自愛ジェーン 社会の窓 樽い女
愚禿の功徳 「いい人」 天皇家の悲劇
メイル 白蛇 偏食 悪慾 文獄者
ノードリンク・ノーライフ 衛星器具 公安部
心の衣 インナー 刺青師(ほりものし)
虎狸の授け子 家出 クローンタウン
改名 ゲテモノマニア クルー人 ローハイ族
いつの世も不平等とともに武力は横行する。イラク戦争以来、日本でも主要な駅や空港、大都市の街頭では武装した外人警備員を目にするようになった。軍隊を持てない日本では彼等のような民間軍事会社(PMC)が大活躍。彼等のような雇われサムライの中から未来のヨリトモが現れる日もそう遠くない。ヒトミもフランスのPMCの戦闘員だった。「ほら、スポーツでも見てるうちに自分でもできそうな気になるじゃない?あたし、子供の頃『GIジェーン』のデミ・ムーアに憧れてたから…え、それだったら何で自衛隊じゃないか?って…あんなの水汲みだの規則だらけで軍隊じゃないわ。え、思い出深い戦場?…そうねぇ、バグダッドかな。何でか?って…あたし米軍の後方支援でいったんだけど、アメリカ人っていい加減っていうか、相手が非戦闘員だろうが市民だろうが、銃を構えたら撃っていいって戦法だったから、もう何人撃ち殺したか」そんなヒトミが両脚を失ったのは、渋谷で警備中に起きた自爆テロだった。以来、車椅子生活となった。「戦闘のない生活なんて生きてても仕方ない!」彼女は自殺を二度企てたが寸前で未遂に終わった。自殺なんていつでもできるとわかったとき、自分の中で大戦争が始まった。文章なんて中学校の作文以来書いたことがなかった彼女だが、キーボードを使って想ったことを書いてるうちに液晶画面が戦場となった。「戦争って何?生死って?」戦場では勝利だけがモラルだったから、そんなこと考えたこともなかった。生まれて初めて、生活のすべてがモラルになった。だけど、こんな無様な姿で生きていくのはやはり辛い。そんな死にたい気持を抑えるために、どんなインモラルな表現でも使った。五年の歳月が経った。「戦争なんてお金と人命を消費するだけの豪奢な道楽」そんな書き出しで始まる彼女のノベルはノーベル平和賞を受賞した。その授賞式で彼女はこう述べた。「書くことは独りよがりで空っぽな戦争だけど、世にもない楽しい道楽なの…だってどんな武器だって使えるし、シーザーだってナポレオンだって誰だって…書いてる自分すら、皆殺しにできるんですもん!」2005年7月15日
私はいつもコンピューターで音楽を聴いている。街に出歩くときも小さなポッドに移し替えている。これが今の主流。そして、これは主流ではないかもしれないが、自分がカラオケをバックに歌ってるのも一緒くたに混ぜて聞いている。「ここの音程ダメだな…」と自己分析してる。ある日、ネット検索で遊んでいたら、この世に私のコンピューターにしか入ってないはずの「dwof」という私の歌(区別の為にいつもそういう暗号で保存している)を、なんと推薦しているサイトを発見してしまった。しかもその作者も、私がコンピューターの整理上、便宜的に付けている「YPROJECT」という名がついてるではないか!誰かが私の恥ずかしい歌を聴いている!これはどういうわけか?情報が漏れている?確かに、この演奏ソフトはCDを入れると勝手にネットに繋がってタイトル情報を探してくれるから、その反対もあるかもしれない。最近はバージョンアップして、ネットラジオなんかも聞けるらしいから、ますます接続時間は長くなって、ハッカーさんには好都合!?しかし演奏ソフト上にある楽曲情報なんて盗んで楽しいのだろうか?そうか…私はタダの音楽しかダウンロードしないが、世の主流はカード決済なんかで買ったりしてるんだろうから、カネになる情報も見れる人には見えるのかもしれない。カード番号なんて変えりゃいいけど、声は何とも修正不可能…。以来、私はこの演奏ソフトを使うときはネットの接続ケーブルを外すようになった。「社会の窓」が開けっ放しというのは何とも恥ずかしいものである。 |
2005年7月18日
「そんなにうまい?」ペットボトルのお茶を喇叭飲みする彼女を見て彼がいった。「だってノド乾くじゃん」「あんま飲むとバテない?」「だって飲まないと脱水症状になるから」「体重45キロくらい?」「まぁ…もうちょっとあるけど」「だったら2%っていうと…1キロくらい減っても大丈夫」彼はタオルを水に濡らして軽く絞った。「コレちょっと触ってみ」「ひゃっこ」彼は次にタオルをギューッと絞った。「コレは?」「そうでもない…」「汗かくってのは、こういう風にカラダを絞ってるわけ」「それでかなァ、かッたりぃの」「ていうか体が樽状態だからダルいんよ。クーラー苦手でしょ?」「うん」「血中の熱が細胞からあふれて、全身が濡れタオルみたいにひゃっこいわけ。ボクの手触ってみ」「あッつ」「どうせあふれるならオシッコの方が冷えないし、熱にもアタらない」「ノドが渇いたらどうしてんの?」彼はペッツを一粒くれた。「コレ何味だ?」「いちご?」「ブー、チェリーでした。味覚が鈍るのも亜鉛不足」「アエン?」「そういう大事なミネラルも汗で出ちゃう。舌が鈍っちゃ食事もつまんないし…樽ってことは打っても響かないんだよね…」「何が?」「アソコが」
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2005年7月21日
「やっぱり育てたかった…独りでも」都に出てきて以来、男運の悪い彼女にとって胎児殺しは初めてではなかったが、今回は罪悪感というより悔恨に苛まれていた。そんなある日、彼女は常陸国まではるばる親鸞上人の法話を聞きに出かけた。僧侶でありながら妻帯し、流罪の身にもなった彼なら自分の悩みを聞いてくれると思った。「何故そんなに子が欲しいのか?」上人は彼女に問うた。「小さい頃から世に出れば立派なオトナになれると思ってきました。なのに…未だに自信が持てないんです」「裸の自分に自信の持てない者に子など育てられるか。もしや子を持てば自信もつくとでもいうのか?」「周りの女性を見ているとそう思えてならないのです」「確かに『子は鏡』といって、人は歳をとると自分が人の子であり、愚かであることを忘れてしまうから、子から学ばねばならぬ。だが、お主が子を持っても、その子が大人になって愚を忘れていくなら、今度は『子より孫が可愛い』となろう」「…キリがないですね」「そう。子を持とうが持つまいが、人の子であり、愚かに変わりはあるまい。だから私は自分の称号を『愚禿』としておる」そういって上人は持っていた木魚をコンと鳴らした。「この木の塊がよく鳴るのは中が空洞だからだ。まずは頭が空っぽになるまで自分の愚かさを思い知ることだ」「そんなの絶対無理です。上人様…どうか、あたしの頭が空っぽになるまで犯して下さい!それで生まれた子に功徳をもらいますから」(今の都には、こんな哀れな女共がたくさんおるのか…ワシも世間離れしたもんだ)以来、彼はいつか弟子を捨てて都に帰り、隠者となって、我が股間にある愚禿をもって功徳を施そうと考えるようになった。(参考文献:鈴木大拙 遺稿「老人と小児性」、梅原猛「百人一語」、吉川英治「親鸞(四)」) |
2005年7月23日
小さい頃から母に「きちんとしなさい」と言われて育った治にとって、人から鬱陶しがられたり、否定されることは最大の不安だったから、誰からも「いい人」に見られるようサービスしてきた。女を連れて温泉宿を泊まり歩いたのも、知らない土地なら、どんな悪さをしてもかまわなかったからだ。そんな彼も生活圏では相変わらず「いい人」だったから、酒を飲んで少し不安が薄れると大暴れし、その度に自己嫌悪から女と心中自殺を何度も企てた。そんなある日、大地震に遭遇した。どんな天災も、その半分は人災によるもので、相次ぐ窃盗や殺人が横行した。世がモラルを失うと、彼はあべこべに酒も女も暴力や自殺も不要で、せっせと真面目に働いた。生まれて初めて偽りのない「いい人」は幸福だった。自分より世の中の方が悪いという事実が彼の安心だった。だが震災復興が進み、世が治まってくると、治は再び酒と女に溺れた。そんな時に知り合った女が彼に心中を誘い、二人は川に飛び込んで死んだ。彼がキリストのように世の全ての人から鬱陶しがられ、否定されても「わるい人」でいられたら死なずに済んだのに。(参考文献:坂口安吾著「湯の町エレジー」「不良少年とキリスト」) |
2005年7月26日
皇后が天皇を毒殺したのも彼と同様に魔女に憑かれた悲劇だった。その頃、天皇は隣国からの歴史認識の批判に苦慮していた。彼は妻と話した。「あの悲劇は、意味に憑かれた病のせいだった」「あら、そんなら隣国にそういえばいいじゃない」「トラウマと同じで、これは経験しなきゃわからないよ」「じゃあ、彼等にも病んでもらうしかないわね」「いや、この病の連鎖は何も生まないよ。全世界が意味を捨てるしかないんだ」「核バクダンも捨てられないのに?」妻のこの突っ込みに答えられなかった彼は、やがて何かに憑かれたように行動を起こしはじめた。突然、アフリカや中米など貧窮した国を訪れては給水活動をしたり、はたまた宇宙船に乗る訓練を受けたり。これには核保有国の首領たちも呆気にとられた。「国家なんてものがあるから戦争は絶えない。私が世界一、無意味な存在になれば、日本もまた世界で初めて国家という意味を捨てられる」そう宣言した翌日に毒殺は行われたというから、彼自身が妻にそれを望んだのかも知れない。二百数十世代続いていたはずの自らの意味を自ら断ち切るために。(参考文献:「マクベス論」柄谷行人著) |
2005年7月27日
「今日、天気良かったから散歩したら、昨日の台風で川の水がエメラルド色でした…」田舎の母(83)が珍しく詩人みたいなメールをよこした。「お父さんと、あなたと男が二人いることに感謝してる…」あの母がこういう水くさい事を言うのはおかしい。もしや、その川に飛び込もうと考えていたんじゃないかと私は疑わずにおれなくなって、汽車に乗って会いに行った。「あのエメラルド色は森から勢いよく流れてきたせいだよ。男二人だから静かだけど、ここに女がもう一人居てご覧?うるさくなるから」そんな親子の気兼ねない会話の間に母はポツリと言った。「気が滅入るのよ」やっぱり。「自己嫌悪になる人って自殺もするけどさ、不思議と長生きもするもんだよ。かえって自分に疑いのない人のほうが他人を侵しても平気だから、それでつけ込まれるもんだよ」「ああ、戦時中、よその植民地でデカイ顔してた日本みたいにな」父(92)が会話に割り込んだ。「父さんは戦争行かなかったんでしょ?徴兵検査は落ちたの?」「いや、肋膜炎やったせいで丙種合格だった」「一応合格なのに行かなかったの?」「理屈の通らん事は好かんからな」「非国民だなんて言われなかった?」「ああ、気が滅入ることもあったけどな」「ね?だから父さんも長生きでしょ?」「…そうだけど」母はまだ浮かない顔。そこへ父が一言「滅入るってことは、滅出たいってことだからな!」
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2005年7月28日
5歳で母を亡くしたデビッド(英国人)は祖父母に育てられ、特に祖父になついた。近所には同年齢の男の子がいなかったせいで、遊ぶのはいつも年上の女の子とだった。成人して彼は様々な職を転々として、四十の頃から一流ホテルの客相手の按摩になっていた。いつの頃からか彼の客は年配の独身女性ばかりになっていて、わざわざ遠くから彼の訪問を依頼するセレブさえいた。彼女らは彼のことを秘かに「ホワイトスネイク」と呼んでいた。まさしく白蛇がまとわりつくような官能まで刺激されるようなマッサージだったらしい。そんな彼も歳には勝てない。六十になった彼は若い衆に仕事は譲って自分は仲介役に引き下がることにした。その按摩集団を「バッドボーイズ」と称して事務所まで設けた。若い衆の中でもジョンはまだ27歳だったが、ときにグロテスクなほど精確かつ奔放な超絶技で、往時のデビッドをしのぐほど大人気だった。ところが一年もしないうちに彼の営業は窮地に追いやられた。というのも昔と違って客は二、三十代の若い女性ばかりで、ホテルの泊まり客とも限らず、中には白昼に自宅に訪問させる客も多く、これでは按摩というよりデリバリホストだ。あの頼もしい相棒だったジョンですら「ブルーマーダー」などと称して、腹黒い女と連んで逃げてしまった。それでまた独りでやり直すことになったデビッドはこう悟った。「白蛇の紋章は、闇夜に生きる人間にしか見えない」と。 |
2005年7月29日
健康診断でコレステロール値が妙に上昇したので医者に聞いた。「卵とかマヨネーズは控えた方がいいんでしょうか?」「最近は生活が欧米化して正常値も20mg位上昇して見ますから、この値はまだ正常ですよ」「でも昨年と比べて何故こんなに上がったんでしょう?」「最近、食生活が肉中心に変わったとかは?」「ないです。もともと肉嫌いですし」医者は数値をよく見直した。「俗に悪玉といわれるLDLの値も増えてますが、善玉のHDLも増えてますね。それなのに中性脂肪が減ってる」「よくないんですか?」「全部増えてると動脈硬化になりやすいですが、コレステロール自体は無さ過ぎても免疫力が低下してガンになりやすいといいます。それに8割は体内で作られてるんですよ」「じゃあ私は体内で作られ過ぎてるんですか?」「最近お仕事変わったとか、結婚されたとかは?」「いえ。それが関係するんですか?」「値が低いと脳内物質の『セロトニン』が減少して精神不安定やウツになりやすいといわれますから、逆に環境が落ち着くと値が上がることもあります。だいたい好き嫌いするな!なんて古い人は言いますが、こんなにガンが増えたのも食材が豊かになったせいでして、生まれ育った環境に近い食生活が体に一番合うんですよ」「…ってことはお母さんのおっぱいが一番ってことか!?」「そう。だからホントは毎日、お酒だけでいいんです」 |
2005年7月31日
「極悪人になりたいんです」「何でまた?」「偽善に疲れたんです」「じゃあ、自分の正しいと思う事を一心にしなさい。そうすれば知らないうちに誰かに迷惑を掛けてるはずさ」「確信犯になりたいんです」「そんなら人の為に善い事も確信的にやるしかないな」「お年寄りに席を譲るとか?」「甘い。なけなしのカネを全部くれてやるとか、美人は辱めてブスだけに優しくするとか、知らない人の為に命を捨てるとか」「それこそ偽善じゃないか!」「自分の悪慾に対してね」 |
2005年8月1日
オスカーは生命の哀しい罪を知る天才的な文学者だったが、そのあまりに巧妙な描写を真似る読者が続出するや、猥褻罪で懲役二年の判決を受けた。入牢中、ファンの女性からの書簡が絶えず、出獄後、その一人と結婚し、子供もできた。「しかし刑務所は居心地のいい書斎だったなぁ…」執筆を再開するや、今度は殺人幇助罪で懲役五年を言い渡された。無論、彼は冤罪だったが、自ら入牢を望んだ。「家庭なんて鎖も鉄格子もない刑務所だから、だったらホントの刑務所の方がイイや」そんな夫に愛想を尽かした妻は服役中の彼に離婚申請し、彼も喜んで承諾した。出獄後、執筆を再開するや今度は左翼のメンバーに発砲され不自由の身となった。「身体こそ生命の鎖だった。これなら何処にいたって刑務所にいるみたいだ!」 |
2005年8月1日
ふつうは歳をとると酒に強くなるのに、私は年々弱くなるので悩んでいた。会社の上司には「下戸では出世できない」と脅され、彼女には「つまんなーい」とバカにされた。本には「日本人の約4割が頭痛持ち。…二日酔いの頭痛はアルコール成分に関係があるといわれるが原因はまだ不明」と書いてあったが、これでは何の助けにもならない。ある日、カンボジア出身のニカウという友人ができた。ニカウさんは朝までガンガン飲んでも、全然頭痛なんてしないと言う。だが意外にもニカウさんの奥さんは私と同様、下戸だった。彼女との共通点といえば、ノーといえぬ気の弱さで、それでつい飲まされてしまうところもソックリだった。そんなベロンベロンの彼女をみて思った。下痢やゲロのときの苦しみのように、頭痛も心が未消化な気持を懸命に処理してる痛みかもしれない。心のままに生きられるニカウさんが頭痛にならないのも当然だし、歳をとって心臓に毛が生えれば頭痛も感じなくなるのも当然だ。私も上司や彼女のように心臓に毛を生やせば、頭痛など気にせず酒も飲めるだろうが…それも無理な気の弱さだから、私は一切の事にノーといわぬ代わりに、酒と一緒に上司も彼女も断つことにした。 |
2005年8月2日
彼は日本人初のNASAの安全対策顧問となった。彼が初めて目にしたスペースシャトルは初めて乗った新幹線よりポンコツに見えた。「だいたい我が家に25年もたった電化製品なんてひとつもない。こんな巨大で複雑な機体ではいくら点検したって故障が相次ぐのも当然だ」旅客ビジネスを視野に入れた次世代の宇宙往復システムの開発の為には根本的な技術革新が必要だった。米国に移住した彼にはもう一つ悩みがあった。それは米国製のサックでは破けてしまうことだった。それで彼はわざわざ日本で愛用していた「ヤマトゴム」の製品を輸入していた。これだと付けてることを忘れるほど薄く、しかも漏れることも裂けることもなかった。当社では実に様々な試験をして、肉眼では見えないピンホールさえないよう厳しくチェックされているという。宇宙船の機体もピンホールがあってはならないと考えた彼は設計チームに次世代シャトルのデザインを日本のメーカーと提携するよう提案した。そのとき頭の固い技術者達を強く納得させたのは次の言葉だった。「君らは日本人というとメガネをかけた男性やキモノを着た女性を思い浮かべるだろう。あんなに目が悪いのに、あんなに細かい作業が得意なのは、つまり肉眼を当てにしていないからだ」 |
2005年8月3日
その頃、国会は法案をお題目にしたカネと員数の権力闘争の場でしかなかった。こうした巨大派閥もインフラ網と同じく高度成長の遺産だった。これでは微に入り細に渡る公安が保てないのも当然。「首相の靖国参拝は国家儀式の肥大化」という生前の彼の言葉に習って、後代の首相は参拝を非公式に改めたというから、彼こそは天皇に代わる戦後日本のシャーマンだった。言葉以前にある秩序を好む彼は幼少時から起床時間を生年月日から決めていたし、学生時代の殆どを読書と勉学に費やした。「動物行動の整然とした秩序には美醜も善悪もない。それに比べ人間行動は猥雑すぎる。それは言葉を持つせいだ」医学部を卒業後、異境の地へ旅立ったのも、自分の一生分ではわかり得ぬ他言語の《秩序》を知る為だった。「世界から見捨てられた人達こそ神なのである。彼等がペンを持って小説を書いたら、どんなに世界は救われることか」3年間、パンと水だけの暮らしだった彼の体重は30キロ代にまで落ち、それが自分の一生分でわかり得る《秩序》の限界と悟った彼は、帰国後、健康を取り戻し、今度はホスピスで働いた。日々死んでいく患者の変化や、世間の出来事を地道に書き記したのも、やはり自分の一生を越えた《秩序》を知る為だった。「死の一歩手前にいる人達や、犯罪を犯してしまった人達もまた神なのである。私は彼等の沈黙の翻訳者に過ぎない」彼の言葉は政治とはまるで無縁な場所で小声で響いていたが、後世の人々は彼の名にちなんで、その仕事を「公安部」と呼んだ。(参考文献:安部公房 年譜、『死に急ぐ鯨たち』) |
2005年8月5日
「夢は見るもんじゃない、語るもんじゃない、叶えるもんよ!」彼女(IT会社社長、30歳)は夢見がちな彼(フリーター、40歳)に愛想を尽かしていた。日雇いの仕事をしてバンド活動に燃えていた頃の彼に惹かれた彼女だったが、その実態は気心の知れた仲間同士で馴れ合い、新しい音楽には理解を示さない偏屈だった。おまけに最近は歳のせいか、あっちの方もアッという間に終わって欲求不満は募るばかり。ある日、友人の子から面白い人がいると紹介された。その人はネットにたくさん詩を発表している人だったので、面白半分にメールで相談してみた。「体ニモ衣ヲキルヤウニ、心ニモ衣ガヒツヨウ」そんな返事が返ってきた。それを彼に見せると「要は本音を言うなってことじゃん?」「そーかなー、恥を知れとも読めるよ?」再度、その人に真意を聞いてみたら「キテイタ衣ガ厚イホド、ヌギサルトキニ愛ハ溢レマス」とまた意味深な解答。二人は互いの格好を見直した。「服って何で着るんだろう?」「そりゃ暑かったり寒かったりするからじゃん」「だったらこんな暑い日にゃみんな下着でいいじゃん」「それじゃハズいよ」「内ん中ならいいんだ?」彼はキャミソール姿の彼女を眺めていった。「あんたのそういう歯に衣着せぬ言い方がムカつくのよ!」そこで彼女はハッとした。「そッかぁ、夢は…着るもんなんだ!」 |
2005年8月6日
新人カメラマンの私は、彼女の変身ぶりに目を見張った。「さすが、ベテランのモデルだなぁ」撮影現場に現れた彼女は、どう見てもヤンキー娘だったから。「そのインナーどこで買ったのぉ?」スタイリストも驚くほど彼女は下着コレクターだった。「でも、そんなの外見からは全然わからないんじゃない?」私は意地悪にそういった。「単なる自己満足です。親とかにも服が汚いっていわれます」そのスレンダーな体型にダボダボなジーンズは、かなり損している。「服選びのポイントって何?」「楽チンってことかなぁ…あと、あんま目立たなきゃいいみたいな」「君みたいなモデルさんなら何着たって目立つんじゃない?」「いや、でも目立ちたくない!」「格好いい!って思われたくない?」「全然」「お気に入りの服とか、それいいね!って言われたら嬉しくない?」「自分でも自分の好みってよくわかんないし、だから人にも理解されないと思います」何というもったいない内気だろう。しかしモデルというのも人形みたいに自分がないから何にでも化けられる。作品に化けることでしか自分を発見できない自分も同じじゃないか。私が天気の加減でカメラのレンズを取り替えるように、彼女もインナーを取り替えるのかもしれない。買い換えもできる自分の商売道具に比べて、部品交換さえできない彼女の肢体が切なくて、そんな姿をレンズにとらえると、人形は女神の顔となって微笑んだ。
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2005年8月7日
潤一郎にとって、それはまさに身を削る体験だったが、もう二度とこんな痛いのはゴメンだった。その刺青師は自分の体中に何カ所も蜘蛛やサソリ、蛾、蛇、蝶などの図柄を見事な極彩色で彫りつけていた。堅気な家に育った潤一郎が入墨を彫ろうと思ったのは、遊郭でモテる男達がみなそうしていたというのもあるが、家の陰鬱な空気がやりきれなくて、いっそ親に勘当されて縁が切れればいいという投げやりな思いからだった。その頃、家では肺病の妹が病臥しており、傍にいるとウツるのではないかという恐れから外でフラフラしては親と喧嘩ばかりしていた。だが潤一郎は刺青師が一針刺した直後に逃げ出してしまった。それは親から貰った体に傷を付けるのがためらわれたわけでは当然ない。これも臆病風に吹かれたせいかもしれないが、これくらいの事でいちいち入墨を彫っていたらキリがないし、老人になって入墨まで皺々になるのがさらにやりきれなかったのだ。それで彼は肌に針で墨を入れる代わりに、原稿用紙に万年筆で墨を入れた。まさに身を削るような思いで。死ぬ寸前まで書かれた膨大な作品が、もし本当の入墨だったら、彼一人の全身では到底足りなかったろう。そして彼の死後も読者の心に針を刺し続けることもなかったろう。(参考文献:『異端者の悲しみ』『刺青』谷崎潤一郎著) |
2005年8月8日
「偽称罪?」知識人の彼は虎狸に尋ねた。「そう。現実を見ずに妄語を使いすぎた罪だ」「知識と教養を生かして何が悪い?」「妄語は世界を曖昧にするだけだ」「表現の自由じゃないか」「生死も男女も曖昧だと平和維持も種の保存も困難だ」「しかしそれなら近代人は皆同罪だし、犠牲者でもあるはずだ」「多少の偽称は近代病の一症状だから許されるが…」「多少というと?」「例えばカノジョをワイフとかパートナーと変えて呼ぶ程度だ」「そんなの民主主義の良識じゃないか。誰が妻に飽きて、他の愛人を妻だなんて公言できるか?」「近代以前なら妾は妾のまま、妻は妻のまま共存していた」「(そんな度量のある男が今どきいるか!)…それじゃ、いったい私はどんな罰を受けるんだ?」「君は子孫が欲しいと思わないか?」「そりゃ良識に従えば…しかしそんな罰でいいのか?」「ひとつ条件がある。良識が如何に屈辱を味わっても、厳しい現実を受け入れるか?」「もちろん。今までだってそうしてきたのだから」一年後、彼と妻の間に知的障害の子が生まれた。みるみる成長したが、一切、言葉が通じず、他の子のように学校に上がって成績表や運動会でその進歩の証を確かめることはできなかった。それでも父は我が子の微妙な変化や意志表示を見守った。もはや良識から逸脱した生活だったが、彼は生まれて初めて現実をありのまま受け入れていた。そして、その言葉にできないイビツさを世に曝すことが知識人としての重罪の償いであり、重病の治療法であると悟った。(参考文献:柄谷行人著「二人の先行者」) |
2005年8月9日
元AV女優の彼女の父親は大教育者だった。彼女が小さい頃から教会に連れていき、聖書を暗誦させた。高校に入るまでの彼女は聖女そのものだったが、朱に交われば赤くなる。悪友の影響でグレだすと学校へ行かず、何日も家に帰らなくなった。たまに家に帰ると「何でもお見通しだぞ!」という神父のような目で父が睨むので余計居づらかった。AVに出演するのに普通は偽名を使うのに彼女はワザと実名を名乗ったのは父に対する復讐の為だった。父が怒れば怒るほどスカッとしたから、どんな汚辱にまみれた演技も自ら進んでやった。父に押し着せされた教育という厚い衣を脱ぎ去る為なら、服を脱ぐことなんて何でもなかった。彼女は稼いだ札束を怒る父の顔にぶちまけて嘲笑った。数年後、父は娘の名を新聞の長者番付に発見した。三十近い彼女は普通のテレビタレントとして成功していた。老いた父は初めて娘に和解を求めた。「教育者であった私を散々苦しめたお前は、もう私から奪えるモノは何もないはずだ。さぁ帰っておいで」父が憎しみの対象でなくなったとき長い家出は終わった。そしてもう何処にも帰る必要はなかった、自分以外に。(参考文献:『惜しみなく愛は奪う』有島武郎著、『プラトニック・セックス』飯島愛著) |
2005年8月11日
かつて郊外に華々しく建設されたニュータウンがゴーストタウン化したのは、夢は逆夢、つまり正夢を描いた結果だった。その再生計画立案の為に役人達が会合を開いた。「内外の著名な専門家を集結して計画チームをつくってはどうか」そうして集められた専門家の中にはかつてニュータウン計画に夢を描いた人もいて議論は白熱した。「夢のような絵を実現するのはカネさえあれば簡単だけど、その結果が今の惨状だ」「ならば計画なんてしなくていいのか?無秩序な乱開発が横行していいのか」「そんなバブル期みたいな勢いはもう日本にない」「名古屋とか札幌のような良い計画例がある」「あれは戦災復興とか必然的な成長に計画が機能したのだ。そんな必然があそこにあるのか」「クローン都市だから成長しないのだ。いろんな菌が雑居して人体も健康であるように、いろんな人種が雑居してこそ都市は健全だ」「それでは市民に参画してもらってはどうか」それで今度はランダムに選ばれた千人が参加することになった。計画はネット上のシミュレーションゲームを使ってモンタージュのように合理的に処理された。ところができた計画はまるでディズニーランドのような夢の街だった。そもそもニュータウンの始まりが万博会場の跡地利用だったから至極真ッ当な結果とは言えたが、これではフリダシに戻ってしまう。そうこうしている内に廃墟のような団地の隙間には老人ホームや精神病院、排プラ工場、資材置場、廃棄物処理場、ラブホ、霊園などフタをしたくなるようなモノばかりできていた。しかし不思議にも子供達はそこを秘かな遊び場にしていた。夏の夜の恐い夢見たさに。 |
2005年8月12日
夫婦別姓に拘る政治家の彼女は不妊治療に数百万円もかけてきたが徒労に終わっていた。「神様、なんで子供が授からないの?」神様でなく鏡様がその訳を教えてくれた。「魂が磨り減ってるからです。命を生み出すには1.0の魂が必要です」「あたしのは幾つなの?」鏡は計算し始めた。「0.569872です。だいぶ磨り減ってますね。これじゃ子供はできッこない」「何それ!?どうやって計算したの?」「あなたが一生に見知る人数を分子にして、自分が見知られた人数を分母にします」「分母が増えるのは公人だもの、仕方ないわ」彼女は以来、選挙中でもないのに街頭に立って握手をしたり、テレビや新聞、本やネットなどで見知らぬ無数の人々を見知る努力をした。1年が経った。「鏡よ、鏡よ、鏡さん、あたしの魂は1.0になったでしょ?」鏡は計算した。「0.578435です」「うっそ!全然増えてないじゃない!何でよ!?」「分母も激増してますからね」「仕方ないわ、大臣やってんだから。もっと手っ取り早く1.0にする方法はないの!」「名を改めることです」 |
2005年8月14日
シーナ君はどんなゲテモノでも食べることをライフワークにしていた。世界中を旅しては、そこで食べた変なモノを記しては、その著書を売ったカネでまた如何物食いの旅に出た。「いままで一番マズかったものねぇ…羊のキンタマかな。あの味は目が回るほどヤバかったよ」そんな彼の父は数十年前のサイパン島で終戦を迎えた兵士の一人だった。「どうやらこの島に残った生き物はオレら二人だけらしいぜ」父は友と死の淵を彷徨っていた。友が山猫の肉だ、といってくれたのは実は人肉だった。ある日、血走った目で友が父を殺そうとしたので父は反対に友を殺してしまった。「とにかくサイパンは暑いところで数日で肉は腐って食えなくなってしまうから…」友の肉をむさぼり食った父は、もう何でも食える気がして島の土人を襲っては生き延びていた。「同じ肌の色してなきゃ、切り刻んでしまえば人間なんて気はしないのさ。若い女の腿肉なんてマグロのようだった…」それを父から聞いたわけではなかったが、いつも赤身の刺身を恐れていたのを子供心にも不審に思っていた。「共存共栄の自然界ではライオンですらムダに命を奪わないのに人間だけが殺し合ったり共食いまでする。それは動物と同じ狩猟生活から離れてしまったせいだ」それがマズかろうが何でも食わねばならぬ理由だった。(参考文献:白土三平『戦争』第三話「偏食」) |
2005年8月16日
「世界の中の日本人として…」というのが父の口癖だったシンタロウにとって世界の海で闘う海軍士官になるのは学生時代の夢だった。「チンポコを外から障子に突き立てた…」たった三日で書いた小説が季節風に乗るように彼はいつしか「サクラ丸」という巨船の船長になっていた。サクラ丸には最初300人の彼と同じボンボン育ちが乗り込んでいたが、世界中をクルージングしているうちに国籍不明の男女が紛れ込んでいた。彼等はロクに数も数えられないくせに船内で大きな顔をしていたから、シンタロウは国別対抗スポーツ大会を開催して「世界の中の日本人」の名誉挽回を企てた。ところが国旗も国歌も知らない男女らはスポーツなんて興味がなく、チンポコばかり突き立てたからアイノコがどんどん生まれた。子供達は母国語とも異なる絵文字のような「アスキー語」でやりとりした。そうなるとサクラ丸自体が無国籍船になっていった。「世界の中の日本人」はシンタロウだけになっていた。(参考文献:安部公房「死に急ぐ鯨たち」、坂口安吾「咢堂小論」) |
2005年8月17日
夏でも涼しい土地で育った彼女は、たまに大汗を掻くと人から「くッさー」と言われるのを恐れた。それで寝るときもエアコンをつけっぱなしで汗を掻くのをできるだけ避け、毎日風呂に欠かさず入って毛穴の汚れまで落とした。南国育ちの彼も母親が清潔好きだったせいか、反動でクサフェチだった。「好きなタイプ?そーねぇ、チーズとか納豆みたいなニオイのするヤツかな」育った環境の体感温度差が十℃もある二人が出会ったのも運命というより文明のイタズラだった。彼女は彼が全然ニオイを苦にしない様子なので心おきなく身を任せられたし、彼の方は頑張れば頑張るほど彼女の詰まった汗腺から老廃物のニオイが噴き出すので、夢中になってどんどん愛した。三年が経った時、あんなにデオドラント依存症だった彼女が三日に一度しか風呂に入らなくなり、暑苦しい着物にムレムレの足袋まで履くようになった。というのも彼との汗だくの性生活のせいで彼の性欲を刺激する肝心の老廃物が溜まらなくなってしまったからだ。 |
| 2005年8月19日 |