非恋愛主義(3)



種をさがす女 母胎樹の悟り 焼き肉の女 青姦の霹靂

種をさがす女

「結婚相手は、ここでは見つけないで、ほかで…」
女がタケルの職場に入ってきた六月当初、風の噂でそう聞いた。女は三十路ぎりぎり手前だった。
その女との「冷たい戦争」をタケルは秋から冬にかけて繰り広げていた。
女は彼に多少の好意を持っていて、彼も女のことが気になってはいたが、互いにそれを隠していた。それだけなら美しい片思いだが、彼は秘密でブログを書いていて、それをどこから知ったのか、女は密かに熟読していた。
そのブログの中で彼は女に言いたいのだが、言えないようなことを一般向けの記事として書いていた。例えば、女がある日、香水をつけていたとすると、彼はそれを「香害」と題して、「日本人が欧米人の真似をして香水をつけても、もともと清潔好きなので香りばかり浮き立って、かえって臭い…」という内容を書く、といった具合。
最初のうち女は自分への当てつけとしか思えぬタケルのブログに嫌悪感を抱き、彼と勤務が重なるのを避けたり、会ってもわざとしゃべらずにいた。
「時間ですよ、あがって下さい!」
そんな険悪さに辟易したタケルはブログの記事を女とは関係のない時事ネタに絞ろうとしたが、そうするとだんだん眠れなくなってきたので、ついに断筆するに至った。

「やっぱり、佐藤さんっておもしろい人…」
断筆から一週間、タケルの不眠は治って、女の彼への態度も軟化してきたが、それは別のターゲットを見つけたからだった。
「どんなとき年とったって思う?」
女はそのアマリ君に聞いていた。
「三十路になってから車に酔うようになった」
タケルが横から割り込むと、
「え!?わたしもーーッ」
と、珍しく女が同調したので調子にのったタケルは、
「いろいろ考えたんだけど、二十代の頃が一番、人間っぽくて、だんだん動物に戻ってるからじゃないかと…」
「あ…佐藤理論ね…あたしはちがうけど」
用心深くなった女は、もうタケルには惑わされないという表情だった。

女は二歳の犬を飼っていた。
「パーちゃんって呼んでるんだけど、やっぱ、ちーちゃんがよかったかなぁって」
「いっそ変えちゃえば!?」
そんな会話をした夜、タケルは久々にブログにお伽話を書いた。メス猿「ちーちゃん」の甘い誘いに引っかかって木から落ちてしまうバカなオス猿「たーちゃん」の話だった。アマリ君の下の名前はタカオと言ったから「たーちゃん」にしたのだった。
アマリタカオは女より一つ年下で、髪を後ろで一つに束ねたちょいワルなイケメンで、女の好きなヴォーカルグループのメンバーに雰囲気が似ていた。

そのアマリ君と女が一緒に並んで帰っていく姿をタケルが目撃したのは、年の暮れに近い頃だった。その頃から女の笑い方に異変があった。同僚の冗談にも歯をむき出して大口を開けることはなくなり、おほほほほ、と、上品に口を手を当てて隠すようになった。何で?とタケルがみると、向かい側には新恋人のアマリ君が座っていた。それだけではない。それまでシャツの下に透けていたのは色気のないキャミソールの紐だったが、この頃からブラの線がくっきり目立つようになっていた。
「ない胸をあるようにみせ、大根足やしみソバカスを隠し、親切なフリをする」
太宰治の小説にあったセリフをそのまま借用して、タケルはブログに小咄を書いた。

クリスマスの日、誰かが持って来たケーキを仲間とわけあっていると、
「あたし、これ!」
と女が手を伸ばそうとしたのを、
「ダメダメ。ここはジャンケン」
タケルが提案すると、みごとに女がびりケツ。
「ブービー賞でこれやるよ」
タケルが余っていたプリンをあげると、
「これ、さっき昼に食べたもん」
とブーたれた女の横顔にタケルは見とれた。
「口内炎が痛い」
ケーキを頬張る女がつぶやくと、
「不摂生だよ」
タケルもぽつり。
「うん」
と認める女。どうせアマリ君と暴飲暴食しているんだろう…そう思ったタケルは家に帰って「口内炎」を調べて、「接吻でも口腔内に傷がつくことによって細菌が入って起こる」などとブログに書いた。

年の暮れが近づくにつれ、職員たちは正月の準備でそわそわしていた。昼の休憩中、女は数人の女子職員とお気に入りの同僚の話題で盛り上がっていた。
「あたし、伊藤さん。あと、佐藤さんも。けっこう、すきがある」
タケルはそれを影で聞いて、
「隙じゃなく、好き、だろ」
と内心ほくそ笑んでいた。

大晦日。
「今年はお世話になりました。また来年もよろしくお願いします。では、よいお年を」
女はタケルのもとへわざわざ近寄って、いつになく丁寧に挨拶した。その目の上にはほんのりブルーが乗っていた。アマリ君も珍しく残業せずに家路を急いでいたので、タケルが引きとめると、
「家で作って待ってるんで…」
と照れながらいった。

年が明けた。
出勤中、タケルはアマリ君が独りで歩いてくるところに出くわした。
(あれ?一緒じゃないんだ?)
「今日は歩きですか?」
と何気なく聞くと、
「ええ、バイクは近くに停めてあるんで…」
とアマリ君はちょっと答えにくそうに言った。

「佐藤さん、さようなら」
終業と同時に女はタケルに冷たくそう告げたから、ふつう、お疲れさまだろうと思いつつ、タケルも、
「さようなら」
と繰り返した後で、深い意味でもあるのだろうか?と考えた。その頃からタケルは女を避けるようになり、女はタケルにわざと小用を頼んでは、何かしら話す機会を探していた。

そんなある夜、女はいつも着ている上着を珍しく事務室のカウンターのところに置き忘れた。タケルがそれをみつけると、プーンと甘い香りがした。そしてふと思いついた。わざと置き忘れたんじゃないか?そしてすぐにひらめいた。それは坂口安吾の小説で、当時最愛の恋人だった矢田津世子が彼の部屋を初めて訪問したとき、わざと大事な本を彼の部屋に置き忘れたのを彼が何かの印ではないかと悩むくだりであった。その頃、タケルのブログは身辺で現実に起きたことや歴史上の事件を素材にしてフィクションを作り上げるというのが一つのパターンになっていたから、安吾と矢田を登場人物にして、矢田がわざと本を置き忘れたのは安吾にそれを返しに彼女の家に来てほしかったからだとして、安吾はそんな矢田の誘いを拒否して、その理由を「大事にしたいから離れていたい」と言わせた。それはまさしくタケルが女に言いたい言葉であった。

三月になった。
冷たい戦争もついに終戦の日が近づいていた。タケルが帰ろうとすると視線の先にはアマリ君と女が自転車に二人乗りしていて、同伴出勤するところだった。彼らはタケルに気づかなかったが、彼は逃げるようにその場から立ち去った。
家に帰ってタケルは部屋にある本という本を読み漁った。まるでその中に彼の気持ちを探すように言葉を抜き出してはつないで、それを長々とブログに載せた。それは彼にとってまぎれもなく、女に宛てた渾身の手紙であったが、誰の目にもそうとわかるはずがなかった。

翌々日。休憩時間に女はぐったりと横になっていた。
「風邪?」
タケルは帰ろうとしていた。
「少し寝ると楽になりません?」
「別に今は疲れてないからね…」
タケルがテーブルにあったレモンケーキを食べながら何かぶつぶつ呟いていると、
「それって、ひとりごとですかー?」
それまでタケルに背を向けて寝ていた女は急に起き上がった。
「ひとりごとだね」
しばし考えてからタケルはそう答えた。しかし、女が聞き出したかったのは、そういう当たり前の答えではなかった。
その晩、タケルは新しい話を作った。それも坂口安吾の文章から取材していた。安吾が田舎の新潟に帰ったとき、たくさんの姪たちから彼の小説を読ませてくれとせがまれて困ったという話からヒントを得て、彼が病弱な姪のそばで作中のセリフを呟きながら考えているシーンを想定した。
「それ、ひとりごと?」
女がいった言葉をそのまま姪に言わせて、
「ねえ、叔父さんの小説読ませてよ」
と言わせる。彼は自分の小説はこんな娘には毒薬にしかならないと考えていたが、長い闘病生活のせいで感情というものが死んでいる姪を見ていたら、ふと彼女をドキッとさせたくなる。
「叔父さん、今のもひとりごと?」
「いいや、今度のは…ふたりごとだね」
という、まさしく、その言葉は女に宛てたものだった。

その頃からタケルはまた眠れなくなった。そんな日々が続くと、夢と現実がほとんど変わりなくなってきて、ますますブログの連載記事は幻想的に彩られていった。

「(祝)Mさんが妊娠されました。…」
女の妊娠を知ったのはその数日後だった。しかし、どこにも「ご結婚」の文字は見当たらなかったので、何か順番が変だな、とタケルは思った。

「Mさん、いつまで来れるんでしょうね?」
女子職員がそう言ったので、
「つーか、Mさんって、結婚してたっけ?」
「してないですよ」
淡々という。
「じゃあ、デキ婚ってこと?」
「するんですかね〜」
「はあ!?」
「子供はほしいって前からいってましたけど」
どういうことなのかタケルにはさっぱりわからなくなった。が、ひとつ思い当たる節があった。去年の夏頃、女を意識し始めた頃にブログに書いた記事だ。
「二十五歳セレブ。結婚はしたくないんですけど、赤ちゃんは欲しいんです」
その架空の質問に対して、
「相手に悟られないようにこっそり種をいただいて、妊娠できた時点で、それらしい理由で別れればいい」
と嘯いていた。
「好きみたいだし…」
タケルが戸惑っていると、女子職員がそうフォローした。周りの女たちも二人の仲については濁ったものを感じ取っていたようだ。

「あ、おめでとうございやす」
妊娠を発表してから初めて女に会うと、タケルは一応、社交辞令の挨拶をしてみた。
「あ、佐藤さん、ありがとうございます」
「何ヵ月なの?」
「三ヵ月目なんですけど」
逆算すると、やはり年末年始に仕込んでいる。
「いつまで働くの?」
「契約更新しちゃったんで、来月いっぱいはきますけど……」
入籍したのか、式はいつ挙げるのか…タケルにはもっと聞きたいことがたくさんあったが、何一つ聞けなかった。

それから一ヶ月後。女が最後の出勤のとき、職場一同に宛てた言葉。
「お世話になりました。
ご迷惑おかけしましたが、助けていただいて感謝しております。
皆様 お体に気を付けて。」

さらに一ヶ月後、アマリ君も退職した。金銭的な問題で故郷に戻るという。

母胎樹の悟り

タケルは十年ぶりに遊郭を訪れた。彼はとっくに四十を迎え、最後にここを訪れてから八年も経っていた。ブッダもぶったまげる清貧ぶりに彼は我ながら驚いた。
彼はときどき考える。二十代の頃は何であんなに旅をしたり、自分探ししていたのかと。知る、すると、行ないたくなる、無明、行、識…仏教で教える十二縁起の発端である、無明を悟らぬゆえだと思い、テレビや新聞といったマスメディアはおろか、ケータイもクルマも一切、所有しない無欲生活に浸っていた。
そんな静かで退屈な生活に少しだけ変化を加えたいという思いでやってきた。十年ぶりだというのに身体は覚えているもので、自然と足がその場所へ運んでくれた。
見覚えのある街角。ポン引きが角でたむろしてる。二十歳の頃、初めてここを訪れたとき、何も知らないタケルはそのポン引きにつかまって、
「二万しか持ってない」
というと、
「じゃ、二万でいいよ」
とマンションの一室に連れて行かれ、長野出身という年増の女とやらされた。しかし、何もできず、ゴムを入れた瞬間にイッてしまった。そんな苦々しい童貞喪失を思い出していた。
「無料で女の子、写真で探せますよ」
人懐っこい年配の男がタケルに呼びかけた。最初、無視して素通りしてしまったが、これが噂に聞く無料案内所か…と急に思いたち、立ち寄って見ることにした。
「さあさ、ここへどうぞ。お客さん、さっきここ通り過ぎたでしょ。うちは三十年ここでやってるんだからぜったい裏切らないよ。暑かったでしょう。何か飲みますか、さあさ、メニューです」
「こういう案内所のシステムよく知らないんですが」
タケルがいうと、男は落語みたいな口調で早口で解説してくれた。そして界隈の地図を広げて角をさした。
「こういうとこに立ってるのがポン引き。知らない?こういうのにつかまっちゃうと変なその辺のマンションに連れて行かれて、タイ人とかの女をあてがわれちゃうから気を付けた方がいいよ。あいつらは結託してやってるからね」
身に覚えがあるタケルがいかにも初心者面していると、
「お客さんがもしクルマ買うとして、軽か、ふつうのか、外車かどれにします?軽なら18とかだけど、シャワーはしてくれるけど手でしごくだけだし、ふつうならスキンつけて本番ありで35か5、外車だとノースキンで6から8とか上限はいくらでもある」
タケルはここへ来る前に所有するスイスウォッチを売り飛ばして、手元には諭吉十六枚はあったから別にどれでもよかった。
「4なんてないんですか」
「うちは変な商売はしないから…てことは35か5ってことですね。5っていってもノースキンでホントは6のとこを私の顔で5にしてもらうんですがね」
タケルは十年前に一度、その「6」を体験していたから、あれと同じならいいか、と承諾した。しかし、世間から隔絶された、この場所では何年たっても女の相場が変わらないんだなと感心した。
それみた合点だ、とばかりに男は外に顔をだして、何やら連絡をとりあっていた。
しばらくして大柄の男がやってきて、バッグの中から一センチくらいの厚みのプラスチックの写真立てにそれぞれ「女の子」の悩ましい写真とスリーサイズなどのスペックが書いてあるのを四枚ほど出してみせた。
「この子は性格も最高にいいよ」
半ば強制的に一押しの女にさせられた。
商談成立で一息すると、男は少し安堵したか、いろいろ話してくれた。どうやら男もこの「女の子」には世話になっているらしい。
「オレなんかは顔パスだからね」
「いい仕事ですねえ」
「だけど夫婦生活が破壊だよ」
「いいじゃないですか、カネの方が大事ですよ」
「そら、まぁそうだけど」
しばらくすると、黒塗りのベンツではなく、白塗りのレクサスでお出迎えがきた。何やら細い路地をバックで入って行き、バックカメラが大活躍していた。
こういうのは違法建築ではないのか?というような無茶な増改築がされたビルがこの近辺にはいたるところにひしめいてる。その玄関にあがるとすぐ右手の個室みたいな部屋に通された。大きな液晶テレビに雑誌やワインが置かれている。平日の夕方だからガラガラ。老眼には厳しい細かい字のメニューを見せられた。

しばらくして女が登場。第一印象、写真と別人…でも、ここで逃げられては困るってんで女が後ろからついてきて、タケルの背中を押すその手が不意に温かく、
「手があったかい」
と彼がいうと、
「そうかな?」
と女は笑って、自分で触っていた。
女は沖縄出身で東京にこの春から来ているといい、その発音にはどこか南国なまりがあった。
「ずいぶん久しぶりなんで何していいか全然わかりませんので、いちいち教えてください!」
とタケルが弱気に申し出ると、
「わたしもここが初めてなんでそんなに知らないんです。え?東京にきたのは…趣味のマンガのためですね。もっぱら買って読む専門ですけど。ブックオフで立ち読みしてるとニヤニヤしちゃうんですよ」
という女のいでたちは、黒のレース字のものを胸や腰に巻き付けて、ジプシー風というか、南国のエキゾチックな感じではあったが、顔がどうもお笑い芸人風で、そこへツケまつげをしてるから、
(ブラックジャックに出てくる、あれ何ていう名前だったっけ、ああ、そうだ、ピノ子だ、ピノ子みたいだな…)
とタケルが内心思っているうちに、Tシャツをはがされ、ズボンを脱がされ、靴下、そしてタオルの下からパンツも下ろされた。それでベッドに寝転んだかたちで、いつの間にか裸になった女が上から乗ってくると、いきなりフェラしはじめた。
「大きい…」
「そうなんですか!?それってよくないのかなぁ」
「そんなことないですよ」
「あそっか、別に大きいたって外人のみたいってわけじゃないもんね」
フェラする女の身体をタケルが上に引き寄せると、女は乳首をなめ、さらに上に寄ってきて、
「口はいいですか」
ときいてくるので、
「もちろん」
とフレンチキス。
「逆さまになってもらってもいいですか」
とタケルが注文すると、
「あたし毛深いですよ」
と女は恐縮しつつ、尻を向けた。その陰毛は暗がりで見てもたしかに濃かったが、コンパクトに剃ってあった。そこをタケルが舐めると、
「あ、ああ、ああああ、いきそう、ああ、あ、ヤバい、いきそう、あ、あ、あっぁ…」
さらに指を中に入れながら、その腹で陰核あたりを摩擦すると、またもやイキそうになる女。
「おっぱいの気持ちいい揉み方ってあるんですか?」
「うーん、ある程度は強く揉んだ方が気持ちいいかも」

30分ほどの前戯の後、
「そろそろ入れてみますか」
とタケルから促して、まずは騎上位。何かちがうなと感じたタケルは、正常位になってみた。
「なにが正常…なんだろうね」
それもタケルには違和感があった。
「こんなに開脚して痛くないの?」
「大丈夫です」
最後にバックで入れてみたらしっくり来て、タケルはここぞと子気味よく腰を使った。ピシャンピシャン、あッ、あッ、ピシャン、ピシャン、アッ、アッ。一発目だから五分で済んだ。
ブリブリブリ…。
そのとき、女の下半身から異音が漏れた。
「これ、おならじゃないですよ!」
女は恥ずかしそうに弁解した。タケルが送り込んだ空気とともに彼の白い精液が流れ出ていた。
「すごい量…」
「大丈夫かな…」
「あ、それは大丈夫ですよ」
と妙に自信ありげな女。安全日なのか、ピルでも飲んでいるのか。大丈夫じゃないのはタケルのチンコの方で、何かヒリヒリすると思ったら、エラのところで皮が真っ赤に腫れていた。やはり八年のブランクは大きいとタケルは思った。
「もうこれじゃできないな。あとは適当に流すか…」
タケルが呟いていると、
「あ、それじゃあ、マットやりますか?」
「オッ、その手があったね」
そこにタケルが仰向けになると彼の視界から外れた足の方で女がいろいろやっていた。
「いま、足に触ってんの、それ何?…でも一番感じるのはお尻なんだけどね」
タケルがそういうと、女は彼の肛門付近を丁寧に舐めてきた。
しかし、ちっともタケルのチンコはやる気をみせない。女も懸命に手でしごこうとするが、それでは無理そうなので、タケルはさっきと同じシックスナインの姿勢を提案してみた。
ローションで滑るビーチマットの上でのシックスナインはかなりスリリングであったが、密着してしまえばいい、と考えたタケルは、顔ごと女の陰部に押し付けて、舌を膣に差し込むは、陰核を噛むは、鼻をぎゅうぎゅう擦り付けた。
「あ、いきそう、いきそう、あ、あ、ヤバい、いく、いく、・・・・あ!・・・・」
女は息絶え絶えになった。そうなるとさっきまでフニャフニャだったタケルの愚息が血管が浮き立つほどいきり立つから不思議。
「あ、今ならいけそうじゃない?」
タケルが提案して、そのまま騎上位で挿入。ローションでほとんど摩擦ゼロ。にゅるにゅる、出たり入ったり。だんだんスピードを上げて、出たり入ったり、出たり入ったり、もっともっとスピードを上げて、入れて入れて、また入れて、どんどん突き刺す、突き刺す!!疲れた。止める。
「はああ、500メートルくらいダッシュしたみたい」
時計を見ると、タイムリミットまであと二十分くらい。休んでるヒマはない。いけいけゴーゴー!にゅるにゅる、出して入れて、出して入れて、入れて入れて、入れて入れて、突っ込んで突っ込んで、刺して刺して、ぶっ刺して、ぶっ壊すくらい、ぶっ殺すくらい勢いよく突け!突け!突け!…すると、タケルがやっとイキそうになってきた。ゴールというか山頂が見えると力が湧いてくるもので、よくもまあこんなに腰が素早く動くものだと我ながらそのマシンのような動きに感心していたタケルであった。
そしてイッた。
「はぁー、よかったー」
女も安堵した。麻痺しているのか、さっきまで痛かったチンコはまったく痛くなくなっていた。
「相手がいったときってわかるの?」
「わかりますよー!こうピクンピクンしてるから」
「ふうーん、そればかりは女にならないとわからないなー」


それから一年間、女が残したお土産であろうか、ノースキンの代償であろうか、タケルの亀頭のエラあたりにできた白っぽいオデキが治らなかった。六年間の苦行で悟りを開いたゴータマとはずいぶんちがう八年後の悟りであった。

焼き肉の女

虫の知らせというのが本当にあるとは祖母が亡くなる、その日まで思いもしなかった。まず飼っていたインコの具合が朝からおかしかった。止まり木にやっと捕まっているが、立っていられないで、下に落ちてしまい、ガタガタ震えている。そして夕方には息をしなくなって冷たくなっていた。さらにもう一つ、朝、飯を食べようと台所に入っていくと、妙に静かで、おかしいと思って冷蔵庫を開けてみたら、真っ暗。しかも食品は生温かい…
(あれ?これ壊れてる?なんで?冷蔵庫って壊れるの?そんな古くないのに…)
そして昼頃、祖母訃報の知らせが入った。
「ああ、ばあさん、鳥と冷蔵庫持ってっちゃったか…」

その祖母の葬式に参列したからというわけではないが、四十四という自分の年齢を思うとき、タケルは彼が敬愛する作家たちがそろそろ生涯を閉じる年齢だということを意識しないわけにゆかなかった。と同時に、彼らの華々しい生涯に比べ、自分の箸にも棒にもかからぬ生活が情けないを通り越して、どうにでもなれという寒い気持ちになるのであった。
二十歳の頃から細々と通いつめている、この色街が今では第二の故郷のように感じられるようになっていた。駅から三十分もある道のりは目をつぶっても歩いていけそうな気がしていた。かつての遊郭の風情を残していた柳の木もすでになく、弁財天や神社を通って、いよいよ街の中心に入るはずだが、まったくそんな雰囲気はない。至ってふつうの市街地がのんべんだらりと続いていた。
「最近、よく眠れないんです」
職場の女子職員から悩みを打ち明けられた翌朝でもあった。この人は三ヶ月ほど前に一ヶ月休職して、メンタルヘルスに通院していた。安定剤や睡眠剤に頼りたくないので、眠れなくても薬は増やしてないという。
「三時間くらいで目が覚めちゃうんです。それが何日も続くと、今度は眠くて眠くて仕方がない日が続くんです」
「医者に相談して、薬の種類とか量を調整してもらったら?」
「三大欲求ってあるじゃないですか?食欲、性欲、睡眠欲…」
(ああ、そうなんだ。睡眠って欲望なのか…)
「あたし、それが人一倍強いんです…」
この女性、みかけはドンと来いだし、ふだんは非常に明るくて、笑い過ぎってくらいよく笑う。
(だけど、その笑い過ぎるくらい…っていうのがかえってよくないのかもな)
タケルがそんなことを考えながら歩いていると、チラチラと人通りを伺っている男と目があった。以心伝心に引き込まれ、喫茶店風情の席に座らせられた。客はほかに誰もいない。
「3枚か4枚で」
「それならもう充分ですよ。十二時から入れます」
それからまず何やら電話をかけていたが、好みのタイプをきくので、
「若くて、細い子」
とタケルがいうと、一枚の写真をみせた。髪は長く、微妙に栗色だがさびた感じはない。
「お、これでいいじゃん」
ということで決定。
そこから三分ほど歩いて、待合室のふかふかの皮椅子に腰掛けて、タケルはテレビは見てるフリをして、出された冷たいお茶を一口だけ飲んで、まずはお手拭きで顔を拭いた。その栗色髪の女は「二十一歳」というが、たぶんサバを読んだ年だろう。
(それにしても、真っ昼間からこんな汗だくの汚いオジさんを抱かなきゃならないなんて、可哀想に…)
とタケルが思っていると、お呼びがかかって、黒いワンピースドレスの女が出迎えて、上階へいざなった。
「四、五年前には老健でヘルパーの仕事をしていたんですけど、夜勤が大変すぎてやめたんです」
女は生まれも育ちも横浜といい、田舎臭さはまるでなかった。
「休日ですか?友達と焼き肉とか食事に行きますね。お気に入りは横浜の叙々苑が最高ですね」

タケルが女のブラのホックを外したとき、
「わたし冷え性のくせに汗っかきなんです」
と言っていた。
(汗かくから冷えるんだよ)
とタケルは言おうとしたが言わなかった。
こじんまりとした陰毛、肉付きのいい豊かな太ももはやや色白タイプだった。
(こんなに見え見えでいいのね)
あまりに部屋が明るいままなので、タケルのものはすでに大きくなっていた。
「もうびんびん」
「早まってすいません」
「いえいえ、うれしいです」
「穢くてすみません。よく洗ってね」
「いえいえ、別に」

まずは女が上になってタケルを攻めはじめた。
「わたしドMなんですけど、Sもいけます。Mの人ってSにもなれる」
さすがにいきなりチンコはいかないで、口にキス。タケルは女のふくよかな唇を感じて、舌を舐め合ってみた。
「おっきいね」
(何でも大きいって言えば男はうれしいと思っているのだろうか?)
そう思ったタケルは意地悪に、
「おっきいのがいいの?」
「そういうわけじゃないです」
女は焼き肉をしゃぶるようにじゅるじゅると唾液の音を立てて、タケルのものをむしゃぶっていた。
(まさに肉慾だな…)
とタケルはその勇姿を眺めていた。

今度は上下交代してタケルが攻める。
乳首を愛撫し、乳房をもみしだき、中指で陰核をマッサージ。膣はこじんまりと小さく、中に指を入れると二本くらいは入るがややきつい。
「痛い」
勢いあまって歯があたると女は正直に嫌がったので、
(そらそうだ。自分だってアナル舐められるときは、くすぐったいくらいが一番気持ちいい)
そう思いながらタケルはとことん繊細なタッチで愛撫した。指で攻め始めるや、にわかに濡れてきた陰唇周辺は前の方だけ毛があった。
「ああ、ああ、いっちゃう」
「いいよ、いっちゃって」
いつものお決まりのやりとりだが、タケルはつい指に力が入るのを制しながら、女の声を高めながら速めていった。
「はあー、はあー」
女の呼吸が粗くなったが、そういうさなかでもタケルのやり方がまずいと、
「あ、それ痛い」
と冷静に女は嗜めた。
女の声がとまって逝った瞬間、タケルもますますビンビンに充血した。それに乗じてインサートに突入。女はうまい具合にスキンをつけて、上になってはめた。
「ああ、固くって気持ちいい」
言葉のサービスも上手だな、とタケルは感心した。
「まだ固い?」
密かに射精して、しばらくした後、タケルが聞くと、
「どうだろう、はずしてみないと…」
すぽっと抜くともう腑抜けであった。
(いつ逝ったかなんて女にもわからないもんなんだな…実際、そんなのどうだっていいんだし…)
とタケルは思った。
その後、女はうつぶせになったタケルの上から、唇や素股、足の裏まで使ってマッサージした。
「ああ」
女は素股のとき、自分も感じている声を出していた。
(素直でいいね)
そう思ったタケルだが、肝心の息子は黙ったまま。そこで彼はシックスナインでお互いに攻め合うことを提案した。
「ほんとだぁ。じゃあ、あとでベッドでも」
とタケルの予言通り、いきり立ったのを感心していた女であったが、ベッドに移動するまでの間にその貯金もすべて帳消しになってしまった。
(若い頃はこんなんじゃなかったのに…)
二度目のベッドプレイはタケルにとって苦痛以外の何物でもなかった。息子の襟首あたりがヒリヒリして、久しぶりにギターを弾いて指の皮が痛い、みたいな感覚だった。
そしてまたシックスナインの体勢でやりはじめた。クンニの際、クリトリスを舐める方向を奥(膣側)から手前に向けると、女の声がいっそう高くなることを発見したタケルは大陰唇全体を触れるか触れないか微妙なタッチで刺激することで、女を二回逝かせていた。
タケルの方は一応、立つには立って挿入もできたが、とうとう射精には至らなかった。
「いいの、いいの、気持ちよければ」
(あなたはよかったでしょうけど、こっちは…)
とは言えず、どこまでもやさしい女の言葉に救われたかたちのタケルであった。

帰り際、タケルが女に自分の年齢を当てさせると、
「三十代の前半でしょ?せいぜい五か六くらい?」
「四十四なんだよ」
「ええ、全然みえない!」
「貫禄がないんですよ」
十年前だったら若く見られることは嬉しかったが、今の彼には年相応に見られることの方が嬉しかった。
「これで焼き肉いっぱい食べてね」
チップに樋口一葉を一枚あげると、
「すみません、ありがとうございます」
と痛み入るような表情をみせて、
「今日はありがとう」
とタケルに抱きついてキスしてきた。その時、香水というよりは歯磨き粉か柔軟剤のような薬品ぽい感じのする、ほのかに甘い匂いをタケルは嗅いだ。

翌日から一週間、タケルの鼻の下あたりに吹き出物ができて、触ると少し痛みがあった。腫れをつぶすと、何とも言えない臭いの汁が出てきた。二週間ほどすると、今度は臍の下あたりに最初、赤みと痛みがあり、一時は歩くときも着てるものが擦れて痛かったが、徐々に固まってシコリのようになった。

五ヶ月がたち、タケルの身体の異変はすっかり治まり、女の影響で彼は焼き肉が好きになった。

青姦の霹靂

女はキュートな女の子といったキャラだったが、案外、グラマーな体形の持ち主でもあったから、タケルはいろいろな初体験を彼女と経験した。初フェラ、初クンニ、初アオカン。あれから二十年も経つのに、昨日のことのように思い出せる。が、思い出したくない。

初キスはタケルの家から一キロほど離れた公園のベンチだった。その日、二人は初めてデートした。
「最近、風を感じるの…」
河原の土手に腰を下ろして女はいった。
「ぼくも…」
つられてタケルもそう言っていた。それから二人は何キロ歩いただろう。とくに見るべきものがあるわけではない、タケルの家の周辺をとぼとぼ何時間も歩いて、日もとっくに暮れた頃、最後に行き着いたのがその公園のベンチだった。暗がりの中で隣同士に座って、初めての口づけを交わした後、タケルは女のシャツのボタンを二つほど外して、ブラの胸を触っていたら、
「今日はダメなの」
と女にもったいぶられた。
それから一ヶ月ほどして、世田谷の女のアパートで初ベッドイン。
「初めてなの…」
突然、告白されて、
「ぼくもだよ…」
とウソかまことか、つられてタケルも言った。
女は慌ただしくシャワーを浴びて濡れた髪を乾かすこともせず、暗くした部屋でベッドに横たわった。タケルも何とか挿入しようと試みたが、女の膣は指が一本やっと入るほどの窮屈さで、しまいには指が血まみれになった。
それから一ヶ月もたたない頃、女の叔母が所有するマンションの合鍵を彼女が持っていたので、二人で忍び込んでよく過ごしていた。ある夕方、玄関から入ってすぐ左の四畳半の部屋に布団を敷いて、いつかのリベンジを試みた。すると、大成功。あまりの嬉しさにタケルはたてつづけに四発も彼女の中で発射した。もちろんゴムは毎回着用。
その後、女は調布に引っ越して、タケルもその隣の安アパートに越した。スープの冷めない距離とはこのことで、二人はしょっちゅう行き来していた。女には四つ年下の妹がいて、たまに彼氏が遊びに来ていたが、女とタケルが毎日のようにエッチしているので呆れ返っていた。
女の陰唇は皮が長く、タケルが吸い込むと刺身のように口の中に滑り込んできて、
(このまま噛み切ったら痛がるかな?)
とタケルは思っていた。そのクリトリスを彼が指で弄んでいると、女は、
「ああ、ああ、ああ」
と恐がるような声を出しはじめ、突然、
「きゃっ!」
と叫んだかと思うと、彼にギュッとしがみついてきて、ちゅっちゅ、ちゅっちゅ、キスしてきた。
(これがイクってことなのか…何だか怖そうだな)
彼の方が驚いた。

初めてのアオカンはそれから二ヶ月ほどした秋に近い十月頃だった。それもタケルの家から三キロほど離れた、現在は幹線道路になっている雑木林の中だった。激しい腰痛で会社を休んでいたタケルの元へ、女はわざわざ見舞いにきて、一緒に散歩にでかけた途中にむらむらっとなって、気がついたら雑木林の中でタケルは女のコーデュロイのズボンを下げて、白いショーツも下げて、白い腿があらわになって、タケルも自分でズボンを下げて、そのまま挿入しようとすると、
「ゴムあるよ」
と女は背中のリュックからコンドームを出した。それをタケルは自分でつけて、膝の上に女を乗せて、抱っこちゃんのようなスタイルでやった。用意のいい事。つまり、女もやりたくて見舞いに来ていたわけだ。

それは女の誕生日であったから、付き合って一年たった九月だった。
初めてキスした公園の別の場所で、そこには当時、斜面に沿って雄大な遊具があって、その中腹あたりに木製のベンチがあった。そこでお互いの性器に手を当てて、オナニーし合った。タケルが発射しそうになると、頂上まであがって、彼は仁王立ちし、女はしゃがんでフェラ。口の中で射精。ごっくんするときの女の嬉しそうな顔。
(そういうのってどこで覚えたんだろう?つい一年前まで処女だったのに…)
とタケルは思って考えたが、彼自身もジャンプとかスピリッツとかエッチな作品が載っているとそこばかり熟読していた。そうして知識だけが膨れ上がって、欲望というのはそうして成長していくものだと考えた。二人とも二十五で、異性の身体とか性行為自体が物珍しかったから、どこでも気軽に行為に及んだ。
例えば、明大前の駅前にあった教習所に夜、忍び込んで、倉庫みたいなところでやったり、白神山地に旅行したとき、十二湖行きのバスの一番後ろの席でもシートの影に隠れてタケルは女にフェラさせた。お互いの部屋でやれば一番快適だし、やりたいときはどこでもやれたから、わざわざカネを出してラブホテルでやるという発想はまったくなかった。

「佐藤くんの子供を産みたかった…」
別れたあとに送られてきた女の手紙にそう書いてあったのを見て、タケルは本当に結婚しなくてよかったと思った。
(だって、初体験の相手と結婚なんて今どきあり得ないだろう?)
タケルは女に二十万くらいする真珠の指輪まで渡していた。そのまま結婚させられるはずだった矢先、祖父が亡くなった。そういう時は何かが精神に影響を及ぼすらしく、タケルは仕事も手がつかなくなり、あらゆることから引きこもりたくなって、アパートも引き払い、むろん女とも会わなくなった。
今、思えば、タケルは行き詰まっていた。女と二人だけの快楽に耽るのはいい現実逃避だったが、実際に結婚して、互いの親族同士が付き合うとなると、その重圧で暗い気持ちになってしまった。そもそも女が一緒の職場にいるということ自体が彼の重圧になりつつあったから、女に転職を勧めて、女もいくつかあたっていたが、どれも嫌々行かされてるという感じだった。そんなある日、祖父の急逝によって夢から醒めたわけだから、青天の霹靂とはまさにこのことだった。