笑劇
 ギックリ語誌(北)

 売れ顔 秘密 ナマケモノ キズナ
 枕絵師 ノキサキにて キッチン
 羅紗面 リバーシブック 心の岩
 ネックラバー やじろ兵 牛眼鏡
 息甲斐 興信所にて 秘話法師
 性態学者 ポリティック 蚯蚓商売
 厭人狂 勝ち栗 ファーイースト
  

売れ顔

「あなたの顔のルーツはインド系5%、ベトナム系20%、タイ系10%、韓国系30%、中国系15%、モンゴル系30%です」DNAと顔から過去の遺伝情報を読みとる装置を開発した会社ができた。その事業内容は「売れ顔」をシミュレートして企業等の広報担当に情報提供すること。ある中国企業のCM用に提供した「売れ顔」は、単に販売実績を国別に解析してデータ入力しただけなのに日本の現首相の顔に似てしまい「反日感情を煽る」と却下された…。ヨン様に代わる韓流スターを発掘している日本の制作会社には彼の顔の遺伝情報を分析したら「その他10%って何だ?」と問われたから「たぶんプチ整形です」と答えたら「それじゃ当てにならない」と破棄された…。米国の共和党からは次期大統領に相応しいルックスは?という依頼がきた。メディア戦略には中身よりも外見が大事と考えてるらしい。中東和平を祈願して歴代大統領の遺伝情報にアラブ系のデータを混血させたらビンラディンそっくりになってしまった。今、会社を挙げて全力で取り組んでるのは国連からの依頼で次代の事務総長に相応しい「世界の顔」は?という難題。何故難題かというと全世界六十億人分の混血を高速シミュレートしなければならないから。実際にこんな混血児が生まれるのは何十億年先だろう?しかして出てきた「売れ顔」は…人種も老若男女も定かではない、ミロクボサツみたいな「憂え顔」だった。2005年8月21日

秘密

神経質な母の顔色を伺って育った彼女には、ふつう誰にでもある反抗期がなかった。「何でもアケスケに話し合えなくッちゃ夫婦じゃないわ。もし隠し事なんかしたら即離婚だから」夫との間に子ができなかったのも、そういうアケスケのせいだったかもしれない。何でも思ったことを話してしまう彼女には守るべき秘密もなかったが、同時に守るべき自尊心もなかった。ある時、友人に「何考えてるかわからない」といわれても言い返せなかった。それを夫に話すと「何も考えてないんだから仕方ないんじゃない…」そんな嫌味を言われても怒れない彼女は無抵抗というより無人格だった。精神病者が何かの拍子に発狂するように、彼女の遅すぎる反抗期は母の死をキッカケに目覚めた。親という対象のある幼い反抗期と違って、大人になって目覚めた彼女の反抗の鉾先は対象を失って、自分のリストに向かった。「あたしって何なの?」カットした傷に存在感が感じられる間はよかったが、癒えればすぐ不安に襲われた。「もう死ぬしかない」そこまで極まった時、彼女の兄夫婦の子供をもらうことになった。そこで彼女は秘かに心に決めた。「思う存分、この子に反抗してやろう」それは生まれて初めて誰にも言えない秘密だった。(参考文献:「三島由紀夫論」「わたしの原点」岸田秀)2005年8月24日

ナマケモノ

「この世に無駄なものは一つもない」という生態学者の言葉を信念に彼は生きていた。老いた両親と三人暮らしの世に言うパラサイト・シングルでかつニートの彼は働かない代わりに飯も大して食わないし、遊ぶこともしない。放っておけば何日でも部屋に籠もって寝転んでいた。まさにナマケモノという動物そっくり。AV男優のバイトをした時も他の男優達がアクロバチックな技を決めるのに彼は腰を動かさないでジーッと耐えるだけなので監督に「単調でつまらない」とクビにされた。それでも女優達からは「おかげで生理不順が治った」と感謝されたり「かわいそう…」とかばわれた。そんな彼の両親は大の旅行好きで留守中は彼が電話、ゴミ出し、郵便物、新聞、牛乳、近所の連絡網、植木の水撒き、ビデオの予約まで…彼等の日課を任された。彼は三日坊主だから一週間ぶりに帰ってきた両親は当然怒る。「こっちはクタクタなんだから!同行した人に写真は送ってやらなきゃならないし、添乗員さんにお礼は送んなきゃならないし、忙しいのよアンタと違って!」そんな時、彼はいつも思うのだった。「忙しない人がしてる大きなムダに比べたら自分はなんて小さなムダだろう。やっぱりこの世にムダなものはない」(参考文献:「エコロジー的思考のすすめ」立花隆)2005年8月30日

キズナ

彼女は母が再婚して初めて生まれた女児だった。小さいときに前の父親に性的虐待を受けて以来、高校に上がるまで歳の離れた義理の兄たちからも輪姦されてきた。体の傷は消えても心の傷は何かを記憶しているらしく、大学在学中からしていたストリップのバイトがいつしか本業になっていた。最初はいいカネになるので夢中で踊りや演技を磨いたが、それもだんだん退屈になると、いつしか舞台に客をあげて本番行為をするようになった。それが人気を博したが、彼女自身が本当に感じたことは一度もなかった。ある時、彼女が公演中に男が強盗に入った。男は次々と客に斬りつけ会場は血の海になった。裸同然の彼女を見つけるや男はナイフを手にズボンを下げて彼女にのしかかってきた。彼女はされるままにしたが男の顔をみて驚いた。それは前の父親だった。「お父さん…やっと会えたのね」二人はまるで古傷を舐め合う犬のように激しく肌を擦り合わせた。翌日からストリップ小屋に彼女が現れることはなかった。(参考文献:「マッチ売りの少女」野坂昭如)2005年8月31日

枕絵師

もともと浮世絵師であった彼が妖婦を妻に持ったことが悲劇の始まりだった。彼が妻をモデルに美人画を描こうとすると妻が求めてくる、それに応じている内に子供がどんどん生まれて、絵は描けないから家計はどんどん窮迫した。6人目の子ができた頃には彼の創作意欲も精魂も尽き果てていた。それでも妻は相変わらず求めてくるから、彼は何とか言い訳をして逃げていた。そんなある日、妻が「あたい、おりよ、十七歳。おじちゃん、タバコくんない?」と別人格で話し始めた。そのうち物は投げつける、暴れる…手の着けられないヒステリー状態になった。彼はもう美人画どころではなく、どんな絵本の挿し絵でも引き受けて家計を支えた。「妻の発狂は自分の精魂の至らなさが原因」という償いの思いから、妻が語る不幸な過去に献身的に耳を傾けていたが、いつしかそれは好奇心になっていた。妻は幼い頃から遊里に出され、驚くべき人数の男に玩ばれていた。その閨房の光景を描いたら妻は吐き気を催すほど嫌がったが、妻が嫌がれば嫌がるほど、その妖しい絵は売れに売れた。いつしか彼は枕絵師とよばれた。そして妻のヒステリーは妖婦の面影と共に消えていった。2005年9月1日

ノキサキにて

それはコバルトブルーにキラキラして持って帰りたくなる尻尾だった。直哉は電車内でキレイな女性の尻をさわって捕まった為に、この拘置所に連れてこられた。その軒先でこのトカゲをみつけたのだ。「刑事さん、ちょっと待って…」彼がキレイな尻尾をそっと踏みつけると尻尾はプツンと切れて、不格好になったトカゲはさっと物陰に逃げてしまった。体の半分も占める尻尾は実はイミテーションだった。もしトカゲがヘビみたいに強かったら、あんなキレイな尻尾はなかったろう。「あの女の尻にもニセモノの尻尾が生えてたのかもしれない。そういえばあの女の持ってた茶色のバッグの柄はトカゲの皮みたいだった」数日後、彼の釈放される日まで尻尾は同じ軒先に残っていた。すでにキラキラはシワシワになって、コバルト色は黒っぽく干からびて、アリやハエがたかっていた。「今頃あのトカゲ、新しい尻尾が生えてるんだろうな。今度キレイな女がいたら尻じゃなくバッグの方を引ったくってやろう!」 2005年9月2日

キッチン

彼は机が90℃にそろってないと気持ち悪がり、書類を閉じるホッチキスは右上に45℃の角度で打たないと気が済まない。机の上は常に片づいて、ペンや鉛筆は全部同じ向きに揃って、本棚はデコボコなく高さまで揃えて整理整頓されていた。みんなが使う流し台も、彼が使った後は溝にたまった食べ滓が取り除かれ、布巾もちゃんとひろげて干してあった。殆どの同僚は、そんな彼を「男の癖にキチンとしてる」といったから、ズボラな彼女は「女の癖に…」という白い目で見られ迷惑を被っていた。ある時、韓国人の友人が彼女にいった。「日本人や中国人は重くて割れやすい陶器の食器を使ってるけど、韓国ではみんな軽くて割れない金物よ」彼女が何故かと聞くと「何時敵に攻めて来られても、すぐ必要な荷物だけまとめて逃げられるでしょ」それで彼女は納得した。そういえば彼は会社に出勤するのに、いつも大きなリュックを背負っていた。「彼の先祖はきっと韓国からの避難民に違いない。そんならキチンとするのはキッチンだけでいいんだ!」2005年9月3日

羅紗面

ここは開国前夜の下田。総領事ハリスはもともと東洋人相手の商人出身だったから喧嘩事は何の利益も生まないと知っていたが、交渉が長引くにつれ持病の胃潰瘍が悪化し始めたので、日本側に看護婦を求めた。そこで日本側は色仕掛け作戦で外人を追い出そうと慰安婦を送り込んだ。「ねぇアンタ、コレじゃあ、あたしの面子丸つぶれじゃない」精一杯めかし込んで乗り込んだ彼女は、たった三日でお払い箱といわれ困っていた。「アンタ酒も飲まないし、生きてて何が楽しいわけ?」「今は二十日に一回のマスだ」「うわっ、寂しい人生!」「昔の中国に孫真人という名医がいて、貯めすぎても腫物ができるといったから衛生のために排泄してるんだ」「なら反対にやりまくっちゃえばいいじゃない」「彼は精気をもらさず保つことがいつまでも若々しく長生きの秘訣といって実際に百歳まで生きた」「わかった。アンタ商売のやりすぎでアッチも玉ギレになったんでしょ」「私は幾つに見えるかね?」「さぁね30くらいでしょ」彼は50歳で独身だった。「ひとりぼっちは私のフルサトだ。君の方こそやりすぎで顔がラシャ紙みたいになってるぜ」彼女は腕を見せていった。「思春期の子はみんなこんな風に鮫肌になるのよ」「マァ鮫皮はワサビのすり下ろしにも使えるし、君のウロコ肌も男の垢すりに役立つかもね。でもその前に人喰いザメにならないようにね」「どうせあたしは男を喰うしか能のない妾よ」「君、フケがよくでるだろ」「新陳代謝がいいってことは若い証拠じゃない」「そのうち毛も抜けるぜ。ギョリンセンはビタミンA不足が原因だからレバーと牛乳を多く摂るといい」「そんな食べ物、日本にないわ」「じゃあ、うちの国と貿易しよう」三ヶ月分の給料と一緒に彼女は追い出された。武力でも色仕掛けでも失敗した江戸幕府は仕方なく不利な通商条約を受け入れた。その後、彼女は「こんなカネ受け取れないわ」と下田奉行所に申し出た。奉行に解雇の理由を問われると「顔がラシャみたいだって…」と言い訳したが、何故か敵の肩を持ったので世の人は彼女を「唐人お吉」とか、外人相手の妾を「ラシャ面」というようになった。(参考文献:「安吾下田外史」坂口安吾 「養生訓」貝原益軒)2005年9月5日

リバーシブック

彼女と彼は出会って三ヶ月。そろそろ恋愛の夢から覚めて現実と未来がちらつき始めていた。そんなデートの最中、本屋の新刊コーナーで興味深い本を見つけた。服にもリバーシブルというのがあるが、この本の一方には『愛されてお金持ちになれる魔法』と題され、もう一方には『趣味で億万長者になれる処世術』と題され、実は一冊の本だった。「あ、なんだコレ同じ本なんだ!」まるで違う本のように積み重ねてあったから、二人は得した気分で割り勘して仲良く読み始めた。どちら側からでも読めるようになっていたからレディファーストで彼女が読みたい『愛されて…』の方から読み出した。平易な文章とかわいい図柄でスラスラ読み終えてしまった。今度は彼の読みたい『趣味で…』の方から読んでみた。不思議とさっきと同じ頁も違って読めた。「結局さ、夢と現実は両立しないって事、コレ?」「それいうなら愛とカネもじゃない?」「二兎を追う者は一兎をも得ずっていうけど、何事も妥協しかないってことなのかなぁ」「それじゃこのタイトル詐欺だよ!」二人はあらためて背表紙のタイトルをみて唖然とした。そこには「自由を捨てて不自由を得る法」と書いてあった。2005年9月6日

心の岩

初めての時に恥を掻くのは男の方であるのに、彼女はうまく事が済んだにも関わらず心に違和を感じていた。初めのうちは物珍しさと自分も世間並みだという嬉しさで異性と触れあったが、男達の目に曝されるうちに、自分の体つきや声にコンプレックスを抱くようになった。以来、ヘアスタイルやファッション、アクセサリー…といった容姿だけでなく、言葉遣いや歩き方、礼儀作法に到るまで女性らしさを身につけることに余念がなかった。大学卒業と共に結婚したのも「女性を磨くなら家庭に入るのが一番確実」と考えたからだった。ところが心の違和のせいで全く濡れない。そのうち痛くなって「もうやめよう」と旦那にいわれた。30歳過ぎた頃からはエステや豊胸手術、整形までするようになり、性の対象はもっぱら自分の肉体改造になった。どんな大きな岩でも埋められぬ穴を感じるようになったのは40歳過ぎてからで、急に子供が欲しくなって体外受精を何度も試みた。だが長年の無性生活で卵巣は使い物にならず、子宮ガンまで発見され余命五年と診断された。「もう女性でなくたっていい、人として死ねれば」離婚後、死ぬまで一緒にいてくれる最愛の女性を探してやっと見つけたその人は、母親だった。長年苦しんできた心の岩をどけて彼女は生まれたままの心で昇天していった。(参考文献:『仮面の告白』『花ざかりの森』三島由紀夫) 2005年9月7日

ネックラバー

彼は弱冠二十歳で知る人ぞ知るギタリストだった。彼の父は軍人で、彼も小さい頃から機関銃をオモチャにして遊んでいた。「奴のマシンガンみたいなプレイには鳥肌もんだぜ」自分のバンドのギタリストを探していたグラハムは友人に言われるがままに市内にあるクラブにそいつのギグを見に行った。地下から路地まで轟いてくる地響きは彼の爆音だった。彼はギターを体の一部のように軽々と扱い、四本の指は指板の端から端まで舐めるように動いていた。その奏法は左手で弦を引っ掻いて、右手でその弦を撫でているようだった。ギグがはねてグラハムは楽屋を訪ねた。「何であんなに速く指が動くんだ?」グラハムが聞くと彼はタバコの煙をふかしていった。「舌はもっと速いんだぜ」彼は卑猥に舌を動かして器用にバッハを弾いてみせた。「どうやって指運練習してるのか、と聞いてるんだ」「練習?そんなのしないよ、ナァ?」そこへバンドの連中が割り込んだ。「オマエは女の足で練習してんだもんな!だからメイプルネックじゃなきゃ気分が乗らないんだろ?」彼はビール瓶に爪を立てて弾く真似をしながらいった。「黒いストッキング履いて、足首がこんな風にキュッと引き締まってるのも最高だぜ!?」その時グラハムは彼を何としても自分のバンドに入れたいと考えた。そしてそのバンド名は昔、戦争中に捕虜収容所のあった要砦島にちなんで付けられた。2005年9月10日

やじろ兵

我が部隊がこの荒涼とした異国の地に派遣されて早二年、戦局はだいぶ落ち着いていた、というより外人は蚊帳の外で手の着けられない内戦状態になっていた。「ソロソロ引キ揚ゲヨウゼ」そんな状況に白けた他の外人部隊がわれらにそう打診してきた。それを本営に報告しにいく道中、屁野中尉と茂辺地伍長が話している。「まぁ、今となっちゃ、オレらじゃなきゃできねぇ力仕事もねぇしな」「でもよ、最初ッからこの仕事はボスのお付き合いで来たんじゃねぇかよ。いってみりゃヤジウマみてぇなもんでさ、仕事なんて名ばかりのパフォーマンスじゃねぇか」「まぁこれでもボスは高く評価してくれてるワケだしな…じゃあ地元の人はどう思ってんだろ?」新聞を見せて「これ見ろよ。オレらが『国際的連帯を示す象徴的な兵力』だとよ。ヤジウマでもいいから、もうちょっと見守ってて欲しいとさ」「でもパフォーマンスもそろそろワザとらしいし…ただのヤジウマじゃ胸張って帰れねぇしな」「立派に仕事してるところ見せりゃいいんだろ?だったらニューオーリンズ行こうぜ!」そこはボスのお膝元のすぐ隣りで、未曾有の自然災害で数千人が路頭に迷っていた。「あそこは戦闘地域じゃないから行くのは問題ないけど、こっちはどーすんだ?」「半分残ればいいさ。石油買ってる縁だ。あっちの方が安全だし、ボスに恩を売るにゃ及ばねぇが裏切ることにゃならんだろ」「じゃあ、そこが片づいたらどーすんだ?」「もちろん、直帰だ」(参考文献:『わたしの憂国』養老孟司 『安吾巷談』坂口安吾)2005年9月14日

牛眼鏡

彼(25歳)がこの病院に入院したのは自殺でもないのにJR中央線に轢かれたからだった。「闘牛の牛じゃないんだから…」医師は冗談でいったが、彼の瞳孔や眼圧を調べてみてそれが満更でもなく思えた。「君の瞳孔、かなり膨張してるよ。緑内障って遺伝だとか老人性だと思ってる人が多いけど、今は生活習慣病と同じで若い人もなってるみたいだね」「センセー、でも全然見えにくくないッすよ」「ひどくなるまで自覚症状はないんだよ。君んちの電灯は蛍光灯?それとも白熱灯?」「蛍光灯ッす。ふつうそうッしょ?」「テレビとかパソコンの画面はよく見る?」「そりゃよく見ッけど」「現代人はそういう眩しい青白っぽい光に慣れすぎてるんだ。たまに血を見たくなったり、無性に火遊びしたくならない?」「格闘系のマンガとか花火は好きッす…けど、それとオレの怪我とどういう関係があるンすか?」「緑内障って子供がなると牛眼っていうんだ。牛の目みたいに黒目が青っぽく膨張するからなんだけど、興奮すると牛って赤いモノに突っ込むだろ?」「それって闘牛とか牛追いレース用の牛だけじゃないンすか?」「君も猛牛みたいに女のスカートにでも興奮して紅い電車に突っ込んだんじゃない?」「まっさかァ!?」「試しにコレをかけてみなさい。気が落ち着くから」「何すか、そのオレンジのグラサン」「牛眼鏡」「別に大きく見えなくてもいいンすけど」「違うよ、ウ、シ、めがね。青に慣れすぎだからオレンジ色で矯正するんだ」彼はそのメガネをかけてみた。「うっ、暗いなァ」「それって、まさにオレンジ革命!?」2005年9月16日

息甲斐

「昨日、敬老の日だったでしょ。でさ、お祖母ちゃん、温泉に連れてってあげたの。そしたら働き者だから暇を持て余してると落ち着かなくてさ、何だか可哀想になっちゃった」「あーァ、あたしも温泉行きたいなァ。何で仕事なんてしなきゃいけないんだろー。やめてー」「それって何で勉強しなきゃいけないの?って今どきの子みたい」「勉強も嫌々ながらやってたし、あたしの人生はみんな嫌々ながら…なのかなァ」「これはやめられないって事はないの?」「タバコかな。何度か禁煙したけど三日しか続かない」「でも一日中それだけだったら?」「そりゃ最高だけど、それってニートじゃん」「試してみれば?ホラ…『乞食とナントカは三日やったらやめられない』っていうでしょ?」「禁煙もそうだったらいいのにね。でもどうしよう、ホントにやめられなくなったら」「大丈夫だよ、お祖母ちゃんも戦時中、乞食同然だったって言ってたよ。貧乏が働くバネにもなってるんじゃない」「あたしは貧乏を知らないからすぐやめたくなるのかなァ」そんな彼女が会社を辞めて三年後。「家事手伝いなんて聞こえはいいけど実際はプー太郎だからね」「で、やっぱりやめられない?」「え、タバコ?」「ちがうよ。プーだよ」「ていうか、やめようがないよ。何者でもないから。温泉が息抜きにならないお祖母ちゃんと同じだよ」「じゃあ、また仕事するの?」「タバコが生き甲斐だからね」(参考文献:『地図は燃えつきたか』柄谷行人) 2005年9月20日

興信所にて

「最近、うちの人、何考えてるのかわからないんです」「それはどういう時に感じるんですか?」「仕事の打ち合わせで帰りが遅くなったって言うんですが、女の人のニオイがするんです。あの人、ふだんはいわゆるオヤジ臭なのに爽やかな香りがして…それに、すぐにお風呂に入っちゃうんですよ。絶対アヤシイと思います」「最近、旦那さんが奥さんを批判したことありましたか?」「私、たまに娘とカラオケに行くんですけど、それ見て『家の事、放ったらかして出歩き過ぎじゃないのか!今更若者みたいに色気出してどうする』って」「あァ、それなら旦那さんの打ち合わせってのはウソですね。自分の方こそ仕事放ったらかしてキャバクラかなんかで色っぽく遊んでるんでしょう」「えッ、どうしてわかるんですか?」「『人を怨むより身を怨め』っていいますが、例えば政治家が他人の批判をする時って自分の事を棚に上げて言ってるもんなんですよ。恐怖政治とか独裁者とか言ってる本人がそういう自分を隠すために他人に当てつけてるワケです」「あー、じゃあ最近、ひきこもりが問題だって騒いでるエラそうな人達は、自分達こそ都合の悪い現実からひきこもってるから受信料も保険料も払ってもらえないのね!?」2005年9月22日

秘話法師

落武者の子として生まれた江利久は母子家庭で育ったせいか琵琶を弾き始める前から引き籠もるたちだった。琵琶法師の平曲で練習した彼だったが最初は雅楽の舞台脇で伴奏していた。その演奏があまりにノビノビとしていたので聴衆は彼の独演を聞きたがった。それに応えて彼が当時流行っていた説話を自己流に弾き語ると、たちまち彼の名は全国に広がった。彼の行脚はいつしか大勢の脇役を従えた興行に発展していた。そんな忙しい巡業の中で彼は何度か恋をしたが、いつも独りぼっちに戻ってしまい、やっと五十歳を前に息子が産まれたが不慮の事故で幼くして亡くした。その頃から彼は自分には琵琶しか愛せないと思うようになった。そんなある日、彼は旧縁の招きで三十年ぶりに雅楽の舞台に出演することになった。今や琵琶の名手の彼が管絃合奏の脇役に収まるのは世間が許さないので彼は幕の陰に隠れてコッソリ演奏した。「こんなにノビノビと弾きまくれるのは何て久しぶりだろう」もともと楽器や主役の陰に隠れて秘かに息をするのが楽しみだった彼が、隠れようのない表舞台に出たのが間違いだった。が、今更、父のように雲隠れするわけにもいかない。「舞台の上で自分を隠すには自分より巨大な作品を演じるしかない」以来、彼は昔の琵琶法師を器用に真似て、古典中の古典ばかりやるようになった、ノビノビと。(参考資料:「雅楽ホームページ」http://www.gagaku.net/)2005年9月23日

性態学者

キンゼイ博士は昆虫の生態学者だった。田圃から田圃に移動するタガメを追って電波機器を駆使して研究していた。「ある時は忍術使い、またある時は吸血鬼、そして二枚の翼で空も飛ぶ。タガメは田圃の王様だ!」彼の研究報告はその筋では反響を呼んでいたが、あまりに研究に没頭するので、嫁さんは愛想を尽かして子供を残して出ていってしまった。「タガメのメスってね、交尾を済ますとオスも卵も見捨てて、別のオスを探して旅立っちゃうんだ。だから卵をかえすのが残されたオスの仕事ってワケさ」「それってまさにお父さんみたいだね」小さい娘が言った。「じゃあオスは卵がかえったら、また他のメスを探しにいくの?」「メスを探しにいくんじゃないよ。夜の灯りにひかれて旅しては、田圃の中で疲れた筋肉をほぐしてるうちに、その水の波をキャッチしたメスに誘われて、また交尾させられるってワケ」「メスがオスを誘うんだ!?それってヒトと反対だね」「ん?まぁね…」「ってことはお父さんの立ててる波もそのうちメスがキャッチしてくれるかもね!?」2005年9月27日

ポリティック

その頃、国会は法案本位の格闘技と化していた。国会中継は民局でも頻繁に放送されるようになり、議員報酬は契約年俸制と法案成立歩合制になった。「モンゴル出身のタイゾー、ジミンと五億で契約!」「オガタ氏、ミンシュ代表を辞任!新たにエバラ氏が就任」スポーツ新聞も一面で取り上げた。「この形勢だといくら反対しても可決されそうだから、ウチも手堅く賛成にまわるか」と野党が妥協すれば、与党は「賛成多数で可決じゃボーナスの歩合が減るから、ちょっと手抜くか」と八百長みたいに白けてしまうし、テレビ局も勝負が水モノだから視聴率も広告費も稼げる。そこで放送中にケータイ端末を使って法案賛否の電子投票を掲示した。「社長!こんな法案可決したら、うちの経営ヤバイですよ!」「そうだな、今すぐ全社員に呼びかけて否決に投票させろ」政治に無関心だった人々も無理矢理参政させられたが、法案が成立しなければ余った予算は国民年金に還元されるから、アマノジャクは常に否決にしか投票しない。いつしか国会中継は「P―1」と呼ばれるようになった。そのPとは「politic(ずるい、当を得た)」の略だった。2005年9月28日

蚯蚓商売

ハルミ(18)は出会いサイトにプロフを載せて、次々と見知らぬ男に身を売っていた。ある時、バイブを差し入れながら恍惚としていた彼女をカメラにおさめる変な客がいた。「ソレ何に使うの?」「ネットに掲載する」「ソレってカネになるの?」「かなりね。会員が増えれば年収一億も夢じゃない」「どんな写真がいいの?」「チョー恥ずかしいとこかな」「そういう写真ばっか撮ってて飽きない?」「これでもオレ一応、プロ目指してたんだぜ。大学時代は秘境とか旅しながら何度か個展も開いたし」「何でやめたの?」「食ってけないから。能あるタカは爪を隠すっていうけど、タカになれるのもほんの一握りなんだ」「ふーん。別にタカじゃなくてもいいじゃん。(手のひらをライトに照らしながら)♪オケラだーって、ミミズだーって…って歌みたいに、ちゃんと生きてるんだから」「そう。だからオレみたいなミミズには爪よりも生き延びる知恵が大事だ。けど最近思うよ、嫁サン貰うならこんな土臭い世界には近寄らない子がいいって」たった二時間で十万もくれた彼と別れてから彼女は友達にメールした。「ミミズって、どうやって生きてるか知ってる?」「ネットで調べたんだけど、土の中の腐ったゴミとか食ってるらしいよ」「オエーッ!きたねー」「でも環境的にはけっこう役立ってるらしい」「…ていうか生き延びる知恵みたいなのは?」「よくさー道路で干からびちゃってキモイのとかいるじゃん。そういう危ないとこには近寄らないとかは?」「あ、そっか、じゃあ土の中にいれば安全だし、土なら食い尽くす心配もないってことかァ!?」ますますオミズから足を洗えぬハルミは、まさに大地に蠢くミミズだったが、撮られた写真が魚釣りのエサにされているとは気づかなかった。(参考文献:「釈迦如来誕生会」近松門左衛門)2005年10月2日

厭人狂

F-1レーサーの彼はアマチュア時代、公道を100キロオーバーで爆走してよく捕まっていた。そんなスピード狂の彼は結婚して二年たった頃から睡眠薬中毒になり、競輪で負けては他人に八つ当たりして暴れ、ついに精神病院に入院となった。医者は言った。「離人症と関係妄想は表裏の関係で、自分が自分でなく感じられたり、反対に新聞やテレビの話までが全部自分の事のように感じられたりします。いずれにせよ自我認識の不安定は身体感覚の麻痺で起こりますから、しばらくレースから離れるべきでしょう」彼が入院生活で不思議に思ったのは患者の狂気よりも、それを可愛いといいきる看護師たちが多いことだった。「あたしたちだってここでは正気だけど、陰でぶっちゃけて酒のんだくれてんだから、あの人達のほうが素直なのよ」彼女らと患者のイタチゴッコを彼はサーキットの観客のように傍観していた。「オレの狂気もサーキットの中だから正気に見えるけど、オレが鳴らしてたエンジンの轟音は観衆の狂気だったんだ。正気も狂気もない静かな世界はないのか?」「そんならカレンダーに任せた規則正しい生活をしなさい」その医者の言葉に従って退院後、彼は新聞配達人になった。「毎日毎日同じ事をするなんて死ぬほど退屈だなぁ…だけどこの朝焼けは何てキレイなんだろう。いっそ死ぬまでこのフラッグを追いかけてやろう。それがホントの命懸けのレースってもんだ」生まれて初めてエンジンでなく自分の足で走っていた。(参考文献:坂口安吾「すばらしい根気」『明日は天気になれ』)2005年10月9日

勝ち栗

科学技術万能の世。男達は空気銃を改造したりしてテクノストレスを解消していた。ノギ君も時代はずれの戦争オタクだった。戦艦大和の大模型を作ったり、日露戦争に取材した戦記小説を秘かに書いていた。そんな彼も清掃業の仕事場では大人しく上司に従っていた。その日はたまたま栗の木の掃除をさせられていた。同僚が管を巻いた。「トゲが痛てえなア。こんなの空気銃で打ち落としちゃあ楽なのに。だいたいこんな仕事なんざア、女でも務まらア」「いいじゃないか女であろうと主導権なんて勝ち組に握らせておけば」九州男児のノギ君はいたって冷静。「昔は祝い用のカチグリは女が臼でついたもんだ。男もそうして掌で転がして自分は長生きしてたんだから、負けるが勝ちとはまさに栗のことだ」同僚はまだ納得いかない。「しかし、こんなオートマな世の中じゃ、男はいつ勝ちゃいいんだ?いっそ戦争でも起きねえかなア」「戦争ごっこはモデルガンで我慢しろよ」「あんなの子供ダマしでツマラねえよ。ほんもんブッ放してえなア」「だったらオマエ政治家になれ」「ブッシュみてえに戦争起こすのか?」「コトバのな。今の政治見てるとまるで家計簿のヤリクリだ。大儀も見えないから歴史の繰り返しだ」「仕方ねえよ、女にゃ歴史はわからんから」「何でだ?」「さア、子宮で考えるからだろ。せっかく血が巡っても漏れッちまア溜まるもんも溜まらねえや」「そう言えばオマエんち子供つくらんのか?」「さアな、早くもババア化してらア、ジジイってほうが正しいかなア」「かわいそうに。女も愛されて子供が欲しくなるもんだ。オマエのつき方がヘタなんじゃないか」「面倒くせえからな…クリちゃんとか」「そこが、カチどころだろ!」2005年10月12日

ファーイースト

「おいヒロシ、こんどのバースデープレゼントは何が欲しい?」「世界地図が欲しい」さっそく父は部屋の壁一面の大きな地図を買ってきました。「ねぇ父さん、どうして日本は真ん中にあるのに『ファーイースト』っていうの?」「西洋の地図じゃあ、日本は東の端っこなんだ」「日本はロシアの無敵艦隊にも勝ったのに世界の中心じゃないんだ」「そうだけど、西洋が中心でもないよ」「じゃあ、どこが中心なの?中国?アメリカ?」そこへ母が入ってきました。「みてみて、津軽のリンゴよ。いま送られてきたの」リンゴを見てヒロシ「ツガルってどこ?」「青森よ。本州の端っこのほう」「じゃあファーイーストだね」それにピンときた父は家を飛び出すと、しばらくして大きな箱を抱えて帰ってきました。そして箱の中から地球儀を取り出しました。「世界は丸いんだから端っこなんてないよ。中心は土の中だから熱くて誰も近付けない」「地球の中心にもリンゴみたいにタネがあったりして」ヒロシが冗談にいうと「父さんと母さんの世界の中心にはちゃんとタネがあるよ」父は息子を見ました。「ヒロシ、お誕生日おめでとう」母も嬉しそうでした。世界の中心は平面にも球面にもありません。見ている人の中にあるのですから。2005年10月15日