荒夜死記 (老)



犠聖 筆力 人好 睾顔 米鼠 闘資 厄病 球談 痘痕 無性 男恨 愛顧 嬢死 魔怪 鼠男 死格 醜男 事由 萌教 同点 屁節 供容 想男 白家 斑転 教犯 勘動 熟燃

犠聖

私は25までとある銀座のクラブに勤めていた。一応、店で屈指のホステスだった。誰をも愛するとは、誰も愛さないに等しい。そんな私がひとりの男を愛したのが間違いだった。その人は見かけによらず話が上手で、ベッドでも巧かった。ホステスが恋?なんて笑われちゃう。自分でも気づいてなかった。「また…その人の話?」親友の子にいわれた。ショック!私は仕事への自信を失っていった。半年悩んだあげく、両方捨てることにした。仕事をやめればあの人と会うこともない。結局私は自分を守ることを選んだ。そりゃそうだ、犠牲にする意味なんてない。だけどあんなに揺るぎなかった自信がこんなにモロく崩れるなんて…あの人には一体、守るべき自分なんてあったんだろうか?すでに犠牲になっていたんじゃないか?

筆力

牧野さんがまさか自殺するとは思ってもみなかった。自分の書いた小説が人を死に追いやるとは!しかし、発端は死んだ本人からの頼みだった。「どうも最近インポでね、そのせいで妻のやつ、ひどいヒステリーなんだ。君、ひとつ妻に浮気をそそのかしてくれないか?」「僕にどうしろと?」「私と妻をモデルにした恋愛小説を書くんだ。しかも泥沼の…」彼も奥さんとの甘い生活を自分らを主人公にした小説によって創造してきたという。私は悪魔のごとく奥さんの中の眠れる猛獣にささやきかけるようにして喜劇を書いた。それがこんな悲劇を招くとは…。牧野さんの葬式で会った奥さんは変わり果てていた。「あいつ、あたしに当てつけるために死んだんだわ!」喪服で泣く姿がやけに色っぽくて、私は自分の筆力が恐くなった。

人好

わたしはつくづく男にだまされてきた。24になるまで三回も中絶して、もうまともな出産は難しいとまで医者にいわれた。それにお気に入りのブランドショップでおだてられるとつい買ってしまう。とにかく、押しの強さに負けてしまう。断れないのだ。そんなお人好しになったのは反抗を知らずに育ったせいだ。両親は共働きでいつも留守。幼いわたしは親戚やら方々に預けられていた。「君は愛想笑いばかりする」そう教えてくれたのは三回目の中絶をして落ち込んでたときに出会った人だった。彼だけはわたしをだまさなかった。けれど、わたしの体をもてあそぶことしか興味のない男だったから、わたしの方が愛想つかせた。以来、わたしは人間不信というか、「お人嫌い」になって、今では愛犬にだけ隙を許している。

睾顔

牧野さんの自殺についてヘンな噂が飛んでいるようですから本人から真実を話しましょう。男は性的無能者になるとマザコンになったりします。その頃の牧野さんもそうで、しかし彼の場合は「あの鬼ババの面を汚してやりたい!」という気分でした。それで小田原の実家に親しくもない酒場の女を連れ込んでは、仕事もせず、家宝まで質に入れて遊びほうけていました。ですが、そんなだらしない牧野さんにも母は無関心でした。マザコンにはこれが一番こたえます。思えば、牧野さんはそんなつれない母に復讐したい一心でいっこうに流行らない小説を書いていたようなものでした。「人間をすみやかに焼き尽してしまうのは怨恨の情にまさるものはない」とニイチェもいったように、牧野さんを殺したものは母への復讐心だったのです。「馬鹿が死にました」天井からぶら下がった牧野さんを発見したとき、母はそういったそうです。が、驚いたことに母は、屍体を降ろすとき、なんと彼のアソコをもむような仕草をしていたそうです。それを見た妻は「死んだ息子の頭でなく、あんなとこ撫でるなんて…しかも嫁のいる前で…厚顔無恥な婆さんよ!」と、まわりに触れ回ったそうです。

米鼠

藤子F不二雄です。みなさんドラえもんの耳はなぜネズミにかじられたか知ってますか?僕も霊界にきて手塚治虫先生とお話ししていて気づいたんです…「アトムには角がありますね?」「いや、ありゃ、寝グセなんだよ。ミッキーマウスに対抗してね…どっから見ても二本にした」「なるほど…じゃあ、僕のドラえもんの耳をかじったのもミッキーマウスだったのかもしれないなあ」「どういう意味?」「かじられた日付けが八月三十日なんです。僕らにとってあの日はわすれられないですよね?」「マッカーサーが日本に降り立った日か…」「だからドラえもんはアメリカ人にうけない代わりに、ベトナムでは大人気なんですよ」…僕ら戦前世代はみなアメリカコンプレックスです。「ギブミーチョコレート!」と米兵にかけよる子供らの中で、しりごみしてる子供がいたとしたら、それが僕です。だからディズニーランドにもとうとう行けませんでした。少年時代に親しんだ講談とか落語には石川五右衛門のような豪快な悪人が活き活きと描かれてました。僕はそういう人情の世界が好きです。誰でも過去に戻ってやりなおしたいってことありませんか?そんな思いが生んだのがドラえもんです。ですが、ドラえもん自身は耳を失ったことを悔いていないし、僕も日本が負けたことを悔いてはいません。どんな現実も受け入れていく、それがいじめぬかれた子供時代に培った処世術だからです。

闘資

子供の頃、よく母にいわれた。「おカネは汚いから触ったら手を洗いなさい」母は祖父にそう教えられたそうだ。誰が触ってるかわからないからだという。孤児から工場長になった祖父はカネで苦労した人だった。いつか酔った祖父がいうのを聞いた。「銀行なんてカネ貸しじゃないか!」それは父への嫌みで言ったのかもしれない。確かに父がしていた銀行員という仕事は、人から借りたカネを人に又貸しして利益を得る。その恩沢に浴して育ったのが私だ。初めてもらったお年玉の五百円札に名前を書こうとしたら父にいわれた。「お金に名前なんか書くもんじゃない!」自分の持ち物には名前を書きましょう、と幼稚園でいわれたからそうしたのに…。あるとき、道ばたで五千円札を拾って財布にいれようとしたら「交番に届けなさい」と母にいわれた。「だけど誰のものかわからないじゃない」私がそう言うと「働いて稼いだお金だけが自分のものです」と母はいった。あれから三十年。だけど、やっぱり、カネは誰のものでもない。流れるミズのごとく自分のものにもなりえない。いつしか私は拾ったカネは交番でなく、株式市場に届ける投資家になった。ちなみに今日は五千万の負けだった。明日はぜったい勝つつもり。もとより働いて稼ぐ気はない。

厄病

私が育ったのは戦争で物がない時代だったから、私は親元を離れて田舎で孤独に育った。親はなくとも子は育つ。いや、親なんかない方がのびのび子は育つ。独力で大学を出た私に恐いものなんてなかった。自慢の息子に親も鼻高々だった。だが人生はないものねだり。私は無性に暖かい家庭が欲しくて、相手の親の反対を押し切って結婚。生まれて初めて人に頭をさげた。仕事でもしたことないのに!人生は麻雀や株よりままならぬ。そういえば、三十過ぎの息子が結婚もせず家に棲みついている。まるで疫病神みたいに何かと厄介な存在。こないだも、嫌々ながら初めて妻の病院に付き添ったのだが、それも最初は息子が仕事を休んで着いて行くといいだしたからだ。三十年間、妻は神経科に通院しているが、今度は内科の先生から生活上の注意をいろいろ聞かされた。運動をしろ、野菜を食べろ、塩分や糖分、油分、肉は控えめに…病気というのも厄介なものだ。人生と同じくままならぬ。そうか、人生とは病気か。病気ひとつしたことのない私がいくら「人生とは何ぞや?」と哲学書をめくったって見つかるわけがない。それは思わぬ処から近づいてくる、いやすぐそばに鎮座している。まるで疫病神みたいに。

球談

霊界には生霊もやってくる。イチローとハンカチ王子が話してる。「先輩、自分の人気と実力に違和感って感じたことないすか?」「正直あったけど今はないよ」「名声とか記録が独り歩きするのはわかるんですが、この筋肉まで自分のじゃないような気がするときあるんですよ」「今はいろいろ科学的な方法があるからね…僕なんか大して筋肉もないからバットもシューズも軽さが大事。道具も体の一部って感じだけどね」「職人ですね…ところで先輩は誰のために野球やってると思います?」「もちろんファンだよ」「さすがプロですね。でもファンって、いったい誰ですか」「さあ、なら君は誰のために?」「僕は母です」「ああ、そのハンカチね。じゃあ、僕は…野球の神様かな」「何すかそれ?」「指先数センチに宿る神様。だから僕は死ぬまでやめられない」「でもいつかは引退しますよね?」「腹が出たらね」「かっこ悪いからすか?」「ウソがうまくなると神様が黙っちゃうからね」

痘痕

あたしはセカンドライフ上で結婚した。費用はたったの10L$。アバターの名はMIKI。むろん、あたしの本名はミキじゃない。そして旦那さんのアバター名はMOROZOFF。イタリア人らしいけど…よくは知らない。ためしに「あなたの子供を生みたい」って伝えたら、冷凍保存された精子が送られてきた。それを体外受精して、赤ちゃんを授かった。やはり白人系ハーフの子が生まれた!その喜びを彼に伝えようとしたら「何のこと?」だって…。どうも数カ月SLを休眠してたうちにアバターの所有者が別の人になっちゃったみたい。どうやら今度は中国人らしい…。こんなことってあるんだ?仮想世界って何が起こるかわからないなあ。だけど所有者が変わってもSLの世界ではMOROZOFFはMOROZOFFのままだし、離婚するにも25L$かかるし、あたしのMIKIにもそろそろ飽きたから、現実に合わせてあたしもアバターを変えるか。シングルマザーな感じ…例えば、RYOKOとか。で、この子が大きくなって可愛くなくなったら、また別のアバターで子種を募集するつもり。

無性

視界一杯に裸の男の下腹部がさかさまに映っていた。それが自分のだとしたら、今自分はとんでもない格好をしていることになる。背骨が二つ折りになっているはずだ。その陰部には毛が生えていない。キンタマの方に、もじゃもじゃと生えてるだけ。その誰のものともわからないちんぽこをこともあろうに私はしゃぶり始めた。異性にそうされたことはあっても、同性のをしゃぶったことはない。ましてや自分で自分のをなめるなんて物理的にあり得ない。でも不思議と気持ちよくなって、ヤバい!と思った瞬間、夢から覚めた。久々の夢精だった。目が覚めても筋肉の痙攣は制止できない。どくんどくん。仕方なく、パンツの中に排出される精液。いつになくパンツの中でひんやりした。

男恨

「この傷どぉしたのぉ?」女が私のちんぽこを見ていった。「五歳くらいのときズボンのチャックではさんで…」「やだぁ!自分でやったのぉ?」「ちがう。母親に上げてもらったときに…」「ぇ、それって幼児虐待?」「まさか。あわてて失敗したんじゃない?」「でも、かなりひどくなぁい?」その傷は確かに根元から先の方まで伸びている。小さい頃から見慣れてるから、そんなにひどいとは思っていなかった。「確か、血くらいは出た」「やっぱ、虐待だよぉ」そういわれると不思議とそんな気がしてきた。母は自分のヴァギナの代わりにズボンのチャックで私の男根をはさみ、父への鬱屈した恨みを晴らそうとしたのだとすれば、私が今も女性器に恐れをなすのは、そのときの母の呪いのせいかもしれない。

愛顧

霊界で太宰治と三島由紀夫が着物姿で対談中。切り出したのは三島。「僕は太宰さんの文学はきらいなんです」苦笑しながら太宰「ときに君は男女同権か?」すると三島「まさか!民主主義なんかくだらない」「そうだよなぁ、男は女じゃ、ねえや、なあ、みんなカイゼル髭でも生やすしかねぇよな」「僕は筋肉と知性で男らしさを錬磨しました」「けど、近頃は女も大統領選に出馬するし、ボクシングもするらしいぜ」「じゃあ、やっぱり男はペニス?」「しかし世の女は阿部定みたいに異様なおそるべき残忍性を蔵してるから気をつけろ」「男の中の男はやっぱり憂国をうたって切腹すべきだ」「けど君は小説で書いたように妻を道連れにしなかったな」「じゃあ、太宰さんは何で妻でもない女と?」「復讐。僕には女どもに積年の恨みがあるんだ」「しかし、その女どもにも男どもへの積年の恨みがあったとしたら、お相子だ」「そうか…それでお愛顧されるのかなあ…じゃあ、君もやっぱり好きなんだよ、僕の文学が、こうして復讐しに来てるんだから」

嬢死

霊界でもスピリチュアル番組が大流行り。局アナが女占師につっこまれている。「わたし視聴率のためなら何でもやれる自分が恐いんです」「あんたは悪キャラを押し付けられて心に悩みを抱えているのよ。周りに相談できる相手もいないで孤独なポジションにおかれてるでしょ?」「…はい」痛いとこをつかれて、局アナ号泣寸前。女占師、さすがは極道。毅然としてる。「公私混同しちゃダメよ。仕事とわきまえて悪を演じなさい。その代わり仕事が終わったら、その厚化粧を落とすのよ」すると、そこへ不審な男が乱入。「人生相談なんてバカバカしいや。みんな自分のことしか言ってねぇんだ。その点、僕も君も、そんな「自分」がどこにもないから何でもやれるし、公私混同もするんじゃないか」そう局アナを慰めたのは、なんと太宰治だった。泣いていた局アナ、びっくり仰天。「太宰さん!わたし大ファンなんです!」号泣が感激の涙に。「だけど、あんた情死したじゃないか。自殺は負けだよ」女占師も反撃。「自分なんて、ケチくせぇもんに限定されてちゃ、どんな道だって一流にゃ、なれねぇっていってんだよ」ますます感激する局アナ。「わたし、明日から自分捨てまーす!」

魔怪

ここは魔界。老人と美女が話している。「なぜガス自殺を?」老人もそれで死んだらしい。「せめて死に顔くらいきれいに死にたかったから」「君は充分きれいじゃないか」「いいえ。心は悪魔なんです」「なぜ?」「血のつながりもないのに育ててくれた母を憎んだからです」「…私も孤児だから親を恨みたい気持ちはよくわかるが、悪いのは誰でもない」生前、老人は世界的に著名な作家であった。「仏の道は誰でも出入りできるが、魔界は一度迷いこんだら二度と出られない」「なぜかしら?」「人間の故郷だからさ。ここには何の禁制もないだろう?」「だからかしら?何もかもつまらないわ。唯一の楽しみといえば…赤ちゃんみたいに不可能な愛慾を貪ることくらいかしら」夕日に染まる富士を見て老人。「あれが見えるかね。まるで湯上がりの女性のちぶさみたいじゃないか」「あら、わたしはこっちの方が好きよ」それはマイクだった。生前、彼女が仕事でよく使ったものらしい。「まるで男性そのものでしょ?」

鼠男

水木しげるが霊界の角川源義に挨拶しにいった。「いつも角川文庫でお世話になってます。そのうちそちらに参りますので、そんときはひとつよろしく」「いやぁ、しかし、面白いねぇ、ゲゲゲの鬼太郎」「ありがとうございます」「ときに君は復員兵だったね?」「ええ。ラバウルで終戦を迎えまして、まさか生きて祖国の地を踏めるとは」「ソコクか…私が角川文庫を発刊したのも祖国への良心だよ。第二次大戦では軍事力の敗北以上に文化力の敗退を痛感してね」「しかし近頃のグローバル世界はまた文化力が敗退してますな。欧米文化には何か欠けてる気がします」「そりゃ、妖怪とねずみ男だろう」「なるほど。確かにスーパーマンにしてもウルトラマンにしてもアンパンマンにしても、鬼太郎しか出てこない」「そんなの、つまらんねぇ。だからすぐ戦争したくなるんだろう」「まことに近頃の日本人もそうでして、だからウツになったり自殺したりする」「ときに妖怪とねずみ男って、いったい誰のことかね?」「僕の育った田舎は年寄りだらけでして…かわいい妖怪がいっぱいいたんです」「して、ねずみ男は?」「水木サン自身です…今となっては妖怪と一緒ですけど」

死格

ここは秋葉の歩行者地獄。閻魔大王のもとに十数名の亡者がひざまずいている。「おまえたちが今日、通り魔に殺された者たちじゃな。どうじゃ、歩行者天国で死ねて満足か?」一番年寄りが首をふったが、若い男女はうなずいた。「犯人もここへ連れてきたいか?」今度は年寄りはうなずいたが、若い男女は首をふった。「うそをつくと舌を引っこ抜くぞ!本当に悔しくないのかッ!」若い女が答える。「殺してくれて感謝しています」そういってリスカの跡をみせる。「おまえもか?」若い男が答える。「悔しいですが、死刑には反対です」大王、怪訝な顔で「なぜじゃ?」「見も知らぬ母子を殺害したくらいで死刑になる者もいれば、愛していた妹や夫をバラバラに切り刻んでも死刑にならない者がいるのはおかしい」男は女の方を見て「こうも自殺したい者が多い世の中では、せめて人を殺して死刑になりたい、という人間が出てきてもおかしくない」「おまえも誰か殺したいか?」「いいえ。でも、自分がどうせ死刑になるなら、なるべく目立って、一人でも多く殺すと思う」大王、満足した顔になって「そうか。じゃあ、世界にただひとりバラバラに切り刻みたいほどの愛人ができたら、おまえもここにくる資格を与えてやる」その瞬間、心肺停止状態だった、その若い男は奇跡的に息を吹き返したという。

醜男

ここは霊界の拘置所。通り魔殺人犯が太宰治に面会を希望した。「なんだよ、こんな汚ねぇとこに呼び出しやがって」仏頂面で現れた太宰。「すみません。今日は太宰さんの命日なんで…ぼくも青森出身なんです。それに…」男は懐から一冊の本を取り出した。「ぼくも人間失格なんです」そういう男を怪訝な顔で見る太宰。「どこがぁ?」「顔は悪いし女にはモテないし友達もできないし仕事もクビに」「それから?」「え…」「なら充分合格じゃないか」「この顔のどこがーッ!」すぐにキレる男。「ちょっと気に入らないってだけで、ちゃんとそういうキャラを持ってる」「じゃあ、太宰さんだって!」うんざりした表情で太宰。「僕のは紙に書いた自分さ。だから如何様にも書けるけど、終始でっちあげてなきゃならない。それで必死にサーヴィスしてると口が軽いとかいやらしいって罵られるし。キャラがないってのは恐怖だよ」「でも、ちゃんと美男子に書けてたじゃないすか。だからいまだに女の子にも人気がある」「そう。戦争中はね。戦争が終ってだんだん醜男しか書けなくなってきた。それでも、ほめられるとすぐ木に登るから、どんどん書いてるうちに、どこが目だか鼻だかわかりゃしない…ピカソかダリの絵みたくなっちまった」「それで身投げを?」「まあね」「死んでみてわかったんですか?」「うん。やっぱりオレにはキャラなんてないってことがね」

事由

軽井沢のとある別荘でとある資産家の男と不倫中の愛人が心中を図ろうとしている。「君は自由でいいな」「あら、女であること自体が不自由だわ」「なら僕も不自由になりたい」「無理よ。過去は消せないわ」「そのとおりだ。有産階級が無産階級になろうなんて、白人が黒人になろうとするようなもんだ。君、悪いけど一緒に死んでくれないか?」「別にいいけど、死んだからってあなたの肌の色が変わるわけじゃないわ。新聞には資産家の狂言自殺って書かれるだけよ」「愛の前には死をもってしても無力というわけか」「愛するなら共に生きるべきよ」「けどそれは君の旦那が許さない」「でしょうね」「男ってやつは誇りがないと生きてけない、情けない生き物さ」「あら、女もそうよ」そういって女は首飾りや指輪を見せた。「じゃあ、人は好んで不自由を求める生き物だな」「不自由の中にそれだけの自由もあるものよ」「じゃあ、永遠の不自由を求めて二人で旅立とう」男は縄で二人をぐるぐる巻きにした。一ヵ月後、発見された二つの死体は天上から床までびっしりと蛆虫に覆われて、遺書がなければ誰ともわからなかったという。

萌教

そのころ日本には萌教が蔓延していた。その聖地で、ある日、信者の一人が残虐な殺人事件を起こしたことがキッカケで、政府の葬り大尽、見せしめにその教祖の処刑を断行した。そんなニュースも信者には馬耳東風。萌教は衰退するどころか、ますます拡大の一途をたどった。昔、「オタク」と呼ばれ迫害されていた頃と違って、いまや信者は見た目にはわからないし、本人も入信の自覚がないところが新興宗教とちがって蔓延を阻止できない要因であった。が、信者にはいくつか共通点があった。まず性的未発達。子作りが嫌いで、恋愛はおろか性欲すらなく、その代わり非現実な仮想世界での格闘や暴力を好んだ。そして発達障害。定職や家庭など社会的拘束を嫌う。モラルなどなく、人が刺されても平気でカメラを向け、テレビにピースする。空気は読まず、すべて自己中心的に世界は回る。そして人格障害。多重人格は当たり前。そもそも確乎たる自分がないから死の恐怖もない。昔、キリシタンはそれを乗り越えるために必死に神を拝んだというが、萌教には最初から死も神もない。ヒンズーと同じく輪廻が基本。しかも仏教のような煩悩もなく、生はひたすら楽天主義。ただひとつ弱点は子孫を殖やせないこと。当然、少子化が社会問題となっていた。が、アメーバみたいに自己増殖するため、いまや信者は欧州など世界中に蔓延し、日本においては次期首相候補まで入信する勢いだった。

同点

霊界で三島由紀夫と小林秀雄が雑談中。「金閣寺放火事件は何年でしたかな」「忘れもしない、昭和25年です」「君はそれを小説にしたね」「ええ、何となく思い出して。連載を始めてほどなくして服役中の放火犯が病死したのも何かの因縁かもしれません」「死人に口なし天をして言わしむ、か。天になりかわって君が真相を書いたわけだ」「いえ、私自身の告白をね、放火犯になりきって堂々と書いたわけです」「私も当時、あの事件には衝撃を受けてね。すぐに雑誌に論文を書きましたよ」「やはり他人事ではないと?」「狂人とは現代の常識が生み出すものだと書いただけです。戦時中、反戦といおうものなら狂人扱いでしたから」「あの青年も敗戦後の太平ムードに反戦の意を決して、国宝に火をつけたわけです。知恩院も南禅寺も延暦寺も建仁寺も三十三間堂も本能寺もそういう時代の不安が焼いたんです。聞くところによると、近頃じゃ、誰でもいいから殺したいという無差別殺人のニュースが時代の不安を映し出しているようです」「そのニュースというのが現代の常識をつくっているわけで、それからはじき出された者が狂人になってしまうのです」「じゃあ、その常識という寺々を焼くのが我々ライターの使命というわけですね」「そう。テニスでいえば、それでやっとジュースになる」

屁節

俺の声が聞こえるかい?天国にいる尾崎豊だ。さっきペプシを飲んでて思いついたんだけどさ、「愛と自由の反比例の法則」っていうんだ。学校で習ったろ?反比例のグラフ。真ん中がひん曲がったバネみたいな曲線さ。その縦軸が自由。横軸が愛なんだ。自由は利己的なものだし、愛は利他的だから、同時に二つは手に入らない。手に入れようとすればグラフの真ん中あたりがせいぜいってことになる。二十歳までの俺は極端にグラフの右下で愛に飢えて不自由を憎んでいた。大人以外誰もが友だったし、音楽だけが自由だった。それが売れてから一変した。一気にグラフの左上に弾き飛ばされた。単身渡米して覚醒剤の孤独な陶酔に溺れ、もう誰にも会いたくなかったし、音楽なんて捨てたかった。出直して息子が生まれた頃の俺はグラフでいえば、ちょうど真ん中にいた。平凡な一人の父親として、そこそこの自由と愛を手にしていた。そこにずっといられれば幸せだったのに。音楽事務所を構えて俺は社長になった。またカネと自由と陶酔が俺をグラフの左上に誘って、とうとうある晩、オーバードーズの末に俺は人生の場外へ飛び出しちまった。親愛なる友よ、クスリだけには手を出すな。グラフの右下にとどまれ。落ちて落ちて、生きろ。そして人々の度胆を抜くんだ。

供容

女性は霊界に通じやすい。浅丘ルリ子が霊界のおでん屋で渥美清と会っている。「やあ、久しぶり。元気かい」「リリーもそのうち、そちらにゆきます」「そしたら一緒になろうね」「…いくら寅さんでも、結婚はこりごりだわ」「じゃあ、一緒に旅しようよ。バナナを売り歩くんだ」「ふふ。日傘が必要ね」「女はつらいね」「男もね」「ときに君は一体、化粧をいつ落とすんだい?」「男の人は、じゃあ、いったい、いつホントのことを言うのかしら」「男ってやつは夢がないと生きてけない、しょうもない生き物なんだよ」「女はその夢の中で永遠に咲いてなきゃならないバラなのよ」「まいったなあ」そこへ、三島由紀夫が暖簾に首を突っ込む。「やあ、浅丘さん!」「あら、三島さん。変わらないわね」「オバケだからね。さすがに君の美貌も衰えたな」「そりゃ、オバケじゃないですもの」「ははは。一番恐いのは、ずっと美しいままの女だな。本人だけが、そう思ってるから化け物になっても気づかない」「相変わらず、毒がきついわ」「ははは。美ということだけを思いつめると、人間はこの世で最も暗黒な思想にぶつかるものだ」「暗黒っていうと、ここもずいぶん暗いわね」「そりゃ、火のない世界だからね」「わかったわ。これから毎日、ここへ供養しにきます。美容のために」「お供えは水より般若湯がいいなあ」寅さんも大歓迎の様子。「お酒も呑まない人はバナナで充分でしょ」「ルリちゃんの毒もきついなあ」「バラには棘があるんです」

想男

武田泰淳です。霊界でも想像力とは旺盛な食欲と似たり。日本を敗戦のどん底から救ったのが女達のハラなら、堕落させたのは男達のアタマだろう。今や男も女もハラを満たすのに夢中で、肝心の愛を忘れているから少子化が止まらない。みんな自分ばかり愛したいから、しまいには自殺する。それがニッポン流の自由主義らしい。貧困や格差は昔からあったが、「誰でもいいから殺す!」それでライフル乱射、ナイフを振り回す。こんなアタマの空洞化は古今東西の歴史でも未曾有の異常事態ではないか?アタマの空腹を満たすのはカニの肉でもカネでもない。愛と言葉だ。乳を出し惜しんで男と戯れ、しまいには乳ガンで死んだ女がいる。自然の愛は人間に病いという不自由を与える。生まれつきの無能のため不自由な私の一生は、貧困に次ぐ貧困だったが、アタマの空腹を覚えた事はない。つねに旺盛な想像力が働いていたからだ。もの喰う女が世にも魅力的なように、もの想う男が、日本をこれからも魅力的にしていくだろう。

白家

そのころ日本はまだ神の國だった。しかし天皇は芸能人と化し、皇太子妃も心を病んでいた。あの事件が起こるまでは。キッカケは隣国のテロ支援国家指定解除だった。任期間近、人気最低の大統領、せめて有終の美を飾ろうと不完全な申告書を甘受。「重要な一歩」と自賛までした。むろん弱腰日本政府は相槌しかしない。拉致家族をさんざん利用しておきながら、風向きが変わればポイ捨て。国の争いに巻き込まれるのはいつも無関係な民だ。そんな犠牲の上に成り立つ平和も自由も正義も全部ウソっぱちじゃないか!と怒った拉致家族の一人がホワイトハウスで自爆テロを敢行した。大統領以下数名の要人が死亡。この世界史に残る大事件に衝撃を受けた米政府、今後日本を併合して52番目の州にすると宣言。むろん弱腰日本政府、抵抗できず。ここに永きにわたる天皇制も終わった。が、元プリンセスの心労が治ったかはさだかでない。

斑転

霊界には実にいろんな姿で死者がやってくる。つい先日やってきた老婆は体中に斑点のような痣があった。膝関節のあたりには20個くらいあって「どうしてそんな所にアザが?」と聞くと「しらない」と、自分の体なのに無関心な様子。それのみならず、何を聞いても「わからない」の一点張り。そのくせ、テレビばかり石のように見入っている。「そんなに面白いか?」そう聞いても一瞥して頷くだけ。まるでテレビに精気を吸い取られてしまったかのように何事にも無関心。食う時もうまくもまずくもない顔で、食べ終った後はまたテレビに釘付け。感情が死んで、起きてるか寝てるかも定かでない。唯一、カッと目を見開いたのは、鬼のような形相で睨んでやった時。「おお、こわ…」そういって、微笑んだ。よほど恐い顔は気になるらしい。サスペンスの見過ぎで恐いモノ中毒になったか?してみると、あの体中の斑点もその禁断症状のアラワレかもしれぬ。仕方ない。何の恐怖もない退屈な人間生活にどっぷり浸っていたのだ。それにひきかえ、ここは毎日が恐怖の連続だから、じきにあの斑点も消えるだろう。

教犯

黄昏時。放課後の教室に女生徒と教師が対面している。「君って指がきれいだね。おっぱいもきれいそう」「見てみます?」女生徒はシャツをまくりあげ、インナーの下から片方の乳房を出した。それにむしゃぶりつく教師。スイッチが入ったように女生徒の陰部に手が伸びる。毛をまさぐり、ぬるぬるしたひだの隙間に指が入り込むと女生徒は息を漏した。「いれてください」互いに履いてるものを下げて立ったまま合体。壁に押し当てるようにされると女生徒、口を半開きに恍惚となった。教師、しばらくして引っこ抜き、今度は女生徒を四つん這いにさせて、下に潜り込み、今入っていたところを愛撫。女生徒も今抜いたものを口に含む。教師、生暖かい感触が込み上げる。「あ、なんか出てきました」女生徒、口から一本の毛をつまみながら舌を見せる。「それちょうだい」教師がふざけていうと口伝いにその漿液を押し入れてくる女生徒。それをまた女生徒の口の周りに舌で乱暴に塗りたくってやる教師。「うふふ…すき」「何が?」意地悪に聞く教師。「あなたが」「ちがうよ、君はこういう事が大好きなんだ」二人は共犯者の目で微笑んだ。

勘動

岸田秀が霊界で軍服姿の森鴎外に会っている。「実在しないものをあるかのように扱う、あなたの『かのやうに哲学』って、要するにみんな幻ってことですね?」「左様」「じゃあ、僕の唯幻論と同じだ。ってことは、その思想も実在しないわけですね?」「左様」「じゃあ、森鴎外の作品は全部、架空の人物が書いたウソってことでいいですか?」「むろん構わない。だから現実と矛盾してもいい」そこへどてら姿の坂口安吾が乱入。「人生とは矛盾だ。それを認めないから人は病み、戦争し、罪を犯す。矛盾に撞着するためにウソも承知で書く、それがわがファルシズムだ」「じゃあ、罪と認めていれば坊さんが妻帯したり売春してもいいんだ?」「そう。キリシタンも簡単に踏み絵する」「日本人は信仰している、かのやうに、信仰しているわけだ」鴎外も我田引水。「なるほど。思想が実在しすぎるから、去勢したり永久脱毛したり子宮摘出したり、はたまた自決したり、あるべきモノまで、なくさなきゃならないわけだ」安吾答える。「そう。矛盾が実在化する」「最後にお二人に質問。自分の二十歳の娘に愛欲を持ったとします。それを罪と知りながら近親相姦できますか?」安吾答える。「愛するものは争うか呪うか、殺すしかない。書いて始末できないなら刺殺するまでだ」鴎外答える。「それはむごい。感動できないなら勘当するまでよ」

熟燃

霊界で生霊と死霊が対談中。渡辺「最近、『熟年革命』という本を出したら、とある女性に〈老人がオシャレになるのはいいけど、ワルなのはいかがなものか〉といわれました」養老「何で、ああ、女は単純な思考回路なんだ?〈女の私が怖いはずない〉という、それが何より怖いよ」吉行「それは子宮思考だからさ。だから、ユーモアも哲学も解さない。繁殖のためには、女はきれいで、セックスは穢くなければならない、そこが男にとって大きな矛盾だろう」西田「女性はそういう絶対矛盾的自己同一なのだから他の矛盾など認められないのだ」渡辺「確かに自分のことブスと認めた女は石女に違いない。然して〈ワルはいただけない〉といった、あの女性も実はイイ女だったわけだ」養老「しかし、そういう子宮思考の人間が、家庭を切り盛るのはいいが、国家の宰相になるようなことがあったら、ただちに世界戦争になるだろうな」吉行「すでにそういう時代が昔あったじゃないか。熱心な母親にいじくりまわされて、毀された好青年が後にヒットラーや東條になったわけで、孟母はドラキュラより恐ろしい」渡辺「近頃は美女まで練炭自殺したり、男は男で街頭でナイフを振り回したりするのも、ドラキュラの呪いかもしれないな」養老「核を振り回す宰相も多いし、ますますワル親父の出番というわけだ」西田「それなら、ブスとも燃えるようなセックスして、性革命起こせばいいんだ、君ら熟年男が」渡辺・養老「それは絶対ムリだ」

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