外から丸見えの家だったんですよ。壁隔てて、すぐそっち側でやってるから、よく友達に、聞いてみなとか言って。そのタイ人女性が料理すごく上手で、いつも料理つくっては持ってきてくれて…あの頃すごい、そのお隣のタイ料理食べてた…親が仕事とかでいなかったから」

「さいきん、集中力がなくってぇ…」
女はマサルの全身をシャワーで洗い流しながらぼんやりとした声でいった。
「それ老化だよ」
マサルが茶化すと、妙な甘ったるい声で、
「何だろう…なんか全然違うこと…勉強しながらも全然違うこと考えてる…」
「勉強してるんですか?」
「うん、いろいろ、習い事なんですけど、全然違うこと…とんでもないことばっかり、全然関係ない…それを考えてるっていうのも集中なのかな」
「話が飛ぶとか、そういうもんじゃないの?ちゃんと戻ってこればいいんだよ。つなげれば。アドリブだよ」
「あ、でも話がうまい人って…すごいですよね…頭の回転が違うのかな。たまにテレビとかで一般の人がこう話してるの見て、この人サラリーマンなのになんて話がうまいんだろうって。なんか中学生の時とか一人一人順番が回ってきてやりませんでした?私いつもそれで話が飛びすぎてわからないって言われた」
「へぇ、習い事ってお茶かなんか?」
「ううん、でも、そんな感じかな。女性がやる…手芸っていうのかな…なんか布使って作ったり…」
「なるほど、なるほど。それをやってるときにあらぬ事を考えるんですか?」
「そう、話がもうどんどん飛んでって…」
おしゃべりはとめどなく流れていった。

鴨女

女は本当はマサルの勤める会社ではなく、同じビルで彼の会社のお偉いさんの知り合いが立ち上げた会社に行く予定だったが、この駆け出しの会社がまだ人を雇える状況にないということで、彼の会社にバイトという名目できたらしい。とにかく今は、就職も予定、同棲する彼氏との結婚も予定という状態だった。その彼氏は大学の先輩だという。

誕生日プレゼントをくれたお返しにマサルが女に何がほしいか尋ねたところ、
「beloved big brother
I love your voice…and….
You said me you give anything I want like…」
というメールが来たのは、その前日に「欲しいもの何でもくれる?」と女に聞かれて、マサルは「おお、何でもやるわ」と気軽に答えてたからだった。

夜になってマサルがそろそろ帰る準備をし、女にも「この仕事来週でいいよ」と何気に誘ってみたが、どうも、その気ではないらしい。マサルは一人で会社をあとにしたが、女からのメールの”anything”が気になった。バカじゃないし、男だし、おおかた予想はついていたけど、同棲する彼氏がいる女の境遇を考えると、うかつには応えることはできなかった。
ちょっと近くの公園で一息する。一本目の煙草が吸い終わると、案の定、女が歩いてきた。
「ピーーッ、ピーーッ」
マサルが口笛をならすと、女はやっと気がついた。マサルは二本目の煙草を左手に、右手を上げて手招きした。女の口からanythingを言わそうと、ヒントを言わせたりしたが、恥ずかしがってなかなか言わない。
「ここでできる?」
「…」
「どのくらいかかる?」
「…」
「何のためにするの?」
「…」
「それで何が手に入るの?」
その質問には女は心当たりがあったようで、
「安心」と答えた。
「それじゃ、今、不安な生活なの?」
もじもじしている女にマサルはだんだん意地悪な自分が嫌になって、
「あっち行こう」
と暗闇のベンチにいざなった。
「ここの方がいいでしょ?」
とマサルが聞くと女は頷いた。
「90%くらいはOKだけど、その前にききたいことがある。それをすると僕は世間的にワルモノになりはしない?君は僕の立場を考えて言ってるの?」
マサルがそこまでいうと女は告白した。
「私、本当は結婚してないの。入籍もしてないし。そのつもりではいたんだけど、今は…で周りの人が勝手にそういうことにしちゃって、今さら指輪もとれないし。「松本(彼氏の名字)」って呼ばれるのも、まだ慣れてないし…相手の親にもちゃんとあいさつしてないし…それに彼は気が多い人で、よくケンカするの。出会って二年だけど、そう長くはないでしょ?」
「で、彼が好きなの?」
とマサルがきくと、女はすぐには答えず、ちょっと腑に落ちない口元をした。
「情はあるし、スキだけど…」
「情があるって事が最終的に大事なんだと思うよ」
「そうね、いつかは結婚すると思うけど」
マサルにとっての疑問はとりあえず晴れた。
「で、どうしょうか?どうすればいい?」
マサルがいうと、女は急に、
「立ってください!」
といったので、
「えっ?何するの?」
マサルが戸惑っていると、女も照れくさそうにもじもじしているから、じれったくなったマサルは女の肩を引きよせた。女の丸い顔がマサルの視界を埋めて、唇が触れ合った。マサルは癖でつい舌がおどる。彼がちらっと目を開いた時、目をつむった女のドアップが何とも健気だった。キスの味っていつもこうだ。
「結婚したいんだけど」
とマサルはすぐ心にもないことを口走る悪い癖があった。
「私なんかすぐ飽きるわ。もっといい女の人がいる。私のお兄さんでいて」
マサルは後ろから女を抱きしめて首筋に接吻し、耳たぶのあたりを愛撫すると、女が声を出したので、さらに…と思ったら、
「今のは、兄さんじゃなかった」
女の理性が働いた。

その二日後。勤務中に二人は夕食を食べた後、薄暗い神社のベンチに腰掛けて初めてエッチをした。胃袋が満たされると、何となくエッチな気分になって、マサルが女の白いブラウスのボタンを外し、ブラの下の乳房を愛撫しだすと、一昨日の拒絶ぶりとは打って変わって、女のノリがいいことにマサルは驚いた。ベンチに向き合って座り直し、スカートをまくり上げて女のクリトリスを指で攻撃すると、女は自ら腰を動かして喘いだ。
「入れていい?」
とマサルが聞くと女は素直に股を広げた。マサルはズボンをおろして挿入しようとしたが、久々だったせいか、すぐに射精しそうになり、慌てて女の首を引き寄せて、自分の陰茎を女の口に挿入して発射した。

二週間後。
夜になって二人は仕事の後、神保町まで歩いて地下鉄に乗り、表参道で降りた。
「お腹まだすかない…」
という女の腹ごしらえをするために表参道から渋谷方面まで歩くことにした。すでに腹の減ったマサルは何か食べたくて、すぐにみつけたロイホに入ろうとすすめると、
「いきたーい」
女はすごくうれしそう同意した。学生みたいな二人にはこういう場所が相応しい。ビールに白ワイン…、それでも5000円以下、安っ!さすがファミレス。
かなり遅くまでいると、なんと、マサルが好きだったロックバンドのリーダーが男友達とすぐ隣に座った!マサルは目を疑ったが、思い切って聞いてみた。
「あの和田さんですか?トライセラの」
「えーそーですけど」
「ファンなんです。この辺に住んでるんですか?」
「いや、事務所が近くなんで」
そんな短い会話であった。
そこから原宿、明治通りを通って渋谷へと二人は歩いた。
「まだ飲み足りないや〜、外でもいいや、いい店ないかな〜」
いつの間にか日付は変わっていて、そんなマサルの思いは叶わず、仕方なく渋谷のローソンでワインと茶を買って、ラブホ〜ということになった。
女に了解を得るだけでなく、
「会社の人と飲んでるから」
女が同棲する男にも連絡をとらせた。
宿泊8800円のリーズナブルな部屋は、ちと老朽しているが、ワインを飲むにはいい雰囲気だった。風呂はガラス張りだったが、ガラスにヒビが入って、それをガムテープでとめてるみたいな有様がかえってマサルの気に入った。
「私には松本がいるのよ…」
「わかってるよ」
動じないマサルに女は、
「あなたって本当に不思議な人ね」
と体を許す決心をした。
一晩中、一睡もせず、二人は抱き合った。
マサルが女に黙って中で出だすと、
「私をハメたのね」
女はひどく怒ったが、そのときマサルは顔では笑ってたので、
「私がいけなかったのね」
と女は肩を落としたが、その後はマサルの好きな歌を枕元で一緒に口ずさんだりした。
「私はマサルさんのことすごく尊敬しています」
女はマサルの提案に従って日記をつけていた。その日記帳を女がトイレに立ったときにマサルは盗み読みしてみた。
「私は自分を変えたい」
という文句が目に入ってきた。女のあいまいな態度からすると意外なほどにはっきりした意思表示だった。
女がトイレから帰ってくると、マサルは何度も繰り返して言った。
「あなたは本当に一生仕事でやっていくの?あなたの仕事ぶりを見てると、家庭に入った方がいいと思うけど」
女はお察しの通りという表情だった。
「あなたは自分がラクしたいから、逃げ場である松本が捨てられない、というか執着しているんだ。すべて現実からの逃避にすぎないんだ」
それを聞いて女もマサルに聞いた。
「何であたしなの?あたしなんかにもったいない」
マサルはそれに答える代わりに得意の指攻撃で女を絶頂に導いた。女はマサルが射精する寸前に「come on me」と言った。
「かもめ?」
とマサルが聞いたら、女は笑って何も言わなかった。そしてマサルがイッたとき、女はマサルを強く抱きしめキスしてきた。フェラも大好きらしく、マサルもうるさく注文した。女はその通り、陰嚢を撫でたり、強く吸い込んだりした。
「彼氏にもそうしてあげてるの?」
マサルが聞くと、女はうなずいたが、彼は子供を一回おろしているという後ろめたさか、あまり女と性交をしないらしい。
「中で出されたの何年ぶりかしら…」
女もびっくりしていた。
「前は外で出されたのに妊娠した」
マサルが思ったより小さい女のクリトリスをペロッと下から上にひとなめするや、子供のような声をあげた。
「恥ずかしいからやめて…変態…」
そういわれるともっとやりたくなるマサルは、女の両脚を束ねて上に持ち上げ、開脚させ、ぽっかりのぞいた肛門の穴のそばを舐めると塩っぱい味がした。
「気持ちいい?」
マサルが女に聞くと素直に、
「うん、すごく」
とうれしそうに答えた。

翌日、マサルが自分のちんこのニオイを嗅いでみると、まだ女のローヤルゼリーのような陰部の匂いがついていた。それほど昨夜は入ってる時間が長かったようだ。さすがにワインはきく。すごい無感覚でずっと…でも、いくぶん立ちにくかったのは、女の不透明な態度のせいか?とマサルは考えていた。
確かに行為自体は、いろんな方法で二人とも満足できたが、何かが満たされないマサル。女も煙草で何かをごまかしていたようだ。それは何だろう?
「オレは彼女の何なんだろう?」
という疑問。
「彼氏とはこんなに長くやらないの…すぐ終わっちゃう」
女はその不満のハケ口にマサルの欲望を利用しているらしかった。

セブンスヘブン

「女は極度の警戒を、男は極度の冒険を」(有島武郎)
この言葉を胸に今日のマサルは秘密の悪戯を用意していた。

「今日は全然静かで疲れてない」
最後の客であるマサルに余裕の言葉を投げた女はこの時はまだマサルがとんでもない悪戯を用意しているとは想像もできなかった。

「このコーヒー、なんだかいつもと味が違う…」
女はそう呟いて注文で上がってきたアイスコーヒーはそれ以上飲まず、自分のお茶を飲んだ。マサルがフレーバーオイルに混ぜてドラッグを垂らしたそのアイスコーヒーを、女は四分の一ほどしか口にしなかった。

「あっ、何コレ…染みる!」
女は慌てて膣内に手を入れて、マサルがポンプで注入した液体の匂いを嗅んで、それがまぎれもないアルコールであることに気付くと、慌ててシャワーで洗い流した。

女はマサルが挿入して間もなくもだえ始めた。
今日のマサルは準備した悪戯のことで頭がいっぱいだったせいか、ちょうどいい具合に麻痺していた。幻覚効果のあるドラッグはさほど効いていないはずだが、女の声も全身の汗もいつになく最高で、その汗ばんだ女の背中や腰をマサルはぎゅっと抱きよせた。
「きもち、いい…」
女自身も自ら快感を求めて、腰を激しく速く回転させ、マサルの堅くなった陰茎でさっきアルコールを注入された膣内の痒みをこすり回しているようだった。
長い挿入の後でマサルが果てたとき、疲労で倒れてしまったのは女の方で、その股間は熱を帯びていた。マサルの方も暗がりの中でもタオルに血痕がついているのが解るほど激しく尻を擦り付けていた。仙骨あたりの皮が剥けて、最後に流すときにヒリヒリして、
「ホントこれじゃ電車に座れないかも」
「それじゃあ…クルマで送らせましょうか?」
女の好意を断ってマサルはとぼとぼといつもの駅まで歩いた。それは勝利の余韻に浸るためでもあった。何が勝利なのか?彼が用意した悪戯はことごとく失敗に終わったが、その作為が女の性感をいつも以上に高めていたのは確かだった。

マサルは待ち伏せしたわけではなかった。
鴬谷から乗った山手線が上野駅を発とうとしたとき、駅のホームに女らしき後ろ姿を発見したマサルは即座に電車を降りていた。その直感は的中した。マサルが近づいていったとき、女は自販機のほうへ近寄ったが、特に何かを買う様子もなかったので、マサルはしばらく最寄りのベンチに座って本を読むフリをしていたが、このまま女を尾行してもかえって怪しまれると思い、知らんぷりするのはやめて自ら近づいた。女はガリガリのジーパンに黒い革靴、黒いバッグ、グレーの無地シャツにカーディガンという意外と地味な格好だった。マサルと目があうと女は諦めたような表情で話しかけてきた。
「さっきから笑っちゃうくらい…今日はもうボロボロなんで…」
その笑いが実はドラッグの効果だとはマサルは言えなかった。
電車が到着して女とマサルが隣り合わせに座ると気まずい空気が流れた。いつもの薄暗い部屋とちがって明るい電灯の下でみる女の表情は、肌が荒れて疲労で引きつっていた。
「何線なんですか?」
女が本当に聞きたかったのは「この人、どこまでついてくるんだろう?」ということだった。
「さっき尻が擦り切れたのがまだ痛くて…」
マサルはわざと別の話題に振ってみたが、女の疲れた表情が可哀想になって、
「中央線です」
と素直に答えると、女は安堵した。

ニオウ女

「アンゴ、私の持ってる全集と違う…」
マサルの鞄からのぞいた本に女は注目して呟いた。

女に挿入して十分たち、マサルはいつものように女を抱っこしたまま椅子にドスンと腰を下ろした、その直後だった。部屋に異臭が漂いだしたのは。それは微かな消化物の芳香だった。マサルは自分の鼻を疑ったが、女はあまり連続的に逝きすぎて、後ろの穴から腸内に充満したガスが漏れてしまったことに気づいていなかった。
「この女とアナルセックスをしたら、きっとこんな匂いに包まれるのかも…」
美しい女の容姿からは想像もつかないほど野性的な芳香をマサルはこっそりと堪能していた。

「どうしてジムにいって筋トレなんかするの?」
「最近、腰が痛くて…」
その腰痛にはマサルと出会った夏の頃から悩まされていたという。そして、女の新しい仕事先は家の近くの小さな会社で、車でなく自転車で通うという。
「健康的でいいね。それじゃあ会社の連中と仲良くなって、彼氏なんかつくったり?」
「忙しくなるからそれどころじゃないと思う…そもそも本当に人を好きになったこともないし、きっとこれからもない」
「え、運命的な出会いとかあるかもしんないよ?」
「男も女も星の数ほどいるから…」
「じゃあ、セフレとかはつくんないの?」
「まずやってから付き合うなんてできない。だったら…独りでした方がいい…」
女の今後の身の振り方についてしゃべっていたせいで、マサルはだんだん萎えてしまい、女から引き抜いた時にはゴムが膣の中に残ってしまったほどだった。
たしかに心はいかようにも嘘をつくが、体だけは真実を隠せない、はず…。
マサルが持参したペニス型のバイブを女にあてると、
「何だか、不思議…」
正直、あまり気持ちいいとはいえないという顔をした。
「温かいからこっちのほうがいい…」
そういって女はマサルのペニスを求めたが、それもおかまいなくマサルが女の陰核に執拗にバイブをあてがおうとすると、
「…くすぐったくて…たぶんもう逝けない」
と最初、嫌がったが、それでもマサルがバイブを外さないでいると、女はにわかにあえぎ始めた。
「…たぶん逝った…もうわからない…」
と女は降参したが、その言葉をマサルは信用しなかった。それより女の背中から尻、女陰まですっかり汗まみれだったことが彼を満足させた。それは腋臭のような芳香で、昔、学生の頃に好きだった後輩の子もやはり同じような香りがしていたのを思い出させた。