左足に魚の目(北)



 おうむ返し 水聖人 ナイチンゲール
 牛太郎の愛 空似 馬鼻東風
 ダーティーフィンガー 襲命 天死
  

おうむ返し




私たち夫婦は結婚して、もう十七年目だが子供がいない。あるとき知人からオウムをもらってくれと頼まれた。妻は家を汚すからと嫌がったが、私は好奇心で飼ってみることにした。「こんにちは!」「……」「あれ?オウム返ししない」「まだ日本語覚えてないんじゃないの?」「ばーか!」妻が話しかけると「バーカ!」「あっリピートした!」「今何時?」「イマナンジ?」「きゃっ、おもしろい!」「オモシロイ!」こんな感じで我が家にも新しい家族が出来たようだった。私たちはオウムの難解な漢字を略して「嬰武(えいむ)」という名前を付けた。「男の子の名前みたい」「エイムって英語だと的とか志って意味があるんだって」「あら…皮肉を当てつける、とも書いてあるわ」辞書を見て妻は呟いた。我が家に会社の同僚を招いたときの話。「お前ら、飲みが足りないぞー!」「ノミガタリナイゾ」威勢を挙げた私の声を嬰武が淡々と繰り返した。「飲みが足りないのは先輩、自分じゃないっすか!」「あ、そっか…」ビール瓶を引っ込めて自分のコップに注いだ。「大丈夫?あなた…少し休めば?」「スコシヤスメバ」今度は妻の声を嬰武が真似た。「おまえこそ今日は疲れただろう」「そうね…あ、来週あたし、母の世話に行こうと思ってるの」「そりゃまたどうして?」「寂しそうじゃな〜い?」「サビシソウジャナイ」嬰武の少し低い声は否定に聞こえた。「寂しいのは君のほうじゃないか?」「そんなことないわ…」以来、妻は嬰武に何でも打ち明けては自分の気持ちを確かめる道具にしていた。だが愚痴も増えてきた。「あーあ、毎日毎日やんなっちゃう」「ヤンナッチャウ」「うるさいわねー」「ウルサイワネー」ついにキレた妻は嬰武を窓から放してしまった。十数年後、私たちは飛行機事故でともに死んだ。私は霊魂になって独り霊界を彷徨っていた。「お〜い!誰かいないかー!」「ダレカイナイカー!」みると嬰武がいた。傍には私が倒れている!正確には私のヌケガラが。「そうか、私は死んだんだ。妻は何処だろう?」ヌケガラに乗り移って、今度は妻の名を呼んでみた。「お〜い、まさこー!」「オーイ、マサコー!」また嬰武の声が答えた。みると、傍に彼女が倒れていた。彼女が目を覚ましたとき、もう嬰武の姿はなかった。 2005年2月24日

水聖人


水星からの使者、UFOにのってやって来た。管制塔とやりとりしてる。「初めて来た使者はいつだったっけ?」「う〜ん、詳しくは忘れたけどこの星の西暦でいうと紀元前500年くらいだ」「そんときどこに着陸したんだっけ?」「初めてだったから、この星で一番高い山の麓だ。ヒマラヤとかいう」「じゃあ、その次は?」「二回目は西暦0年12月24日だ。エルサレムとかいう」船内の画面で調べながら、「何でこんな砂漠の端っこにしたの?」「この星で一番、広い平地で大きな水たまりの傍だったから生物がいそうだと科学者が言うので」「で、生物はいたの?」「いっぱい…」「どんな奴らだった?」「それが…使者は彼等に処刑されたらしい」「同じ姿形に変装してたのに?」「さぁ…行動が異常に見えたのかもな。だから次の使者にはできるだけ彼等のマネをするよう注意したら、うまくいったらしい」「じゃあ、今回オレは何でこんなタツノオトシゴみたいな島に?」「この辺の海底には火山が多いから面白そうだと科学者が言うので」「…初めての土地だからオレも処刑されるかもしれないぜ」「大丈夫、郷に入れば郷に従えば」上空からの景色を見ながら、「しかし、この星は退屈だナァ。昼なのか夜なのかハッキリしないや。隕石孔もないつるッ禿だナァ」「仕方ないさ、大気のモヤモヤがあればあるほど実のないのは星も、その住人も同じだ。木星や土星の空っぽに比べりゃまだましだ」「だからオレらは、この星の住人から見ると異常なのかナァ?」「最初の使者もずいぶん波紋を呼んだらしいぜ」「どんな?」「これを見ろ」画像が送られてきた。「建造物の壁のあちこちに使者の姿が描かれているだろ?」「何だコレ?肘枕して居眠りしてるだけじゃん」「涅槃と呼ばれているらしい」「コレだって、ふつうに坐って居眠りしてるだけだぜ?こんなのが珍しいなんて、よほどこの星の住人は忙しんだナァ」「自転周期が59日の水星からしたら、この星の一日はアッという間だから」「彼等はじゃあ、いつ居眠りしてるんだ?」「それを調べるのが君の使命だろ」この使者の勇姿を描いた絵は見つかっていない。それもそのはず、彼が竹藪の中で居眠りしていたところを、竹取爺さんに見つけられて、運悪く女と間違えられたから。彼はさんざん求婚されて困ったから、水星にさっさと帰ってしまった。だが彼の足跡は今も尚、各地に拓かれた温泉郷として脈々と生きている。2005年2月28日

ナイチンゲール


5年3組担任のパール先生(45歳女性)は両親は米国人だが中国育ち。来週は富士山に移動教室だが、生徒の一人が風呂で裸を見られるのが嫌で欠席したいといって困っていた。「あいつチンゲ生えてるからだよ」それを聞いたパール先生、生徒を集めて体育座りさせると自分も不良のようにウンコ座りの姿勢で話し始めた。「中国ではね、みんな一緒にウンコもするし、風呂にも入るのよ。看護婦だった母がよくいってたわ、生まれたときはみんな一緒なのに、いろんな人が病院に来るって。あなた達だってみんな同じじゃない?」「違うよ、せんせい。顔だって考えてることだって、みんな違うよ」生徒の一人が発言した。「だったらチンポコ見せ合えばいいじゃない」パール先生、実はノーパンだったから、生徒達は目のやり場に困った。「それは恥ずかしいよ」「何だ、じゃあみんなと一緒でいたいんじゃない」チンゲの彼は結局、移動教室は欠席したが、十年後に歌舞伎町のホストになって、今は中国人女性と暮らしている。「ちんけなオレも、やっと人の目をちゃんと見て話せるようになった。これもパール先生のお陰だ」そのときのパール先生のコトバはこうだった。「みんな違うと思うなら、できるだけいろんな人と一緒のことをしてみなさい」2005年3月6日

牛太郎の愛


昭和26年の遊郭で彼はポン引きだった。「女は商売道具だから、雇う前に味を見るんだが、何百人も相手してきたから、どんな美人も人形のようさ」そんな彼が牛太郎から足を洗おうと考えていた矢先、娼妓の一人が不治の病に犯された。性交渉で感染するという。彼は妙にその哀れな遊女を抱きたいと思い、病床の彼女にそういった。「あたしなんかとして、あんたも病気がうつって死ぬわよ」「だからこそ、よけい抱きたいんだ」「そんなに死にたいの?」「せめて最後くらい人間らしくな。女を人形扱いしてきた罰に当たって死ねりゃ、最高の粋狂ってもんだ」2005年3月6日

空似


世の中には他人の空似が三人いるといわれるが、彼の場合、三人どころではないので困り果てていた。親しい人がみんな嫌な自分に見えてくるので恋愛も続かず、職場や住まいも転々としてきた。その都度、ヘアスタイルやファションを変えたり、整形手術までしようとした。ところが街を歩けば空似はいくらでもいたから「これじゃ、いくら変身したってキリがない。巷では絶対に会わない人になろう」彼は恥を承知で精神病院や刑務所に閉じこめられている人のような格好で暮らした。みんなに異様な目で見たられが妄想は減った。そんなある日、職場の仲間と口論になった。「あいつのキンタマぶっつぶしてやりてぇくらい、むかつく!でも何であんな奴なんかに…そうか、あのアホづらが昔の自分にそっくりだからだ…」空似は何も今の自分とは限らないことに気づいたから絶望的だった。たまたま見ていた催眠術のテレビ番組で「あなたの周りにオーラが見えます…ホラ、何かが乗り移った!」憑依された女性が流暢な外国語をしゃべりだしたからビックリ!他にも憑依されやすい人は、なぜか髪や髭の濃い人が多かったから「あんな風に憑依されまくって自分を失えたら、もう空似に悩むこともあるまい」彼がオーラを引き寄せるべく髪も髭も伸ばしたら、その風貌はいつしかキリストのようで「やっと空似でなくホントの他人になれた!」と悟った。2005年3月8日

馬鼻東風


好き嫌いの激しい子に母が言った。「ホウレン草食べなきゃ」「だってマズイんだもん!」「ごちそうさん!フィニッシュは…」父は棚から空港の免税店で買ったチョコレートを一粒取り出して頬張ると「その銘柄、近くのスーパーでも売ってるよ」子がそう指摘しても知らぬ顔のまま食べている父に母が嫌みを言った。「口に入りゃ何だっていいんだもんね?」そのとき子が「ハックション!」つられて母も「…ハ、ハ、ハックション!!」くしゃみした。「今日もスギ花粉いっぱい飛んでるね。そういえば、父さんは花粉症じゃないの?」父が寝ころんだままじーっと本を読んでるから母がまた嫌みを言った。「ぐうたらで外にも出ないしね」「味も感じないんだから花粉にも気づかないのか」家族に何を言われても馬耳東風の父をみて「てことは好き嫌いするからスギ嫌いになるのかなぁ…」息子は嫌いなはずのホウレン草をパクッと食べた。2005年3月11日

ダーティーフィンガー


ベルファスト生まれのゲイリーは、父親の影響で小さい頃からピアノを弾き、授業中も絶えずメロディーを浮かべてはボサッとしていた。そんな彼もやがて世界的なロックギタリストになり、その高速マシンガン奏法は「ダーティーフィンガー」と呼ばれた。いく街いく街で彼のステージは戦場だった。「部屋にくすぶってる奴じゃなく、街をうろついてる飢えた若者に音楽を伝えたい」彼は旧友をステージに上げることもあった。「いつも奇跡のようなクリエイティブなものが生まれるんだ」確かに彼等のステージは、どんな男女の愛より大きな子供を生み出していた。そんな彼にもフィルという隠し子がいた。彼とは滅多に会えなかったが幼いときからよく遊んだり、ステージにも招待した。そんな父の影響を受けているはずなのにフィルはギターには目もくれずパソコンに夢中。ゲイリーが目の前で得意技を披露しても「よくそんなに速く指が動くね…」と拍子抜け。新しモノ好きのゲイリーとしては、この世代の差に危機感を抱いた。「オレの音楽はもう古いのかも。確かにテロルの時代だ。安全な街だっていつ戦場になるか分からない。ならばステージはここにしかないのか?」彼はパソコンに挑戦してみた。だがダーティーフィンガーで鳴らした指もキーボードには歯が立たない。「まてよ、古いも新しいも知らない人間には全てが新鮮なはず。なら古さを究めよう!」彼はエレキギターの代わりにテルミンをアンプに繋いだ。もはや慣れきった昔の曲は弾けなかったが、今までに聞いたことのない音が出た。みるみるうちに彼のダーティーフィンガーは息を吹き返した。「いくら速くても車である以上、道路の上しか走れない。今のオレは空中を自由に飛べるんだ。故郷にいるガキとも一緒に!」2005年3月13日

襲命


「どうして娘がオレと同じ名前でわりぃんだ!」役場の戸籍登録で父親と職員が言い争っている。「当たり前じゃないですか!どこにそんな親子がいますか?」「落語家だって歌舞伎俳優だって襲名してるじゃねぇか」「あれは芸名でしょう。本名は別にあるんですよ」「うちは芸人一家じゃねぇから、本名で襲名するしかねぇんだ」「第一、女に男の名前つけるなんて変じゃないですか?一体何でそんなことしなきゃならないんですか?」「オレの名前を呼ばれてりゃ神様を忘れることもあるめぇ。オトコだ、酒だ、アソビだなんてフラフラしないためだ」「ひどい親だなぁ…それじゃ娘さんが可愛想だ」「何処の馬の骨とも知れねぇ他人にトヤカク言われる筋合いはないね」「それに手続き上、紛らわしいじゃないですか」「そんなの徴税の都合だろ?間接税だの背番号制にすりゃいいじゃねぇか」「郵便物とか呼び出すときだって不便じゃないですか?」「じゃあ、しかたねぇ。死んだオヤジの名前ならいいだろ?隔世襲名だ」「それだって困ります。せめて最後に一字くらい加えて下さい」「そんなルパン三世じゃあるめぇし」「たかが命名に何でこだわるんですか?」「じゃあ、わしら貧乏人が命の他に何を受け継げというんだ!」2005年3月15日

天死


「♪悲しみのない自由な空へ翼はためかせ行きたい…」彼女はまさにそんな天使のような女優だった。小さいときから身近な人に感情をさらけ出すことが苦手だった彼女にとって役を演じることは感情を表現できる唯一の手段だった。そんな天使が急にアルコールやドラッグに溺れ、スカイダイビングやカーレースに夢中になったのも、「鳥人病」という「悲しみ」や「痛み」が麻痺する病気におかされてからだった。堕天使といわれては女優業も引退せざるを得ず、医師に勧められたとおり田舎で静かに暮らすことになった。三十年後、人気番組『あの人は今』の取材班に発見されたとき、彼女の屋敷は一面ツタや植物で憂そうと覆われていた。誰の問いかけにも反応しない彼女はすぐに入院し、経管栄養による植物状態のまま二年間も心拍と呼吸を続けた。その変わり果てた姿が再びテレビに映し出されることはなかったが、死とは何か考えさせてくれた彼女は、最後まで正しく天国からの使者だった。2005年3月19日