2005年7月11日
彼は乳飲み子の頃、ミルクの代わりに「コーラ、コーラ!」と催促するようなマセた子だった。学校に上がる前からトランプやルーレットに夢中になり、お気に入りの服はコーラやルーレットと同じく赤と黒の模様だった。高校に入る頃には雀荘に入り浸っていたからバイトなどしたこともなかったし、する必要がなかった。大学の経済学部に入ると、競馬や競輪にも興味を示したが、一番夢中になったのはパチンコだった。「タバコのニオイとジャラジャラと騒々しい音響。反射神経だけで玉の動きを追う無我無心の時間。あれこそ経済活動の原点、つまり母親の胎内である」そんな彼の卒論は経済学と言うより奇妙な精神分析学だったから、教授には認められず、やむなく中退することになった。大学を辞めた後もパチンコ生活を続けながら、パチンコ台を製造する会社を自ら興した。次々と企業買収していったのも一種のギャンブルだった。そうして一部上場を果たした頃、運命的な愛人が彼の思想を根本から変えた。「セックスこそ全身全霊で挑む肉体の賭博だ。経済市場でいくら企業を強姦しても、肉体の危険を伴わない数字上のギャンブルにすぎない」つねに反射神経に賭博性を求めたくなる彼は「これで子供ができて一生背負う羽目になったら、それがハズレくじだ」という覚悟だったから一切、避妊しなかった。しかし、彼が何十分も充血させて何回も激しく痙攣しても、その後に出る漿液はほんの染み出る程度で、これでは受精しようがない。子作りばかりは反射神経で…とはいかなかった。一方、彼の会社の株価は下がる気運さえない。それどころか世の中が不況になればなるほど、サラ金やギャンブル関係者ばかり大富豪になっていた。ある時、彼は経済新聞社に勤務する大学の同輩のインタビューをうけた。「まさか、あのときの君がこんなになるとは思わなかったよ。ところで、君にとって神とは何か?」「それをせずにはおれないって事だろうね…企業買収もそうだ」「そんなときは何を考えてる?」「何も考えないで反射的に動いてるだけだ」「買収企業の株主や従業員、その家族のこととかは考えないのか?」「考えないね」「それが君にとっての幸せか?」「この世で一番ウザいものが見えないからね」「ウザいもの?」「自分とか」「他にも無心になれる事なんていっぱいあるだろう?美味い物を食べたり、綺麗な女性と会ったり、スポーツとか…」「その中でも、とりわけ生死がかかってる無心が一番至福なんだ」「具体的には?」彼は、その時ハッキリ答えることができなかった。インタビュアーが誘導尋問的に「戦争とかテロはどう?」ときくと「そうかもしれないけど、死ぬのは自分だけでたくさんだよ」と彼は答えた。以後、彼はゲイになった。家族も会社も捨てて、あらゆる過去も未来も捨てて、運命と官能だけの今を手に入れた。「死んでホトケになるか、ただのキチガイで終わるか、この間にしか生き抜く道はない」生まれて初めて生死を懸けた誠実なギャンブルだった。
| 2005年7月13日 | |