笑劇
 ギックリ語誌(南)


 G体験 運命の石 スラング 人気満了
 ベビー叱咤 トライバル 寂しい癖
 細業 用心棒 秋と清明
 出血物語 消息不明 香色(こうしょく)
 ラフィン・ガス Coun-Cellor ギャンブラー
  

G体験


彼は小さい頃から酔い止めの薬なしには新幹線にも乗れない男で、飛行機の離陸の瞬間は顔が蒼白になった。恋人とのデートに遊園地に行くと、飛行機の離陸どころではない重力の遊戯にヨロヨロになったが、彼女の方は全然へっちゃら。「こんど、あっちのろーよッ!!」付いて行けぬ彼であった。そんな彼が宇宙旅行の募集に応募したのも彼女の求めに応じた男の意地だった。たった数分間の無重力体験に二千万円をかけた大旅行だった。二人は早速、航空生理訓練のために渡米した。訓練は無酸素の気密室で、酸素マスクと全身シートベルトの状態でぐるんぐるん回された。彼には死ぬほど地獄だったが彼女は「たッのしー、これ!」と全然へっちゃら。そしてついに出発の日が来た。テレビで見たスペースシャトルが彼等を乗せて飛び立った。十万メートル上空へたった数分で昇るときのG(重力)は遊園地の比ではなかった。全身の血が止まるようなGの中、彼の脳裏には臨死のような、しかし不思議な快感が湧き起こっていた。「今、ボクはシャトルという男根に詰められた一匹の精子になって、大空の処女膜を突き破ろうとしている!」そして、ついにシャトルは大気圏外に出て、船内はゼロG状態になった。彼等はシートベルトを外して船内を遊泳した。「何て静かなんだろう。全身の皮がどんどん剥けて、僕らは温かいマユの中で一つになって微動だにしない交尾中のトンボみたいだ!」そう興奮して、目の前の彼女を抱き寄せたが、彼女は意識がもうろうとなって目を伏せたまま上下に揺れてるだけだった。「これより高度を下げて帰還します」操縦士がそういうと、再びシートベルトをして着陸の準備に入った。窓から見える夕陽に輝く黄昏の空には、白い雲の精液が点々と迸っていた。彼のズボンの中もグッショリだった。生まれて初めて味わった大射精だった。覚醒とは醒めた状態から、もう一皮剥ける恍惚状態のことらしい。そしてシャトルは緩やかに着陸した。船外に出るとき彼は立派な男に生まれ変わっていて、優しく彼女の手を取った。「ゼロGスポットはどうだった?」すると彼女は「こんどはあっちにのろーよ!」と戦闘機を指さした。自慰の後のようにズボンの中が急にひんやりしてきた彼だった。(参考文献:『F104』三島由紀夫)2005年5月27日

運命の石


古代遺跡が物語るように、昔から石には神の意志が宿ると考えられ、暦や神聖な祈りの道具として使われてきた。何一つ不自由なく育った彼女はお金さえあれば何でも手に入ると思っていた。大学を出て就職したが、職場の人間関係に馴染めず、いつしか銀座の高級クラブで働くようになった。愛犬を乗せて愛車を乗り回し、エステサロンやスポーツジムでキレイを磨いた。ある日、クラブで知り合ったアフリカ出身の黒人ラッパーの彼と付き合いだした。「おうまさんドードー!」「にんげんハンモック!」ヒップホップのリズムに乗って繰り広げられる彼のアクロバチックな寝技に、彼女はまるで操り人形だった。にも関わらず彼女は彼の率直な言葉に惹かれていった。「ねぇ、運命って信じる?」「そんな大げさなこと考えたことないな。ボクの故郷じゃ、いまだに電気もなくて石で火をおこしたり肉を刻んだりしてるんだから…」彼はお守りにしてる故郷の火打ち石を懐から取り出すや、素早くカチッと擦って火花を散らして見せた。「私、自分がわからない。何をしても続かないし、流されてばっかり」「それは楽なことばかりで辛いことがないからだよ」「誰が好きこのんで辛いことするの?」「じゃあ君はなんでこんな手を縛ったり髪を引っ張られて楽しいのかな?」「汗かくのは気持ちいい」「それだったらジムでいいわけだろ?」「たぶん…ほんとうの自分を知りたい。自分の望む運命を」「そんなの望もうが望むまいが、いずれ病気や死が知らしめるよ」「そんな風になってからじゃわからないじゃない。今すぐハッキリ全身で感じたいの」「じゃあ、あえて望まない方へ突っ走ればいい」彼女は眉をキッとつり上げて、彼のお守りを奪い取った。「私を焼き殺して!切り刻んでちょうだい!この石で」2005年5月29日

スラング


彼は文豪だった。が、それは過去の名声に胡座を掻いた雑文で、どうにか食いつないでいる有様だった。ある日彼は朝、目が覚めると自分の名前を忘れていた。彼は焦った。まるで財布もカードも持たず、知らない街に放り出されたような大不安に陥った。彼はいつもの食堂で、つけのサインが出来ず仕方なく小銭で払った。「現金で払うなんて堕ちたもんだなぁ…」するといつも見慣れたはずの銀行の壁に「四六四九 by S.カルマ」というペンキの落書きが目に入った。「誰だS.カルマって?…まてよ、名前なんて何だっていいじゃないか?」考えてみると出生届に始まって、通知表だの支払い明細だの、借金も罪名も病名も死亡通知書まで世の不運はことごとく名前があるせいに思えた。「スラングならスランプもない!」そう気づいた彼の胸中には、名声への執着から解き放たれた砂漠の砂のように無限の言葉と、絶壁のカルマ(サンスクリット語で業の意)が、彼のペンキを待って聳え立っていた。(参考文献:『壁』安部公房)2005年5月29日

人気満了


いつも自信たっぷりの首相、盟友の米大統領に電話相談した。「靖国参拝、やっぱやめた方がいいかなぁ」すると大統領「世論調査みたよ。半数が『中止を』だってね。でも、中国を『理解できない』も同じくらいッてことは『よくわからないけど怒らせたくない』ってことだろ?」「そっかぁ…そりゃ理解できないならケンカにもならない。他人事だもんなぁ」「うちとイラクみたいに大喧嘩するのは理解し合いたいからで、そんなの夫婦も同じだろ?あ…君には奥さんいないんだっけ、スマン!」「わかるよ…別れて気づくこともある。でも不満は腹に収めてケンカは避けてきたのが日本の伝統なんだ」「トコトン喧嘩したほうが腹もスッキリご出産の土産まであるぜ!」大統領、大笑いしたと思ったら急に声を殺した。「それに親の不和に肝を冷やしてる子供みたいに国民を心配させておけば君の支持率は下がりゃしないよ」大統領がその子供だったらしい。「世論もそうやって飼い慣らすもんさ」「…じゃあ、任期満了まで参拝延期すりゃ人気も満了ってわけか!?」2005年5月31日

ベビー叱咤


ナミコ(8)は私生児だった。父の名も顔も知らず、母(30)と二人で暮らしていた。母は翻訳の仕事をして家計を支えていたが、月に数回は出社せねばならず、その際は派遣のシッターに子供の世話をさせていた。シッターは国家公務員であり、その委託費用はすべて国の助成金で賄われていた。ナミコもシッターの人柄になついていたので、母も安心して留守を預けることができた。「おばちゃん、一緒におフロはいろ!」ナミコがシッターにいった。「一人で入れるでしょ」シッターは身体介助は行わないキマリだった。「一緒にはいろ〜よ〜」「ママ帰ってきたら一緒に入りなさい」「今、はいりたいんだよ〜」いつになくワガママなナミコにシッターは手を焼いた。「なら、背中流してあげるわ」ナミコ大喜びで、その場に服を放り投げて素ッ裸で走っていった。「仕方ない子ねぇ…母親の愛情に飢えてるのね、きっと」シッターにも娘がいたから幼いナミコの甘えたい気持がわかった。シッターはナミコの後を追って風呂場に入った。「センセンフコクー!」いきなり水をかけられて、びっしょり。みると水鉄砲でナミコが攻撃していた。「おばちゃんも脱ぎなよ」シッターは仕方なく上半身だけ服を脱いだ。背中をゴシゴシ洗っていると「痛いよー、手でやってよー」とナミコ。シッターは仕方なく泡をいっぱい立てて素手で背中を撫でた。「あー、きもちいー!やっぱ、おばちゃんの手ってあったかい!」ナミコが喜ぶのはシッターも嬉しく、その日の後にもそういう事が何度かあったが、背中以外を洗うことは決してしなかったのは、業務上の規則法令を固守する為というより、子供でなくとも溺れる人間が一度ワラをつかむと、どんどん引っ張ってしまう危険を本能的に知っていたからだ。空虚は無限であると。ある日、いつものように背中を流していると「おばちゃん、子供ってどこから産まれるの?」とナミコがいった。「自分がコドモのくせにおかしな子だねぇ、コウノトリがお空から運んでくるんだよ」「そんなのウソだよ。ココから出てくるんでしょ?」と自分の割れ目に指を入れようとした。「そんなとこイジっちゃダメ!バッチー!」「なんで汚いの?赤ちゃんが産まれてくるとこが」「オシッコだって出てくるでしょ」「じゃあ、ココも洗ってよ」シッターは背中を洗う手を止めた。「自分の手で届くでしょ」するとナミコは自分の指に石鹸をつけて中を洗おうとしたので、シッター慌てて止めた。「そんなとこまで洗わなくていいの!汚れてるのは外側だけよ」「でも、クサイってことは逆流してんじゃないかなぁ」「そんなとこのニオイ嗅ぐもんじゃないわ」「だって、いつか食べたクンセイのニオイみたいなんだもん」「あら、そんなもの食べたことあるの?」「うん。ママが連れてってくれたお店屋さんで」「ナミちゃん、おばちゃんとお料理勉強しよッか!?」二人は風呂から上がると魚市場に出かけた。「え、らッしゃーい!」威勢のいい男のかけ声と、きらきらラメ色に光る物珍しい魚にナミコははしゃいだ。さっきまでの疑問は忘れて。実は魚のおろし方も知らぬシッターだったが、内心安堵していた。2005年6月3日

トライバル


何でもないモノも妙に隠されると神秘的に見えるからイスラム人は女性を布で覆う。ニュースキャスターまでセクシーな科学先進国で年々、少子化が進むのも、この神秘さの降格といえる。一方、ジャングルの種族や一人っ子政策する国は、女が隠さずとも男がトリアタマ(神秘的)すぎて食糧に困るくらい子は生まれる。さて出生率が1を割り、国民年金の納入率が50%を割ると政府も、この状況を維新すべく「神秘の効用」について考えざるを得ない。「女性は公衆の面前では肌の露出を抑えるべきである!イスラム人のごとく髪や顔も布で覆うべきだ」とある男性議員がいいだすと「女性差別なんて時代錯誤だ!子供ができないのはグラビア雑誌やアダルトサイトばかり見てる男共が悪い!」と女性議員もコブシを挙げて反発。「イケメンだのヨン様だのと理想ばかり高いから結婚も子供もできないのだ!」「それは男もそうでしょ!」議論は収集つかず議案はお蔵入り。地球温暖化とともに女性解放も着衣の軽装化も進行し、出生率もますます低下すると思いきや、意外にも都市部で上がり始めた。研究者はこれを「トライバル現象」と名付けた。つまり都市がヒートジャングル化すると、人間も種族化するという説であった。ところが暑いせいか都市種族民は飲めや歌えや踊れやで子供はどんどん生まれたが、学力も働く意欲もなく、したがって年金や税金も納められない。かくして隠さずして「神秘の効用」を手に入れた代わりに国家は威信を亡くした。2005年6月6日

寂しい癖


それは夕食直後の英語の授業中だった。一番後ろの窓際の席で上の空だった彼(15歳)に教師がチョークを投げつけた。「その癖、やめろって言ったはずだぞ!」彼はそのとき自分の中指が何となく痒くて弄っていたのだが、それがいつもしてた癖だと初めて気づかされた。家に帰ると母が古いアルバムを見ていた。「いつも指しゃぶってるでしょ?」みると確かに中指と薬指を合わせて口にくわえている2歳の彼が写っていた。「この癖っていつまでやってた?」「すごく叱ったからすぐ治ったわよ」「この頃って離乳食だったんでしょ?」「そうだけど…なんで?」母が肯くと、彼は何か合点した。「指の代わりにホントは何が欲しかったか、わかる?」「おっぱい?」「ていうか哺乳瓶だろうね、ボクの場合。大人も口や指が寂しくて煙草吸ったり、酒の肴をつまむでしょ?ボクの場合も指が寂しかったんだよ!」そう気づいて以来、彼は流し込むような早食いをやめて、豆もフライドポテトも芋けんぴも一粒一粒つまむように食べ、パンも細かくちぎって食べることにしたら、授業中に叱られることもなくなった。2005年6月8日

細業


全身の細胞が夜に作り替えられるように、魂も生まれ変わる。死とはDNAの変換点でしかない。だから急にコロッと変換するのではなく、日々、時々刻々と変化していく。長い人生の中で何モノかに化けていく。それは人間とは限らない。猫かもしれないし、はたまた電柱かもしれない。これは神様のお戯れ?というより森羅万象の掟でしょう。なぜって人間が人間に、猫が猫に、電柱が電柱に…だったら、太古の昔から何一つ変わらないはず。現にずいぶん人は増え、モノも増え、消えたモノもあるのだから、別なモノに化けるのが掟らしい。「君は以前何だったの?」ピンとはねた自分の髪の毛に話しかけた。「あたし、赤ちゃんだったのよ」髪の毛はなんと女の声で答えた。「へぇー、『かみのけ座』って星座なら聞いたことあるけど、人間様だったとはビックリ!…でも、何でこんな細い姿になっちゃッたの?」「親がダイエットのしすぎで、あたし未熟児で生まれたんだけど、半年で死んじゃったの…きっと、親の悲願が来世で叶ったのね。恨めしいわ!」放っておけばシャンプーしてるうちに抜けて流れてしまうだろうから、今のうちに三途の川の向こうから見た三世について、いろいろ聞いておこう。「今度は何に生まれ変わりたい?」「そうね、クラシックギターが弾きたかったから、ナイロン弦がいいわ」「やっぱり細いんだなぁ…」親の罪業は深いようだ。「君の親はどんな人だったの?」「よく憶えてないけど、線が細い感じだったわ…」以来、街を歩いては、彼女の母親を探すことにした。三ヶ月くらい経ったある日、電車の中で突然、彼女がピンと立って話しかけてきた。「あの人!お母さんだわ」みると目の前のシートに女性が腰掛けていた。線が細いというか、確かに眉毛は鉛筆で書いたようだったが、中太りのオバサンだった。「おいおい、コワイよ、あの眉毛」「昔、流行ったのよ、眉毛を剃って、細く書くのが」「何でそんなのが流行ったんだろうね?」「理由なんか知らないわ。だけど眉を読む、とか眉に唾をつけるなんて諺みたいに人に見抜かれないように用心の為じゃない?」流行というのも消えては、また生まれ変わる。「じゃあ、今度生まれ変わるときは細い弦じゃなくて、太い眉毛になりなよ」彼女の背負う罪業、イヤ、細業を少しでも太くしてやりたかった。「あー!何するの!やめてー、死ぬぅー!」ピンとはねた彼女を引き抜いて、目の前の母親の頭上に落としてやった。2005年6月11日

用心棒


「たけやー、さおだけー」ニートの彼は一度、あんな暢気な仕事を自分もやってみたいと思っていた。だが求人情報を探しても一体、あれが何業なのかもわからない。ある日、その車を自転車で追跡して事務所を突き止めて、直々にお願いしてみることにした。「せっかくだけど、求人は募集してないんで」事務所はアパートの一室だったが、冷たい処遇で中にも入れてもらえなかった。彼は諦めきれず、一週間後にまたその事務所に足を運んでみたら、なんと同じ白い車が廃品回収車に変わっていた。拡声器の声も女性の声で「いらなくなった電化製品、ミニコンポ、バイクなどございましたら無料にてお引き取りいたします」とやわらかい。物陰から覗くと例の同じ人が運転していたので、どうやらテープの声らしい。彼もこれは何かあると考えて、探偵の気分になって翌週も張ってみた。すると今度は「やきーぃもぉー、やきも」になっていてビックリ。ちゃんと芋まで焼いている。ある時は軽くて錆びにくいアルミ製物干し竿を家まで届けてくれる主婦の味方、またある時は有料ゴミをタダで回収してくれるリサイクル社会の味方、そしてまたある時は心まで温まる石焼き職人!?しかしてその正体は…町内の用心棒か!?ますます弟子入りしたくなった。「この三週間ずっと見ていましたよ。人の為に役立つ仕事されて、ホント偉いですね!どうかタダでも結構ですから見習いさせて下さい」彼が頭を下げると運転手は困った顔をした。「おめぇさん、どこの組の回し者だぇ?」「マワシモノ?」「うちの縄張りを荒そうッたってそうはいくめぇ」「ナワバリ??」彼は全然意味が分からなかった。そこで運転手は赤鉛筆で個人情報がビッシリと書き込まれた住宅地図を見せていった。「いいか、これだけ教えてやる。2丁目6番地の町田さんなぁ、外車の止まってるうちだが、このうちは主人と婆さんが二人暮らしで、水曜の午前と土曜の夕方から夜半にかけて、いつも二人とも留守なんだ。空き巣、狙うんなら、そんときだぜ!」2005年6月13日

秋と清明


賢治が22歳の時、肋膜炎を起こした際、「自分の生命はあと十五年はない」と友人に告げていたのは医師に結核の兆候を知らされていたためだ。その頃既に世間からは変わり者といわれ、家とは対立していた賢治にとって、心のよき理解者は二つ年下の妹、トシだけだった。トシは母親と瓜二つだったから恋人のように可愛がった。彼等が近親相姦だった証拠は残っていないが、25歳のとき家に無断で上京中の彼がトシの結核発症に伴い直ちに帰郷したのも、病気をうつした罪滅ぼしの為であった。トシは臨終の床で彼に「みぞれをとってきて」といった。それが何を意味したのか彼にはわからず、とりあえず茶碗を手に暗い戸外に飛び出した。「はい、天上のアイスクリーム!」するとトシは「今度生まれてくる時はこんなに自分のことばかりで苦しまないように生まれてくる」と、びちょびちょになったみぞれを見つめていった。しばらくして息を引き取った。それまで精神的にも活動的にもフラフラしていた彼は、そのせいで妹を死なせた罪を恥じて、まっすぐに、真っ白に、すきとおった心で生きる決心をした。以来、都会への夢を捨て故郷で働きながら、多数の詩や童話を生んだ。その十年後、やはり医師の予告通り、彼も結核で倒れた。臨終に際して彼は口の利けない状態で詩を記した。その中で彼は九月だというのに「清明が近くて、青空からの風が気持ちいい」と詠った。それは父や家への憎しみや、その反動から妹に犯した悪行への罪の意識といった、みぞれのようにびちょびちょした修羅から逃れて、やっとすきとおった「生命」の春に行けるという歓びの歌だった。(参考文献:宮沢賢治年譜、『永訣の朝』、遺稿『眼にて言ふ』ともに宮沢賢治著)2005年6月16日

出血物語


仏教というと、とかくアタマを丸めて出家するものと思う人は多いが、本当の仏門は誰もが忍耐多き家庭生活にある。生後七日目にして生母を亡くした彼は16歳で結婚して以来、29歳の今日まで妻への愛よりも、亡き母にそっくりの一人娘(12)の成長こそ我が生き甲斐だった。彼は娘が小さいときから一緒に風呂に入っていたが、ある日、彼はふと娘の裸に女を見てしまった。いつまでも子供だと思っていたのに、にわかに膨らみはじめた乳と、生え始めた下腹部の茂みを恥ずかしがりもせず、隠そうともしない無邪気な娘に、まだ若い彼は目を奪われるばかり。さらに娘が初潮を迎えると、彼は父自ら洗礼の儀式を行い、女の一生の幸福を左右する愛のレッスンを授けたいという激しい衝動にかられた。「出血ごとに実っていく娘の姿を間近で、ただジーッと眺めてるなんて出家より辛いなぁ…」臆病で怠惰な彼は、そんな不道徳な愛欲を胸に秘めながら空想上の出家物語を書くことで、慾念を掻き消していた。「私は母の右ワキから、従って不浄の血を浴びることなく歩み出た。生まれたばかりの私は四方に向かって七歩あゆみ、『私は世界で最も尊い』と言った。青年時代を何不自由なく過ごしたが、ある時、自分もいつか老い、病み、血を流して死ぬことを知ってショックを受けた。以来、家を飛び出して血の滲むような苦行生活に入った。六年の苦行の末に、それが無意味だとわかったので、痩せ衰えて垢にまみれた身体を河の水で洗い清めていると、我が愛する娘が現れて自分の乳をしぼって作った粥を私に捧げてくれた。それを飲むとたちまち私の皮膚は黄金色を取り戻した。そして菩提樹の下で悟りに到った…」とこんな感じに、娘の目覚ましい成熟と共に彼の出家物語も地獄と天国をさまよう出血物語へと飛躍した。6年後、18歳になった娘は、家の都合で隣町に嫁ぐことになった。「もう血欲に苦しむこともなくなった…」35歳の彼は、とうとう出家物語の最後を自分の死(そのとき物語の中で彼は80歳になっていた)で完結させ、その手記を庭で焼き捨てた。愛する娘を失った彼は以後、血の失せた廃人のようにボサッとして余生を過ごしたから、人々は彼を菩薩と呼んだという。2005年6月22日

消息不明


東北地方に伝わるコケシ人形は、源義経が奥州藤原氏に逃げ落ちていた時代に人さらいから我が子を守る身代わりに「子消し」として神に奉納したのが起源といわれるが、その正体は義経のその後の消息のように、あまり定かではない。九州に住む友人(離婚歴二回)が、愛知万博を見て東京見物もして、はるばる東北の我が家まで遊びに来ていた。彼が我が家の大小さまざまなコケシ・コレクションを珍しがるので、一つ大きいのを飾り棚からおろして見せていた。「何でコレ、人形なのに手足がないんだろうね」彼の素朴な疑問に考え込んでしまった。「着物だからリアルに彫ったところで目立たないし、それにどうせ供物だから簡素な作りでいいんじゃない?」すると彼は人形の頭を睨みながら「そんなら、どーしてこんなに頭だけおっきいのかねぇ?」「うーん、『人形は顔がイノチ』っていうじゃん」すると今度は人形の頭を撫でながら「簡素な割には頭の角だけ丁寧に丸められてんのは何か実用性があるんじゃないかねぇ?」「きっと肩凝りほぐすのに使ったんじゃない?コケシってのは『凝りを解消』って意味だよ!」我ながら妙案のつもりだったが、友人は呆れ顔。「それいうなら、子消しだよ…」「それ、どーいう意味?」「避妊用具ってこと」「こんなのどう使うのさ?」「バイブだよ、バイブ。手動の」彼は股間にコケシ人形の頭をあてがう真似をしてみせた。「こんなおっきいの入るかねぇ?」人形の頭は直径10センチくらいもあった。「入んなくてもいいんだよ…それに君もそのうちわかるよ、これの有り難みが。神棚に奉りたくもなる理由が!」彼が奥さんの待つ家から逃げ落ちて消息不明になっている理由も判ったので、そのコケシバイブを贈呈することにした。2005年6月24日

香色(こうしょく)


飛鳥の元興寺で開かれた法会に、かの有名な大僧正、行基が招かれた時のこと。「私は未開の地に橋を架け、道を拓き、寺を建て、仏像を作ってきたが、今日ここにやってきたのは、あなた方の心の中にも橋を架け、道を拓き、寺を建て、仏像を作りたいが為である…」七日間の法会も佳境に入っていた。と、その時「おい!そこの女を誰か連れ出せ!はやく!」それまで一糸乱れぬ行基が突然怒鳴ったので、側近の僧達も慌てた。「あの女、臭いぞ!猪の血を頭に塗るとは汚らわしい!」大勢の人にはそれが本当なのかわからず、ただそれを見抜いた行基に恐れ入っていた。(あー、危なかった。あの女ったら、昔わしが狂った女にそっくりなんだもんなぁ)彼が法話に集中できなくなったのも当然。その女が目に入るたびに不浄な悪夢を思い出して動揺していたのは彼の方だから。それは彼がまだ出家して間もない14歳の頃、惚れていた女に頑なに拒まれながら、どうしても忘れられず「どうかあの女キツネの尻尾をつかませて下さい」そんな悲願が叶って、彼は気づくと彼女の脱ぎ捨てた下着を手に入れていた。そのシミに鼻を当てて臭いを嗅ぐと、縮れた毛が唇についた。「キツネの毛だ…」それをつまんで、根っこの白い垢をなめてみた。「なんだ、やっぱり天女なんかじゃない」それから三年、薬師寺で修行中の彼は、今度は別の女に惚れていた。「どうかあの女キツネも糞をしますように」そんな悲願が叶って、彼は気づくと彼女のおマルを手に入れていた。恐る恐るフタを開けてみると、薄い香色の水の中に親指大の物体が三切れほど浸かっていた。「キツネの糞だ…」それを箸でつまみ上げて、噛みしめてみた。「ヒリヒリするほど苦いなぁ」そんな刺激に彼は卒倒してしまった。それから三年、彼は破戒僧として朝廷からニラまれていたが、圧倒的な指導力で民衆、特に女性に大人気だった。「女なんてみんなキツネだけど、オレはもっと野蛮な猪だ!」そんな彼は獣心が起こる度、いつかのキツネの毛や糞の不浄観で対抗したが…「この感触、この声がどうしてキツネだろうか!」官能に敗れ去るのが常だった。ある時、彼はファンの女性と交接中、嘔吐物のような異臭に襲われたが、女は失神寸前で自分の放屁に気づいていなかった。さらに股間に熱湯を注いだような感覚が何度もしみたが、やはり女は自分の失禁に気づいていなかった。以来、彼は二度と獣心に悩まされることもなくなった。今日まで。場内から女が連れ出されると彼は安堵して「他人から手に入れたモノよりも、自分の血と汗の結晶で身にしみた感覚こそ、真の財産である」彼は法話の最後をそう締めくくって喝采を浴びた。(参考文献:『少将滋幹の母』谷崎潤一郎著、『好色』芥川龍之介著、『百人一語』梅原猛著)2005年6月28日

ラフィン・ガス


「スターウォーズ・シリーズ最終章、全米で公開初日の観客動員数は、これまでの記録を塗り替えました!」テレビを見ていたベルグ君、欠伸をしながらフィッシュマンズの「幸せ者」を唄いたくなった。「♪この世の不幸は感情操作とウソ笑いでー、別に何でもいいのさ♪」めったに笑わないベルグ君の最高の友人はノートと愛犬。「だってノートはノーとは言わないからね(笑)」そんな彼の冗句には誰も笑えない。ベルグ君の趣味は釣り。「あんなの退屈じゃないの?」と人からからかわれると「♪退屈なら、それもまたグー♪それに釣りはときに戦闘だよ」と小唄まじりに答えた。ある日、ベルグ君は愛犬を連れて釣りに出かけた。すると突然、犬がワンと吠えるので見ると、土の中から白い粉袋が出てきた。「花咲爺さんの灰かなぁ…それとも脱法ドラッグ!?」ベルグ君、試しに犬に臭いを嗅がせた。するとペロッ!「あ、マズイよ、なめちゃ」犬は黒い鼻いっぱいに白い粉をつけて舌を垂れて笑っていた。「犬って笑わないよな…これって笑い薬?」自分もなめてみた。「…」が何もおかしくない。家に帰ったら何故か急に部屋を片付けたくなった。すると押入から天ぷら鍋が出てきた。「さっき釣った魚を揚げてみよう」衣に使う小麦粉が足りなかったので、さっきの白い粉で代用してみたら意外と甘くて美味かった。次の日、知人を招いて、その天ぷらをご馳走した。お酒も入らないのに、ふだん笑わないベルグ君が愉快に笑った。(あの笑い薬?今頃効いてきたかな?)その晩に知人が連れてきた女友達と妙に意気投合してしまった。(あの粉、ひょっとして媚薬だったのかも)あんなに退屈だと思っていた恋の映画も意外と楽しかった。それまでテレビでしか見たことのなかった隅田川の花火大会も、彼女に浴衣までプレゼントして一緒に出かけた。(退屈はしなくなったけど、笑いと一緒に浪費も増えたなぁ)フリーターのベルグ君の収入じゃ先も見えてるから、思い切って就職することにした。下っ端の販売員だったが稼ぎも仲間も増えた。ますます釣りに行く時間はなくなったが、その分、秩序ある生活が埋めてくれた。半年たったある日、あんなに仲の良かった彼女と大喧嘩になった。「じれったいなぁ!何で君はいつもそうなんだ」もともと野生人のベルグ君には他人はみなチンタラして見えたから、彼女のワンパターンの行動に退屈するのも仕方ない。(会社なんてのも、お約束ばっかでつまんないなー)最初は新鮮だった仲間との付き合いも、だんだん作り笑いばかりになって辛くなった。(あの魔法の粉の効き目、切れたかな…あー、独りになりたいなぁ)久しぶりに家に帰ったら「あなたも笑うと目尻にシワができるトシなのねぇ…」と母親に言われた。何もかも半年前に戻したくなって、またいつかと同じ場所に犬と釣りに出かけた。するとまた犬がワンと吠えた。見ると白い紙切れをくわえていた。あの白い粉の説明書らしかった。「このラフィン・ガスは亜酸化窒素(N2O)を主成分とする温室効果ガスの一つで、吸入しますと麻酔効果がありますので医療行為以外には絶対にご使用にならないで下さい…」「なんだぁ、柄にもなくキチンとしてみたり、ヘラヘラして他人なんかと交流してみたくなったのは笑気ガスで酔っぱらってたんだ。世の中も工場や自動車から出るガスで充満して、秩序だらけだから笑わなきゃおれないんだ」それからの毎日、また以前のように笑わないベルグ君に戻ったが、心の中で笑いが止まらなかった。というのも世の中の人々がみんなオモチャの兵隊みたいに動いてはつまずいて、その度に笑うのがおかしくてたまらなかったから。 2005年7月7日

Coun-Cellor


あたしはモデル。15のときから、この世界に入って脇目もふらず歩いてきたわ。20歳くらいの頃は翌日に撮影があるっていうのに友達と飲んでも平気だったのに、25過ぎた頃から笑うとシワができるから、なるべく笑わない努力をしたり、お肌のためにサプリメントや医学の知識なんかも勉強したり、美容に余念なかったわ。他の遊びまくってる子からしたら、それはストイックな生活だった。これは先週のこと。「老化は細胞(セル)から」が謳い文句のDrサトウのカウンセリングは正に手取り足取り、人には言えないほど超過激だった。「シワでもムクミでもすぐ元に戻れば若い証拠だよ」というと彼、いきなりチンポコをだして「ほら、君と話してたらこんなにおっきくなったけど…」しばらく分厚い医学書を読み耽った後「元に戻ったら、こんなにシワくちゃでしょ?」しかし、みるみるうちにまた膨らんで「おっきくなったらシワは消えた。何でだと思う?ちょっと手を見せてごらん」そういいつつ彼はあたしの手を触りまくった。「…ほらシワだらけ」「指紋くらい子供でもありますよ」「そう。風呂から出たときなんか指先にシワができるけど、あれは布みたいに水分が絞られたからだよ。全身がそうならないのは汗の出やすい部分が毛細血管の集まってる場所に限られてるからさ」「脳も血管だらけなのに頭皮にシワができないのはどうしてですか?」「アタマも毛を剃るとわかるけど実は汗っかきなんだよ。フケがでるのも新陳代謝が活発な証拠で、毛が熱を発散してるから汗になりにくいだけ。それは下のタマも同じさ」といって彼は毛むくじゃらのキンタマをみせた。「こっちはシワが保温の役目もしてるんだけどね」「じゃあ、全身も頭皮みたいにガリガリだったらシワもできにくいのかしら?」「君がそれ以上痩せたら、こっちのタマみたいに皮がたるむよ…ちょっと足首みせて」今度はあたしの足を触りまくった。「君もかぁ…昔の女優さんは足首がこうキュッと引き締まってたもんだけど、今の子は棒みたいだね。君も冷え性でしょ?」といってあたしの足の甲を指で押した。「やっぱり、凹みがすぐに治らない。血行不良で恒常的にムクんでるんだよ。きっと君の細胞年齢はボクより老人だね。でもシワでたるむよりムクんでた方が写真写りはいいかぁ…」結局、Drサトウが最後にくれたアドバイスはこうだった。「韓国人のカレシでもつくって、垢すりとキムチ料理を習いなさい。それと夜の仕事もね!」2005年7月11日

ギャンブラー


彼は乳飲み子の頃、ミルクの代わりに「コーラ、コーラ!」と催促するようなマセた子だった。学校に上がる前からトランプやルーレットに夢中になり、お気に入りの服はコーラやルーレットと同じく赤と黒の模様だった。高校に入る頃には雀荘に入り浸っていたからバイトなどしたこともなかったし、する必要がなかった。大学の経済学部に入ると、競馬や競輪にも興味を示したが、一番夢中になったのはパチンコだった。「タバコのニオイとジャラジャラと騒々しい音響。反射神経だけで玉の動きを追う無我無心の時間。あれこそ経済活動の原点、つまり母親の胎内である」そんな彼の卒論は経済学と言うより奇妙な精神分析学だったから、教授には認められず、やむなく中退することになった。大学を辞めた後もパチンコ生活を続けながら、パチンコ台を製造する会社を自ら興した。次々と企業買収していったのも一種のギャンブルだった。そうして一部上場を果たした頃、運命的な愛人が彼の思想を根本から変えた。「セックスこそ全身全霊で挑む肉体の賭博だ。経済市場でいくら企業を強姦しても、肉体の危険を伴わない数字上のギャンブルにすぎない」つねに反射神経に賭博性を求めたくなる彼は「これで子供ができて一生背負う羽目になったら、それがハズレくじだ」という覚悟だったから一切、避妊しなかった。しかし、彼が何十分も充血させて何回も激しく痙攣しても、その後に出る漿液はほんの染み出る程度で、これでは受精しようがない。子作りばかりは反射神経で…とはいかなかった。一方、彼の会社の株価は下がる気運さえない。それどころか世の中が不況になればなるほど、サラ金やギャンブル関係者ばかり大富豪になっていた。ある時、彼は経済新聞社に勤務する大学の同輩のインタビューをうけた。「まさか、あのときの君がこんなになるとは思わなかったよ。ところで、君にとって神とは何か?」「それをせずにはおれないって事だろうね…企業買収もそうだ」「そんなときは何を考えてる?」「何も考えないで反射的に動いてるだけだ」「買収企業の株主や従業員、その家族のこととかは考えないのか?」「考えないね」「それが君にとっての幸せか?」「この世で一番ウザいものが見えないからね」「ウザいもの?」「自分とか」「他にも無心になれる事なんていっぱいあるだろう?美味い物を食べたり、綺麗な女性と会ったり、スポーツとか…」「その中でも、とりわけ生死がかかってる無心が一番至福なんだ」「具体的には?」彼は、その時ハッキリ答えることができなかった。インタビュアーが誘導尋問的に「戦争とかテロはどう?」ときくと「そうかもしれないけど、死ぬのは自分だけでたくさんだよ」と彼は答えた。以後、彼はゲイになった。家族も会社も捨てて、あらゆる過去も未来も捨てて、運命と官能だけの今を手に入れた。「死んでホトケになるか、ただのキチガイで終わるか、この間にしか生き抜く道はない」生まれて初めて生死を懸けた誠実なギャンブルだった。 2005年7月13日