原人日誌(四)



プラネッツ ビニ本 フォードの戦争(上) (中) (下) 歯が抜けた話 たまには文学論 妖怪ウォッチ 火事場の拾い物 おすたか特攻隊(上) (下) 走れ機関車トーマス ペンキのお話 音楽の先生 耳の痛い話 おわりに

プラネッツ

なぜかホルストの惑星を聴いてる。YouTubeで。指揮は古いカラヤンのもいいけど、最近のデュトワの方が何となく好き。この曲知ったのって高校のとき。ボイジャーが海王星に大接近してた頃、テレビで太陽系惑星の特集みたいなのやってて、それが写真とCGと文字だけで一時間とか、まるでホルスト惑星のノーカットPVかってくらいだった。今、この曲を真空管アンプで聴いてると、すごい迫力で手に汗握るほど。やっぱオーディオの実力はオーケストラの表現力に出るね。最後の方の女声合唱がいい。宇宙戦艦ヤマトはこれパクった?このホルストの作曲は1914年ってことはちょうど100周年。それをカラヤンが60年代に再演。世は宇宙開発時代で一躍大ヒット。ホルストさん的にはそんな科学のことはいざ知らず、当時、惑星といえば占星術のことだったらしい。だから火、金、水…と順番がちがって、木、土、天、海と計7楽章からなる。知らなかったんだけど冥王星って今は惑星扱いじゃないんだってね。銀河鉄道999ではそこに機械化人のお墓があるって設定だったけど。小学生の頃、晴海で宇宙博があってロケットとか人工衛星を見た。宇宙の図鑑も買ってもらってよく眺めてた。その図鑑が探したらあって、みたら1975年小学館とある。この惑星の想像図…煮えたぎった金星の地表とか、凍り付いた衛星からみた縞々の木星とか、地平線から輪が直角に昇る土星とか!こういうSFっぽい絵が好きでプログレロックもよく聴いてた。それにしてもボイジャーっていまだに飛んでて、もう太陽系外に出ちゃってるらしい。電池は'25年までもつっていうから、彗星とランデヴー写真なんてあったら面白いかも。しかし、今見ても木星や土星の写真はすばらしい。20世紀最大の芸術。どんな名カメラマンもあれは撮れまい。かかった費用、技術、時間がケタ違い。それに夢があった。だって金のレコードを宇宙人あてに積んじゃうんだから。いってみりゃ行き先知らずの手紙ですよ。それを考案したカールセーガンって人はホント偉大な科学者だね。そんなカールを仲間にいれなかったアカデミーはその芸術性を見習うがいい。カールを治療と称して殺したのはその仲間かもね。2014年7月18日

ビニ本

子どもの頃、夏休みになるとよく祖母がやっていた本屋の手伝いをした。ある日、50くらいのおばさんがビニ本を買いにきて、祖母と何やら話してるのを小耳に挟んだ。「主人がどうしてもっていうから、これが最後って言い聞かして仕方なく…」みたいなあきれ顔のおばさん。オトコの性欲ってのは生殖期間が過ぎても残って始末に終えない。ま、土台無理ですよ。そんな同じツガイが何十年も交尾し続けるなんざ、神様だって想定外。お互い何も知らないうちに若気の至りで子どもができて、そこで一生別れられなくするのが一番手っ取り早い、ってんで一夫一婦制ができたんでしょう。でもやっぱり無理があったからビニ本のようなエロ産業も発達したんでない?もし猿か芸能人のように5年か10年で離婚ってのが普通になったら、そんな産業いらないでしょ。あとさ、男の扶養義務ってのも女性の社会進出を阻んでない?そんなもんなくしちまえば、いやでも女性はみな働きますよ。色気ムンムン。多産化。景気もグングン。経済成長だ。それに慰謝料って何を謝るわけ?幸せにできなくて?それとも離婚しなかったらしたはずのセックスの回数分払い戻すんですか?まるでそれじゃ女性は全員、慰安婦じゃないですか。専属契約かフリーかのちがいでみんなプロフェッショナル。寄って集って男を酷使する桃色作戦展開中。それって貧しい人ほど巧みですね。みてすぐわかる。化粧が上手で、髪が長くて、スリムで、色気ムンムンの人はだいたい小さい頃から武装する必要にせまられて育ってる。のほほんと育った人はそういう武装本能がないから、メガネして、短髪で、デブっちょで、きっと男に頼る必要のない裕福育ちなんでしょう。それっておばさんもそう。結婚して安定した途端、武装解除しちゃう。すぐオッ死んじゃう亭主なんかより、先の長い息子や娘を当てにした方がいいからね。そんな老いぼれ亭主が突然「やらせろ!」といってきて勝手にタたないのを人のせいにして、ビニ本を買いにいかされたあのおばさんも迷惑千万だったでしょうな。2014年7月24日

フォードの戦争(上)

60年代のフォードGTのルマン四連覇とその後のF1でのDFVエンジンの通算155勝という偉業の背景にあるものは何か?何故にフォードはレース界に参入する方針をとったのか?それがなかったら日本で70年代スーパーカーブームは起きなかったかもしれない。そう思って、その時代背景を考察してみた。そこでまず思い浮かぶのは、アメリカの60年代とはどういう時代であったか?という疑問。短絡的であることは承知の上だが、ベトナム戦争は欠くことのできない事件だと思う。ベトナム戦争は米ソの代理戦争といわれるように、朝鮮戦争と同様にベトナムを舞台にした資本主義国家と共産主義国家の戦争であった。言うまでもなく、アメリカは前者の代表として参入しないわけにいかない。当時の大統領はアイゼンハワーだが、次のケネディになってますます軍隊は増員され、63年11月にケネディ暗殺。この頃までは国内でも参戦は賛否両論だったのかもしれない。だが翌64年にはトンキン湾事件が勃発。要するにこれは日米戦争における真珠湾攻撃である。自国の駆逐艦に魚雷攻撃を食らった米軍は軍事行動する大義名分を得た。こうなるとアメリカ国民も頭に血が上るらしく、次のジョンソン大統領も軍事行動を拡大したが、戦闘は拡大する一方で、泥沼化(アメリカの戦争はいつもそうだけど)していった。68年には最盛期となる54万人を送り込んでいたが、ソ連や中国から支援を受けていた北ベトナムに対してアメリカをはじめとする連合軍は苦戦し、兵士の戦意は低下、国内外の反戦活動やメディアによるネガキャンペーンなども活発化。この頃、元米軍兵士だったジミヘンドリックスが渡英して音楽活動を展開していた。その中には米国歌など戦争を想起させる楽曲が多く含まれていた。2014年7月31日

フォードの戦争(中)

一方、フォード社は1903年の創業後、08年には世界初の大量生産車「T型」で自動車を大衆の輸送手段にし、20年代には米国市場の5割を占めるほどにシェアを伸ばし、創業者ヘンリーフォード一世は「世界の自動車王」と呼ばれ、会社は世界大恐慌を乗り越えた数少ない企業となっていた。第一次世界大戦と第二次世界大戦でもフォードは軍用車だけでなく軍用機の製造で大いに貢献したがヘンリー自身は「戦争は時間の無駄」といい、戦争によって利益を得ることを嫌っていたという。大戦特需を失い経営難に陥っていたフォード社を立て直した重役マクナマラが60年、初めて家族以外から社長に就任するが、ケネディ大統領の要請で国防長官に引き抜かれた。代わってその部下であるアイアコッカはマスタングなどのヒットでフォードを立て直す。こうした流れの中、60年代のフォードは企業戦略としてモータースポーツに力を注ぐことが会社のイメージアップになると考えた。そこでまずフェラーリを買収しようとするが失敗。次に英国に独自の会社をつくり、ローラGTという既存車をベースにインディ用4リットルV8OHVエンジンを組み込んだ「GTマーク�機廚�64年にニュルやルマンに初参戦。最高速度300kmの記録を打ち立てるが全車リタイヤという苦いデビューとなる。そして66年には米自動車産業の威信にかけてシェルビー製7リットルエンジン427ビッグブロックを搭載したGTマーク�兇魴�13台も投入。これはほとんどフォード社の一大デモンストレーションであったといわれる。このうち三台が1-2-3を飾る快挙を達成。翌年67年もさらに改良されたマーク�犬罵ゾ �レギュレーションが変更された68年にはフォード社はワークス活動から撤退したがプライベーターが改造車で優勝。翌69年も同車両が優勝し、フォードGTによる四連覇がここに達成。2014年8月2日

フォードの戦争(下)

ベトナム戦争が泥沼化する中、ルマンを制したフォード社の世界進出はとどまることを知らず、今度はF1に参入。この会社、いつも他力本願である。フェラーリ、ローラの次に白羽の矢が立てられたのがロータスから独立したエンジニアによるコスワースであった。彼らの開発したV8エンジンDFVに英フォードは資本投入を決めた。どのDFVにも刻印されたFORDの文字はF1の勢力図を大きく塗り替え、ワークスが相次いで撤退し、代わってコンストラクターが進出した。これはフェラーリにフラれた恨みをF1で晴らしたとも見えるが、ルマンでの世界制覇とは別の意味で、アメリカの意地を世界に見せつけたとも見える。というのは、誰でもDFVと市販シャーシを買えば少予算で参戦できる、ということは一種の民主化だからだ。T型で自動車という金持ちのおもちゃを大衆の道具に引きずりおろしたフォードらしい戦略だ。こうして70年代のF1はDFVを積んだ個性的なマシンに彩られることとなり、ラウダ&ハントの『RUSH』なども生まれ、フォードは70年代のF1を盛り上げた立役者となったといえよう。しかし、なぜ60年代以降、彼らはモータースポーツを企業戦略に掲げたか?もしフェラーリがDFVに対抗してボクサーエンジンを開発していなかったら、彼らの名は地に堕ち、あの512BBも生まれなかったはずだし、フォードGTがルマンで活躍しなかったらランボルギーニもミウラやカウンタックで300kmを目指さなかったかもしれない。すると日本でのスーパーカーブームも起き得なかったはず。すべてはフォードの世界戦略の産物に思えるし、その意図は創業者によるものではなかったか。すなわち「戦争に加担するのはもうこりごり、我らは自動車による戦争に時間を費やそう」という。国防長官となっていた旧経営者からの軍需要請があったかは知らないが、国家とは別の道を歩んだフォードの反戦活動が産み出した遺産は戦争が破壊したものよりはるかに大きい。2014年8月2日

歯が抜けた話

やっと親知らずが抜けました。昨晩から急にぐらついて、いまにも抜けそうな状態だったのが、やっと今日になって抜けた。というか、根元で折れた感じ。夜中、寝てる間に抜けて飲み込んだら嫌だなと思っていたのでよかった。とりあえず紙に包んで小箱に保管しておくことにした。いつ生えたのか記憶にないが、半生といっていい長い時間を一緒に過ごしてきた奥歯だからぞんざいには扱えない。ご苦労さん!と言ってあげたい。しかし、タイミングがまたプラモの完成と重なるのが不思議。ひとつ完成すると大きく状態が変化する。つまり疲労が歯に来るということか。ラフェラーリの頃はまだ痛みというか、重い感じがしていて、前回、ミウラの頃は痛みはなくなったが、出血があって、朝起きてうがいすると小さな血の塊が出てきたこともあった。ここ2週間くらいは出血すらなくなって、存在すら薄くなって、ときどき舌でまだあるのかな?と触って確かめていたほど。それが昨夜からグラついてまるで石を噛んでるみたいな異物感があった。実は昨夜まで近作フォードGTのプラモ動画を投稿するのに問題が発生していて、それがやっと今日になって解決した。音楽の著作権が引っかかっていたらしく、消音状態でアップロードして後で音声編集したら同じホルスト『木星』を加えることができた。そしてさきほどパンを食べた後、歯の掃除していたらカパッとお辞儀するみたいに外れたのだ。「さようなら、ありがとう」と言ってるみたいに。久しぶりだな歯が抜けるなんて。子どものときはよくあったはずだけど。抜けた歯が下なら1階から上に投げるとかあったけど、そんなことせず大事にとっておくよ。歯医者にいかなくてよかった。2014年8月10日

たまには文学論

「強制連行」された慰安婦が人権侵害なら特攻隊だってそうだし、戦争自体が生きる権利の侵害ではないか。 「このような女たちの肉体にむしゃぶりつくことで、自分たちも人間であることをやめたい衝動をおぼえた。彼らは、人間である必要はなかった。人間であることによってしばられる自分の心を、捨て去ることが、ここでは一番幸福に思えた。」(『蝗』田村泰次郎)それが作家としても一番幸福であったろう。 「戦場では女と遊ぶというより、女との闘いですよ。軍隊には公認の慰安婦というのがいるでしょ?彼女たちと、兵隊の交渉は、それはまるで戦闘のようなものです」(『霧』田村泰次郎) こういうのも小説家の虚言なのか? 「曾根には、終戦後のいまとなっての人々の言説を読んだり聞いたりすると、きまって、「生命が惜しかった」とか「戦争は儲からぬ」とかいった安易な平和愛好論が堂々とした正論として唱えられているのは、戦争の圧迫から解放せられた反動として一応うなずけるのだが、やはり日本民族の人間性の貧しさを思わされた。それでは、かりにどんなにまちがった平和であるとしても、それが表面上平和である以上いいというのであるか。ひたすらに一身の安穏さえ保てれば、どんな卑屈な生き方でもしていいのだろうか。」(『渇く日日』田村泰次郎) 慰安婦問題なども安易な正論として唱えられているが、人間の商魂や性欲は戦場だろうがどこにでもはびこるものだ。 「ほとんどの戦争(戦場)小説に座標となって描かれる「私」、または「私」らしきものは、終始、傍観者であり、いい子であり、そうでなければ、戦闘(戦争)遂行に消極的協力しかしなかった人間としてしか描かれない。ところが、現実の戦闘(戦争)においては、彼が生き残ることができたのは、彼以外の大多数の兵隊の非人間的な戦闘(戦争)行為によってなのだ。」(『戦場と私 戦争文学のもうひとつの眼』田村泰次郎 朝日新聞掲載) 私小説というと否定的に語られることが多いが、私が私を傍観するとき、人は神のような視点で過去をありのままに描き得、もはやそこには人権問題などという「人間的な戦闘」は入り込む余地がないにちがいない。2014年8月15日

妖怪ウォッチ

口裂け女、と今はふつうに書くことも平気だが、小学生の頃は口に出すのも恐ろしかった。新聞に「真っ赤なウソ」と出るまでは、学校の行き帰りすらも恐怖だった。当時はネットもないのにあっという間に全国に流行した口裂け女伝説。あれは一体なんだったのか?大きなマスクを外して「あたしきれい?」と聞き、どう答えても刃物で刺される。逃げても百メートル6秒という速さで追っかけてくる。唯一、ポマードが嫌いという。だからポマード会社が流したデマかな?どうも団塊Jr.はブームに弱い。スーパーカーやらガンプラやらゲームウォッチ、たまごっち…集団催眠にかかりやすい世代らしい。動画を探すといろいろ映画作品が出てきた。DV問題と絡めたやつが一番リアルだった。たしかに鬼婆こそ口裂け女のイメージそっくりだ。ほかに観光客が次々と供物にされてしまう八ツ墓村みたいなのとか、実際にあった未解決事件をもとにした3人姉妹のやつとか、同じ口裂け女を扱ってはいても、その背景が全然ちがう。意外と汎用性のある妖怪キャラともいえる。売れないアイドルが口裂け女になるなんて突飛な話もあったが、自分で口を裂くシーンなんかは、女の人って案外痛くないのかもと思わせた。だって出産で多量の血を流すし、よく耳とか舌にまでピアスする人いるでしょ。血とか刃物に対する恐怖が男ほどないのかも。さて、長い夏休みを過ごす子どもにはナマハゲの如く脅しをかけておきたいのも親心。「夜遅くまで起きてると口裂け女が来るゾ」35年前の口裂け女伝説はそれが効きすぎて集団パニックになった悪例といえようか。だが、年が経つと恐かった思い出も懐かしい。戦争の話をいつまでもしてる老人を見ていると恐怖体験というのは生き甲斐なのかもとも思う。人間、恐いものがなくなったらおしまいだ。仕事も家族もなくして自分が情けなくなったと富士の樹海に入り込む初老の男性を連れ戻す番組(動画)があったが、こういう人にも口裂け女が効くかもしれない。2014年8月16日

火事場の拾い物

「首都高でカウンタックが炎上!」っていうツイートを見たから、マジ!?と思ってみたら、なーんだムルシエラゴじゃんと思って、「実に美しい!カウンタックじゃなくてよかった」とツイートしたら、どんどんリツイートされて、「ムルシエラゴならいいんかい!」という@ツイートもさらにリツイートされるというプチ炎上になってしまった。「お前キチガイか」とか「何こいつキモ〜」みたいなツイートばかりで、そんなのにいちいち弁解するのは火に油注ぐようなものだけど、中にはちゃんと日本語書ける人もいて「クルマが燃えてるのが美しいといったのが気に食わない。マトモな教育受けてんのか」と最後にいうから「You should say so from the beginning. Because it is the freedom of expression.」って書いてやった。それと「ああいうクルマに乗るなら消火器は必需品でしょ」と書いてみたら、横から「最近のでも消火器いるんですか?」ときた。何も知らないんだ。あのフェラーリ458だってそれでリコールされてんですぜ?「何で燃え出すのか?」って聞くから「理由なく燃えるのもスーパーカーの魅力」だから「フォーミュラカー乗る覚悟で乗れ」って書いたら「普通免許で乗れるでしょアホ」だって。人が発言の責任とって誠実に書いてるのに「どうせ釣りだから相手にするな」だとさ。「好きで乗ってる人の気持ちを考えろ」というけど、好きだけじゃ乗れないんだよ、スーパーカーは。故障は多いし危険とは隣り合わせだし。特にイタ車はね。そんなのも知らないで乗り回してるから炎上を起こすんだ。まあしかし、今回の小火でわかったこと。どうしてトップギアが日本版つくらないか。きっと苦情殺到だ。だからカーグラとか愛車遍歴とか当たり障りない美辞麗句ならべた番組ばかりになる。サッカー選手のビッグマウスもすぐ叩かれる。要するにそういう国民性、いや村社会ってことだ。スーパーカー乗ってる連中もすぐ団体行動して集会開く。要するに田舎のボンボンかヤンキーなわけ。2014年8月17日

おすたか特攻隊(上)

何となく『クライマーズ・ハイ』を見て、あの85年8月12日の墜落事故ってやっぱ陰謀臭いなあと感じたね。あの映画では事故から3日目、つまり終戦記念日の一面トップを総理の靖国公式参拝じゃなく、日航機墜落事故にするために地元新聞社内でもめてる光景が描かれてるけど、首謀者としてはその方が都合よかったはず。どうせマスコミや隣国が騒ぐに決まってんだから、亡くなる乗客には申し訳ないけど、なるべく人知れぬ場所で墜落してもらおう、しかも、その原因は誰にも悟られず…という計画だったんでないの?靖国参拝より航空機事故の方が報道すべき大事件であったと歴史の傍観者に思わせたい感じプンプンする。『沈まぬ太陽』なんかも当時の日航の企業体質ばかりクローズアップされてて、事故の責任を日航に押しつけてしまえっていう作為を感じる。今見ると日航も企業として信用が失墜したんだから事故の被害者だと思う。いったい、真相はどうなってんの?いろいろネットを探ってみるといろいろ興味深い情報が出てくる。例えば、米軍がすぐ事故現場にヘリ飛ばしてて救助しようとしたが日本政府に断られた、しかもそれを誰にも口外するなと言われたと退役した元米兵がいってる。生存者も「周囲にはまだ生きてる人がたくさんいて、これで助かると思ったのに」と書いてる。結局、自衛隊の救助活動は翌朝で、生存者はたった四人。映画の中で地元の消防団の人が「ここらはオレらの仕事場だから、あの晩、山に行かせてもらえれば助けられたのにねえ」と言ってたけど、首謀者としては生存者がいっぱいいたら計画がばれてしまう。あえて日没の夕刻にしたのも事故を夜の闇に葬りたいからだろう。あの時代はケータイもGPSもなかったからね。(続く)2014年8月19日

おすたか特攻隊(下)

「何度風呂に入ってもこのにおいがとれない」という事故調メンバーが事故原因を捏造してる温泉宿を直撃取材するシーンがある。あの映画では事故原因が圧力隔壁の修理ミスってのは超特ダネとして扱われてたけど、記者が「この話できすぎてる」というように生存者の証言からしても隔壁破壊による急減圧があったようには思えない。生存者の証言ではパーンと高い音がしたっていう。ボイスレコーダーではその爆発音の直前にトイレに行った人がいたり、荷物を入れるとこが壊れたって残ってるから爆破物の可能性もある。この垂直尾翼が破損した場所は相模湾上空。その後、操縦不能になりエンジンの出力調節だけで操舵を試みる優秀なクルー。相模湖あたりで180度旋回して、車輪を降ろすことで降下もして、羽田に向かおうとしてたのは明らかなのに、その後、なぜか山の方に向かっちゃう。機長「こりゃダメかもわからんね」と羽田帰還を断念。で、「ドーンといこうや」と山に不時着を試みる。実際、着陸当初、かなり生存者がいたはずなのに翌朝まで誰も近づけない状態で、早朝には機体のほとんどが自衛隊に回収され、相模湾に沈んだ垂直尾翼も事故翌日には自衛隊の護衛艦によって回収されてる。事故原因をあっさりボーイングが認めたのもそれが自社にとって都合がよかったというより、そこに日米両政府の密約があったかもね。直接の計画実行だけでなく、その後の証拠隠滅にも日米両政府が関与してる感じ。近年ではマスコミも追悼だの検証だのと称して国家機密の隠蔽工作に手を貸してる感じ。「真実は墓場まで持っていく」といった元総理、その前にあの犠牲者520人も靖国神社に祀るべきではないですかね?結果的にはあの公式参拝が靖国問題を国際化させてしまっただけでなく、墜落事故の翌月にはプラザ合意で米国を救うために日本は円高を背負うことになったわけで、これが日米同盟だとしたら怪談よりホラーだよ。2014年8月26日

走れ機関車トーマス

「攻撃していい対象を探す傾向っていつからですかね?気安い戦争のために利用されるのもうこりごりなんですけど。ふわふわ生きていたいんですけど」最近気になってる大森靖子さんのブログより。先月の炎上もその戦争に巻き込まれた?ランボのクルマはただでも美しいのに、それがドアをあげて燃えてたら、もっと美しいじゃない?燃えるほどに美しいのがスーパーカー…そう謳うように書いただけ。それを攻撃したいなら受けて立ちますが、気安くない戦争をいたしましょう。ただキチガイと書いて逃げるやつが多すぎる気安い世の中。ときに一ヶ月ぶりにプラモを再開。今回のテーマはディスプレイキットにモーターを組み込む。走らないプラモを走らす!車種はディアブロ。すでにモーターマウントは完了。歯車を通販で入手。単5×2で駆動。前輪のステアリング角をドリフト仕様?に改造。ステアを最大にきるとタイヤがコクピに侵入する!もちろん穴は埋めたけど。他にはボンネット開閉(電池交換のため)、ライト多数点灯。だけどドアは開きません。何事も節度が肝心です。過ぎたるは及ばざるが如し。今回初試みといえば、サフの取説に1000番以上で削ってコンパウンドで磨くと塗装後がより美しいとあったんでやってみた。たしかにそうなったけど、ボディカラーを重ね塗りして、さらにクリアコートもしたら…結局、また磨かなあかんやろ。いいよ、何度でも磨きまっせ。磨き屋になります。でも本業は走り屋、いや、走らせ屋か。クルマのプラモは走ってなんぼですから。そういや、フジミの大昔のランチアストラトスを入手した。なんとモーターライズキット!ときに小学生の頃つくった1/144ガンダムの脚を修理してて思った。あちこち動く(開く)クルマのプラモの原形はこれだな、と。このスケールの手にしっくりくる感がいい。今だと1/24のクルマがしっくりくる。大きさ的に近い1/43のクルマが小さすぎる感じなのは、手が成長したせいだろう。プラモってタイムマシンだね。ちなみに大森さんの歌の魅力は女エンケンてな感じのロック魂だけど、それが将来、消えてしまうであろう儚さでもある。あれを67歳になってもやり続ける遠藤さんはマジ神です。2014年9月15日

ペンキのお話

塗料の樹脂にもラッカー(アクリルも同じかな)やシリコン、ウレタンなどいろいろある。例えばギターの世界では'60年代まではラッカー(ニトロセルロース系)が主流だったが、ラッカーは塗膜が非常に薄く、幾重にも塗り重ねなければならず、手間がかかるわりにオールドギターをみればどれもハゲハゲになってるように耐久性がさほど高くないということで'70年代からはポリエステルが主流になった。これは生産性や耐久性で合理的な変更だと思うが、'80年代以降、オールドギターの価値が高騰すると、昔ながらのラッカーの方が手触りがいいとか、音がいいという神話が生まれた。以前、使っていた'72年製のネックもポリで、購入時すでに20年以上たっていたが、さほど剥げてはいなかった。ただ、見た目はテカテカしてプラスチックっぽい感じではあった。最近よく使ってる'64年製の方はラッカー塗装だが、木目が塗料と一緒に浮きでていて、より木に馴染んでる感じ。剥げ方もポリだとバリバリ剥がれていく感じだが、ラッカーはヤスリで磨いたようにツルッとグラデーションを描いていて美しい。レリックといって職人さんがわざわざ傷つけたり削ったりして年季を入れる高価なモデルすらある。音に関しては木材とか他の要因が多すぎて、塗料がどれだけ影響してるかは不明だが、塗膜はなるべく薄い方が生木の音がするらしい、ということでラッカー>ポリエステルとなってるようだ。しかし、これは塗料自体のコストというより手間賃が大といった感じ。 ところでカーモデルの世界は真逆というか、とにかくツルピカが好まれるので、高級ミニカーや上級者の作品は高価なウレタン塗料でビッカビカにしてることが多い。そのウレタン塗料は空気に触れるとすぐ固化するので缶スプレーなどは一回で使いきらないとダメで、私のような低予算派には敷居が高い。しかし旧車などはオールドギターと同じようにラッカーの味のあるマット感の方が雰囲気がいいし、ラッカーでもそれなりにツルピカにできるので、自分は磨き方で年代を表現したいかな。今製作中のプラモには初めてシリコンを使ってみた。ネットで「耐久性が高くてコスパがいい」と書いてあったのだが、たしかに安い。同じくらいの値段で2倍近く入ってる。さてデキは如何に? 2014年9月25日

音楽の先生

ボストン@武道館行ってきました。人のこと言えないが年齢層の高いこと。おじさんおばさんばっか。何せ35年ぶりの来日ですから。一体、次があるのか?そんな思いからか、グッズ売場の行列たるやアイドル並み。これから成田に向かいます、なんてツイートがあったり、そこまでオヤジを熱くさせるバンドなのです。中学の頃にアマンダが流行っててビデオの代わりにあの宇宙船のジャケがテレビに流れてて「何かすごそうだな」と過去のアルバムを聞いて大好きになった。その初期の曲のオンパレードにお客も大喜び。ただでさえ見知らぬメンバーだらけなのに新曲ばかりやられた日にゃカネ返せ!ってなりますよ。しかしトム先生一人いりゃ充分ですね。音に関しては彼がすべて監修しております。一人女性のメンバーが長い金髪振り乱して華を添えてたけど、音に関しても決してオヤジ的渋さとか枯れとは関係ない。トムが足下で何やら操作すると魔術のごとくギターが不思議な音を出す。彼のレスポールからはロックな音しか出てこない。もちろんアコギやオルガンも弾くが、彼のエレキは基本、豪快なのだ。それじゃないと彼のお得意のピックスクラッチが決まらない。軽やかに弦をピックで擦るが、それってオルガンのグリッサンドと同じ感覚なんだろうな、と彼のハモンドを見てて思った。太鼓のように両手でリズミカルに鍵盤を叩く姿を生で見れて幸せ。そのトムさん、今年で67歳だそうだけど、菜食主義のせいか、全然デブになってない。短めのズボンから棒のような脚を出して、母校のランニングから出した肌もテカテカでとてもお年に見えない。彼は機械にはめっぽう強いけど、決して頭でっかちではなくて、作る曲はノー天気ですらあって、こよなく自然を愛する好人物なのだ。自宅で多重録音してしまうあたりバディ・ホリーを彷彿とさせるクールなロッカーでもある。何よりすごいのはその亀のようにマイペースな活動歴。7〜8年に1枚しかアルバム出さないで、よく業界でやってこれたもんだ。最初の2枚が爆発的に売れたもんで「産業ロック」なんてレッテルを貼られたらしいけど、むしろ逆で、産業的な雑音なしに自分の音楽をひたすら追求することができたからこそ40年近く何も変わらないでいられるんだろう。2014年10月2日

耳の痛い話

徹夜明けにレコードのゴミの山と格闘。汗かきながら何かいいのないかと期待して指が黒くなるまでみて、収穫はたった5枚。ほとんど百円。1枚だけスクポリの『キューピッド&サイケ85』は1,260円もした。しかし思い出は宝物。値はつけられない。レコード漁りから疲れて帰ってきたのに、飯食ったらまたやる気がでてきてリミックスをやりだした。クリップの原因がわかってドラムの一つ一つの音をきめ細かく調整。よけいな重なりを消して隙間を埋めたり。しかしDTMは調整することが多い。昔はマイクの音量だけだったのに、今使ってるソフトだと、例えばギターはラインインに始まり(その前にギター本体のvolもあるけど)、内蔵アンプのゲイン(のほかにバス、トレブルなどもある)、マスター、アウトプット(エフェクトのセンドだと思う)、トラックレベルがあって、最後にマスター音量がある。さらにミックスダウンしたファイルを別のマスタリングソフトでイコライジングなどの再調整をする。昔はそうしてレコード化された音をテープに録音(その際、ノイズ除去する)して、コンポやヘッドフォンステレオ、カーステなんかで聴いてたわけ。そういう調整されまくった音に慣れた耳でいきなりスタジオに入って巨大アンプでバーンと鳴らすから違和感ありあり。昔、バイオリンやってた後輩が小さい子どもの前で弾いてあげたら、恐がって泣いちゃったと言ってた。そう、テレビとか日常の音に慣れた耳には生楽器の音量はでかすぎる。ボストンのトム・ショルツなどもそれでヘッドフォンステレオサイズのギターアンプを開発したんだろう。30年も前ですよ。デジタルのシミュレーターなんてまだないアナログ全盛時代。で、彼は1曲仕上げるのに1年もかけちゃう。すべてリール式テープで手作業。油断するとテープが熱でネバネバに溶け出して、せっかく録った音がボツになったり、「百万回くらい録音ボタンを押した」と『サード・ステージ』の中ジャケで語ってる。そらアルバム制作に8年かかるわ。デジタル技術ってのは、そういう膨大な手間を省いてくれたってことだけど、それで音楽の質が上がったかというと、それはむしろ逆で、世の中にひどい音源が出回る手助けもしたんだろうね。人のこと言えないけど。2014年10月14日

おわりに

この原人日誌にもついにライバルが登場しました。いや、はっきり言って負けました。『THE NAKED』というディスカバリーチャンネルの番組を御存じですか?ちょっと見ただけだが、けっこうマジに原人体験してます。アフリカの砂漠とか無人島とかに裸の男女がひとつだけ文明の利器を持ち込んでよいという条件で3週間過ごすという。トゲトゲの森を歩くんで木の皮で靴を作ったり、火をおこしたり、池の水をそれで煮沸して飲んだり、野生の魚でもケモノでも木の実でも何でも食っちゃう。二人ともすっぽんぽんなんでボカシが入りまくり。もちろんサバイバル経験の豊富な人選でやってるのだが、3週間で体重が10kgくらい減っちゃう。夜の撮影はほとんどないけど、長く寂しい夜を裸の男女が3週間も過ごすんですから、放送できないドラマもあるんでしょうな。ドラマといえば、途中で必ず諍いが起こる。性格の違いや男女差による考え方の違いもあるだろうけど、夜の営みの影響が昼に出てるんじゃない?さて、この日誌もちょうど一年が過ぎた。野生生活とは無縁だけど、野生に限りなく近い人々と接して生活していると、こちらまで野人的になる。介護というのは野生を忘れた文明人に自然が与えた仕事なんではないかと思う。「自然界では人間は必ずしも強い生物ではない」番組の中で男性がいう。自然界に一歩近い人々の中で自分も決して彼らより強い人間とは思わない。ではさようなら。2014年10月28日