非恋愛主義(4)



忍ぶ男 痴人たちの愛 冥土の土産

忍ぶ男

「自分が恐くなった… 」
セフレの女がマサトに最後に放った言葉だった。

五月頃からマサトの職場にときどきボランティアにきていた女子大生がいた。
「ああいう人がいると、職場の華になるよね」
「Bさん、いいよねぇ。あんないい子、そういないぜ!?」
男達がそのBのことを話していると、
「Bさんって…でも実は足くさいんだよー」
と言った女子職員がいた。それを端で聞いていたマサトは、
(そうなのか…、それじゃぁ、嗅いでみてぇなぁ…)
と心の中でBに関心を持った。

ある朝、マサトはBに自分のメールアドレスとメッセージを添えたメモをしたためた。
三日後、Bがマサトに言ってきた。
「メモ、見ましたかー?机の引き出しの中に入れておいたんですよー」
どうしても見つからず、Bはもう一度、自分のアドレスを書いてマサトに渡した。

夏のある日、マサトが職場からとぼとぼ駅まで歩いていると、キキーッ!と油の切れたブレーキ音を立てて自転車が彼の横でとまった。Bがマサトの後ろから追いついたのだった。
「なにその自転車…わかった。拾ったんでしょ?」
「エー!これ私のですよー。わざわざ実家から持ってきたんですから」
「ダメじゃん、ライトもつけないで。お巡りさんに捕まっちゃうよ」
重そうな自転車を押して歩きはじめたBはミニスカートから白い脚を出して、足の指には碧のペディキュアが塗ってあった。マサトはとにかく会話をつなげてBと一緒に歩きたかった。
「そーなんですー。ライトもだし、ベルもダメなんですよー」
「これから帰って自炊?」
「はー、イヤ、コンビニで…」
「一週間のうちどんくらいコンビニのメシなの?」
「んー、ほとんどですよ」
「うわっヤバ。栄養偏るよそりゃ!豆腐なんか食べないでしょ?」
「エー、でもハマるとずーっとそればっかり食べるんですよ。納豆とか。今はおろしなめこソバ!」
いつしか二人は駅前の踏切まで一緒に歩いていた。
「そんじゃ、その大好きなおソバでも、ご一緒しますか」
マサトが誘うと、Bは無言のまま訝しげな表情を見せ、それまでの和んだ雰囲気に急に暗雲が立ちこめたので、マサトが焦っていたら、
「アラーッ!」
とBの大学の友達が彼女に声をかけてきた。彼女の固まった表情は一瞬にして緩んだ。
(ああ、よかった…でも、どうせ誘うならソバなんかじゃなく…、もっと高いのがいい!)
Bが友達と和んでいる間に、マサトは近くにBが行きそうもない割烹料理屋があったのを思い出して、Bをそこへ導くことに成功した。

「おいしーい!このイカの刺身?」
Bはすでにお通しで感激していた。
「んーー、うまいっ!」
そしてジョッキでビールを飲む姿はまるでおやじだった。鰻、柳川、合鴨、いちじく無花果のワイン煮に二人は舌鼓を打った。短いスカートを気にせず、無造作に足を組み替える仕草や、髪をかきあげて後ろでひとつに束ねるBの仕草は、カウンター席のすぐ隣にいたマサトを刺激した。
「え?『セフレ』は…セックスフレンドの略じゃないですか?…『アオカン』は…外ですることですよね?語源ですか…それはよく知らないです…」
二人とも酒が回って、いつしか話題はマサトの得意分野へ。彼が自分の体験談を話した後で、
「そういう露骨なのよりも、例えば、谷崎潤一郎の描く、女の足裏とかの方が好き」
というと、
「でも、そういうのが一番エロなんですよー」
重たそうに自転車を支えながらBは上半身をぐにゃっと少し傾けて、得意げなマサトの顔をじっと覗き込んだ。
「エー!えっちー!」
次から次へと飛び出すマサトの下ネタ話に嬉々としている様子から、
(あのまますぐ近くのホテルに連れ込んでいたら、たぶんエッチできただろうな…)
とマサトはあとで後悔した。

数日後、マサトはBに血液型や生年月日を聞いていた。
「生年月日なんて知ってどうするんですか?悪用しないで下さいよ」
そう釘を刺されたマサトは占いや易学の文献から彼女の性格診断をして、それをメールで送りつけていた。
「厄年かぁ嫌だな。気をつけよ。マイペースは当たってます。でも友達少ないっすよ?心許せる友はなおさら。基本的に一人好きなんで…恋愛は結構当たってますねぇ。別に自分がモテると言ってるわけじゃないですけど、ぶっちゃけ、ちょいモテなんすけど。寂しがり屋とか、独占欲が強いとか、受け入れてくれる人がいいとか、かなりその通りですね。…だけど、こんなの嫁にしたい人いますかね?全く倹約家でもないし、時間と金にはルーズだし…。全体的に当たってると思いますが、どうやって調べたんですか?長い文だったので大変だったでしょうに…。ありがとうございます。いい悪用でしたね。」
その占いによれば二人の相性は、
「共感は低いが、引かれ合う力は強く、一目惚れ状態で即、恋人へ…。友達関係は成立しない」
という微妙なものだった。

「なんでこんなに質問責めなんでしょう?」
呟きにも似たBのメールに、マサトは突拍子もなく重い言葉を返してみた。
「真面目な話が身元調査です。私のじっちゃもばっちゃもそろそろ先が長くないんで、曾孫でも見せて最後の孝行でもしようかと思っとるんですよ。今はちょいモテのBさん的には協力していただけませんか?」
それはほとんどプロポーズだった。
それから数日後、
「田代さん、じゃあ女に関して結構間口広いんだ?」
いきなり、同僚の男性にいわれたマサトはピンときた。
(さては、Bのやつ、例のメールのこと誰かに言ったな…)
「例の曾孫の件ですが、ジョークですので、やたらと口外しないように。でも二、三日は、どんな反応がくるか楽しめました…」
「ジョーク…お好きですね〜。あれってプロポーズなんですか?こんなのホントに嫁にしたいんですかぁ?きっと私の事よく知ったら呆れ返ると思いますよ」


「ありゃりゃ、髪こんなになっちゃった…」
娼婦は鏡を見ながらきつくピンでとめていた髪が乱れてしまっているのをマサトに見せた。女はBと同じ年齢だった。
「これは何の絵?」
女の右肩に彫られた刺青にマサトはみとれた。
「鷹よ。昔、うちにそんな置物があったから…」
刺青は一度消した跡のようなモヤモヤの上に描かれていた。
「空高く飛べるからいいね…」
マサトは鷹の鋭い爪がギュッと彼を鷲掴みにする光景を想像して凍り付いた。
「少し離れているわね…」
ベッドに並んで座った二人は、しばらく他愛のない会話をした後、いつもと変わらない性の営みに吸い込まれていった。


「夏は終わりましたねぇ?夏らしい日なんてたった一日もなかったすけど…」
「私も一回だけ、夜遊びできたかな」
「へぇ〜、いいこと、ありました?」
「え〜?ないです、ないです」
マサトが自分より十歳年上のパート女性と話していると、
「そんなこと言っちゃって〜、二ヶ月後くらいに、田代さんがここの職場の誰かさんと付き合ってたりしてね〜!?」
とからかわれた。その「誰かさん」とはBのことらしかった。

プロポーズメールをバラされて以来、マサトはBと顔を合わすのもバツが悪くて、挨拶もろくにしないでいたら、
「お願いが…」
というメールがBから発信されていた。業務上の伝言であった。
(人を使うなっての!)
マサトは返信をかえさず、用件だけ処理した後、二千字くらいメールに打ち込んで、結局送らなかった。ただやりきれなかった。

翌朝、マサトの電話にBからの着信履歴が残されていた。
(どうせ、昨日の頼み事の確認だろ!あんな用件、誰だってよかったはずじゃないか!)
帰る支度をしていると、二回目の着信音が鳴った。
「あ、いいですよ。出て下さい」
同僚男性とちょうど話していたときだったので、マサトは思わず終話ボタンを押した。
(あ…切られた…)
そのときBがどんな顔したか、マサトは想像してほくそ笑んだ。


「いつもこんなに激しいの?貴方のソレいいわ」
Bからの電話を無視した、その足でマサトは遊蕩に出かけた。とにかくBのことを忘れたかった。


「メール返信も電話もでなかったりしてすみません。何故か情緒不安定で」
後日、気分が落ち着いたマサトはBに釈明のメールを送ってみると、意外に早く返信がきた。
「イヤ、お忙しい中メールしたりお電話したので、こちらこそすみませんでした。あの件は問題なく済みました。お騒がせしました」
マサトは思わず、ダイヤルしてみた。
…ツールルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル、ブチッ。
(あ、切られた…)
今度はマサトの方が電話を切られたかたち。
「すみません。今、授業中です…。」

マサトのことをからかっていたパート女性から誘われて、昼下がりの大学を一緒に散歩していた。すでに何度かプライベートで会食するようになっていたが、マサトはこの年増女にはまったく性的関心がなかったが、女性の方はやたらマサトの武勇伝を聞きたがった。女性には今年大学受験を控えたエリート高校の一人息子がいて、旦那は商社マンで、海外勤務も多いという。長い専業主婦生活にどっぷり浸って、初めて社会に出ようと今の職場に勤め始めたという。
「好き嫌いないの今どき珍しいですよね〜。私は偏食で…」
「あー、人も好き嫌いは少ない方ですね。っていうか人を本当に嫌いになるって、すごく難しいはずなんですよ」
「え…なんで??」
「嫌いな人の嫌いな部分が鼻につくわけで、それは裏を返したら自分にもその部分があって、隠したいからなんだと思うんですよ。自分の嫌いな部分を知ることは、自分を大切にすることだと思うんです」
「うんうん、わかるわかる!」
マサトは女性と食事の後、お茶して三時間くらい延々としゃべり続けた。
「昔はモテモテだったんですけどねぇ。それに…大恋愛の末に結婚したはずなんですけどね…」
閑静な住宅地を一緒に歩きながら、そのパート女性は遙か二十年前の記憶を回想していた。
後日、女性からマサトにきたメール。
「あなたのお話を聞いて息子は親を安心させるために生きてるわけではないって気がしてきました。それと迷惑かけてしまうけれど外へ出たい私の気持ちを息子に話せました。『したい事をすればいい 頑張れ』と言ってくれました。可愛い息子は頼もしい息子になっていたようで母は大泣きでした。あなたに感謝しています。ありがとう。…あなたが想いを寄せる、その誰かさんに嫉妬しながらあなたのお話を聞いていました」
この女性はしばらくして、心理カウンセラーになるとかで退職してしまい、その後もたまにマサトにメールを送っては誘ってきたが、マサトは適当に茶を濁していた。

その頃、マサトにもう一人、しょっちゅうメールを送ってくるバツイチの女子職員がいた。
「自分の好きな人にメールで揺さぶりなんかかけても、相手の返答如何に関係なく気がつけば最終的に揺さぶられるのは、いつも私だと云う事に気がついた。自分で自分を揺さぶっているのだ。これが私の病気である。本当にその人が好きなのか?というより結局自分に酔うことの方が好きなんでしょうかねぇ?」
(こいつ、オレがBに揺さぶりをかけて、自分で酔ってるだけといいたいのか?)
そう思ったマサトはおもしろ半分に返信を返した。
「別に病気じゃないよ。誰だってそうだよ。『情けは人のためならず』って言葉があるようにね。大切なのは誰かを好きだというその心じゃない?そしてその人と近くにいられるってことが幸せじゃない?好きな人にだって嫌いな側面はあるから、知らない方がいいこともある」

その数日後、バツイチ女からマサトへメールがきた。
「失恋したらしい田代さんへ…私の好きな人へ、チクチク攻撃していた成果がようやく実った…」
マサトはこのバツイチ女のチクチク攻撃のせいで、Bにふられたということになっているらしい。たしかにマサトはこの間に、彼が好きなバンドのCDやら、彼が買ってはみたものの着れなかった服を、Bに無理矢理に押しつけては、
「もらったら悪いですよー。何で私なんですか?他にもっとあげる人はいないんですかぁ?」
と困らせていた。

バツイチ女からマサトへのチクチク攻撃がまたきていた。
「最近考えて居るんです。無愛想と無表情について」
「何でそんなこと考えるの? そこが面白いよねぇ」
「…私がきっとそうだから。」
(また揺さぶりだな…そうか、オレのBさんへの態度が、無愛想と無表情なんだな)
そう直感したマサトはバツイチ女に今度は揺さぶりメールを送った。
「案外シャイな私は、好きな人と、嫌いな人、つまり自分に近しい何かを感じてしまう人に対しては、意識しすぎて無愛想になってしまう傾向がある。最初は仲良しだったのに、告白されると逆に意識が働いて話も普通にできなくなったり…そういう経験ってありませんか?」
すると、バツイチ女から返信がこうきた。
「…誰に対してなのかはわかりませんが、誰かしらに対する感情の余波を、微かに感じたのかも。よくわかんないけど」
マサトがあたかもBに告白されたかのように書いた翌日、
「田代さん、高をくくっているでしょう?」
呆れた顔でバツイチ女がマサトに言ってきたから、
「それってどういう意味だっけ?」
とマサトはとぼけてみた。
しばらくして、そのバツイチ女は退職してしまった。


クリスマスイブの夜。
マサトがBに何度もメールを送ってもエラーの表示しかでない。電話してみても…不通。
「携帯のアドレス変えた?」
そう聞ければまだよかったが、勉強の方が忙しくなったBは、以前のようにはマサトの職場に来れなくなっていた。ついにBとの連絡の糸がプッツリ切れた。


「痛いもうヤダ!」
「出た?」
「だって逝ってないじゃない」
女は諦めて腰の動きをやめた。身長170センチはあろう大女に、Bに自分の服をあげたときの反応を話したら、
「えっ…そんなの不気味〜。私もその人と同じく遠巻きに拒否してそう言うなぁ。すごく親しい人ならわかるけど。もし本気で付き合いたかったら普通しないわ。そういう自己満ならいいけど〜」
と返されたのが癪にさわったマサトは、終始ちぐはぐな遊蕩に疲れきった。


その年末、マサトが小さい頃からよく一緒に公園で遊んでくれた祖父が亡くなった。その頃からだ、マサトの行動が常軌を逸してきたのは。
夜中に職場の女子トイレや更衣室に忍び込んでは、髪の毛とか使用済みのナプキンとか、とにかくBの身体の一部ではないかと思われるものを盗んでいた。また直接、Bのロッカーにあった未使用のナプキンを持ち出しては、工作用注射器を使って自分の精液をそこに注入したり、Bの下駄箱から小さな上履きを持ち出して、足の代わりに自分の性器をはめて擦り付けるといった悪質ないたずらを繰り返していた。

年が明けて、ある雨の降る日、マサトは仕事が休みなのにわざわざ職場まで行き、勤務中のBのロッカーにあった彼女の上着のポケットから鍵を持ち出して、そこからクルマで五分ほどの彼女のマンションまでタクシーで行った。オートロックの玄関ロビーだったが、前の住民について行ったら難なく入ることができた。階段をあがって三階へいき、直線の廊下の十メートル先に、Bの棲む部屋はあった。表札はなく、鍵を開けると部屋は真っ暗で、携帯電話の画面を懐中電灯のようにして電灯スイッチを探り当てた。
Bの部屋は脱ぎ捨てたズボンやキャミソール、Tシャツが足の踏み場もないほど散らかっていて、ベッドは布団を剥いだまま、ゴミ箱には化粧品だか使ったちり紙がいっぱいという有様だった。
(たしかにこれじゃぁ、嫁にできないなぁ…)
そう思いつつ、マサトは女子大生の独り住まいを興味津々に探索した。冷蔵庫にはきれいなフォトカードが貼ってあり、そこには外国人女性のヌードが写っていた。
(女が女の裸みて面白いのか?…レズなんじゃないの?)
マサトがトイレに入ると、正真正銘のBの使用済みナプキンが発見された。さらに風呂場には赤い柄物パンツが脱ぎ捨ててあり、そこには黒ずんだ染みがついていて、鼻に当てるとカビのようなニオイがした。そしてBが毎日使うリンスのポンプを開けて、さっきの赤いパンツのニオイを嗅ぎながら、マサトはボトルの口に直接射精した。中身と色はほとんど変わりなかったが、ニオイで気づかれるのを恐れてマサトはポンプの柄でよくかき混ぜた。
Bの部屋に十五分ほど滞在した後、マサトは職場に戻ると、素早くまた更衣室に忍び込み、鍵を元通り彼女の上着の中に戻して、職場を後にした。この間、職場の人間とは誰とも顔を合わせなかった。
帰りの電車の中で、マサトの心臓はまだバクバクしていた。Bのマンションに向かうタクシーに乗った時点から犯罪的な緊張感で心臓が壊れるかと思ったほどだった。と同時に、マサトはそんな実行力がある自分が恐くなった。自分を捨てたセフレ女が最後に放った言葉が身に染みてわかった気がした。

痴人たちの愛

「経験者は語る、ですか」
中村アキは職場の先輩、田代マサトと最近、巷で話題のW不倫について話していた。
「大学の先輩と同棲して一ヶ月もしないうちに喧嘩ばかりするようになって、そこに間男としてオレが入ったの。間男ってわかるよね?」
アキは一応、頷いた。
「その子、二十四だったんだけど、子ども三回くらいおろしててね…もうできないかもって言ってた」
「えー…」
二十三のアキは妊娠すらしたことがなかったので引いていた。
「でもね、結果的にはその内縁の夫とも別れて実家に帰っちゃって…」
しばらく沈黙があった後、アキも打ち明けるように、
「わたしも間男とつき合ってて、新しい人探そうと思ってるんですよ。で、こないだ人生初の街コンに参加してみたんです。東芝のエレベーターとかの人たちと。顔はけっこういいんですけど、全然おもしろくなくて…不毛な会でしたね」
アキの友人たちもみんな婚活はしてるという。
「あっちからしてもこの子はここはいいけど、ここがダメで…ってとこがあって、それでも妥協して、このくらいなら…って決まるんだろうね」
「友達で、実家暮らしの四十六歳の人と付き合ってる人いますよ」
「結婚歴はあるの?」
「ないですね」
「じゃ、オレと同じか…もう人生半分は過ぎてるからさ、あと何年生きれるのか」
「カウントダウンですか…」
「そう。だからね、オレの骨を拾ってくれる人なら探したいかな」
「ええーーー!?そんなプロポース聞いたことないですけどね」

ある日、マサトは研修生の女の子と話していた。その子もアキと同じ二十三歳だというが、やや幼く見えた。
「バイト先の男の子からしつこくメールが来るんですよ。チケットとれたんだけど…とか。いつも空気読まないんですよ。こっちは忙しいって言ってるのに、そういうときに映画のチケットとれたんだけど…とか言ってくるんです」
「もしその映画がすごく興味あるやつだったら行く?」
「行きますね」
「その男の子に全然気がないんだったら、そう言ってあげた方がその子のためだよ。期待持たせるのは酷だよ」
(いまどきの子って全然気がなくても、デートとかできちゃうんだな…)
プロの女との一回きりの情事は気軽に楽しめるのに、素人となると、デートだの、食事だの面倒くさくて、なかなか手が出せないマサトであった。

その頃、マサトもアキとメールのやりとりを始めていて、漸くデートの約束にこぎつけた。
「えーでも マジ二人きりでいいのー?」
「なんですかその嫌そうな感じ。気まずいなら誰か誘ってください」
「気まずいわけないじゃないですか。超嬉しいんですけど、つかやばい」
「つかやばいって日本語としてやばくないですか。徹夜明けにたくさん歩かせて申し訳ないですけどがんばってくださいね」
「疲れたらどっかで御休憩でもしましょうか」
「御の字をつけると一気に動物園から離れたイメージになりますけど」
「ばれちゃいました?冗談ですけど。間男になりたくてさ」
「まさかの間男志願!間男はおいといて、動物園は楽しみです」

動物園なんて平成になって一度も行ってないマサトが、平成生まれのアキと動物園デートすることになった。これは時代に追いつかなきゃとマサトは何年も使ってなかった携帯、じゃなく今はスマホを持つことにした。時代はメール、じゃなくLINEであった。

「おはよー写真変わったねー これはハスの花かな?」
アキのLINEのアイコンが変わっていた。
「おはようございます!あったかくていい天気でお散歩日和ですね。ハスの花で正解です」
「何でハスの花なんですかー?」
「ハスの花、綺麗じゃないですか しかも割と汚い沼からぽんって花だけ飛び出て、沼の中に何が沈んでるんだろうみたいな、なんか隠してそうな想像の余地があるから見てて楽しくないですか」
「ハスの花はさ お釈迦さんも座ってるよね 煩悩の泥沼の上に悟りも花開くらしいよ」
「煩悩があるから悟りが開けるんですか?煩悩って泥沼扱いなんですね〜」
「よくは知らないけどねー 経験者は語るってやつじゃないの?」
「煩悩がないと生きていけません!」
「エー煩悩がなきゃ生きていけないって初めて聞いたかも 確かに悩みがない人生ってバカみたいだけどねー」
「悩みがないってのは穏やかで羨ましい人生ですけどねー 自分がそうなりたいかっていうと微妙です」
「中村さんの今の煩悩は何ですかー?やっぱ食欲ですよね?あと金欲!?でもそんだけじゃないでしょ」
マサトは性欲と言わせたかった。
「食欲はいつでも爆発です。 煩悩何かな〜 最近は遠くに行きたいですかね」
言葉だけのやりとりはいろいろな壁を軽々と越える。父と娘ほど年齢のちがう二人は友達みたいに延々とLINEしていた。もし相手がそれほどでもなかったら、こんなには続かない。

「飲むか!やけ酒(笑)」
マサトがLINEすると、意外にもアキが食い付いてきた。
「やけ酒!賛成です\(^O^)/ そしたら夜飲んで翌日二日酔いしたいですけど〜」
「いいよー!でもそんなに飲んだら帰れなくなっちゃうかも ちゃんと面倒見てくれる?」
「えー田代さん飲む気ですか? 私が要介護になるので田代さんはお水でお願いしますね 笑 じゃあ、お待ちしております(^o^)」

マサトはアキに貸してといわれた、谷崎潤一郎の『痴人の愛』を本棚から出してぱらぱらと読み返した。すると最後にこう書かれていた。
「これで私たち夫婦の記録は終りとします。これを読んで、馬鹿馬鹿しいと思う人は笑って下さい。教訓になると思う人は、いい見せしめにして下さい。私自身は、ナオミに惚れているのですから、どう思われても仕方がありません。ナオミは今年二十三で私は三十六になります。」
その三十六よりだいぶ年上のマサトだったが、その滑稽ともいえる夫婦の記録を「教訓になる」とは思えても、「馬鹿馬鹿しい」とは思えなかった。ということは、彼も「痴人」にちがいない。

待ち合わせの駅の改札を出たところでアキはマサトを待っていた。
まず駅から少し離れた店ですき焼きを食べた。そこでアキは焼酎を飲み、マサトは水を飲んでいたが、二件目の居酒屋でマサトはすっかりふつうに飲んでしまい、アキもけっこう飲める口だが飲むとふにゃふにゃになってしまい、強いんだか弱いんだかわからない。
店を出ると二時過ぎで、もちろん帰れる電車はなく、三月上旬の外は寒いので、どこか温かいところで夜を明かそうということになった。誰も歩いてない駅のコンコースを渡って、デッキの階段を降りてまっすぐ歩いて、すぐ右のところに、マサトが下調べしてあったラブホテルがあった。アキも一週間前に街コンで知り合った男とそのホテルに来ていて、
(またここか…ただ眠るだけなら、ま、いっか…)
と安心していた。
時刻はもう三時近くになっていたので、もう寝ようということになり、アキはスモークガラスのシャワールームでバスローブに着替えた。それを見たマサトはそのまま服で寝るつもりだったが、あわてて自分もバスローブに着替えて、ベッドに潜り込んだ。アキも着替え終わるとベッドに入り込んできた。
二人は少し離れて、背中を向けて眠りに入った。沈黙の時間が続いた。
(マジで?大の大人がラブホに来て、ただ添い寝するだけって…どうなのよ。情けなくね?それに先に服脱いでバスローブに着替えたのは彼女の方だ。本当にやるつもりないんだったら着替えないだろう。それってOKの意味と解されても仕方ないんじゃね?)
だんだんそう思えてきたマサトは徐々にアキの身体に近づいていき、手で彼女の肌に触れた。
唇を合わせるとアキは抵抗はせず、でも、
(そんな話じゃなかったはずでしょ?)
と言いたげな顔をしたので、
(そういうのも巧みな演技なのか?でも、やっぱりいけないことをしたのかな…)
と思いつつ、マサトはまた大人しく寝ることにした。

四時くらいになった頃、
(もうこんなの絶対におかしい!このまま何もせずに帰したら、オレは負け犬になる!)
そう思い詰めたマサトはとうとう本気でアキのバスローブを剥いで、乳房をあらわにして、乳首にキスした。大人しく引き下がったさきほどとは様子がちがうマサトに、アキも激しく抵抗した。抵抗されると反対に燃え上がるタイプのマサトは、今度はアキのパンティの中に指を入れた。
(え?何、この感触…)
もっこりした恥丘にはほとんど毛らしい毛はなく、肝心の陰核も陰唇ものっぺりしてよくわからない。
(触ったことないけど、女子中学生のってこんな感じかな?)
そんな感触だったが、分泌液でぬるぬるに濡れていたので、立派な大人の女性器には間違いなかった。
(なんだ、やっぱり身体はウソつかない。こんなに濡れまくりなんだから期待しまくりなんじゃないか)
それでもマサトがパンティを下げようとしたら、アキは手で押えて激しく抵抗した。しかしマサトは仕事柄そういう状況に慣れているので、難なくかわして小さなパンティを脱がして放り投げた。
(何だろう?この脚の感触…ツルツルしてひんやりして、何かマネキンみたいだな)
マサトはそう思いつつ、手をアキの太腿から股間にかけて沿わすと、脛の方とはちがって、そのむちむちの肉感はすごい熱をもっていた。
(めちゃ感じまくってるやん!)
「田代さーん!田代さーんは先輩なんですよー!」
欲望の火がついた野獣を現実に引き戻そう、引き戻そうと必死にアキは叫んでいたが、走り出した列車のブレーキはもう止まらない。マサトはアキの膣の中に指を一本入れては出し、陰核の出っ張りを軽くタッチしたり、こすったり。
(せめぇな…こんなんで、ちんこ入るかな)
今度は二本指にして入れては出し、入れては出しの繰り返し。
そのうちアキの抵抗はなくなって受け入れ態勢になってきたので、マサトはむくっと上体を起こして挿入の姿勢に入った。
アキの両脚を全開に開いて、その間に入り込んだ。ビンビンに膨張した彼の陰茎はぬるぬるになったアキの膣に意外にもすんなり飲み込まれた。アキは激しく声をあげてその堅い感触を胎内の深い所で感じていた。
(生はやっぱりいいな、しかもこんな若くてきゃぴきゃぴの、しかもプロじゃない、ど素人の子とできるなんて…、何っていう奇跡!)
マサトは数回腰を激しくピストン運動したら、もう射精してしまった。
(中出しってオレの生涯で何回目だろう?きっと掌で数えられるくらいだ…)
感動に浸っていたマサト。アキの方はぐったりしていたが、じきにむくっと起き上がってシャワールームに入った。スモークガラスの向こうでぴちゃぴちゃ音がしている。
(あーあ、こんなに中でバラマキやがって…)

マサトはパンツをはき直して、はだけたバスローブを直した。体力を使ったせいで暑かったので掛け布団をはいでベッドで休んでいた。時刻はまだ五時頃だったが、窓が塞がれた部屋では朝なのかさっぱりわからない。そのまま二人はしばらく眠った。

九時頃、二人はベッドでいろんな話をしていた。
「乗りたいクルマ?マツダのデミオが欲しい〜」
アキがいうと、
「いくらぐらい?」
「五十万くらいかな〜」
「そんなの買ってあげるよー」
マサトが軽くいうと、アキは急に彼の身体の上に抱きついた。それでムラっとなったマサトとは裏腹にアキは、
「いい夢見せてくれました〜」
と正気に戻ったが、すでに火がついたマサトは止まらない。二度目の行為が始まった。
一回目とちがって、まったく抵抗する気のないアキのヴァギナはすでにびちょびちょで、マサトのペニスも一回目ほどではないがちゃんと膨張していて、そのまま挿入しようとすると、
「何か忘れてませんかー」
とアキが言ったが、マサトは聞こえないふりをして、今度も生で挿入した。
二回目とあって鈍感なので、より長く、丹念にマサトはアキを犯した。
射精した後も、すぐには抜かないで、そのまま運動を続けると、
「あっ、あっ…」
とアキもその動きに呼応するように悦んだ。
(また中で出して…ま、いっか、もうどーでもいいや)
今度はシャワーで洗い流そうとも思わなかった。

十一時近くに二人はホテルを出て、デッキをのぼり、
「あそこに欲しい服がある…」
とアキがいう駅ビルに入った。結局、その服は買わず、その代わり下着を二組買って、その代金をマサトが支払った。マサトと会う前日にもアキは友達と新宿で下着を見て回っていた。マサトも、その日履いていた下着は今日のために新しく買ったものだった。つまり、二人ともこうなることを想定していたわけだ。

駅のホームで別れて解散したのが十二時近く。マサトが準備した軍資金五万のうち四万を一晩で使った計算になる。初デートすらまだしてない相手と初めてサシ飲みしたその日に初エッチまでしてしまったアキもまた、痴人といわねばなるまい。

冥土の土産

淳悟は病院で看護師として働いていた。まだ勤めはじめて二年目のとある夕方、ひとけのない長椅子でその九十五歳の老婆とくつろいでいた。老婆は耳がほとんど聞こえず、食べる時以外は目も閉じていた。そのシワだらけの顔には黒いシミも目立っていて、それは昔、老婆が若かった頃に舞妓だったことを物語っていた。当時の白粉は鉛成分とかの有害物質が入っていたのだ。
老婆はしゃべれないわけではないが、病院では知り合いもいないので、淳悟はほとんど老婆の声を聞いたことがなかった。その時も老婆は無言のまま、隣に座っている淳悟の太腿に手を伸ばしてきた。
(まさか、この婆さん…)
淳悟が黙って、その老婆の行動を伺っていると、手は太腿を撫で回した後、淳悟の股間に這ってきた。
(まじか…どうしよっかな)
老婆は相変わらず目を閉じたまま、無言で淳悟の股間に手を当てて、そのやわらかい膨らみを確かめていた。
(起つわけないっしょ、こんなしわくちゃの婆さんに…)
そんな淳悟の心とは無関係に彼の愚息は反応し、彼を次の行動に駆り立てた。
淳悟はすっと立ち上がり、近くにあった老婆の個室まで老婆を一緒に連れていった。そして老婆をベッドに座らせて、自分のズボンをパンツごと下げて、老婆の目の前に愚息をさらした。するとそれまで目をほとんど閉じていた老婆の目が大きく見開いた。老婆は淳悟の性器をじっと見つめていたが、何もする気配がないので、淳悟はまだ大きくならないペニスを老婆のしわしわの手で握らせた。
(ほらよ、これがあんたの触りたいもんだろ)
老婆は神妙な目つきで淳悟のペニスを触っていた。
(何してんだよ、早くフェラしろよ)
じれったくなった淳悟は自分のペニスを老婆の口にくわえさせようとした。
(総入れ歯が外れちゃうかな…)
しかし老婆は淳悟の意に反して、顔を横にそむけた。
(あそっか、オーラルセックスなんて知らなかった明治生まれだったっけ…)
淳悟は老婆を立たせて、ズボンを下げた。ズボンの下には布製の尿漏れ防止パンツを老婆は履いていて、分厚くなった部分はすでに尿が染み込んで、むわっと尿臭が漂っていた。
(うわっ、やっぱきったねぇな…でも、ま、いっか)
下半身を露出した老婆を後ろ向きにベッドに倒すと、老婆は自動的に自分の股を開いた。
(あれ、やっぱ女の本能って残ってるんだな…)
横たわった老婆の性器を上からまじまじと見下ろすと、顔と同じシミだらけだった。
(こんなとこまで白粉塗ってたのかね…)
シワとシミだらけの褐色の陰唇を指でかき分けると、中は赤黒い肉が顔をのぞかしていた。
(やっぱ、きったねぇなぁ、入れたくねぇなぁ…)
不思議なことに、そんな心とは無関係に淳悟のペニスはほぼ最大に膨張していた。淳悟はベッドに乗っかり、開脚して待つ老婆の股間に身を寄せ、一物をその肉にさし入れた。
(ガバガバ…)
まるで抵抗なく、するっと入った。愛液というより染みだした尿でひんやりしていた。
(やだなこんなの、早くいっちゃおう…)
淳悟はさっさと中で出して、一物を引っこ抜いた。老婆の性器から今出したばかりの淳悟の白い精液が垂れて流れていた。
パンツを履くとき、自分の性器からも尿臭が漂っていた。
ズボンをあげてやると老婆は手で目を拭っていた。
(泣いてやがんのか…いいことしちゃったのかなオレ?)

その年の暮れから老婆は一時退院して、親戚の家で正月を過ごしていた。一週間ほどしてまた病院に返ってきたが、どうも様子がおかしい。食事はおろか薬も、一切のものを口にしなくなった。食事が運ばれても、いつものようにじっと目を閉じて座っている。看護師たちも心配して、何とか食べてもらおうと、甘いものを出したが、老婆はたまに手を出すことはあっても、全部平らげることはしなかった。

一ヶ月ほどして老婆は静かに息を引きとった。