左足に魚の目(西)



 亀とお袋 妖釦(ようこう) 億葉集
 フリーダム ジャンヌ デスマスク
 直立国家 白い煙 七つの子
 マイムマイム 桃太郎 しわ シンデレラ
 犬公方 無刺の剣 ジャスティス

亀とお袋

亀「ねむいんだから、起こさんといてよ〜」お袋「ふつうはみんな、ずーっと顔出してるもんよ」亀「母ちゃんだって、寝袋の中でそんなに縮こまっちゃってるじゃん」お袋「うるさい!顔くらい、お出し!」亀「ちゃんと出してるよ。冬は寒いから、すぐ鼻水が出て辛いよ、まったく」お袋「たまには仕事をおし!蒲団に入ってちゃできないだろ?」亀「そんなこたないよ。唾も毒も吐けるしね!ボクの蒲団って、けっこう厚いから、みんな汗かいて喜ぶよ」お袋「なして喜ぶ?」亀「そりゃ芯から温まるからっしょ。ボクってけっこう太っちょだし…それにツルツルの甲羅が自慢だから、こうして蒲団で被せておかなきゃ!」 2005年1月12日

妖釦(ようこう)

ここ土星の衛星タイタンに我々人類が移住して、はや二世紀。しかし人間というのは、どんな別天地に住んでも犯罪を犯すらしい、という地球史の反省から、究極の法律である「楽園法」が施行されています。「楽園法」とは何をしても罰せられないという、まるでユートピアのような法律ですから、警察も刑務所もいりません。唯一、地球でいう国連にあたる国際司法機関「MURAMASA」が存在しています。この「楽園法」を支えているのは、この星全体が一つの運命共同体であるという悲しくも不動の事実なのです。なぜ運命共同体かという説明の前に、地球から太陽までの約十倍もの距離をたった数日で航行できるロケットエンジンについて説明が必要でしょう。そのエネルギー源とは核融合でして、それは使い方によっては星の一つや二つは吹っ飛ばせるもので、かつての原水爆のような、ちゃちな原子核分裂とは雲泥の差ですから、この孤独な星から他の星に逃げのびるにも、星ごと爆破するにも同じ核融合力が運命を握っており、それで「共同体」なわけです。しかし核ロケットや核爆弾が一般人には手の届かない場所にある以上、実際に逃げ出すことも自爆することも不可能です。ですが、ここに一つだけ可能となる場所がMURAMASA内に設置されています。そこには星を爆破する核融合炉への点火ボタンが用意されています。このボタンを押すのを許されるのは、MURAMASAによって死刑宣告を受けた者ですが、この二世紀でまだ誰もいません。もしかしたらボタンは錆び付いているかもしれませんが、ということはみんな死刑がどうなることかちゃんと知っているようです。 2005年1月18日

億葉集

万葉の時代がかつてあったが、いうなれば26世紀の日本は億葉時代。石油はとっくに21世紀で使い果たし、原子力も核廃棄物や地震への問題から22世紀に廃止となった。カネがあってもモノがない。なにせ石油がないからプラスティックさえない。電気もあるにはあるが、太陽光や風力による不安定なものだ。貿易なんかとんでもない。石油時代に上昇した気温は5度。この温暖化のおかげで、雪なんかもう降らない。いまでは首都は涼しい青森。そこでの労役から一年ぶりに草庵のある山麓に帰ってきた男は五十そこそこだが、日に焼けた小麦色の肌と盛り上がった筋肉がいかにも強そうな風貌だ。せっかくの帰郷だから妻子の棲む家に立ち寄った。「いろんなことがあったけど、結局、元に戻っていくんだ。ここにいれば大丈夫だから」妻の年齢は四十くらいだろうか、子供は男女二人いるが、別棟にいるようだ。彼の両親は、この時代の平均寿命としては高齢の七十歳を前に亡くなっている。「そうね、私には母から譲り受けたこの土地と、財産を守る責任がありますものね。チトセ(長女)が二十歳になったら、立派な所帯を持たせなければね」「トオル(長男)はいくつになったか?」「やだわ。十五です」「立派になったか?」「そりゃもう、あなたの息子ですから。膨らむとこんなに…」といって妻はそばにあった茶碗を見せた。「ははは、それならそろそろ買ってやらなければな、ペニスケース」「あら、あなたのお古でいいわよ、まだ。それよりもっと役に立つことを教えておやりなさい」「そうだな。じゃあ、明日はやつを連れてオレの山に籠もろう」「なにをお教えになるの?」「そうだな、まず滝に打たせて業平と道鏡について語って聞かせよう」「あら、キンレイ法?女帝を夢中にさせた魔術?」「そうだな、古代インドのカーマとダルマからみっちり教えてやろう」「そんな大昔のことわかるかしら?」「仕方がないさ、剣やペンに物言わせるような軟弱になって以降、日本の歴史に男は絶滅してしまったのだから」「そうかしら?いつの時代も夢物語や歌の中にしか男はいないものよ」「ここにいるじゃないか」「…寂しかったわ、もう何本筆を折ったことか!」そして二人は身も心も溶け合うほど交接したまま朝まで深い眠りに就いてしまった。そばには妻が夫に贈る詩集が転がっている。 2005年1月19日

フリーダム

ここワシントン大学は卒業旅行シーズン。「おいジョージ、そんなに眠そうな顔してどこ行くんだ?」「ルーマニア大使館とブルガリア大使館」「なして、そんな大使館ばかり?」「ビザだよ、ビザ」「ジョージ、おまえも春休みに海外に行くんだ!?」「そう単独だから自由でいいよ。おまえは?」「オレはてきとうにツアーでいくよ。で、他にどこ行くの?」「ロンドンから入って、フランクフルトに飛んで、スイスのバーゼルいって、フランスはパリでしょ、そっからTGVでマドリッドいって、スペインのバルセロナ、イタリアはミラノ、そっからスイスのマッターホルンに登って、イタリアにまた戻ってピサ、フィレンツェ、ローマ、ブリンディシから船でギリシャのアテネ。そっから北上してブルガリアのソフィアにルーマニアのブカレスト」「そりゃまた忙しい自由だな」「時間を自由に使えんのも学生のうちだからさ」「へぇ…途中で予定狂ったら、どうすんの?」「大丈夫。楽観主義がオレの持ち味だし、バランス感覚に自信なきゃ単独行動しないよ。おまえも計画たてて独りでいけよ」一ヶ月後、二人は再会した。「おいジョージ、久しぶり!そんなに眠そうな顔してどこ行くんだ?」「病院…」「なして病院なんて?」「ウイルスにやられたらしいんだ」「さてはヤバイ女と遊んだな!?」「ちがわい。それより何だよ、おまえそのエアメールの束は?」「ツアーで知り合った女の子からのラブレター!ほらプレゼントまで!」「おまえ…一体、何しに行ってきたんだよ」「自由旅行さ!」 2005年1月21日

ジャンヌ

「首相!どうしますか米国大統領から中国との貿易黒字を減らせとの注文が来てますが?」「うるさいわねー!!高くてダメな製品なんて買えないって言っときな!こっちだってお付き合いで外交してんじゃないわよって!そんなの主婦だって知ってるわ!」ジャンヌ首相(24歳女性)は、祖母がフランス人の日系三世。小学校までは日本で育ったが、中学はイタリア、高校は韓国、大学はインドに留学して政治を学んだ。「首相!NHKの新会長がご挨拶に見えてますが」「若いの?いくつ?」「61です」「そんなジジィと話だなんて一分でいいわ!メディアの顔になるなら球団くらい持って、若くてキレイじゃなきゃダメよって言っとくわ!」その頃、世間では幼児虐待事件が多発したり、国会の論争も戦国時代のように、ただ徒に斬り合って、誰も切腹しない不始末が続いていた。「子供も餓死させるこんな日本経済どう立て直すんですか!」野党の質問者がケシカケると、閣僚が渋面で答える。「一部の分野で回復してきてます…」それみたことかと質問者がそれを叩き斬る。「そんなの答弁になってない!総理大臣にお聞きしたい!ご答弁を!」ジャンヌ、毅然と壇上に上がる。「あのねー、じゃあ、あんたにお聞きしますが、末期ガンが治る方法ってあるわけ?」そんな不遜な答弁に怒る質問者。着席したまま怒鳴る。「日本経済が末期ガンだというのかっ!」「そうよ。生きる道は安楽死しかないわね。あんたもスゴウデの政治家なら、そういう変化球も身につけなさいよ!」「何が変化球だっ、このアイノコのアマ!言わせておけば!」「じれったいのよ、あんたらイイ子バカ見てると。アイノコで何が悪いの?昔の国譲り神話にでてくるニニギノミコトだって、ペリーだって、マッカーサーだって、みんな変革者は外人だったのよ。それに全国民をダマして悪人とも思われないような人が、この国を創って来たんじゃない!バカは死ななきゃ治らないって言ってんのよ!」トン!トン!トン!「首相!誠意をもってきちんと対応を」議長が正すとジャンヌ首相、壇上のマイクをきちんと床に置いて、いきなり着ていたピンクのスーツを脱ぎ始めた。ざわつく国会。花柄のキャミソールも黒いレース生地のガーターベルト付きストッキングも脱いでしまうと、モデルのようにスレンダーな小麦色のボディと、ほとんど乳房も恥毛も透け透けの赤いブラジャーとパンティが露わになった。そのショーのごとき光景に唾を飲んで釘付けだったのはテレビの前の一億の国民。国会中継にドアップのヘアヌードを隠すボカシも代替番組も用意されていないから、あわてて議員連中が自分の背広を脱いで首相のハダカを隠してひざまずく有様が全国に放送された。 2005年1月26日

デスマスク

ここは紀元前3800年のエジプトは、ナイル川のほとり。王権国家では女王となる娘が初潮を迎えると祝祭が開かれ、赤と青に彩られたマスクが授けられる。このマスクを使うことは稀で宮殿内に飾られていることが多い。娘が結婚すると儀式が開かれ、銀色のマスクが授けられる。このマスクは夫との房事の際に付けるべきもので寝室に安置されるのが通常である。出産を迎えると盛大な祭典が開かれ、黄金に輝くマスクが授けられる。このマスクは棺桶に埋葬される際に来世での蘇生を願って付けられるもので、祭壇に祀られている。宮殿に仕えるひとりの奴隷の男が、それらのマスクを付けてみたい衝動に駆られた。むろん、それが見つかったら死刑だが、男は命懸けでも見たいと思った。ある暗い夜に宮殿に忍びこんで、まずは飾られてあった三女(17)のマスクをかぶってみた。すると、不思議にも泣きながら三女がバラバラの胎児をナイル川に投げ捨てている光景が映った。男はゾッとしたが、三女の身体がみるみる大人びていく光景に衝動はさらにつのり、今度は二女(22)の寝室に忍び込み、彼女の銀色のマスクをかぶってみた。すると、今度は苦悶の表情の次女が、生まれたばかりの胎児の皮を剥ぎ取って、自分の体中にぺたぺたと貼りつけている光景が映った。男はゾッとしたが、次女の表情がみるみる歓喜と安堵に満ちてくる光景に衝動はさらにつのり、今度は長女(27)の黄金のマスクをかぶろうと祭壇に上った、その時だった、「おい!おまえ、そこで何している!」監視人に見つかった。男は懸命に走って、ナイル川を泳いで向こう岸まで逃げた。もはや追っ手は来なかったが、目前には建物があり、夜だというのに石壁を炎が金色に照らしていた。男は衝動に駆られて中に忍び込んだ。そこには人間の複製が無数に置いてあった。そのおぞましい光景に男はゾッとしたが衝動はさらにつのり、別の部屋を覗くと、そこでは年老いた女王が移植手術を受けていた。男は目を凝らした。医者は女王の下腹部から子宮と卵巣を取り出して、若い複製人間のものと交換していた。「…そういえば、あの黄金のデスマスクには一体、どんな光景が映ったんだろう?」だがもはや、男の衝動は消えていた。 2005年1月29日

直立国家

昔あった国の史書によれば、試験といえば成人男子のエレクト力で順位付けされたという。試験は素裸に特殊な器具を装着して行われたから、体力も知力も財力も一切関係なく、すべては想像力が物言う世界。成人男子は全員、毎週順位が判定され、毎年階級昇降が審査された。何百もある階級ごとに労役が義務づけられ、知的労働をする支配階級ほど高い想像力が問われ、下級ほど雑務や肉体労働に回された。成人男子には扶養家族の義務があり、離婚は重刑、母捨ては死罪だった。国の最高位は女王だが各階級ごとに女官がおかれ、階級内の最上位の男子に女官との「生殖権」と「拒否権」が付与された。避妊という概念も器具もなかった当時、「子は国の宝」であり、誰の子も成人になれば平等に下等階級から社会参加が義務づけられた。女官は多産であるほど昇格したが、男の「拒否権」が嵩めば降格し、美貌の維持が暗黙の義務といえた。一方、家庭の主婦には育児義務があり、放棄すると重刑が課せられた。史書によれば、この国家が衰退した直接原因は、試験棄権者の急増と女官位希望者の激減だったという。また国文学に氾濫した露骨な性表現を国家が規制しなかったことも衰退の遠因として挙げている。 2005年1月30日

白い煙

昭和16年の東京に、一人の文学青年(13歳)がいた。彼を初めてみる者は、その童顔に似合わぬ白髪頭に目を疑った。ある時、彼は寺の和尚に悩みを打ち明けた。「この白髪は抜いても全然減りません。どうかいい薬はないものでしょうか?」なぜか和尚は浦島太郎の話をした。「太郎が七日ぶりに村に帰ると百年も経っていたんじゃ。そこで玉手箱を開けたら白煙が出て、たちまち太郎は白髪頭の爺さんになった。あの箱には何が入っていたか知っておるか?」「いいえ」「護摩木じゃよ」「何ですか。そのゴマキとは?」「それを焚くことで煩悩を焼き尽くすという密教の行法があるんじゃ」「…じゃあ浦島太郎の悩みも燃え尽きたわけですか?で、ボクの白髪はどうすればいいんですか?」「この護摩木を焚いた智慧の浄火で、身・言葉・心を一致させる。すなわち即身成仏するんじゃな」彼は和尚に教わった通り、護摩の煙の中でひたすら無心に祈った。だが半年経ってもちっとも白髪は減らない。そこで、また和尚を訪ねた。「浦島太郎は竜宮城で母の夢を見て帰りたくなった。つまり夢の中で見た夢が現実に引き戻したわけじゃ」「夢の中で夢を?」「そう。護摩滓が残っては駄目だ」「誤魔化してませんよ!?」「いやいや護摩の滓じゃ。自由になるまで考え抜けということじゃ」その頃、世の中は太平洋戦争の真っただ中。新聞やラジオでは、黒々した頭の将校が威勢をあげていた。「何てバカな世の中になったんだ!負けるに決まってるのに!」考えれば考えるほど彼の白髪は増える一方。東京大空襲の最中、彼は防空壕の中で焼夷弾の閃光を眺めていた。「とうとうボクも死ぬのかぁ…でもキレイだなぁ…小さいときに見た花火みたいだ」焼け跡を歩くと焦げた死体が転がっていた。「犬だか人だかわかりゃしないや…」夢と現実も解らなくなっていった。「母さんは生きてるのかなぁ…家に帰りたい」そんなある日、放送で天皇の声が終戦を告げた。数日後、彼が新聞で見たものは、原爆の巨大な白い煙だった。「あ、玉手箱の煙!」そう叫んだ途端、彼の頭は真っ黒くなっていた。 2005年2月3日

七つの子

吾輩はカラス。「か〜わい〜、か〜わい〜と烏は啼くの」などと人間は昔、歌ったが、あれは「あほ〜、あほ〜」とバカにしていたのだから人間は、いい奴らだ。それに彼等も我々と同じく雑食で、それを道端に置きっ放しだから、それを戴かない手はない。我々の嘴には顎も歯もないから何でも鵜呑みだが、人間の食物も柔らかいから楽に食える。巣といえば昔は山の高木に苦労して集めた小枝で作ったものだが、今では人間のビルの屋上に彼等が捨てた針金で楽に作れる。人間の街には、もう高木がないから送電線がいい憩いの場だ。我々は遊びが大好きで、例えば電線に片足で逆様にぶら下がって落っこちそうになる危険を楽しんだり、棒きれをワザと落っことして、地面に落ちる前に空中でキャッチしてみたりして、身を守る知恵と体力を鍛えている。春から夏にかけては我々にとって繁殖の季節。カラス社会は複数の雄雌が一群を成しており、入れ替わり立ち替わりツガイとなるので、恋の季節はほんのひとときだが、求愛は実に華麗で、俗にディスプレイといって首をリズミカルに振りながら、愛の言葉を囁いて、とっておきのプレゼントをする。こんな頭のいい我々にも最近、無気力症という病気が蔓延している。無気力症とは群の中にいても交尾すらできず、重度になると遊ぶことも啼くことすらしない。これでは絶滅の危機だと考えた我々は、悔しいが人間の歌に学ぶことにした。つまり、巣の場所を山に戻して、餌も堅い木の実に戻して、親が子に餌を与える前に「可愛い、可愛い」と啼くことにしたのである。 2005年2月9日

マイムマイム

「また仕事やめてー。フリーターにでもなるつもり!」母が息子に問いつめた。「別に」「確かに、こう景気が悪くっちゃ、買い物する気だってしないわ。でも世の中のせいにしたって仕方ないでしょ?」「別に世の中のせいじゃないよ」「じゃあ、ちゃんと働きなさいよ」「どうせ税金で持ってかれるんだし」「あら、自分で稼いだお金で好きな物買えば…」「ほらね、自分だって買いたい物なんてないくせに」「モノじゃなくても何かあるでしょ…」「例えば?」「好きな女の子とかいないの?」「別に」「じゃあ、ほらあんたよく読んでるマンガ!自分で書いてみなさいよ」「無理だよ」「ナントカ賞とかないの?賞金百万とか!」「だからカネなんかいらないんだって…」「名声よ。有名人になるの!」「そんなのもっと若いうちから才能磨いてる人達がいるよ」「遅くないわよ。大器晩成!」「ははは。母さんこそ整形でもして一稼ぎしたら?」バチン!「いてっ!」「親から貰った身体に傷なんてつけられますか!」「あーあ、古い古い。韓国人なんか平気でしてるよ。顔なんてのも情報に過ぎないんだから修正して当然でしょ。先行投資」「あんた、そういう情報どこで仕入れるの?」「テレビ」「何もしたくない癖にテレビは見てるのね?」「そりゃ楽だもん」「ならテレビで稼ぎなさい」「そんな楽な仕事ないよ」「シナリオライターよ」「どうやってなるの?」「投稿しまくるのよ!」息子は早速、CM用のデモを作って製作会社に電話した。「え?うちの会社に入りたい?募集なんてしてないですよ」「作品だけでも見ていただきたくて」「それにうちは社員なんて、いないんですよ」「社員がいない!?」「名義だけのダミー会社なんで。そんなの業界の常識だよ」オトナになった息子は、今度は学歴を偽ってCG制作会社に応募したら何故か採用された。だが最初にやらされた仕事はAVビデオの画像修正。毎日毎日局部ばかり睨めっこしていたら、ついに気が狂いそうになって社長に直訴した。「他の部署に移らせて下さい」「君は腕がいいそうだから…」頬に傷のある社長が案内したのは、ニセ札製造の現場だった。「これ犯罪じゃないですか?」「困るのは国だけさ。所詮、紙キレの信用でもってる日銀とな。考えてもみろ、庶民にとっちゃ使えればニセだろうが関係ない」「でもみんながこれやりだしたらカネも使えなくなりませんか?」「そうしたらカードも偽造できるし、指紋だって…」「指紋も偽造できるんですか?」「業界では有名人や前科者の指紋情報は高額で取り引きされている」息子はゾッとした。「人生が全部、情報で犯されていくのは、そもそも言葉にホントを求めるからだ。ウソだろうが行動だけが真実なんだ!」彼はガブッと水を飲んで意気揚々とマイム・マイムを踊り出した。 2005年2月10日

桃太郎

桃といえば古くから「仙果」といわれ、その色と姿形の艶めかしさから出産のシンボルだったから、桃を食べたお爺さんとお婆さんが若返って桃太郎を生んだ伝説も、そこに由来するのは確かだが、物語の真相は実は誰も知らない。「♪桃太郎さん 桃太郎さん お腰につけた きび団子 ひとつわたしにくださいな」桃太郎が見るとナメクジが歌っていた。「♪やりましょう やりましょう…でもこれは団子じゃないよ」「この不思議な香り、何なの?」「カレー粉」「何でもいいから、くださいな」「これから鬼の征伐について行くならあげましょう」肯いたナメクジに粉をかけてやると、ねっとりと溶けてしまった。気にせず桃太郎が突き進んでいくと、「それわたしにもくれニャ〜」と猫が現れた。粉をかけてやると、ハックション!くしゃみが止まらない猫。「仕方ないなー」脂で湿った鼻の周りに粉を塗ってやると、「旨いニャ〜」と喜んで猫はついてきた。しばらく行くと突然、嘔吐したような異臭に襲われた。「わたしもお供しましょう」現れたのはカメムシだった。三人が意気投合して鬼ヶ島にいく船に乗っていると、今度は海から生温かい潮を吹きかけられた。「わたしが島まで案内しましょう」現れたのはクジラだった。「お腹が空いたんだけど…」桃太郎がクジラに言うと「これ食べてごらん」とイソギンチャクをくれた。口に頬張ると濡めっと不思議な食感だった。そうこうしているうちに鬼ヶ島に着いた。「♪そりゃ進め そりゃ進め」いつの間にかナメクジが復活して腰元で歌っていた。その勢いに励まされた桃太郎が攻めて攻めて攻めまくったら、鬼は汗びっしょりになって退散した。鬼が飼っていた鯉を猫が池からくわえると、苦しそうに口をヒクヒクさせた。「こいつ魚のくせにエラそうに口で息してらぁ!食っちまえ」猫は鯉を食べてしまった。桃太郎は、鬼が放り投げたごっついツブツブの金棒を分捕って、「日本一」という旗を立てた荷車に乗せて故郷に持ち帰ることにした。「弱虫は退治した。これでオレは天下無敵のオトコになった!」今でも愛知犬山の桃太郎神社には、このときの立派な金棒が奉られている。「珍宝」として。 2005年2月12日

しわ

かつて「ゆとり教育」の一環で、小学校にあった「総合的学習」の時間中の出来事。「田辺先生はお化粧しないの?」担任の田辺(50代女性)に香奈(11歳女子)が聞いた。「母親が肉屋だったせいかもね」「全然、しわがない」香奈は先生の脂で艶々の顔をのぞき込んだ。「いやぁね。色黒だから化粧しても仕方ないのよ」「そんなことない!もったいないよ。それにしても館山先生って何であんな厚化粧なのかなぁ」館山(50代女性)は教頭先生だった。「さぁ。かなちゃんも偉い人になればわかるわよ」「あたしはあんな化け物みたいなアイシャドウ絶対にしないもん!」「ふふふ」田辺先生が微笑んだ。「ひッひッひ!」「へへへへ」「ははは」授業中とはいえ自習だから40人の生徒のうち半数以上が残っている教室には様々な笑い声が飛び交っていた。「何であんな笑い方すんのかなぁ、嫌らしい」「かなちゃんはどんな笑い方するの?」「あたしはあんな風に絶対笑わない!」「ふふふ。あれも館山先生のアイシャドウみたいなものなんじゃない?」「え、どういう意味?化け物ってこと?」「かなちゃんは八つ当たりってしたことある?」「やつあたり?」「そう。誰か関係ない人に怒りをぶつけちゃうの」「ないない!あり得ない!先生あんの?」「母がそうだったの。悪い癖でね。傍にいた誰にでも当っちゃうから、いい迷惑よね。かなちゃんのお母さんは怒る?」「たまーに。でもすっごくやさしい…何でも買ってくれるし」「そう。そんな私の母は、でもめちゃくちゃ笑う人だったわ」先生は教室を見回した。「あんな寂しい笑い方じゃなくて、ガッハッハッハッハ!って。だから周りの人もつられてガッハッハッハッハ!って大爆笑」「へぇー!?」「ああいう笑い方する子も館山先生に似てるんじゃないかしら」「エラいってこと?」「さぁ。母みたいに誰彼かまわず自分をさらけ出せたら幸せだけど、勇気のいることよね」「すっぴんで勝負する先生もね!?」「勝負はしてないわ。女性だからって、ずっと女を演じる必要はないのよ」「先生だから?」「そうね、先生を演じていれば心のしわもできないしね」「心のしわ?」「老婆心のこと」「ろーばしん?」「余計な世話焼きのことね。反対にね、老いては子に教わるものなのよ」「じゃあ、あたしは何を演じようかな。とりあえずHN考えなきゃ!」「肩書きなんか決める前にみんなを大爆笑させなきゃ!」そのときキンコンカンコンと鳴った。香奈には始業のチャイムに聞こえた。2005年2月17日

シンデレラ

ここは18世紀のイタリア。「鏡よ、鏡よ、鏡さん。世界で一番美しいのは誰?」「それはシンデレラです」「何!誰よ、そのシンデレラって!」「サレルノ家の王子ドン・ラミーロの婚約者です」「ちっ!許せないわ。世界で私よりキレイな女がいるなんて!この鏡、くもってるんじゃないかしら」彼女は壁から鏡を外して入念に調べたが、おかしなところはない。「そうだ、チャンネルをかえて、もう一度試してみよう」当時、鏡はどこの家にも一台はある、いわばマスメディアみたいなものだった。その公共性を維持管理していたのは「世界美女協会」、略してSBK。「さぁ、鏡さん、世界で一番美しいのは、このあたしでしょ?」「いいえ、ドン・マニフィコ男爵の家に住むシンデレラです」「何ですって!このウソつきのポンコツめっ!」ガッチャーン!彼女は鏡をたたき割ってしまった。「世界で一番キレイなのはあたしに決まってるのよ!」シンデレラは新興貴族のマニフィコ家に再婚してきた母の連れ子で、家では汚い身なりで女中のようにこき使われていた。一方、婚約者ラミーロ王子のサレルノ家は天下の大富豪だから、弱小マニフィコ家にとって、この結婚は願ってもない幸運だった。サレルノ家の強大さは今やSBKをも支配するほどだったから、国中の鏡がくもるのもカネの力といえた。貧しくて汚い身なりのシンデレラが一般家庭の鏡を独占するとは前代未聞だったから、経済界の重鎮や自治大臣、政治家の間からサレルノ家に意見が下った。「カネさえあれば何でもできるという風潮をそのままにするのはよくない。鏡は女が自身の神を映す公器。その公共性がゆがめられるのは好ましくない。」2005年2月19日

犬公方

犬(戌)は多産ながらお産が軽いことから昔から安産の守り神で、「戌の日」には妊婦がさらしの腹帯を巻いて祝う習わしがある。「♪うらのはたけで ぽちがなく しょうじきじいさん ほったれば」という『花咲爺』に登場する白犬も、実は高齢夫婦に時期外れの花を咲かせた神の使いだった。西暦2007年のある公園。白い子犬がブランコの脇で「ここ掘れ、わんわん」と懸命に何か掘っていた。「あらあら、せっかくシャンプーしたのに汚れちゃうじゃない!」飼い主の女性が子犬を抱き上げようとしたとき、ガブッとその手に噛みついた。狂犬病の注射はしていたはずだが、半年後、その女性は未知のウィルス感染病で亡くなった。こうした事件が増えてくると保健所としても黙っていられない。数あるペット情報誌に日頃の注意を呼びかけた。「公園の砂場は猫の糞で菌だらけ」「川の水は渡り鳥が運ぶウィルスだらけ」「土手の土や草には環境ホルモンがいっぱい」「舗装路面にはスギ花粉だらけ」など。これではペットも人間並みに過保護にしなければならないから、ますます欲求不満が募ってすぐに噛みつくのも当然。こんな状況をみた元厚生大臣の首相、綱吉隆光がいった。「かつて元禄の世にも『生類憐れみの令』といって人間より犬を大事にするキチガイじみた法令があったが、今のペット過熱の風潮はみんな犬公方になっているようなものだ。これも文治政治みたいに勉強ばかりで子づくりをおろそかにした戦後教育のせいなら安産の戌神様の怒りが爆発するのも当然だ…花咲爺さんが灰をまいて枯れ木に花を咲かせたようにならないものか…そうか!じゃあ今のこの悪夢も三百年ぶりの富士山の大噴火が醒ましてくれるに違いない。火山灰で花が咲くに!」2005年2月19日

無刺の剣

刺せば刺すほど身を切る思いの自分にムサシ(15歳)は情けなかった。でも剣術で身を立てなければ食いっぱくれる。彼は考えに考えたが無駄だとわかったらスゴイ、この男はどこか違う。なんと自分の腹に切りつけてしまった!「いててててーーっ!」やはり痛かった、なんてもんじゃない。気を失った。彼は重体のまま、死の淵を三日三晩さまよった。「人を刺すということは、こんなに痛いことなのか。オレはそんなことすら知らずに剣を振り回していた。何たる失態!」一命を取り留めたムサシ、早速、父のムニサイに教えを請うた。「父上、私は未熟者です。どうぞ剣術の極意を賜りたく…」父が言った。「おまえは自刀したそうだが、何故そんなバカげたことをしたのか」「はい、人を刺すと必ず我が身に痛みが走るようでは駄目だと考え、ならば本当に痛みを痛感したらもう恐れるものはないと」父はしばらく考えてからいった。「昔の言葉に『皮を切らせて肉を切り、肉を切らせて骨を切る』というのがあるが、今の時世で、それをやったらいくら身があってももたない。徒に傷つけ合うだけでは剣術の未来が危うい」ムサシは首を傾げた。「剣術の未来?我々武士は主君のために戦うのでは…?」「たわけたことをぬかせ!では主君が亡びたらどうする?いまさら切腹か?さもなくば他に鞍替えか?おまえは忠犬ハチ公か!」「…では、どうすれば?」「おまえは自分の剣の威力を痛感したはず」「私が刺していたのは、実は自分の臆病な心でした。私は死が恐くて自分の腹さえ切れなかった弱虫です」「ならばそれでよいではないか。無闇に人を刺すのが剣術ではない。刺さずして勝つ、そんな剣術を編み出せ!」そうして21歳になったとき、宿敵との試合にムサシは木刀で臨んで勝利した。「遠い国にあるブーメランという武器は投げっぱなしの手裏剣と違って手元に帰ってくるときく。凶器とはみなそういうものだ。必ず己に帰ってくる。だから自ら鉾先を削らねばならない」コトバの凶器もかくありたいものだ。2005年2月21日

ジャスティス

小さいジェイムスは母を尊敬していた。「母さん、ギターを買ってよ」「そんなの買って何になるんだい?」「トム・ウェイツみたいになりたいんだ!」「誰だいそれ?」母は早速ケータイの着メロサイトで検索したが見つからなかった。「へっ!知らない人のマネなんかするもんじゃないよ。ロクデナシ!父さんの店でも継ぎな!」父は鍛冶屋だった。「やだよ!民主主義の時代なんだ。男は自由を手に入れるべきさ!」息子は母の手を引いてカラオケボックスにいった。「見てて母さん、この分厚い本にちゃんとトムの歌が載ってるから…」辞典のような歌集に敬愛する人の名はなかった。母はその歌集を奪い取ってペラペラとめくって指さした。「これ歌ってみな!」それはビートルズの歌だった。「やだよ!こんな脳天気な歌!」「じゃあ、あんたは大した歌手にはなれないね!」一年後、彼は皿洗いのバイトでためた金でギターを手に入れた。「母さん、音楽の学校に行きたいんだけど…」母は息子の新品のギターをちらっと見た。そして教会に彼を連れていった。「神父さん、こんな息子に教示を与えてください」神父が言った。「まじめにやるなら手だてはある。お金や地位や名誉にこだわらない人に君はなれるか?」「はい!」ジェイムスは即答した。神父の手助けで音楽学校に行けることになった。5年後、ジェイムスのバンドは全米でトップの座についた。「民主主義は若い男達が殺し合う不公平な世界」という歌に、それまでロックなど聴かなかった連中が彼の歌を賞賛した。ジェイムスは母に栄誉あるプラチナディスクを贈り、両親の住む貧しい家を新築してあげた。そして帰郷した際に母がいった。「あれま、ユーレイのお帰りかい?」「オレが幽霊?」「そうさ。生きながらに死んでるからユーレイなのさ!」「そんな!」ジェイムスは神父に誓ったことを忘れてはいなかったから母の仕打ちが意外だった。ケータイの着メロサイトから自分の曲をダウンロードして聴かせ自ら歌った。「それが何さ?」母は冷たくいった。カラオケでも同じように自分の曲を聴かせた。母は無言のまま、家に帰るとジェイムスの姉の赤ん坊を抱いて賛美歌でアヤした。「あんたの怒鳴った歌なんかこの子に歌ってあげられないよ」ジェイムスは帰る家も母も失った孤独に気づいた。自分が処刑台に向かうイエスのように思えた。背中のギターが十字架のように重く。2005年2月22日