左足に魚の目(東)

 焼鳥屋にて 精神科にて 馬券売場にて
 河原にて ハロウィン 祭りチャンネル
 サイドビジネス ラーヴァ・ラヴァー
 懐メロ 排水孔 ミーティングノート
 マイペース ポジティブ あべこべ
 ウィルスフレンド いしあたま あなうめ
 いけにえ 自業自得 フェロー 健康第一

焼鳥屋にて

満月の夜だった。身に凍みる夜風に漂う芳ばしい炭火焼きの香りと暗闇に暖かく浮かぶ赤提灯に、つい足が引き寄せられた。焼鳥屋の店内に奇妙な絵が飾ってあった。美女の足下に無数の男達の死体が転がった絵だった。喉を痛めてかすれ声のオヤジ。「オリンピックってのも戦争好きのアテネ市民がつくったんだってな。」いつしかスポーツの話題に花が咲いていた。「あの頃の競技はみんな裸だったんだろな。もちろん神聖な競技に女は禁制だ。」とオヤジ。すると横にいた若い女の客が割り込んだできた。「最近のスポーツってお金ばっか話題でいやぁね。そんなのよりジャニーズの○○君が服、バァーって脱いでハダカになるの素敵よねぇ。どうせ闘うんならK-1とかF-1みたいな命がけがいいわ。」「イラクとアメリカもサッカーでケリつけれりゃいいんだよ。」とオヤジもギャグが冴えてる。「あんなのブッシュとフセインが取っ組み合いすればいいのよ。」女も酔ってる。私も負けていられない。「そんなの見たくないから、ミスアメリカとミスイラクで美女対決って、どうすかね。二十歳未満の処女が条件で…」「ロリコンだなっ、オレは年増がいいね。」オヤジもフェチらしい。「じゃあ、ヘビー級、ライト級とか、美貌だけじゃなく、歌とか芸とか、あらゆる観点で、世界各国でトーナメント戦で競えば、一年くらい楽しめますよ。」「いいね。そんなら高いチケット買うね。」「で、抽選で一名様に、ミスワールド一日貸し切り!とかね。」「何してもいいのか、すげぇな。」二人の男は堅く手を結びあっていた。代金を支払うとオヤジ、まだ手をさし出す。「病院いくカネもないんで。見舞金くれ!」喉を痛めていたのも忘れていた。「……」私が困惑していると、「じゃあ次回ってことで、さんきゅべりまっち!」突然の若い客に外人風に礼を言った。私はかっこ悪く、くしゃくしゃに微笑んで、チャリンコに土産の枝豆をぶら下げて、月明かりのあぜ道の暗闇の中に消えていった。 2004年2月5日

精神科にて

若い看護婦が二人で話している。「矢口さん最近夜中に恐いのよ。帽子をハンドル代わりにニヤついて、酔っぱらってドライブでもしてるみたいでさ」矢口さんは八十五歳の女性患者である。高齢と脳梗塞のためほとんどしゃべれない。「昔の記憶って消えないからね。私もあの時ああすれば…って、よくある」ニヤつく矢口さんを哀れな顔で見る二人。「正解なんてないわよ。忘れてくしかない…でもあたしも最近、学校の夢ばっか見るの。高校の文化祭からいきなり幼稚園のプールにとか、季節も年代もバッラバラで。あ、そういえば『見たい夢が見れるオモチャ』発売されるんですって、知ってる?」「玉手箱みたいに昔からあるのよね、そういうの」「何でも脳の研究者が開発に参加したそうで、一万五千円もするんですって。」「へぇ、そうしたら欲しい物は夢で何でも手に入るし、やりたいことも全部かなうんなら、きっと、ここにくる患者も減っていいわね」「でもあんま夢が楽しいとヤバくない?」「夢と現実が逆転しちゃう?」「あ、でもテレビゲームよりはいいかも。だってソフトだ何だっておカネかかるわりに、現実が仮想的になっちゃうでしょ。それよりは反対に、夢が現実的なほうがよくない?」「それもなんだか夢のために生活してるみたいね」「いいじゃない、それで。矢口さんの自費出版の詩集あるんだけど…娘さんの結婚、出産とか、旦那さんの出征とか戦死とか、すっごい克明に描かれてて、何十年も前なのに。こんな辛いときにもよく詩なんて書いてられたな…って」「生活の中に詩がある矢口さんにはそんなオモチャいらないってわけね」「矢口さんもし今、まともだったら、きっと泥酔ドライブの詩とか書くのかしら…イェーイ!とか言って…」「それって、すっげぇ幸せな人かも…」二人、また矢口さんを見る。今度は哀れな顔でもない。耳の遠い矢口さんは何も知らないで、まだニヤついている。2004年3月16日

馬券売場にて

春うらら。テレビでは高校球児が映っていた。前のおばさんに話しかけた。「春のセンバツ始まりましたねぇ。甲子園ってどこにあるか知ってます?」「…」「大阪なんだけどさ…」「あれ、今年は高知らしいわよ。」「それ、『こうし』と『こうち』の聞き違いじゃないすか?」「あら、やだ…高知競馬場の間違いだったわ。あははは」「でもホントに高校野球ものど自慢みたいにしちゃえば活性化するのに。」駅前の商店街で買ったという馬のキャラクターグッズに願を掛けて、おばさんは馬券を買った。2004年3月23日

河原にて

「何採ってるんですか?」しゃがんで仕事中のおばあさんに聞いた。「ヨモギ」「へぇ何に使うんですか?」「団子とか。小さい葉っぱのほうが香りがいいよ」病院で使うようなゴム手袋と工作用のカッターとプラスティックのカゴが、その茶摘みのようなもんぺ姿と不釣合いなほど現代的だった。「どうやって作るんですか?」「煮込んで重曹を混ぜて、すりつぶして…」「へぇ、大変ですねぇ」「簡単に売ってるけど、もっと簡単だからって子供達が食べてくよ」「え?ああ、わざわざ買ってまでは食べないけど…ってことですね。」離れて住む孫や息子まで学校や会社帰りに寄っては夜は大宴会だという。「だから、お宅はゴミが多いっていわれるよ」「一緒に住まないんですか?」「今度は高校だ、大学だって、うるさいから…」鬼に化けた嫁のいない静かな娘のうちに避難しているという。「今はみんな居場所がないんですね。家にも、学校にも、街にも…」「変なところで遊ぶよりはいいよ。」帽子のつばで影になった赤茶色のサングラスに陽が反射して輝いた。早く網とカゴを買って、チョウを捕りにいかなきゃ。気づいたらチャリンコを力一杯漕いでいた。2004年3月27日

ハロウィン

もう明日で十一月だというのに、高校の文化祭の準備に煮詰まっていた私と友はヒントを探しに新宿の寄席に来ていた。年配ばかりの会場内で、妙にモダンな落語が演じられていた。…「すげえだろ、この写真機」「とうちゃんすごいの買ってきたんだねー」「なんでもな、おめぇな、この写真機はな日本のもんじゃねぇんだってよ。ここに書いてあるってんだ、ここに英語でもってな。メイドインジャパンて…」すぐに笑えたのは学生の私と連れだけだったので、かえって恥ずかしくなってしまった。めげずにまくし立てる若手の落語家。「ドイツ製だってよ」「へぇーっ!何て機械だい?」「何とかいったな、この機械は…そうそうペストとかいったな」「へぇーじゃあよくウツるだろうね」「病気じゃねーんだからな」今度は我らも笑いの間を逃してしまった。「まぁー、とうちゃん、ホントに体中ぽかぽかしちゃって、まぁホントに体中火照っちゃってるね」「そりゃおめぇ体中火照っちゃうわけだよ。」「どうしてさ」「だってさ、ここはおめぇ一流の…ホテルじゃねーか」ドンドン、つくつく、てんてん。三味線と太鼓が鳴って、小噺が終わった。連れとトイレに立った。「しかし、おめぇ最近のガキはバカだよなぁ」「何で?」「だってよ、自動ドアで死んだりよ、遊具で指切ったりよ」いつの間にか落語口調がうつってる友。「ああ、それだから何だってバカらしい注意書きしなきゃならないんだよ。タバコの『あなたの健康を損なうおそれがあります…』とかね。」「あるある。俺んちの風呂の湯沸かし機にもさ、『ヤケド予防のため温度を確かめてから使用して下さい』なんてな、そんなの、あったりめぇじゃねぇかってんだ!」まだ治らぬ友の口調。「じゃあさ、自動ドアにも注意書き必要じゃん?」「そんなの書いたっておめぇ、ガキは読みゃしねーから、おどかすくれーで丁度いいや。」「どうやって?」「近づくとよ、音声が出るんだよ…『こらっ!危ねぇぞ!』とかよ」「そんな…じゃあ遊具はどうする?」「そーだな、怪獣とかのデザインにすんだよ。」「そんなんで怖がるかね、今の子は」「だいたいな何でもな、わかりにくすぎんだよ。」「ああ、そういうの人間もそうだよね?みんな同じ顔で、ケータイ打ってさ…恐いよね」廊下に出たら、カボチャのお化け…と思ったら、アメリカのハロウィン祭りの模様がテレビに映っていた。「これだ!」意気揚々と二人は文化祭の準備に舞い戻っていった。 2004年4月4日

祭りチャンネル

初夏の昼休み。久しぶりに登校してきた男子生徒(17)に担任(女32歳)が話しかけた。「いーてんきー。海とか行きたくない?」彼はタバコを取り出した。「海って柄じゃないかー」恐る恐る言い寄る教師。「日本海なら…」内気な彼。「寂れてるなぁ。でも、そのウックツが祭りで爆発するんだよねぇ」彼女は昨年、高円寺阿波踊りに参加していた。「青森の『ねぶた』は、でかかった!」「紙なんか燃えるの三十分かからない」タバコに火を付ける生徒。祭り好きの教師も破壊論で抗戦。「スペインのバレンシアの火祭りなんか、街中に爆竹仕掛けて、張りぼて人形燃やすの」「燃やす…」彼の目に灰色の校舎が映る。「岸和田のだんじり祭なんか、家がぶっ壊れるし」彼はまだ半分のタバコを地面に押しつけて消した。「人も死ぬ?」「うん。慰霊祭あるし。諏訪大社の御柱祭も木落しで毎年死者出てる…」迷彩柄のアーミーナイフで遊んでいた彼の手が一瞬止まった。話題を変えたい女教師。「愛知国府宮の裸祭りは、女性には意外と嬉しいみたい。」「男の裸なんか見て楽しい?」「やっぱ女の人も最近は…ねぇ」「先生も見たい?」彼が珍しく関心を示した。「テレビなら。『祭りチャンネル』とかあったらいいのに」彼はまたタバコを取り出した。「そんなにおいしい?」「別に」「体に悪いよ」「…」そのとき傍のラジオからニュースが流れた。「…米軍爆撃で四人の死者が出た模様…」彼は微笑して火を灯した。「先生、鎌倉の海に行こうよ」 2004年4月12日

サイドビジネス

越前は芦原といえば、かつては大変色っぽい街でありました。時代の変化でしょうか、かつてのクルワも今は老人ホームになっているところも多いそうであります。とある先生は現代社会の先には社会主義の抑圧か、福祉国家の倦怠がある、とおっしゃいました。このお話は、そのアワラにある経営の息詰まった有料老人ホームでの出来事であります。新年度初頭のその日、社長さん、全社員を集めて重大な会議を開きました。会議のテーマは『収入拡大』でありました。会議の後、中年社員と若手社員の冗談を小耳に挟んだ人によりますと…「何かいい収入拡大策はないかったってなぁ」「サイドビジネス始めるしかないっすよ。例えば、老人向け引っ越しサービスとか」「でも老人は古いモノを大事にするから、なかなか引っ越ししたがらねぇんじゃねーか?」「そこを我々が親切に手伝って、実は土建屋とか工務店と手を組むんすよ」「無理矢理、どかして立て替えちゃうわけか、ひっでーな」「土地資産流動化促進事業ですよ!で、ついでに家に眠ってるお宝を引き取って高値で売りさばく」「それじゃ詐欺だよ…なんかもっとこう、景気のいいやつないのか?」「だったらケータイで老人向け『出会いサイト』つくるってのはどうすかね?」「老人が出会っていまさら何すんだ?」「やっぱ超高齢化時代ですからね、レトロな感じで、しぶーく…」「それじゃデイサービスじゃなくて、『デイトサービス』じゃねーか。それで晴れて恋が実ったら?」「めでたくカップル入居でしょ」「そんなん待ってらんねーよ。もっと即効性のあるのないかよ」「じゃあ、究極の作戦!『老人向けホストクラブ』24時間営業の時代ですからね、夜間営業もするんすよ」「それじゃ、水ショーバイじゃねーか!」「今だって風呂だの、ウンコだの、意味の通じない会話で、おんなじじゃないっすか!」「だいいち、オレらがチャパツにスーツ姿で、香水むんむん?」「女子もこう胸が開いて短いのはいて…」若手社員の目が急に輝きはじめました。「バカ!それ、おまえが見たいんじゃねぇーか!」ニヤつく中年社員の鼻の下も伸びておりましたそうな。何時の世もエロ、グロ、ナンセンスというのは三位一体なのでありましょうか…2004年4月29日

ラーヴァ・ラヴァー

部屋の片隅に正露丸の粒粒お薬のようなフンが三粒転がっていた。「やい、フン!おまえは、去年の夏に飼育していた幼虫のフンだな」「…」「やいコラ!おまえの主人はとっくにチョウになって死んだってのに、何でおまえだけ変わらずにこんなとこに残ってるんだよ。」「…」「おまえのその様は何だ?ちんけな手榴弾みてぇじゃねぇーか。」「…」「おめぇのご主人は葉っぱばかり食って、まるでフン製造マシンだな!」「…」フンは何も答えない。消化された葉にすぎない。やがて肥やしになって行く。「待てよ、かくいうオレも言葉を食って、文製造マシンなのか?」2004年4月29日

懐メロ

日曜日の正午過ぎ。バンド仲間と二人で中華料理屋に来ていた。♪キンコンカン…店内のテレビに二人の目がいった。「あー、『歌合戦』の時間だね」「それ違うよ、『のど自慢』だろ。」私は焼きビーフン、彼は「タクシー飯」なる一品料理を注文し、二人で薄焼き餃子をつついていた。再び歌番組に耳が誘われた。「あ、これ合格するぜ」「なんでわかる?」「なんかバックの演奏のノリが違うもん」「ああ、歌に乗せられてるね。」テレビの中で女子高生二人がマイクを両手で握って歌っていた。「♪わたっし、まー、つー、わっ」すると、隣にいた中年の女性客も一緒に口ずさんだ。「♪いつまでも、まー、つー、わっ」私も知っている懐メロだった。「懐かしいわね、あみん。今どうしてるのかしら」と女性客。思わず私は見も知らぬ彼女に言った。「まだ待ってるんじゃないすか!?」 2004年5月31日

排水孔

昭和初期の東京下町、とある銭湯に母親が幼子を連れて来ていた。「やだねっ!この子ったら…何でいっつもこんなとこのフタとっちまうんだろうねェー。」見ると、まだ三つの子が髪の毛がいっぱい絡みついた排水口の網を外して、管の奥底を興味津々にのぞき込んでいた。そこへ隣の洗い場にいた近所のおばさんが口を挟んだ。「そりゃァ、三つ子の魂ってェやつでしかたァないよ。あんたンとこの旦那の倅だからねェ!?」「そりゃ、うちの亭主は左官職人さ。だけどね、まだこんな赤っ子、世継ぎに仕込むほどァ、老いぼれちゃいないよ。」妻にも一応、亭主へのプライドというものがあった時代である。「そうじゃないよ…」「じゃァ、何がしかたないのさ?」「あんたンとこの子供達ァ、何人兄弟だっけ?」「十二人さ。この子が末っ子。」おばさん、呆れ顔で笑いながら洒落を言った「まぁ、お盛んな職人だねェ。」そして孔をのぞき込む幼子を眺めつつ、自分の股を開いて母に言った。「しかたねェってのは、その孔がまるでここみてェだからさ!」「…」母は黙ってしまった。なるほど、工事中の坑にしろ、体の孔にしろ、口が開きっぱなしというのは、何か落ち着かないものである。 2004年5月31日

ミーティングノート

黄金の満月の頃は、いつも陽気な子が突然涙ぐんだり、不意な事件が起きる。とある女子中学校のバスケ部での放課後の出来事。「ミーティングノート」は部内の様々な連絡事項を書き込むものだ。二人の一年生部員がノートを見ている。そこには掃除当番に関する<決定事項>が顧問(40代男教師)の几帳面な文字で書かれていた。その余白に「こんなの、いつ、だれがきめたの!」と乱暴に書き殴られていた。無記名だったが、その筆跡は副部長のものであることは誰の目にも明らかだった。「これひどくなーい!?相手わかってて書いてるよね」「でもカッターナイフでいきなり切りつけるよりはマシじゃなーい」面倒事が嫌いな相方はニュースネタの冗談でかわしたつもりだった。「でも、こういうのも言葉のナイフだよ!」意外な意見のかみ合いに、二人は暫し沈黙した。「こんなこと書かれてよく黙ってるよね、先生」と先方が言うと、相方も、「さすが大人だね……きっと、副部長は傷ついたことないから人のことわかんないんだよ。」「だから自分のこともわかってないんだよ!」思わず先方、日頃の反駁が溢れ出した。ちょうどそのとき張本人が部室に入ってきた。いつ見ても流行が服着て歩いてるような出で立ちで、二人は黙って会釈したが、その目にはもはや反駁より憐れみが浮かんでいた。「我が身をつねって人の痛さを知れ」を言葉でやるのはなかなか厄介である。 2004年6月3日

マイペース

夕方の駅前のロータリーで、ハイヤーの運転手が二人で話している。「おまえさん、ホントにいつもマイペースだねェ」前の男に、話しかけているサングラス男は、今さっき、今日最後の客を目的地に送り届けて、家路に就こうとしている。「オレも、あと二十分で上がりだから、流してんだよ」前の男は意外と要領がいい。「あっ、そっかァ…道理で、後ろ走ってたけど、やけにチンタラしてると思った。」今日のサングラス男はいつになく忙しないのは、妻の誕生日だったからだ。マイペース男がさらに言った。「いやさァ、オレも、この業界に入って、もう三年目だろ?最近はわざとゆっくり走ろうかと思ってさ。急げばもっと稼げるけど、機械じゃあるまいし、人間相手の商売だしさ」「そうだよな。『明日があるさ』って歌もあったしな」「つうか、オレは明日のことなんて何一つ保証できないから。」「おっ、かっこいいじゃん」「そのかわり、毎回、今が最高にするからさ」そういう男の目には、今まで見たことのなかった何か色っぽい自信が漲っていた。その晩、サングラス男は、久しぶりに妻との房事に熱が入り、終わった後で感謝されたという。 2004年6月14日

ポジティブ

六月も半ば。午前の公園で、何組みかの若い主婦が、愛児が遊具で遊ぶのを見守っていた。「明日って、十三日だっけ?可燃ゴミの日?」今日は十四日であった。「ちがうよ、十五日…それじゃあ反対に時間が戻ってるよ!?」「あ、そっかー…もー、家にばっかいると、ぜーんぜん日にち感覚なくてー」「でもホントに時間が戻ってったらいいよねー!」「えー!?じゃー七月になったら五月に、クリスマスの頃になったら、お正月に戻っちゃう!?」「そー。来年は去年で、どんどん生まれた日まで若返っちゃうの!こんな秘密の薬あったら、面白くない?」子供に聞かせる童話の読み過ぎか、二人の空想は突飛な世界に入り込んでしまったようだ。「でもさ、あたしも三十路過ぎっちゃったら、もうどーでもよくなってきちゃって…」「それってオバサン化の始まり!?」「でも子供と遊んでるうちに幼児化してるかも。あたしの頭の成長は三十にして、もう折り返し地点にきちゃったのかなー」「いいじゃん、どんどん若返って」「でも、体は老化してくしなー。最近、腰が痛くてー」「だったら、生まれたときもう老人みたいだったら、ちょうどいーのにね!」「え、なんで?」「つねにポジティブじゃん」『長生きしようとすれば、早くから年寄りになれ』という諺が西洋にはあるそうな。 2004年6月18日

あべこべ

ダイエットマニアの母親が広告チラシを見て呟いた。「いいわねー!私もコレ申し込もうかしら…」みると広告には、その薬でダイエットしたという女性達の「使用前」と「使用後」なる二つの写真が一対になって載っていた。それらの写真をじーっと目を凝らして見ていたのは八歳の息子、鉄也だった。「おかあさん、この写真おかしいよ!」突然、鉄也がいった。「何がおかしいのよ?」「だってこの形式、もう走ってないもん!」鉄也は、「使用後」なる、美しくなった女性の背景を指さした。そこには2001年2月10日に廃止になったはずの緑色の世田谷線77.86号車両がほんの小さく写っていた。「そんなの当たり前よ、こういう広告はね、何年も同じ例を使い回したりしてるのよ」鉄也は、まだ納得がいかない。「それじゃあ、こっちはどーして!?」今度は同一の女性の「使用前」なる、太っていた当初の写真を指さした。そこには2004年4月に発足したばかりの「東京メトロ」のマークが貼られた銀色の車両が、これまた極々小さく写っていた。「…そう言われてみれば、使用前のほうが何だかみんな老けてるわね…ってことは、これってみんなアベコベ!?」大人も騙される広告のトリックを見事に暴いた、恐るべし鉄道マニアであった。ホクロやハゲの「使用前・使用後」なんぞも、もしかしたら…。 2004年6月25日

ウィルスフレンド

「西欧文明とはウィルスのようだ」と言ったフランスの思想家がいたが、最近、知らない人から変なメールがたくさん届いて、削除するのに困っていた。どうやら、これがネット・ウィルスというもので、サーバ上に勝手に増殖する曲者らしい。知らぬ間に自分のアドレスも、その発信者になってしまっていたらしく、ある日、私の元に「何?」と返事を返してきた奇特な人がいた。私も「何が何?」と冗談で返信したら、今度は「えっとぉ…変なウイルスメール送らないで下さい。あたしに何か用ですかぁっ?」と、いかにも女の子からのメールと、全く同じ人(のアドレス)から意味不明でウィルス付きのメールが届いていた。すかさず「貴方の方こそ、変なメール…といいたいところですが、この手のウィルスは自己増殖しているようで、お互いに被害者なので、恨みっこなしってことにしましょう。」と返信した。数日後、その同じ女の子から突然「ちょっとぉ、会いたいんですが…」というメールが来ていてビックリした。こういう出会い系みたいな気の利いた作文機能もウィルスの仕業かと疑った。事情を聞くと、彼女のシステムが私が知らぬ間に送ったウィルスにやられたらしく、その解決には、いかなる新型ワクチンも効用がなく、唯一、そのウィルスの最後の発信者、つまり私の音声認証が必要ということだった。これではまるで「不幸の手紙」であると思いつつ、その「幸福のウィルス」に感謝する私であった。ウィルスとは文明に自閉しがちな人間に「もっと他と交わりなさい」という自然からの愛の囁きなのかも知れない。 2004年7月15日

いしあたま

「おじいちゃん、やめなよー」小学生の孫娘が止めようとしているのは、テレビ番組のクイズに応募しようとしてる祖父の奇怪な行動であった。「いやっ!こういう影響力の大きい番組がウソを言ってはいけないのだ。」祖父はクイズの解答に自信はあったが、問題自体に納得がいかなくて、往復ハガキに長々と意見文を書いていた。「そんなに深く考えないで、商品券もらっちゃえばいいんだよー」祖父はとっくに仕事をリタイヤして、四六時中家にいるせいか、カチカチの石頭であった。「だってね、見てた?『貯蓄率の低下は高齢化のせいだ』って…まるでわしらが悪いみたいじゃないか!そんなら高齢化がとっくの昔に進んでるドイツとフランスが低下してないのはおかしい!!」歳のせいか、ひがみっぽい祖父であった。「そりゃ、おじいちゃんの言うとおりかもしんないけどぉ、これはクイズだよ!?」「きっとね、これは年金保険料値上げを正当化しようとする政治家の陰謀だ。こんな、お茶の間の番組を使って世論操作しようなんて、テレビ局もカネで汚れてるな!」ここまでくると老人性の被害妄想である。「考えすぎだよー…」冷静な孫娘の心配を振りきって、祖父は近所のポストにハガキを出しに、慣れない自転車で飛び出していった。だいぶ時間がかかって、祖父はヘトヘトに疲れて、がっかりした顔で帰ってきた。「どーしたの、がっかりして」「ハガキ落としたらしい」「そのアザは?」「途中でよろけて転んだ」「それでいままで探してたの?」「…」「で、また書き直すの?」「もう、やめた。ハガキの無駄遣いだから」「おじいちゃん、きっと運動不足だよ。貯金なんかより、原動機付き自転車でも買ったら!?」かわいい孫娘の嫁入りに備えた貯金だけに、複雑な心境の祖父であった。 2004年7月20日

あなうめ

期末テストの時期だった。「あにぃ、教えてコレ…」高校生の妹が、大学生の兄に見せたのは現国の穴埋め問題だった。「えー、長文かぁ…『あるとき神武天皇が野遊びにでると、七人の娘が通りかかり、先登の一人が際だって美しいので、お供の大久米命に命じて、今宵会いたいと伝えた。すると娘が大久米命を見つめて、あら、大きな(1)の玉だこと、といった。大久米命は(1)玉が大きかったのだ。…』」ここまで読み終えた兄は、即答した。「簡単だよ!ぜったい(1)は『金』だね」「やっだぁー!きんたまぁー!?」兄は得意になって問題文を読み直し、さらに先を続けた。「『…すると娘が大久米命を見つめて、あら、大きな金の玉だこと、といった。大久米命は金玉が大きかったのだ。そして娘は神武天皇と一夜を明かして皇后になった。幸福な、そして思いがけない、こんなきわどい瞬間でも、女の眼は人のア(2)を見逃しておらず、きまり悪さを紛らわすにも人のア(2)を盾にとっているのだ。』」今度は、妹が即答した。「わかった!(2)は『レ』だよね。さんきゅー!!」(一応正解:(1)目(2)ラ 問題の出典:『女体』坂口安吾) 2004年7月27日

いけにえ

郊外に住む結婚三年目の二十代の夫婦の恐ろしい話。二人とも仕事を持っていたので、子はなく、休日くらいは二人でビールとご馳走を楽しむのが習慣化していた。何時の頃からか、それまで家にはいないと思っていたゴキブリに妻は悩まされるようになっていた。それを丸めた新聞紙にガムテープを巻いて作った自前の武器によって夫が素手で退治していた。「ゴキブリって忍者みたいにすばしっこいし、身軽に飛ぶんだよ…」「ゴキブリって人類より前から地球に棲んでるんだって…」「あの生命力なら、人類が文明で滅びた後でも生き延びるね」いつしか夫は宿敵ゴキブリの強さに心酔していた。一ヶ月後くらいから、夫の閨房での所作に変化が顕れた。ヒラヒラして、透け透けの衣装を妻に着せては引きちぎったり、奇妙な道具を使って妻を執拗に失神させたり、最初は嫌々ながら、その未知なる快感に付き合っていた妻であったが、エスカレートするうちに耐えられなくなって、友人に相談した。「それって、DVじゃない?」「何それ?」「ドメスティック・バイオレンス。最近は高校生の『デートDV』なんてあるんだって」ある朝、夫が早朝に見た奇妙な夢の話をした。「壁にアリンコが這ってて、虫眼鏡で見てたんだけど、次の瞬間、レンズの反射光で焼き殺してたんだ。ジタバタと焼け苦しむアリンコを見て、何か楽しかった…」夢の話なら…と妻は大して問題にしなかった。「ゴキブリも、やっぱ死ぬの恐いのかな?」夫の素朴な疑問にも妻は冷静に受け合っていた。「死の観念があるのって、本能が壊れた人間だけでしょう」「だってあんなに必死に逃げ回るじゃん。」「そういう習性なんでしょう」「じゃあ本能的な人ほど死の恐怖もないのかな?」「必死なときって、もうコワイを越えてるんじゃない?」そんな会話から数日後のこと。「どうしたの!?その傷…」自分では気づかなかった二の腕の歯形の傷を、親友に指摘された妻は、初めて恐怖を感じ、夫を精神科に連れて行く決心をした。そこで催眠状態の夫は、幼少期にカマキリを飼育した記憶を克明に語った。仮面ライダーと昆虫採集が好きだった少年が、ヤマトシジミをカゴの中に放すと、カマキリは鋭いセンサーで獲物を狙い定め、目にも止まらぬ早技でジタバタするチョウをカマでガッチリと捕獲した。ムシャムシャと食いつきながら、背後で見守る少年をギロッと睨んだ、その三白眼はまるで悪人のようで、鳥肌が立ったと夫はいった。そしてチョウを食い終わって、カマに付いたチョウの羽根の粉を舐める姿は、まるで刀に付いた鮮血の汚れを袖口で拭き取る侍のように凛々しく、仮面ライダーより身近なヒーローだったと夫は語った。次の日からゴキブリ駆除は妻の仕事となり、ゴキブリはビールの臭いを好むと聞いたことから、家では一切禁酒となった。 2004年8月3日

自業自得

「もしもし……」嫁(三十代)が電話に出た。傍で、そのやりとりの一部始終を聞いて怪訝そうな顔をしていたのは姑(六十代)。「あなた、電話の応対のマナーを知らないの?」「え?何かおかしかったですか?」「ふつう、『もしもし』の後には、こちらから名乗るのが礼儀でしょ?相手の方は、正夫(夫の名)さんのお知り合いだったんでしょう?」「ええ…」「だったら、あんな、人を疑ったような話し方では、相手の方に失礼でしょう。」嫁姑の争いも、最近では珍しくなった。「でも証券会社とか不動産屋とか、ときには怪しい結婚相談所からも勧誘の電話がかかって来るんですもの。そりゃ疑いたくもなりますよ。」大学名簿や顧客名簿など個人情報というのも、ずいぶんお金になる世の中らしい。「誰とも人付き合いなさらないお母様は、そんな事ご存知ないでしょうが…」「ふん、そんなの自業自得じゃない!」 2004年8月9日

フェロー

「六十にもなって、なに若作りしてんだよ」素足の爪にペディキュアを塗っている妻(61歳)に、夫(65歳)が言った。「いくつになっても女は、女でいたいのよ。」二人の言い争いを横でみて、微笑んでいるのはドラ息子(28歳、未婚)だった。年金暮らしの親爺も見栄を張る。「俺だってな、仕事やってたときは、モテて、モテて…」「あら、結婚してからあたしのこと女だと思ったこと一度もないくせに」「そりゃ、かみさんは神様だから、神棚に奉ってんのさ。」訳の分からぬ屁理屈に呆れて、妻はさっさと出かけてしまった。「ったく、いい歳して色気づきやがって…」「父さんだって、またフェロモン、プンプンだせばいいじゃん」「んなこと、息子のおめぇに言われたくねぇな。ときにおめぇ、早く嫁さん貰って、このうち出てけよ、飯泥棒」「ひどっ…」「会社にいいオンナの子、いねぇのか?」「ていうか、フェローって感じだから。」「おまえ、まさか最近流行のゲイじゃねぇよな?」「いくら女性でも、仲間はオンナにはなり得ないから」「んなこと言って、理想が高けぇんだろ?映画女優みてぇなのは、やめとけ」「なんで?」「ん?知らねーほうがいいこともあんだよ」「そーかな?」「女なんてな、男が勝手に仕立てたファンタジーなんでさ。開けてみりゃ、みんな同じアナ…」「あたしもアナってわけ!?」いつの間にか、出かけたはずの妻が立ち聞きしていた。言葉に詰まる親爺をフォローしたのはドラ息子だった。「ていうか、フェローって感じらしいよ」 2004年8月20日

健康第一

どこの高校でもそろそろ新学期が始まったところです。「あらーっ!メグちゃん、ひさしぶりねー!元気してるぅー!?」昼休み学校の食堂で、いつもテンションの高い英語の今野先生(40代女性)が、いつものフランクなスマイルでボク(16歳女性)に話かけてきたのです。「いえ、そんなに…元気じゃないです」ボクは正直に答えたつもりでした。けれども先生の期待したリアクションではなかったらしく、残念そうな表情で、「あらーっ!どーしたのー?夏バテー!?」と、どこまでも、アンニュイなオトナのやりとりが続きそうだったので、ボクは、ちょっとアイロニーな返事をしてみたくなりました。「元気じゃないですが、とっても健康です。」事実、毎日八時間は睡眠できていたし、食欲もありました。「……」今野先生は五秒くらい黙考して、「そう言われてみれば、わたしもそうだわ。」デイリーランチのトレーを両手に支えながら、そう答えた今野先生のスマイルはさっきよりフレンドリーに見えたので思わず「じゃあ、ボクと同じ!?」と友達みたいに答えてしまいました。 2004年8月26日