シノニイム
オマージュ
チェリーツリー
チャンピオン
ルサンチマン
タイラント
シーゴブリン
イクオリティー
ローリンボール
ポケット&トンネル
マッシュルーム
フォルス
ブラック&ホワイト
「岸田先生、お久しぶりです。相変わらず体重四十キロ代なんですか?」「七十過ぎても悩みが尽きないから、気が細っちゃうね」「何で悩みは尽きないんでしょう?」「人生と悩みはシノニイムだからね。そういう君は愛で悟ったのか?」「とんでもない。自分を壊せなくなったら人生楽しくないですから」「自分を壊すって?」「僕は学生の頃、よく旅をしたんです。各停とか車で遠い島とか探険したり」「そりゃご苦労だね」「何か、そうせずにはおれなかったんです」「それはどうしてかな?」「テレビや雑誌なんかで見知った場所や、そこに住む人々と直接、接してみないと実感が湧かなかったんです」「じゃあ、そんなテレビも雑誌も観なきゃいいじゃないか」「日常だけでは生活感が足りない気がしたんです」「旅に生活感はあった?」「かえってホームシックになりました」「フルサトは遠くにありて想うもの…ってヤツか。室生犀星は『フルサトは帰るところにあるまじ』って言ってるんだから、いつも接してりゃいいじゃないか」「でも、近くにあってもなかなか実感できないのもフルサトじゃないですか?」「私のように神経症になってトコトン悩めたのは幸せだったのかもな」「先生のように、悩む中心がハッキリしてるというのは羨ましいですね。僕にはそれがわからないから、最近は悩む真似をしてるんです」「どうやって?」「何でも気になったことをトコトン悩んでみるんです。すると必ず自分との関わりがみつかるものなんです」「自分探し?」「それだと本当の自分がどこか別にあるような感じですが、そうじゃなくて、こっちから愛のシルシを付けまくっちゃうんです。これだと特定の人に集中するよりも、小気味よくて、飽きっぽい僕にはいいんです。それに愛も情けと同じで人のためならずというか、奪うものですから、どうしても人に向けちゃうと罪を犯すと思うんです」「例えば?」「先生の大好きなセックスもそうですし(笑)、親子の殺し合いも親の過度な愛情が原因ですし、それが国家同士だと戦争になりますから、あんまり生きてる人間同士、かまわない方が互いに平和だと思うんですよ」「そりゃあ、すいぶん醒めた見方だな」「先生だって、どんなにお母さんが憎くても、すでに亡くなってるから殺さなくて済んだんじゃないですか」「なるほど。だけど、そうなれるまで、ずいぶん別の人にイケナイことしたけどな(笑)」「だから僕も目の前にいない人にだけ愛のシルシをつけるんです」「生きた人間は愛さないのか?」「愛します」「じゃあ、罪じゃないか」「名前の世界なら悲劇は起きません。すべて喜劇になります。昔の日本人が鉄砲を捨てて、浮世絵とか能狂言を楽しんだというのも、ものぐさ精神だったと思いますね」「そうか、私もヘタしたら精神分裂症で自殺か母殺ししてたかもしれないね」「つまりそれが悲劇です。エゴにすぎない愛を全肯定するには、現実を受け入れて悩む力が必要だと思うんです。それは旅する心でもあります」「そうか、君の唯愛論もまだまだ健在のようだな。私もそろそろ歳だし、もし死んじゃっても、また出演させてやっとくれナ」「先生とは一度も会ったことないのに、もう、こうして生出演しちゃってるじゃないですか」「名前出演だけどな」「名前の世界では、生きていようが、死んでいようが同じなんですから、唯愛論と唯幻論もシノニイムです」
2006年6月6日
「これがオマージュだア!?オレの曲とクリソツじゃねえか」「だから、リスペクトさ」「こんな盗作でレコード大賞、取りやがってインチキ野郎!」「なら、カバーってことにして、ちゃんと著作権料払うよ」「そんなハシタガネいらねー」「ちゃんとメディアには、あんたへのオマージュだってハッキリ言ってんのに、それでも賞をくれんだから、あっちに文句言ってくれよ」「無名のオレが何言ったって通じるもんか。だいたいオレらの才能に便乗してる輩は虫が好かん」「だけど、昔から埋もれた宝を掘り当てた人がエライんであって、そういう広告塔みたいな人がいるから、宝の価値も上がンじゃねえか」「開き直りやがって、この盗ッ人」「だいたいな、絵画だって書道だって、最初は模写が基本だろ?たくさんコピーされた方が名作に決まってらあ。それに骨董の世界じゃあ、デキのいいレプリカがたくさん出回ってるっていうじゃねえか。そのほうがホンモンの値も上がるってもんだ」「おっ、やっと本性だしやがったな。じゃあ、オマージュなんて誤魔化さねえで贋作くれえ言ってみろ」「そんなゲージツじゃ、あるめえし。サーカスの子どもですら、バレねえように盗むのが芸ってもんだろ」「しかし、お前さん、何でオレの曲ばっかパクるんだ?」「さあな、無意識に似ちまうんだから仕方ねえ」「いっそ、それで一山当てる気はねえか?」「何、今度はトリヒキか?」「お前さんの知名度とオレの才能、二人で一組ってのはどうだ?」「あんたがゴーストライターになるってわけか?」「マァそうだ。この業界、才能だけじゃ食ってけねえし、知名度だけでも長続きしねえ」「儲けは半分ずつにすんのか?」「お前さんには娑婆に出るリスクがあるから三分の二やるぜ」「リスク?」「ちょっとオレに妙案があんだ。今度、何かの賞とったらよ、盗作疑惑に仕立てんだよ」「どうやって?」「オレが別人になりすまして密告する。この二人の曲、ソックリですってな。したら、お前さん最初は頑なに否定すんだよ。で、さんざん突っぱねた末に、最後はゴメンナサイしちまうんだ」「んなことしたら名コンビもお終いじゃねえか」「世間様が大騒ぎしてるうちにオレの知名度もあがんだろ?無名の天才ピアノマンなんつってな」「オレがバカ見るじゃねえか」「したら、オレがお前のオマージュ作ってやる」
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2006年6月7日
「太閤殿下、一つ伺いたいことがございます。何故、朝鮮出兵に二度も失敗した直後に、醍醐寺で盛大な花見を開いたんですか?700本もの桜を植えて何を祝ったんですか?」「祝ったんじゃない。あの頃、ワシは毎日、兵隊の幽霊の夢にうなされておった。ワシの戦法は高松城の水攻めや小田原城の兵糧攻めにしても『武力を用いず、人を殺さず』が自慢じゃった。それが朝鮮出兵ではことごとく失敗しておった」「じゃあ、あの桜は兵士たちの墓標だったんですか?」「それともう一つ、後継者の悩みがあったんじゃ。跡取り息子はまだ一歳だった。気の早いワシは甥っ子に関白を譲ってしまっていた。それで慌ててヤツの娘に婚礼を申し込んだんじゃ」「え?一歳の息子が結婚!?」「まあ、親バカと言われても仕方がない。ワシは何とか長生きして息子の晴れ姿を見届けたいと願うようになったんじゃ。醍醐寺には水牛にまたがった閻魔天像があるんじゃが、その縁起を担ごうと桜を献上したんじゃ」「エンマっていえば地獄の王様ですよね?」「それは浄土教の閻魔で、真言密教においては延命の本尊でもあるんじゃ」「へーッ!そんな縁起が…。でも、花見の五ヶ月後に殿下は亡くなられたって事はやっぱりジゴ…」「朝鮮の夢も、跡取りの夢もみんな水の泡じゃ…ひっくひっく」「まあまあ、泣かないで太閤殿下ともあろう方が。これでも飲んで下さいよ」「何じゃ、その泡の水は?」「ビールという南蛮の酒です」「ん?こんなアッパレな泡盛、花見にピッタリじゃなあ」「やっぱり、昔の人でもそう思うんですか。不思議だなあ。どうして、日本人は桜と泡酒が好きなんでしょう?」「そりゃ、夢みたいにパッと咲いてパッと散っちまうからじゃろう」「あ、それで700本の桜で幽霊の悪夢も消そうと?」「じゃが、逆にワシが幽霊になってしもうた」「エンマが延命だなんて坊主に騙されたんですよ」「何でワシが坊主に恨まれるんじゃ?」「信長に焼き払われた比叡山の怨みです」
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2006年6月8日
「芥川先生、自殺防止法案について何かいい提案ありませんか?」「自殺できる余力を奪うこと」「どうやって?」「カネの奴隷にする」「ほとんどそうなってますが、たまに貧しくても働かない天の邪鬼がいて、そういう人が自殺しやすいらしいんです」「政治家がだらしないんじゃないか」「最近、不祥事が相次いでエラい人がやたらペコペコしてます」「それじゃあ、カネの魔力が弱まるのも仕方ない。だけど、自殺防止法案ができるなんて世も末だね。いや、まてよ。それだけ世の中が金持ちになったのかもしれない」「かくいう芥川先生も自殺されましたが、お金持ちだったんですか?」「いやいや。ぼくんちは中の下」「じゃあ、何で自殺を?」「風月の菓子折と偽って近所のカステラを詰めるのが中流下層の卑しさだ。上流や下流ならそんな見栄を張る必要もない。川の氾濫だって中流くらいが一番危ないだろ?」「じゃあ、こんなに自殺が増えるのも、一億総中流になったせいでしょうか」「というか、見栄のせいだろう」「先生の自殺も見栄ですか?」「さあ、あの頃は不眠症で字もロクに見えなかったからなあ」「何で眠れなかったんでしょう?フロイトの本に、神経性不眠症の原因はたいてい性的不満だって書いてありますが」「そうかも。三男のヤスシが生まれてから肉体的にダメになってしまって。それを河童の嘴が腐ったなんて書いたんだけど」「それで女狂いが急に女嫌いになったんですか?」「それは母のせいさ。僕の実母は、僕を生んですぐ発狂してしまったんだ。僕は自分を知れば知るほど、あの身の毛もよだつ母に似てくることが不安になったんだ」「いいじゃないですか。狂人だって。超人ニーチェだって狂人のまま十一年間も生きてますよ。あれも彼の思想が至福を究めた、一種の見得だったかもしれませんよ」「やだよ。母みたいに生き恥かくなんて」「それが下らない見栄なんですよ。『人生は一行のボオドレエルにも若かない』んだったら、とことん下らなきゃ」「…なるほど。じゃあ、自殺防止法案はデカダン法案にするしかないな」「何です、それ?」「見栄を張るより、見得を切る。みんなでデカダンのポーズをとるのさ。つまりテレビや新聞は超人的な奇人変人ばっかり出す」「じゃあ、河童と友達の芥川先生なんか大スターですね」「そんなら、母なんかチャンピオンだ」
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2006年6月18日
「東照大権現様、お尋ねしたいことがございます」「よいよ、そんな仰々しい名前で呼ばなくとも。素直に、徳川家康でよい。じゃけど、幼名の竹千代が一番、気に入っておるんじゃがの」「何故ですか?」「父がつけてくれた名じゃからさ」「子を人質にするような父親を恨んでないんですか?」「散々、恨み疲れたわ。父だけではない。昨日の味方は今日の敵という時代そのものに疲れ切っておった。そんな中、妻子を捨てても同盟関係を守った父は、むしろ神様じゃった。わしが幕府を築いたときに一番重んじたのも御法度じゃ」「しかしそんな約束事で、妻子を殺された夫の恨みや、娘をさらわれた親の恨みは晴らせますか?」「恨みを晴らしたとて、何も生まれはせぬ。かえって泥沼にはまるだけじゃ。すべては時が解決するのじゃ、恨みも寿命には勝てぬ」「人生五十年の時代と違いますから、そんなに人は待てませんよ」「では、気が済むまで殺し合うしかないの」「法治国家ですから殺人は御法度です。死刑と戦争は別ですけど」「それは理想じゃな。諸法度が恨みをすべて飲んでおるわけじゃ」「ですが、夫の訴えで無期懲役が死刑になったり、親の訴えで国家が制裁の準備をしたり、大義名分と称して報復戦争する国が世界を牛耳っております。これでは秩序が逆に恨みに飲まれてませんか?」「所詮、法度もハッタリじゃからの。人間は、法度以前に死に支配された永遠の奴隷じゃ。儚い露の命を思えば愛や情を大切にするのが道というもんじゃ」「爪を噛む癖のあった家康様は案外、臆病だったそうですね」「臆病風吹かして何が悪いんじゃ?」「よくそれで天下びとになれましたね」「それは時の運じゃ。わしが望んだんじゃない」「じゃあ、一体誰が望んだんです?」「それも天下じゃろう。わしは風見鳥のように風に身を任せておっただけじゃ」「カゼマカセってことですか?」「そうじゃ。現実も風の吹きまわしみたいなものじゃから」「じゃあ、そんな風見鳥にも天敵はなかったんですか?」「鯛の天ぷら!あれに当たって死んだ時の腹の痛さといったら!」「衣を着てちゃ腐った鯛もわからないですね」「わしのお目出度い性分を恨むしかないの」
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2006年6月22日
「キム総書記、ミサイル発射はやるんですか?」「ふふふ、さあね」「何でそんなコケオドシみたいなことするんですか?大ヒンシュクですよ」「それが狙いだからな」「そんなに切羽詰まってるんですか?」「とんでもない。独裁制は永遠なり。古来もっとも安定的な政治体制だ。君らの日本でも、ついこの間まで、天皇制支配のお陰で治安がよかっただろ」「とくに戦争中は犯罪が少なかったとききますが」「自由主義によって治安が乱れてると思わないか?」「最近、モラルが低下しているとは思いますが」「民衆というのは絶大な権力への怨恨と裏腹に相互扶助のモラルを持てるものだ。それをニーチェは奴隷道徳と言ったのだろう。私がたった独り悪代官になれば世は円く治まるのだ」「確かに憎まれっ子世にはばかるとはいいますが」「だからミサイルも世にはばかる為のパフォーマンスにすぎない」「先制攻撃せよ、なんていう右派もいますが?」「望むところだ」「あなたに恐れるものなんてあるんですか?」「権力さえ恐れぬ変人」「日本の天皇制時代にも非国民と呼ばれる無頼漢がいましたが、彼らの言論が認められたのは敗戦後、天皇制支配が崩壊してからです」「それでは遅い。権力者は権力の奴隷とならぬ他者をもっとも畏れなければならない」「北朝鮮にもやっぱり非国民がいるんですか?」「国内にはいないから国外からかッさらったのだ」「何故、国内にいないんですか?」「国外情報はすべて政府が管理、隠蔽している」「日本にもそういう鎖国時代がありましたが、実際には外交があったので門戸を開かざるを得ませんでした」「そういう近代国家の乱交パーティーから身を護るために、ハイジャックとか犯罪パフォーマンスをしたのだ」「じゃあ何故、貴重な拉致被害者を日本に返したんですか?」「今はインターネットがあるから拉致の必要がなくなったし、戦前と違って日本は我らを植民地化する気はないらしいからさ」「そんなのずっとないですよ」「しかし、コイズミは話の解る人だね。私やブッシュと似て、タイラントの匂いもプンプンするし、退任が惜しいよ」「どんな話をしたんですか?」「ヤスクニには終戦記念日に参拝すべきだって」「そんな事したら大ヒンシュクですよ」「それが狙いだ。さっきも言ったように悪代官が必要なんだ。それと日本の自衛隊もミサイルを持ったらどうかって勧めてやったらかなり乗り気だったよ」「やはり、ミサイルは権力の象徴なんですか?」「ふふふ、鬼に金棒だ。君ら日本人も昔は刀をぶら下げていただろう?」「刀は武士の魂ですから…ということはテポドンもキムさんの魂?」「若い君にはまだそんなハッタリちらつかせる必要ないだろ」「どうしてですか?」「元気なミサイルと燃料タンクを二つぶら下げてる」「え?」「私らみたいに使い物にならなくなったらフルチンダンスで威嚇するしかないのさ」
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2006年6月25日
「カワサキさん、こんにちは。長さんとお呼びしていいでしょうか?」「こんな物置小屋に何の用だい?」「小田原に来たついでに寄ってみました。ここは海風が気持ちいいですね。抹香町はもうないんですか?」「私の小説の中だけにしかもうないよ」「ずいぶん儲けたそうですね、抹香町モノで」「赤線廃止のお陰かな」「長さんは何故、私小説にこだわったんですか?」「他に芸がなかったのさ」「世間と付かず離れずの間合いは見事でしたね」「できたら離れたかったよ。でも海がなかったら亀も死んでしまうだろ。私は途方もないものが好きだから山法師にならずに海坊主になっただけさ」「そんな正覚坊の長さんにとって結婚生活はどうでしたか?」「人間の一生は好かれ悪しかれ当人の思惑を越えがちだね。海と離れたのは寂しかったけど、女は海より深かった」「奥さんとの事もずいぶん小説のネタにしたんですか?」「家庭内の消息こそ書くに値する泣き所だからね」「そういうのって喧嘩のタネにならないんですか?」「それで近所や友人に敬遠されたり、女にはカネ巻き上げられたこともあったりした」「匿名にしてもやっぱりバレますか?」「勘のいい人にはね。家内もすごく勘のいい人だったから観念して結婚したんだ」「やはり夫婦には勘が必要ですか?」「勘を失ったらカネに頼るしかない」「長さんも老後に備えてずいぶん貯金してたそうですね」「貯金は養老院暮らしに備えてしてたんだけど、結婚してその必要もなくなった」「奥さんに看取られて死ねて幸せだったですか?それとも養老院の方がよかったですか?」「それは微妙だね。中風で寝たきりだった母の糞尿の世話は最初、弟の嫁がしてたんだけど、見るに見かねて私がやったよ。あれを見たら誰だって赤の他人にカネを払って任せた方がマシと思うよ」「最近、老々介護で虐待とか心中が問題になってるそうですが、身内の遠慮のなさが仇にもなりますね」「家内も恐かったな」「虐待ですか?」「いや。箸をつける順番まで口うるさかった」「それは夫の中風を気遣っての愛情じゃないですか」「私がもっと若かったら本気で殴り合ってたかもしれない」「三十も歳が離れててよかったですね」「老いては子に従えなんて昔の人はうまいこといったもんだね」「ギリシア神話に母と知らずに母を妻にするエディプスの話がありますが、子が母の世話をするというのも案外、他人にはわからない幸せなのかもしれませんね」「自分の故郷の最後を見届けるようなものだね」「でも、海坊主の故郷は海なんですから海に帰ってゆくのが長さんのサダメではなかったですか?」「私の欲望の乾物は、欲望の海に帰るのがサダメだろうが、私の身体はそうじゃない」「じゃあ、何処に帰るサダメなんですか?」「何処にも帰らない。ただサメに喰われるサダメなのさ」「サメより抹香クジラのほうが長さんらしいですけどね」「それなら、さんざん喰われて、潮まで吹かれて死ねた私は幸せだったわけだ」
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2006年6月30日
祖父は大使を歴任した外交評論家だった。「おじいちゃん、最近ちょっと寂しそうだね」「そうねえ。テレビの政治討論番組なんかつけてると、すぐ切っちゃうし。昔は一緒になって唾飛ばしてたのにね」「みてみて新聞の一面におじいちゃんの写真」「あらホント。かわいく写ってるわね」その評論記事には「戦後平等主義の悪弊」とか「空虚な『激論』番組」と題されている。「どういうこと書いてあるの?」「うーん、ママにも難しいわね。パパ、おじいちゃんの記事どういうこと書いてあるの?」「どれどれ。…要は、最近の政治番組がろくに知識もない人がシナリオ通りにおしゃべりしてるだけで、昔に比べて低能になったって。それが視聴率主義のせいだって」「なーんだ。おじいちゃん、自分の出番がないからやっかんでるんだ?」「そんなこというもんじゃないわよ!」「パパ思うに、政治がタレントの人気投票みたいになっていくのがよくないって、おじいさんは言いたいんだと思うよ」「でもママは戦争が大嫌いだからアメリカみたいなのがいいとも思えないわ」「たけしとか爆笑問題みたいにバラエティにしちゃう方がみてて楽しいなあ」「昔はそう言う風に笑いながら政治を語るなんて番組なかったよな」「女性が出るってこともなかったわね。専門家が難しそうに語るだけじゃ、確かにゴールデンタイムに視聴率は稼げないわね」「おじいさんも『朝まで生テレビ』とかに出たらいいのに」「ダメよ、おじいちゃんの話、長いもん。みんな眠くなっちゃうわよ」「じゃあ、テレビじゃなくて新聞とか雑誌だったら、ゆっくり話せるんじゃないかな。団塊の世代とかいっぱい集めてシンポジウムやればいいと思うけどな」そこへ祖父がケータイの取説を持って登場。「おい、これどうやるんだ?」孫が教える。「書いてあるとおりやればいいんだよ」「…」老眼の祖父は眼をしかめて、分厚い冊子を離して見る。「字が細かくて読めないよ」「こんなの隅から隅まで読む人なんていないよ。テキトーにいじってるうちにできるんだよ」孫が自分のケータイを取り出して、スイスイと片手でやるのを見て老人は苛立たしげに言う。「フン!今は何でも若い人向きに作られてる。駅のエスカレーターは上りしかないし、有料テレビはアンテナ設置だの煩わしいことばかり。パソコンなんて触るのも嫌だ。まったく老人にやさしくない世の中になったもんだ!!」「父さん、こんな風になったのも『戦後平等主義の悪弊』ですか?」
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2006年7月3日
「ナカタさん、正直、今でもサッカー好きですか?」「子供の頃はボールを蹴ることに夢中だった。そんな瑞々しい感情はいつしか失われてしまった」「何故、子供の時みたいに楽しめなくなったんでしょう?」「君らジャーナリストのせいだ。ときに称賛したり、全否定したり。オレが日本を離れて欧州で大半を過ごしたのも、そういう雑音を避けるためだ」「でもレポーターがいるからサポーターも応援しに来てくれるんだから、持ちつ持たれつじゃないですかね」「わかってる。サッカーは今や世界最大のビジネスだから。所詮、オレはそういう器ではなかったんだろう」「でもナカタさんがいたから他の日本の選手にも世界が注目するようになったんでしょう」「個人の実力だけじゃチームは勝てない。自分たちの実力を100%出す術を知らなかったのが今回W杯の敗因だ。それをメンバーのみんなに上手に伝えられなかったのは申し訳ない」「ナカタさんは、よく『みんな、みんな』とおっしゃいますが、『みんな』って一体、誰なんですかね?」「チームメイトもだし、声を嗄らして応援してくれるファンもだし、ホームページを見てmailを送ってくれる・みんな・もだ」「我々、情報のサポーターは入れてもらえないんですかね?」「君らはすぐに目クジラ立てるから」「それはナカタさんの方でしょう?ナカタさんは記者の『みんな』に対して厚い壁を持ってるようですが、それだから選手の『みんな』にも上手く伝えられなかったんじゃないですか?『みんな』だって一人一人なんですから、ひとくくりにしないで一人にでも全てを伝えようとしましたか?」「時には励まし、時には怒鳴って相手を怒らせたりもした」「いいじゃないですか、どんどん怒らせれば。この私にだって怒りをぶつけてくれればいいんですよ。WBCのイチローみたいに熱いナカタをみんな見たいんですから」「そういうのはあまり好きじゃない」「また美学ですか?」「オレが生まれ育った山梨は美しい山に囲まれた盆地だから、そこでサッカーを学んだオレの心に壁が出来るのは自然なことだ。その壁も最後の試合で崩れてすべてが一気に溢れ出した。オレはサッカーを嫌いになる前に、プロの世界から身を退くことに決めた」「新たな自分探しの旅に出て何か見つかるんですかね?誇りを失っていくだけじゃないですか?」「たとえトルフィーにほこりがたまっても、ボールにほこりはたまらない。それが転がり続ける限り」「ピッチ以外で一体、何処をナカタのボールは転がるんですか?」「どこでもいい。何故なら、ボールはオレの魂そのものだから」
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2006年7月5日
「藤子先生、こんばんは。私の悩みをきいてください」「恋の悩みかね?」「というか愛の悩みです。私、結婚してもう七年になるんですが、子供が出来ないんです」「そもそも夫婦の営みはしてるの?」「はい、一応。でも、あんまり好きじゃないんです。むしろ苦痛ですね」「君の旦那さんはしたがらない?」「女なんかいらないって、パソコンばっかりいじってます」「昔の女性が何人も子を産んだのは何故だと思う?」「他にする事がなかったからですか?」「産めば産むほど気持ちよかったからさ。現代の女性はせいぜい一人か二人しか産まないから、それがわからない」「私、子宮とか乳房なんかなくてもいいって思うんです。かえって病気の元になったりするので」「それをなくしたところで病気の元は消えないよ。人間の脳には視床下部という場所があって、そこは食欲と性欲を司ってる。それまでなくせば別だけど、食欲も消えて死んじゃう」「食欲が大事なのは解りますが、性欲が大事なのはわかりません」「君は運動とかして気持ちいいと思ったりしない?」「あんまり。温泉旅行とかドライブは好きですけど」「その気持ちの源泉が性欲なんだ」「ふーん。じゃあ、いろんな性欲の捌け口があった方がいいじゃないですか」「だけど、食事は口で食べるように、性欲も性器から捌くのが一番だと思う」「じゃあ、どうしたら苦痛でなくなるのかしら」「ドラえもんの四次元ポケットに入る気持ちでしたらどう?」「四次元ポケットにはなんでも入りますよね。どんな大きなものでも」「つまり空間的束縛がないんだ」「男の人もそういう感じなんですか?」「男の場合はタイムトンネルに近いね」「机の引き出しが女性のアレみたいな?」「未来にも過去にも行けるということは、時間的束縛がないわけ。そういう時空の束縛から解放されたい欲求が性欲なんだ。食欲というのはむしろ反対だから、人間の脳は矛盾する欲望を孕んでるわけだ」「じゃあ、ポケットもトンネルも持ってるのび太には性欲の問題はないわけですね!?」「だけど、ドラえもんがいたら、のび太は静ちゃんと結婚できないんじゃないか?って投書があったんで、ドラえもんが途中でいなくなる話を作ったんだ」「だったら私も旦那からパソコンを取り上げる必要があるわけですね!?」「だけど、そこでマンガが終わるわけにもいかないから、苦肉の策でドラえもんが帰ってくることにしたんだ」「マンガに理屈を求める親も親ですよね」「だけど困ったね。ドラえもんは私にとっても手頃なポケット&トンネルだったからね、君の旦那さんのパソコンみたいに」
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2006年7月10日
午後八時半、彼らは法学部構内で酔っていた。「罰ゲームだ!これ飲め」「何それ?」「マジックマッシュルーム」「ゲッ!やばいだろ。おまえ、やってみたのか?」「ああ」「で、どうだった?気持ちいいのか?」「二時間でオナニー六回もしたよ。バイアグラなんかよりずっとすげえ」「まじかよ。じゃあ、お前の彼女呼んでくれ」「どうすんだ?」「半分飲ませて一緒にやる」「てめえの女でやれ」「…」「わりい、わりい。じゃあ、オレが半分飲むから、お前、残り飲め」その粉末を彼らは飲んだ。「どうだ?ムラムラしてきたろ?」「えへへへ」「何、わらってんだよ」「死にてえ」「は?」「死にてえ、死にてえ!」罰の彼が頭を地面に打ち付けたり、奇声を発したりしたので、焦った発案者は自宅のマンションに彼を連れていって、友人を呼んだ。「おい、まだ死にてえのか?」「ひひひ(死んでるのはお前らの方だ)」「笑ってるだけじゃ、わかんねえよ」「あははは(いつも噛み合わねえ会話で笑い合ってんのはお前らだろ)」「おい、どこ行くんだよ。フラフラ歩くと転ぶぞ」「ふふふ(夢遊病はお前らの方だ。オレは鳥なんだ。オレは空も飛べるんだ)」「やべえよ、こいつ。タミフル飲んだガキみたいだぜ。おい、まだ幻覚、見えんのか?」「へへへ(幻覚だア?お前らの見てる現実の方が幻想なんだ)」「ちょっと、待ってろ。コンビニで食いもん買ってくるから」「うっひっひっひ!(あ、行かないでくれ!オレを独りにしないでくれ!恐いんだ、恐いんだよオ!!)」部屋から誰もいなくなった瞬間、彼は四階のマンションから飛び降りた。友人が気づいたときには彼は駐車場に血塗れになって倒れていた。それでもまだ意識はあった。「おい、オレが悪かった!死なないでくれ」救急車で搬送中、必死に友人が泣きつくが、危篤の彼はもう何も口にしない。「(おいおい、そんなに大騒ぎするなよ。初めて見たよ。テレビでしか見たことなかった。人が号泣する顔なんか。それもオレの為に泣いてるなんて。今、お前も夢から醒めて幸せだろう。だけど、やっぱり現実っていうのは寂しくて、残酷で、人恋しい人間にはとても堪えられないもんだな。動物でなくなった人間の本能は、理性を失うと死ぬか生きるかしかできないなんて情けない。それにしてもキノコパワーは絶大だね。やっぱり法律で取り締まるべきだ。寝ぼけた人間をサルに高めてしまうよ。ああ、オレが童貞でなかったら!死なないで発情しまくったのに!)」早朝、彼は息を引き取った。彼のボッキしたマッシュルームは皮を被ったままだった。
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2006年7月12日
「総理の希望通り、私が後継者になれますか?」「大丈夫、官房長官の君がテレビに出まくればいい」「何か、いい妙案でも?」「もう手は打ってある。私が外遊中に事件は起こるようにしてある」「事件といいますと?」「北の大将にミサイル実験するように要請しといたから、君は私の用意した台本通り、できるだけ冷静に対処して、存在をアピールするんだ」「なるほど。しかし、ミサイルも見たことない国民が情報を信じますかね?」「メディアも巻き込んで、我々が緊急事態に仕立てるんだ」「なるほど。でもそれだけで私の支持率は上がりますかね?」「君の得意な拉致問題でも手は打ってある。拉致家族の記者会見を大将に要請しといた」「それはどういう作戦ですか?」「遺骨のDNA鑑定のときみたいに再度、日本の国民感情を逆なでさせるんだ。それとミサイルの相乗効果で北に対して国民が敵意を持つだろう。そこで君が登場というわけだ」「官房の私より総理の方が引っ張りだこになるんじゃないですか?」「大丈夫。君より目立たないように記者会見を一日一回に控えるし、私も閣僚も外遊するようスケジュールを組んであるから」「でも、国際社会や国民世論が一気に制裁の方向へ進んだら、北も約束が違うってなりませんか?」「大丈夫。制裁には国連の安保理決議が必要だ。議長国の中国やロシアが反対してくるようにこちらが仕向ければいい」「どうやって?」「彼らが到底納得できない厳しい制裁措置を提案するんだ。彼らも武器の輸出まで全面禁止されたら反論せずにおれまい」「なるほど。しかし、我々政府関係者ばかり大騒ぎすると、また隣国が訝りませんかね?」「そんなのも想定内だ。靖国と同じく言わせておけばいい」「靖国といえば、やはり総理は終戦記念日に行かれるんですか?」「その必要があればな。でも、君に上手くバトンが渡せるようならその必要もない。しかし君の番になったらもう靖国は外交の切り札に使えないよ」「やはり改憲しかないですか?」「それが今やグローバルスタンダードだからな。その法的根拠を一刻も早く整備しなくては話にならん」「しかし、そういうのは一体、誰の入れ知恵なんですか?」「盟友ブッシュが首脳会談で言ってたよ。政治は茶番ではないなんていうけど、英語ではfarce(茶番)とforce(力)は一字違いだって」
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2006年7月14日
「調査によれば、君らの今回の騒動の発端はまずジズくんの傲慢な発言ということになっているが、何か異存はあるかい?」「ボクのシャツを引っ張ったんで、シャツが欲しけりゃ後でやるよって言っただけさ」「マテくんは、それでジズくんの母と姉を深く傷つけるような発言をしたのかい?」「確かにそういう事は言ったけど、オレも母親を亡くしてるから、人の母親を汚すようなことを言ったつもりはないよ」「じゃあ、ジズくんの姉についてはどうなんだね?」「消去法でいけば姉が残るけど」「そもそもマテくんは何故、シャツを引っ張ったんだい?」「あれはゲーム上、敵をマークする際によくすることだよ。あんなことにイライラする方がわるいんだ」「だけど、売られた喧嘩を買った君も同罪じゃないか?」「言葉の喧嘩なんかも、ピッチ上じゃあ、よくあることさ」「本当かい?ジズくん」「試合が泥沼に入ると、みんなイライラしてくるんだ。だいたい延長戦は長すぎるよ。体力以上に精神的にキツイ。ボクなんかストレスに弱い体質だから、このとおり頭の毛まで抜けちゃうよ」「だけど何が何でも白黒つけるのがサッカーの伝統だろう?」「それが人種差別のモトだっていうんだよ!」
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| 2006年7月15日 |