英雄はひとりぼっち
女心と秋の空は
世界で一番高い買い物
惜しみなく愛はremix
ユースピンミーラウンド
思う事言えば腹立つ
彼岸先生の悲願
オリンピック必勝講座
人間は独りじゃない
私の名は堀江。私の名が一躍日本中に知れ渡ったのは今から40年以上も前、小さなヨットで単独無寄港の太平洋横断に成功したときのことだった。その後も世界一周やソーラーボート、足漕ぎボート、ビア樽での太平洋横断など計11回の大航海に成功した。その経験で身に染みたことは、ヒーローは死ぬほど、ひとりぼっちだということ。別に私は自分がヒーローになりたいと思ったことはなく、初航海のときアメリカの新聞がそう書いたのだ。それだけなら何もこんなにヤケになって何度も冒険しようなんて気にもならなかったろうが、私をそうさせたのは日本のジャーナリズムだった。当時私はまだ若造だったせいか、記者のインタビューに感じたままを答えていた。それが彼らには横柄な態度とか、英雄気取りと取られるとは思いも寄らなかった。そして私の冒険がまさかウソだと疑われるとは!彼らの言い分では、私は日本の港を出て、どこかの大型船にヨットごと救われ、マストや帆を適当に汚し、サンフランシスコ入港前日までの九十日間その船でブラブラ過ごして、金門橋にさしかかった頃に海上に降ろしてもらったというのだ。日本人の考えそうなズル賢さだ。アメリカという国は確かにそういう偽装工作までしてヒーローを仕立てるのが好きな国柄かも知れない。私もそれに利用されたのだといわれれば、別に構わない。でも日本の記者が言うように、私が航海日誌をつけていなかったから航海がウソだというのには納得がいかなかった。それで私は書きたくもない日誌を綴ることにした。本当はアタマも使いたくなかったのに!海の上は死ぬほど退屈で、こういう大自然のなかにポツンとひとりぼっちで何十日も過ごすこと自体が、日本のようにせせこましい環境で生きる人間には貴重な体験だ。都会の孤独なんて、甘い。夜は街の灯りもない暗黒だし、助けを呼んでみたって誰も答えてくれない。時間さえ流れていない。どっかの坊さんが坐禅してるうちに、二十年も前に借りっぱなしだった金のことを思い出したなんて話があったけど、まさにそんな感じで昔の細かいことまで頭に浮かんでくる。そのうち過去も今もわからなくなって、闇夜には月や星が、日中は水平線と雲が在るだけ。でも、そんなひとりぼっちで思い知るのは、人間とか世間の不思議さなのだ。みんなは当たり前だと信じてることが実はそうでないことがよく見えてくる。自然には常識も非常識もないことが。
世間は未だに40年前と何も変わらない退屈さだが、私はもう七十近い。論語では七十にして心の欲するままにして規を越えずなどというが、規則を知らないということは誠に貴重だと最近は思う。アソコも立たなくなって、アタマも固くなって、夢なんてもう見られなくなったが、若い時分に描いた夢からは本当に励まされるから。2006年1月25日
男の遊びといえば昔から「飲む打つ買う」だが、私の場合は「飼う」。むろん女ではなく虫だが。虫は死んだら防腐剤に漬けてピンで刺して箱に保管する。最近は都市化のせいで在来種が採れなくなった代わりにクリック一つでアフリカの蝶だって手に入る便利な時代。女もカネさえあれば買えるが、カラダは買えても心は買えない。何故って「女心と秋の空」というくらいだから。 そんな昆虫マニアの私でも時には女性に恋もする。そのツンとのけ反った足の親指に何故か一目惚れしてしまった。しかしいくら口説こうにも相手がグラビアでは!ドラえもんみたいにポンと本を叩けば本物が飛び出したらいいのに!そんなモヤモヤしていたある日、アキバ事情に詳しい萌え系の友人が面白いソフトを教えてくれた。それは平面画像から立体動画を作れるというスグレモノだった。早速手に入れて自分のPCにインストール。彼女のページを切り抜いてスキャナで取り込んで立体化した。ゲームと変わらないリアルさで彼女は動いた。そのぎこちないデモは無愛想だったから人形みたいに好きなポーズをとらせて遊んだ。そのうち自分でも自由に動くようになった。そういう学習機能が付いてるらしい。そのうちに彼女の声が聞きたくなって、それをかの友人に話すと、そういう機能も付加できるという。それを彼は「アップデート」といったので、「彼女とデートできる」と勘違いした私は即購入した。しかしそれは好きな音声を選んで、適当に文字を入力するとその声でしゃべってくれるというだけだった。「オッハヨー」「オヤスミ」「ダーリン?アイシテル」思いつく限りのセリフを打ち込んだ。しばらくするとそんなお決まりのセリフにも飽きて、もっと意外なセリフで私を刺激してくれないものかと考えていたら妙案が浮かんだ。世の中は案外広いもので、私のもとへも出会い系サイトからのスパムが日に何通も来る。「今ノ私ニハ他ニ何モナインデス…ドンナ事デモシマスカラ」「最後ノ想イ出ヲクダサイ…コノママ終ワッテシマウナンテ悲シスギルンデス」「貴方トシタイ事タクサンアルンデス、少シダケデモイイカラ叶エテ貰エマセンカ」そんなサクラの作文を彼女にしゃべらせているうちに本気で彼女とエッチがしたくなった。しかし彼女がいくら三次元でも画面からはみ出してくるわけはない。ならば、その代わりに私が画面の中に入ればいいと考えたのは、これまた我ながら妙案だった。自分の写真から立体化して、すぐさま彼女に抱きついてキスしようとしたら、巧みな動きでかわされた。彼女の方があっちの世界では学習経験豊富なのだから仕方ない。私の方も経験を積まねばと腕立て伏せだの自己練をして機敏に反応できるように学習させた。何度かエッチを試みるうちに練習の甲斐あって彼女の動きを制することに成功した。次第に私は調子に乗って彼女を羽交い締めにしたり、いつしか昆虫マニアの血が騒ぎ出していた。虫を標本にするのと女を征するのはどこか似た衝動が働いてるらしい。虫にピンを刺すように彼女のアソコにゲンコツを入れようとしたときには、さすがの彼女も無言のまま股に手を当てて苦しんだ。まさかCGのくせに痛いはずもないのに。そんな非情さで何時間も悪戯しまくったら、さんざんジタバタした挙げ句、最後にはピクリともしなくなった。まさか死んだのか?CGのくせに。心配になって、もう一度最初から作り直そうと、画像ファイルを読み込もうとしたが、壊れて開かない。じゃあグラビアから…と雑誌のページを開くと、なんと彼女の輪郭だけ白く消えていた。何かその白々しさは秋の空のようだった。 |
2006年1月26日
私は小さい頃から何でも一番にならなければ気が済まなかった。今、こうして世界屈指の富豪になったが、未だ手に入らないものがある。それは命を捨てても守りたい何かなのだが、それが何なのかわからないから、こうして悩んでいる。思えば「何でも一番病」に取り憑かれたのも、自分が何をしたいのか、何が好きなのか探すのが面倒臭くて、とりあえず表の一番上を目指せば注目されたからだ。人気者になるのは誰だって悪い気はしない。一番上が何で居心地いいかというと、他人との競争に煩わされないからだ。でも上に行くほど井の中の蛙を思い知らされるものだ。いくらカネをつぎ込んだり、知恵を絞ってみても、私の欲望は底に穴が空いた器のように満ちることはなかった。これも一番病の症状で、全てを欲しいということは、本当に欲しいものが何もないのと同じだからだった。「タダより高いものは無い」とはこのことで、欲望自体をカネで買えないものかとつくづく思った。でも本当の欲望は、身を削り、身を滅ぼすはずで、何をしたって命が懸かってないなら、そんな欲はすぐ枯れる。そういう意味で戦争は男にとって魅力的なオモチャだ。ナポレオンや信長の気持ちがわかる。自爆テロや暴動をやれる連中が羨ましい。何故って自分を捨てても守りたいものが自分の外にあるんだから。わずか百年くらい前までは日本にもそういう若者がうようよいたらしい。眼に見えない信念のために死ねる勇敢な人々が。そんなに本気になれるものが、この世にどれだけあるだろうか?私は最近「諸行無常」という言葉が好きだ。全ては滅びゆく定めだからこそ、今この瞬間に全てを賭ける意味がある。仏教では煩悩の三毒を、意志を貪ること、情念に駆られて怒ること、それらがもとで知性を失うことだという。資本主義も民主主義も、この三毒を煽ることで膨らむシステムのように見える。「智に働いて、情に棹さして、意地を通す」ことが、つまりは出世への近道だ。私もそのルールに従って財産を築き上げたのに、どういうわけでこんなに虚しいんだろう。 「お袋、オレ、五歳くらいのとき知能テスト受けただろ?アレどういう結果だった?」久しぶりに故郷の母に電話した。「そんなの忘れたわ。ただ、あなた、テスト中あんまりキョロキョロしてたから試験官に《落ち着きのない子だ》って注意されたの覚えてるわ」それを聞いて、ああ、やっぱりと思った。あの頃から自分の居場所が見つからなかったんだ。人との違いだの才能だの、そんなものを何故見つけなければならないのか?みんな同じチンボコとオメコじゃないか。こんな無私無欲な人間が反乱を起こさねばならない不条理な世界はブッ壊れたって仕方ない。 私は全財産をアラブ系の武装勢力に譲ることにした。この巨大で空虚な欲望解放システムを支える原油や電力供給が止まれば、全ては消えてしまう儚い夢だということを警告してやる為に。そして、世界中の悪欲を一時的でも買い占める為に。 |
2006年1月30日
私が子供らの前でコーヒーにミルクを入れてわざと乱暴にかき混ぜるとコップとスプーンがぶつかって金属的な音がした。「こんな風に別々なものがひとつになるっていうのは一面では統一だけど、一面では衝突なんだ。愛っていうのもそういう二つの側面がある。それを知らずに済むなら幸せだけど、それなくして何も生まれはしないんだよ、君らもね」その頃、私は農大で教鞭を執っていた。「ウチのお父様は立派な方です。なぜなら高遠な学識がありながら汗水垂らして農業に従事しておられます。そしてお父様はおっしゃいます。自分のような頭デッカチには本当に農業をやる資格などないし、社会主義で労働階級を救えるというのは知識階級の傲慢だと」それは長男の作文だったが、次男の作文は随分違った。「ウチの父は《人でなし》です。なぜなら母が肺結核で倒れた時も、《或る女》と過ごしていましたから」彼らは何と驚くべき芸術家だろう、そして恐るべき観察者だろう。私には私自身が一番見えてなかった。そう気づいたとき、小さき者を残して妻は死んでしまった。私は嫌でも自分に目を向けなければならなくなった。急に親鸞の教えを引っぱり出して断食したり禁色してみたが、結局、自分は弱い自分でしかないと絶望した。思えば米国留学中に日本古代の神話研究をしたのも基督教的な博愛に懐疑を持つようになって、ホイットマンの詩のような本能的生活に魅せられたからだった。妻の死後、大学は退職し、農業も宗教も捨てて作家活動に入った。愚禿親鸞のように偽善者であることを謙虚に認め、そういう自分を育んだ全ての者に感謝を捧げるつもりで小説や評論を書いた。しかし力めば力むほど「ブルジョワの戯言」と世間の反駁を受けた。芸術家には三つのタイプがある。泉鏡花のように浮世を離れて芸術人生を全うできる天才タイプもいれば、藤村のように処世の為と割り切れる実業タイプもいる。私はそのいずれにもなれないから、私の書く物は社会モラルからはみ出すことができない。次男が作文に書いたことは事実で、世間に道徳を説く私は自分が一番《人でなし》だと知っている。そういう本能的生活と社会倫理の矛盾を「愛のせい」だと評論で書いたが、愛人すら理解してくれなかった。「そんなにアンタ、あたしのこと好きなわけ?」「一緒に死んだっていい」「死んでどうするわけ?」「世間を見返してやろう」「いやよ。世間の為なんかに死にたくないわ」「じゃあ、私と一緒になりたくないのか?」「そりゃ、そうしたいのは山々だけど…」「こうしてコソコソと会ってるのは何か後ろめたいとは思わないか?」「じゃあ、どうしろっていうの?結婚してくれるわけ?」「それはできない」「何故よ?死んだ奥さんに申し訳ないっていうんでしょ」「子供達にシメシが付かない」「やっぱりアンタって片輪者よ」「カタワモノ?」「だってそうじゃない?キレイゴトばっか書いて、やってることと反対じゃない」「…頼む、一緒に死んでくれ!」「いやよ!死ぬんなら一人で勝手に死ねばいいのよ!アッ、やめて!」暴れる彼女の手足を紐で縛って私にも巻き付けた。「これでやっと愛のない楽な世界に行ける」ガス栓を全開にしようとした、その時「待って!せめて最後にお茶でも一緒に飲みましょう」紐を解くと彼女はコーヒーをたてた。生憎、ミルクがなくてブラックだった。一気に飲み干すと、最後に口の中に甘い味が広がった。「あれ?」見るとコップの底に砂糖がトロッと残っていた。「ちゃんとかき混ぜなかったろ?」「その方が何だかラッキーな気分じゃない」コップを逆さにして砂糖がたれてくるのを待ってる無邪気な彼女が急に愛おしくなった。「そうか、何でもかき混ぜるのが私の悪い癖か…芸術と生活も、生と死も。今夜はビーフシチューにでもしようか」「なら、スキヤキがいいわ」「君はホントにかき混ぜるのが嫌いなんだな」 |
2006年1月31日
ドン、ドン、ドン、ドン。バスドラムが速いテンポの四拍子で地面を鳴らし始め、ドンッチ、ドンッチ、ドンッチ、ドンッチ。ハイハットがシャープにバックビートを刻み始めると、DJの私はフロアーに向かってマイクで語りかけた。「さあ、みんな、踊りたきゃ踊れ。跳ねたきゃ跳ねろ。唄え、唄え。レコードのように回れ、回れ!」シンセベースがオクターブで十六分音符で走り出すとフロアーの男女はトランス状態に陥った。私は次から次へと曲をターンテーブルに乗せていった。私はDJ機材とレコードをカートに詰め込んで単身で街から街へと行脚している。ある時、クラシックコンサートと同じ場所でプレイしたときのことだ。それを見ていた楽団の一人が私の巡業に興味を持ったらしく、一緒に呑もうと誘った。「何故、心を鎮める為の音楽を、そんな乱痴気騒ぎの道具にするのか?」「じゃあ、あなたはどうやって心を鎮めるのですか?」「そりゃ音楽を静かに聴くことだ。ときには自分でも楽器を触って譜面に記す」彼は優雅にピアノを弾く真似をしてみせた。「それで鎮まるような心ならいいですね。でもあなたも見たでしょう?無心になって踊り狂う若者の姿を。テロが起きて乱世になったわけじゃない。何のせいで、彼らは我を忘れたいのでしょう?」「さあね。私は自分を育ててくれたアマデウスに感謝したいだけさ」「モーツァルトなんかで、働く意欲さえなくした民を救えますか?」「政治なんて興味ないよ…ところで君の芸名、イッペンというのはどういう意味だね?」「鎌倉時代のお坊さんの名前です」「一遍上人?」「そう。《踊り念仏》を全国に広めた《捨聖》です」「じゃあ君の巡業もその布教の一環ってわけかい?」「いいえ、もともとは私もショパンが好きだったんです」「へえ、じゃあ何で踊りを?」「体の痛みです」「怪我でも?」「いいえ。外傷はないのに椅子に座れないほどの慢性的な疼痛におそわれたんです。あらゆる医学療法や占星術まで試しましたがダメでした。ある時、霊媒師に《自分の葬式を開きなさい》と言われまして」「葬式を?死んでもいないのに?」「ええ、《自分に憑かれている》と言うんです。それで改名しなさいと」「怪しいなあ」「ダマされたと思って改名したんです。それが36歳のときです。ちょうど一遍が行乞の旅に出た年齢です。不思議なことにそれ以来、音楽の趣味も変わっていったんです。最初はずっと部屋で独りで聞いていたんですが、じっと座っているとやはり痛みが襲ってくるので、ひたすら踊ってるうちに楽になってきて、これはみんなに広めなければと思いまして…」「君、顔が赤いけどそんなに酔ったのか?それとも暑いのか?」私はいつもの悪い癖でしゃべりだすと無我夢中になって呼吸すらおろそかになってしまう。「ああ、まただ。アタマに血が上って、酸欠状態なんです」忘れていた膝の痛みがまたズキズキとしていた。「これが踊らなきゃおれない理由なんです」 |
2006年2月6日
私はいわゆる在日朝鮮人の三世だが、それは家族以外、誰も知らない。第二次大戦のドサクサに紛れて祖父が家族を連れて移住してきたとき、日本は天皇制ファシズムの時代だったから、当時子供だった父も祖父の真似をして「天皇陛下万歳!」などと言っていたらしい。ところが日本が戦争に負けた途端、今度はアメリカを崇拝したりして、日本人以上に日本人らしく振る舞う父の卑屈さに堪えられずに物心付いたばかりの私は反発したこともあった。その度に父はよく言ったものだ。「ここのルールがそんなにイヤなら日本人の資格はない。いますぐ半島に帰っちまえ!あっちにはハンバーガーもテレビも、それこそ何もないんだ!」 大人になるとズル賢くなるらしく、気づいてみれば私も蛙の子だった。大陸と地続きの私の故郷と違って、日本は周りがすべて海に囲まれた島国のせいか、日本人は非常に排他的かつ潔癖性で、出る杭は打つのが世間の愛情だと思っているらしい。信仰を持たない代わりに手軽な諦めと筋道のはっきりしない暗黙の了解が支配している。私も無言の差別や疎外を受けるうちに、父のように日本人に同化するようになっていた。我を通したり、変に隠れたり、仲間同士で寄り集まるとかえって怪しまれるから、なるべく目立たないように心がけた。つきあう仲間のしゃべり方を真似し、みんなと同じ流行を追い、例えばスノボなどはファッション自体がいい隠れ蓑になった。そんな地道な努力の甲斐あってふつうの大学を出て、ふつうの企業に就職して、裕福な家庭のお嬢さんと結婚もできた。実は妻ですら私が移住民の子孫であることを知らない。 そんなある日、市立図書館でちょっとしたイザコザを起こしてしまった。私はただ、みんなに迷惑をかけていた変なヤツを注意してやろうとしたのだが、そいつは意外にも私に食ってかかってきた。私は父と同じセリフをそいつに言っていた。「ルールに従えないなら、ここにいる資格はない。いますぐ出ていけ!」すると彼はこう主張した。「オシじゃあるまいし、声を出しちゃいけないなんてルール、誰が決めた?そのくらいの権利、虫けらにだってあるだろう」癪に障った私は顔では笑っていたが彼を殴ろうとしていた。そうしなかったのはできなかったのではなく、そんな義侠心も結局、父の卑屈さと同じだと思ったのだ。もう誰も疑いようのない日本人なんだから、そんなに力む必要はないではないか、と。
あれから十年。一人息子も来年、小学校にあがる。私も歳のせいか、そろそろ腹の出っ張りが気になりだした。出る杭なら打てばいいが出た腹はそう簡単には引っ込まない。そういえば昔、世捨て人が「思う事言わねば腹脹る」といったそうだが、それは腹を割ることをせず、何でも腹に収めてるうちに本心を隠せる場所がそこしかなくなるからだろう。どうか息子には腹黒い自分よりは腹の座った人間になってほしいものだが、いつかの迷惑な朗読野郎のことを思い出すと、無性に腹の虫が治まらないのは何故だろう? |
2006年2月14日
トリノにある三途大学の学生である私は生理学が専門の彼岸先生に質問した。「先生!人生にとって不可欠なものって何ですか?」「遊びだろうね。手頃な敵と、手頃な武器だろう…欲望vs健康っていうかね」「先生にとってもそうだったんですか?」「まさか!私の場合はもっと高級に、自己破壊本能vs自己防衛本能だったよ」「それって全然、カネじゃ買えないんじゃないですか」「うん。だから勝敗がつかないうちに55年の人生が終わっちゃった」「先生の晩年は世間的には発狂したってことになってますが…」「てゆうか、つまんない世間を相手にすんのやめちゃったんだな」「じゃあ、狂ってから死ぬまでの十年間はつまらなくなかったんですか?」「そんなの停年したオヤジにでも聞いてみな。何が楽しくて毎日遊び呆けてるのかって」「ボクの父はまさにそのリタイヤ組ですが別に狂ってませんよ」「私だって自分としては毎日が楽しい遊びだったよ」「え、どんな遊びですか?」「そりゃコトバでは言えんな」「何でですか?」「赤ちゃんに何故、笑ってるの?って聞くのと同じ愚問だよ」「ボケ老人の中にも、かわいい妖怪みたいな人いますけど、コトバが通じない別世界で楽しんでるんでしょうかね?」「世界が一つしかないなんて誰が決めたのかい?」「そりゃ世界も地球も一つでしょう…割れれば二つでしょうが」「そういうのがキリストのウソだっていうんだよ。言語の数だけ世界はあるし、人の数だけ地球もある」「だって人類はアポロ宇宙船に乗って月を踏んづけたし、ガガーリン船長は『地球は青かった』って言ったんでしょ?」「へえ、私の知らない未来の話らしいな。じゃあ、きっとその人達も神隠しに遭ったんじゃない?」「そんなことありませんよ!ちゃんとテレビに出てますし」「でもテレビ以外で君はその人を見たことないんだろ?」「芸能人なんてみんなそうですよ」「私の時代には宣教師がそうだったよ。あいつらの化けの皮を剥がす為に酒まで絶って私は本を書いたんだけど…」先生は何故か急に黙ってしまった。「でも、その本で世界が変わったどころか、地球上がそのウソ一色に染まりつつありますよ」「まあ私の時代にも愚かな賤民がそうだった。唯一、我が友ワーグナーだけが音楽の楽園の住人だったお陰で免れたけど」「てことは世界も地球も一つと信じてるボクも哀れな賤民ってワケですか?」「君には救いがあるじゃないか」「え、何でですか?」「ほら、そのチョコレート、カノジョに貰ったんだろ?」「これが救いなんですか?」「彼女を一生、愛しなよ。一生の宿敵にするんだ…そいつを武器にね」先生は私の下半身を見つめた。「私みたいに牝ウシを相手にしちゃ、脳がイカれるぜ!?それにしても忌々しい!ワーグナーが羨ましい!私にも自分で自分を破壊しながら創造する芸術の才能があったら…神隠しに遭わなかったのに!」 |
2006年2月16日
「こんな、かったりぃ曲なんかで演技すんのやっぱ嫌だ!」私はフィギュアスケートの日本代表選手。「あたし、この曲じゃないと気分が高ぶらないのよ!」監督に聞かせた、その曲は私がいつもカラオケで歌うアユちゃんのヒットメドレーだったが、速攻で却下された。「第一、委員会が認めるわけないだろう」「なんでクラシックとかジャズじゃないといけないの!?そんなキマリでもあるの?」私は物心ついた頃からスケートをやってきたから技術にはそれなりに自信はある。だけど学校の勉強と同じで、やらされているという感じで、楽しいなんて思えた事なんてない。落ち込んだときにいつも慰めてくれたのが、アユちゃんの歌だった。 アメリカに渡って練習したのは貴重な体験だった。私がビックリしたのは向こうの選手は自分の好きな曲で演技するのが当たり前なのだ。中にはスケートじゃあ無理だってくらい激しいダンス音楽や、平和へのメッセージを込めた音楽で気分を高揚させてる選手もいた。スケート自体が自己表現なのだ。三回転半がどうのとか、点数だ、順位だ、メダルだなんて二の次、三の次みたいだった。私はそんな彼らが羨ましくて向こうのコーチに相談してみた。「日本の選手ってリズム感がまるっきりダメね。そりゃ手足の長さとか体格のハンデもあるけど…何ていうかシャックリしてるみたいでグルーヴがないのよ。技はハイテクだけど安定感がないっていうか、音楽に喩えると…ギターソロばっかり凄いヘビメタみたいな」「え、それってどういう音楽ですか?」すると彼女は顔を能面のような無表情にした後で急にしかめっ面にして「みんな顔がこんな感じで、全然楽しそうじゃないのよ。まず誰よりも自分が音楽に酔ってなきゃ、誰がそんな人形劇に酔えるわけ?」私はそれまでスケートの事ばかりで、音楽なんて気にしたことがなかった。 ところで私事で恐縮だが、今日は祖父の命日。祖父は作家だった。しかもかなりモンダイ作家。戦争中には過激すぎて警察に呼び出されたり、戦後はGHQの検閲で削除されまくったという。私にもそんな腕白な血が流れてるとしたら、人のいいなりに我慢ならないのも当然だ。そんな祖父の作品を読んでみたけど難しくて全然解らなかったから、父に易しく解説してもらった。その中で特に印象的だったのは、日本が戦争に負けたのは武器や戦術を甘く見て、ひたすら「前進アルノミ!」と叫んでいたからだという意見だった。さすがにスポーツの世界でそんな「巨人の星」みたいなスポ根オヤジはもういなくなったけど、「メダルだ!ミスだ!」なんてプレッシャーとの戦いはいまだに変わらないなぁと思った。日本は豊かになって世界有数の資金力と技術の研究も進んでるはずなのに、どうしてオリンピックで勝てないんだろう? 「失礼ですが、先輩はどうしてメダルとれたと思います?」その大先輩はかつて世界の大舞台で銀メダルをとった人だった。「実力じゃ、そんなに大差ないから、場所が長野だったっていうのが大きかったのかもね。だからきっと、まぐれだよ」「どうしたら、そのまぐれに当たれます?」私はヤケくそで意地悪な質問を投げた。「ちょっと無責任な言い方かもしんないけど…このまま死んじゃってもいいや!ってくらい遊んじゃうといいんじゃない!?」 それを聞いて私はアユちゃんの歌を世界的音楽家のタケミツ・ヘミングさんにアレンジしてもらう決心をした。本番まであと三日だっていうのに!
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2006年2月17日
私は無名の天文学者。若い頃からずっと観測し続けている星がある。その星の存在は科学の常識を塗り替えてしまう恐れがあるので、私はその観測データを発表しない。そもそも私は天動説はおろか地動説にも懐疑的で、模型実験で証明されたからといって「天は動くはずがない」というのも単に科学的な狂信と考えている。私に言わせれば、天も地も相互に動いている天地動説が一番無理がない。 さて、私が観測している星というのは、いわば第二の地球。それは太陽から五万光年離れた恒星付近にある。この星から受信される電波は他ではあり得ないような乱れと調和があり、ほとんど周期性がない。これは知的生命体が発するものに違いないと私は考えている。
こうした、いわゆる宇宙人探しの試みは世界中で行われている。アメリカやヨーロッパなどは、かなりの費用を費やして、有人飛行まで計画している。しかし科学者の常識から見れば、あんな悪条件の火星に生命体が存在する可能性は極めて低く、彼らは「地球のほかには人間はいない」という喧伝の為にやっているようだ。それも彼らの神が創りし「天も地も一つ」という物語を裏付ける為なのかもしれない。そういえば、わが日本人も昔、それを真似してか、「アジアは一つ」なんて謳い文句で随分ひどいことをしたものだ。日本人は無神であり、また汎神でもある為か、総じて罪の意識に疎く、その代わりに恥の意識にはやたらと敏感で、余所様の迷惑になると思うと身内にひどい仕打ちを平気でする。身内かどうかも勝手な思い込みで。私の祖母もその仕打ちをうけたミャンマー出身の医者だった。しかし祖母はよく言った。「人間は一つ。歯の数も、心臓の位置もみんな同じ」と。それはそうと、私の観測している星の人間も果たしてそうだろうか?そして、もし、人間なんて宇宙にありふれた存在だとなったら、「天も地も一つ」という神の威厳はガタ落ちだろう。そんな事をいえば、私はコペルニクスやガリレオの二の舞になってしまう。私は自説を曲げた為に死ねといわれたら死んでもいい覚悟だが、自説の為に死ぬのはゴメンだ。天も地も一つじゃないし、動いているという事実は、私の命に比べたら大した事じゃないから。 ところで五万光年という距離は、今受信している電波が五万年前に発されたものだということ。ダーウィンの進化論によれば人類はまだ原始人だった頃だ。そして今仮に私が何らかの電波を送ったとしても、果たしてそれが届いて返事がくる未来まで人類はあるだろうか?地球の歴史を一日に喩えると人類の登場は、ほんの最後の数秒に過ぎない。そんな一瞬の輝きにも似た知的生命同士が広大な宇宙の暗黒の中で巡り会える可能性なんて皆無に等しい。そう考えれば手近な火星で知的生命の可能性を否定できれば神の威厳も揺るぎないという信仰心もわかる。しかし、私が毎日、心で聞いている五万年前の美しいノイズも揺るぎない。もし私が自説の為に宗教裁判にかけられることになったら、ガリレイのように裁判の後でこう言おう。「それでも人間は独りじゃない」と。 |
| 2006年2月24日 |