荒夜死記 (死)



時退 濃化 無死 腰抜 霊笑 映優 下癇 舌法 独望 秀撃 狂訓 身退 雲胡 動貞 替魂 真友 孝校 挑鮮 血気 果報 開闢 犬嘩 激高 冥輝 敗僕 争除 空恋 挫説

時退

霊界の坂口安吾に賞について伺ったら無頼派らしい応えが。「亡くなる前年の昭和29年に5年間つとめた芥川賞の選考委員を辞退したのは健康上の理由ですか?」「いいや。賞なんて柄じゃないからさ。あんなものに関わっちゃ時代に取り残されちまう」「たとえノーベル文学賞でも辞退します?」「微妙だね。芥川賞を辞退した高木卓みたいに、かえって有名になりかねない」「芥川賞辞退のニュースは当時かなりセンセーショナルでした?」「うん。かっこよかったね。俺もしてみたいな、と。だから代わりに選考委員を辞退…ってのは冗談だけど、歴史小説に興味を持ったのは事実だね。戦時中は現代そのものが空白だったから、歴史はいい逃げ場になったよ。だいたい賞なんてものは時代遅れの人たちが互いを引き立て合う、退役軍人の勲章みたいなものだ」「じゃあ、もちろん文化勲章もいらないですね?」「幽霊にどうやって勲章をあげるんだ?」

濃化

「なんか最近味が薄くなったなア」彼は赤いコカコーラを飲んでいた。そばにいた友人「サントリーは値上げだって。砂糖とかの価格が上がってるらしいよ。コカコーラはお値段すえおきってことはどっかで帳尻あわせてんのかもね」「これじゃ、白いコーラライトだな」「ゼロカロリーブームだからね。ちょっとくらい薄めても売れると思ってんじゃない?」「そんなら値上げしてもいいから濃くして欲しい。カフェイン増量とか」「『味わいコーラ』とか?」「いや、そんなカルピスみたいんじゃなく、そのままズバリ!『コカイン』で」

無死

道端をノソノソ横切るカマキリをヒョイと捕まえた。ギョロッと睨んで、脚をジタバタする。カマで食らいつき、口で噛もうとする。イタタッ!慌てて地面において、もう一度、慎重につまみ直す。何とか無事に我が家に着いて、庭の木に放した。エサならこっちの方が豊富だが、交尾の相手がいるかは微妙だ。蝶でも捕らないか観察していたが、一向に動かない。腹が減らないのに働く人間とは大違い。人間は無駄なことばかりするから病気や戦争にもなる…などと考えていたら、カマキリが何と卵を産みだした!逆さまになってドクドクと白いムースを枝に塗りつけている。そうか、身ごもっていたのか…それは必死に抵抗するはずだ。身ごもってもいないのに必死に抵抗する人間とは大違い…などと考えていたら、さっき格闘してできた指の傷が急に痒くなってきた。

腰抜

それはまだ暮方で、一同が食事を終えたところであった。突然、腰に激痛が走った。その瞬間、いやな予感がした。「烏鳴きが悪いと人が死ぬ」というが、その日は昼からカラスがやけにうるさいと感じていた。二年前の三月にも原因不明の慢性疼痛に一ヶ月苦しんだ末にぎっくり腰。その数日後、まさか!という人が亡くなっている。今回も実は一ヶ月前から五十肩のような疼痛に襲われていた。きっと二年前も、そして今回も、死神が近づいているのを神経は察知していたのだろう。だから腰の激痛から三日後の今日、その訃報を知った瞬間、背筋がゾクッとした。やはり予感は的中した。その人が息を引き取った時刻は激痛の走った翌日の午後三時だったというから、お別れを言いに自分の居場所に戻ってきて、たまたま隣の部屋にいた私を見つけて背後から体当たりしたらしい。図体の大きい人だったから、ひょろひょろの私などひとたまりもない。おかげでこの三日、腰が抜けたようだ。確かに腰抜け男だが、幽霊に復讐される覚えはない。

霊笑

芥川龍之介が霊界で接骨院を開いている。「先生、腰が痛いんですけど」「そりあ年だよ」「でも中三のときにもぎっくり腰やりましたよ」「じやあシニシズムの破綻だな」「死に沈む?別に誰も死んでませんけど」「…君は世の中を冷笑してるだろ」「先生ほどでは」「僕ほどになつたらとつくに自殺してるな。君は中途半端だから腰痛くらいで済んでるのだ」「何も威張らなくても…とにかく助けてください」「ほら、そこに蟷螂がいる」見ると道路の真ん中に茶色のコカマキリが。「もうじき車に轢かれてぺしやんこだ。君なら助けてやるか?」「強そうだけど案外バカな生き物ですよね。バカは死ななきゃ治りません」「あの蟷螂はすでに産卵もすんで、この世界にもう用がないのだ」「身ごもってたらもっと用心深いかもしれませんね」「そして死んで蟻の餌食になる。自然界というのは無駄がないのだ。人間界もバカバカしいことは多いが、そんなものにも有り難がる人はいるものだ。そう考えると腰の痛みも治まらないか?」「ここってホントに接骨院ですか?」

映優

みなさんは島原の乱を御存じですか?何?切支丹の一揆ですと?では天草四郎を御存じですか?何?その一揆の指導者ですと?さあ。その姉夫婦がじゃあ、どうして幕府側についたんでしょう?同じ切支丹なのに。実は切支丹同士で仲間割れしてたんです。米国議会みたいに保守派と自由派があって、信仰心の篤い保守派が農民を巻き込んで幕府に反乱を企て、自由派は幕府側について生き残りを賭けた。だから全滅したはずの隠れ切支丹の教会が天草市に今でもあるんです。で、天草四郎というのも半分は幕府がでっち上げたエセヒーローです。フセイン大統領を処刑した米国と同じで、それで反乱を鎮圧できると考えて、どんどん祭り上げたんです。実際は大した指導者ではなく、女子供を虜にするイケメンだったかもしれませんが、信者に「天子」と呼ばせて悦に入ってるような麻原…いや、浅はかな人物でしたから、姉が見捨てるのも無理ありません。歴史は繰り返すといいますが、それは英雄を必要とする人間の愚かさのようです。

下癇

うちの二歳になる良雄はときどき悪雄になるので手を焼いている。昨晩も夜中にぎゃあと泣き出し、みると布団がびちょ濡れ。あちゃーやっちまったか…着替えさせて再度寝かせたが今度はオムツを脱いでボリボリ掻きむしっている。皮膚が真っ赤!あちゃー掻いちまったか…濡れタオルで拭いてシッカロールをつけた。ふぅー。やっと落ち着くかと思いきや、今度はオモチャでガラス戸をガンガンやりだした。「しっ!」叱るとオモチャを武器に戦闘モードになってる。作戦変更。今度はやさしくカルピスを手渡そうとすると、バッシャーン!お盆ごとひっくり返された。あちゃー床がねちゃねちゃ…。しばらく放っておくと家中をウロウロしては脱走しようとしてる風。結局、朝方、疲れてイスで眠ってしまった。彼の中で何が起こったのか?ふだんは笑顔で明るい、良い子なのに。育児教室の先生に聞くと「疳の虫」といわれた。大人でもたまに癇癪を起こすのと同じだと。それはだいたい痒みと同時に起こるそうな…そういえばあたしも結婚当初、お股が痒かった。ありゃ夫との性生活で癇癪起こしてたのかも。

舌法

ときは昭和25年。週刊朝日の一月二十九日号にその論文は掲載された。著者は日本共産党の中西伍長。内容は党中央を批判する独自の見解で、それには赤旗も掲載を拒否し、やむを得ず党外の雑誌に発表したのだが、それが党中央の目に触れたから大変。大目玉を食らう前に、伍長はただちに除名された。この事件の顛末をある文士が雑誌でこう皮肉った。「日本共産党は党中央を批判できない負け犬のくせに個人の自由など説いている」五月に入って選挙たけなわの時にアルバイトの応援弁士がこぞってこの説法で選挙戦を戦ったから、それで面目を失った共産党員がこぞって文士のもとへ夥しい中傷文を送りつけた。「それでもキサマ日本人か!恥を知れ!」「キサマはやがて人民裁判に裁かれるであろう」すごい反響に文士自身も驚いた。と同時に、言論の自由の恐さを思い知らされた。「可愛さ余って憎さが百倍」というが、彼にとって論破することは最上の愛情表現だった。以来、彼はひたすら世間を煙に巻く舌鋒を磨いたという。

独望

フランク永井です。霊界から独房の小室くんにひとこと激励を申し上げたい。私の人生も栄光と転落であった。御存じのように50代で自殺未遂してから20年以上死人同然だった。あのとき死ねていたら…とも思ったが、それが救いだったと思う。神ならぬ身である人間が一度神の如くなり、人間になり下がっても神の如くであり続ける…それには死んじまうか、死人同然になるしかない。ヘタに醜態をさらして栄光に泥を塗るよりはいい。それに自由中毒を克服するには独房が一番いい。私も体が不自由になって初めてこの身が独房だと気づいた。君はいずれそこから出られるかもしれないが、私の独房はどこにいてもつねにつきまとって絶えず私を苦しめた。いっそ記憶を消せたらとも思ったが、消せないからこそ、今を必死に生きようと思えた。今君がやりたい音楽は何か?ヒットなんていいじゃないか。これからは自分のために生きなさい、もう十二分に人のために生きたんだから。

秀撃

ときは昭和七年五月十五日。それは夕方であった。官邸前に車が止まり数名の青年将校がズカズカと中へ入って行った。その人物は食堂にいた。「貴方が総理か」「わたしが犬養だ。何か用か?」「貴方がいては日本がダメになる。お命頂戴する」ピストルを将校が向けると「まあ待て。話せばわかるじゃないか」総理は彼を応接室に案内した。あまりの落ち着きぶりにうろたえる将校。後ろから他の将校が飛び込んで「問答などいらぬ、撃て!撃て!」といきなり総理の腹に銃弾を打ち込んだ。次いで先の将校も頭部に打ち込んだ。この襲撃事件に対し軍幹部は「これら純真な青年は名誉や売名のためでなく、真に国のためにと信じてやった」とか「何が彼ら純情な青年にこのようなことをさせたか、我々は考えなければならない」と同情するばかりだった。この五・一五事件を契機に日本は軍国主義に突き進んでいったといわれる。「問答などいらぬ」純情とは恐ろしいものだが「話せばわかる」の薄情はもっと恐ろしい。

狂訓

俺は勝海舟。勝てば官軍負ければ賊軍というように歴史に正邪善悪などない。文明を征した者が時代を征すだけだ。西郷隆盛も戊辰戦争で勝ったから維新の三傑といわれたが、西南戦争で本性を現わしたように、だいたい犬好きは反逆者とみていい。奴が英雄になれたのも親父のおかげかもしれない。親父は刀のブローカーをしていたから俺も小さい頃から軍事マニアだった。その目からすると幕府の軍備はいかにも時代遅れで、そこへいくと西郷ら薩長の連中は実に進歩的だったから俺は奴らの肩を持って討幕に協力した。もう一つ親父に教わったのは命の大切さ。あれは九つのときだった。野犬に金玉を噛まれて生死をさまよった時、親父は献身的に看病して、祈祷というか奇行でもって俺を救った。以来、俺は簡単に命を捨てるような無益な戦争を憎んだ。それが無血開城として実を結んだ。結局、俺は世の為というより文明の為に文武を究め、それが政治家の務めと心得ていた。それも文盲だった親父に学んだ教訓であった。

身退

22世紀のニュービジネスを紹介しましょう!これがそのパンフ…生首100万、片腕30万、両腕(上半身)70万、片足60万、両足(下半身、生殖器つき)200万…なんと人体の剥製が飛ぶ様に売れているという。中には一千万近くかけて金髪の美女の全身を額縁にいれて壁に飾る伯爵もいるそうな。昔には考えられなかったビジネスですが、そのCEOに聞いてみました。「なぜ、このようなビジネスを?」「私の祖父の祖父が日本で初めて人体の博物館を作ったんですよ。で、その遺言にこうあったんです…殺人や自殺など現代の諸問題の根本原因は身体の喪失だ。死もタブーだから性欲と死が簡単に結びついてしまう。身体を回復するには人体をじかに触ることだ…と。で、博物館じゃ限界あるんで商品化したわけです」「そういえば昨今はあまり殺人とか自殺なんて聞きませんね。やっぱり身体効果?」「それが…ここだけの話なんですが、セックスもしなくなるらしいんですよ、生身の体を手に入れると」

雲胡

金子光晴が霊界で精神病院を開いている。「先生、最近、自分のうんこが非常にいい匂いなんで困ってるんです」「どんなニオイなんだい?」「ミントみたいにスーッとするんです」「そりゃまた珍しい。で、何でそれが困るんだい?」「だって汚いはずのものですから」「そうかなぁ?うんこは撫でるとすべっこくて、桜色の肉から丸まって出てくる眺めなんか実にきれいじゃないか。ときに君は夢をよく見るかい?」「ええ、毎日」「今朝はどんな?」「駅の階段を上がると散らかった部屋に万年床が敷いてあって色白の娘が立ってるんです。脚を触ったら氷みたいに冷たくて、なぜか僕のためにズボンを探してくれて、だけど壁には子供用のグレーの制服みたいなのしか掛かってなくて、やっと奥から探してきたのが女性用のキュロットパンツで、それが紫色のサテン生地ではき心地よかったんで「これでいいよ」っていう…こんな夢とうんこと何か関係あるんですか?」「夢って自分のカケラなんだよ。うんこと一緒だね。現実で否定された自分が現れるから夢には否定がない。だから臭いはずのうんこが臭くないってぇのは、現実と夢の違いがないってことだ」「ヤバいですね?」「いやいや、僕ら詩人はみんなそうだよ」

動貞

霊界の三島由紀夫に憲法改正について聞いた。「文民統制すら怪しい今の状況で改憲したらマズイですね?」「そんなのアメリカだってできてやしないからベトナム戦争になった」「イラク戦争はさすがに間違いだったと大半が認めてるらしいですが」「それも失敗だったからで、我が国も負けたから反省しただけで、それを何十年も引きずっているのは国民を守る義務を国家が放棄しているようなものだ」「別に軍事行動以外にも国民を守る手段はあります」「例えば?」「経済とか外交で…」「じゃあ最終手段を放棄しているわけだ」「じゃあ、核を持てと?」「あんたらの議論は不毛だよ」傍からそういった者がいた。「誰だお前は?」「誰でもいい。とにかくあんたらはインポかノイローゼだ。どこの生物が子孫繁栄のためでなく生きているか?人間にとって行動とは生殖以外にない」「じゃあ、死ぬまでヤッてろ。バカバカしい。だいたい戦争があったからベビーブームにもなったんで、長い目で見れば子孫繁栄のために人類は殺し合うんだ」「あんたはいい…俺は童貞のまま特攻隊で死んだのだ!」

替魂

裁判員制度が実施されて早10年。試験にも替玉受験があるように裁判にも替玉公判が横行している。殺しでも何でも請け負うネット上の「便利屋」から派生した替玉業者は依頼主の性別はもちろん、年齢や顔だちまでそっくりな替玉を派遣するという。世の中には物好きな人間がいるもので、裁判が大好きな連中がゴマンと登録しているらしい。こうした業者には大きく二つあって「うちは基本的にみんな有罪にします。悪を裁いてこの世を善くしよう!」というタカ派と「いえいえ、うちはみんな無罪です」というハト派に分かれている。当局はあらゆる認証技術を駆使して替玉の摘発に尽力しているが根絶には程遠く、手当て金の減額も検討したが辞退者の増加を懸念して実施には踏み切れていない。かつて被害者の家族がテレビで記者会見して世論が「死刑だ!死刑だ!」の大合唱をした時代は今は昔。神ならぬ人間が同じ人間を裁くというのは実に厄介だ、当事者同士で決闘でもするか、自分で解決してもらうしかないと、やっと誰でもわかる時代になったようだ。

真友

40男がすっぽん料理屋で若い女と話している。どうやら女はフィリピン人で、男とも恋人ではないらしい。「あたし犬飼ってるの」ケータイの待受画面を見せる女。「俺もガキの頃、飼ってた…」「何て種類?」「いや、ただの野良犬さ。小さくて白いからチロって呼んでたんだけどあんまり人に吠えてうるさいんで親が保健所にやっちゃった」「えー!殺されちゃったの!?」「俺、学校から帰ってから知って、走って行ったんだけど、もう遅かった」「ひどいッ!ひどすぎるよー!!」その頃、テレビや週刊誌では年金問題や事故米問題で厚労大臣の顔が毎日のように出ていた。「保健所ってどこの管轄かな?」「保健衛生っていうくらいだからきっと厚労省だよ。厚労省ってマジむかつく!」女は不法就労のため医療保険がなく、病院で高額の医療費を払っていた。「じゃあ、厚労相を殺そう!?」「いや、実際に力持ってんの官僚だよ」「よっしゃ!俺がお前の分も仇討ってやる!」魔が差す、というのだろうか?たまたま知り合った友がまさかの友になることもある。

孝校

井原西鶴が霊界でスクールカウンセラーをしている。「イバラ先生、うちの親ってひどいんです。僕のこと、ひきこもりだっていうんです」「親ってのは自分が親に言われたことを子供にもいうバカ者だ」「時代が違うんですよ。親の時代は高度成長真っ盛りでしたが今は競争より協調です。いつまでも経済オンリーでやってたら日本は世界に取り残されますよ」「私の本で『本朝二十不孝』とうのがあってね、世にもひどい親不孝者ばかり書いてある」「それ読みたいです!」「早まるな。親不孝は大人になってからしなさい。しかも親の目の黒いうちにたっぷりとな」「どうして?」「茨の道を切り拓くためだよ」「さすが、井原先生。じゃあ、例えばどんな親不孝をしたら日本を沈没から救えます?」「私みたいに富豪の家に生れながら卑しい浮き世の物書きになって薄汚い好色女とばかり寝ることだ」「じゃあ僕もなります!先生みたいに。まずはオレオレ詐欺で話術を鍛えて…それから出会い系で下半身も鍛えまくります!」「協調の精神でな」

挑鮮

俺はチョウセンカマキリ。道端で体が仰向けになったまま戻れなくなって、ここ数日、棺桶の死体みたいに手を折り畳んで死を待っていた。そのうち何かに踏みつぶされて風に吹かれてお終い…と思いきや、通りがかりの人間に摘まみ上げられた。抵抗する元気もなく、いろいろたらい回しにされてやっと地面に降ろされたら目の前にコカマキリが!自分より小さいがまだ元気そうだ。闘ったら負けるかも。相手もそう見たらしくスタスタ逃げてしまった。一難去ってまた一難。さっきの人間が何やら変テコな武器で襲ってきた!もう我慢ならない!なめるな、コノヤロー!腹を反らせて羽も広げて得意の威嚇のポーズを決めると相手もたじろいだか?武器を引っ込めた。今だ!逃げろ!最後の力で猛ダッシュ!!脚がもつれる!壁によじ登れない…ダメだ。諦めてるとまた人間につかまった。今度は木の上に置かれた。が、スルッと脚が滑って落ちた。ドサッ!草むらに引っかかった。ふぅーッ!何とか助かった…けど死にかけてた自分に威嚇する元気があるとは…挑戦心を失ったらホントにお終いだ。

血気

ときは明治七年。士族の大量失業が世間を騒がせていた。最初の事件は政府要人、岩倉具視襲撃。次に憂国党が政府商人小野組を襲った佐賀の乱。一時は鎮静したかに見えたが二年後の廃刀令により再燃。侍の誇りを禁じられた上に慣れない士族の商法で怒り心頭に発した。火の手は熊本から上がった。神風連が県庁を襲撃し役人を次々と殺害。犬の仇討ちとはワケがちがう。明らかな政治テロ。さらに福岡の秋月や山口の萩でも火の手が起こった。そこで政府が恐れたのは薩摩士族の英雄、西郷隆盛の決起。だが彼は既に辞職し学校運営などで余生を送っていた。明治十年、政府が鹿児島の弾薬庫から武器を運び出そうとしたことに士族が抵抗したことがきっかけで襲撃事件に。こうなると西郷も出ないわけにいかない。勝ち目のない戦争と知りつつ、士族として死ぬ覚悟で戦争に臨む。半年以上続いた西南戦争は最後、西郷の切腹によって終息。ここに鎌倉以来七百年に及ぶ武士の歴史に幕が降りた。金融バブル崩壊後の平成の世では派遣社員の大量失業が囁かれているが、構造改革の英雄は決起するか?

果報

北朝と日丸は百姓の子だった。幼少まで一緒に育ったが日丸が雨里家の養子に出てから離ればなれになっていた。大富豪の雨里家で日丸は裕福に育ち、着物は洋服に変わり、チャンバラはいつしか読み書きに変わっていた。一方、いつもチャンバラで負けていた北朝は貧しさから柄の悪い連中と付き合うようになっていた。二人は成長して同じ学校に通った。そこで最初、北朝は不良のレッテルを貼られて日丸は守られていたが雨里家が事業に失敗してから事態は一変した。昔から日丸に劣等感を抱いていた北朝は日丸からモノを盗んだり不当な要求をしてきた。チャンバラしてた頃と違い、ケンカになったら勝ち目はない。学校も当てにならない。「おい、日丸、マンガよこせ。ゲームないか」逆らわずにいると要求はエスカレートした。「おい、百万よこせ!明日までだ!」困り果てた日丸、家宝の刀で北朝を殺してしまった。当然、学校は退学。雨里家にもいられなくなった。かくして日丸の放浪人生が始まった。しかしこうなることは百姓の伜が富豪の家にもらわれた時点ですでに決まっていた宿命だったかもしれない。

開闢

東條英機だ。わが人生に悔いなし。A級戦犯として死刑となったことは最高の誇りだ。おそらくキリストも同じ心境で処刑されたにちがいない。後世では私もそろそろキリストになっているのではないか?人は死ぬものだ。そこにしか絶対などない。だが在りもしない神を崇める西洋にはそれがどこにもない。どこまでも相対性の蟻地獄だ。人間は時間と空間に縛られた操り人形にすぎない。こんな凍りついた思想から国民を解放するために我々は開国以来の宿敵に立ち向かった。日米開戦は政治的に判断すれば避けるべきであったが、あれはもともと勝つ戦でない。今流にいえば、自爆テロ。人間が死に直面しなければ見い出せぬ真実に挑んだ戦であった。今思い出しても体が熱くなってくる。私にもし罪があるとすれば、それを望まない人間、いや人形にも真実を強要したことだろう。そして全員が人形にされて開闢以来の日本は滅びたのだ。

犬嘩

霊界の酒場で小林秀雄と坂口安吾が対談中。「美しい花がある、花の美しさというものはない、だなんて駄洒落じゃねぇか。君は曖昧さを弄ぶ癖があるぜ」「あれは現代人が無常という、美を観じる心を見失っているといいたかったんだ」「徒然草の作者の眼が冷厳な眼だ?世捨人の眼なんかニヒリズムでひん曲がったフシアナじゃないか」「君は勘違いしてる。生を楽しまざるは死を恐れざるが故なり、という厭世観はむしろ楽天主義だ。フシアナなのは君の眼じゃないか」「どっちにしたって歴史の中の人間が見え過ぎるくらい見えたって、生きている人間が見えてりゃ悟りすましてなんていられるか」「悟りすましてんのは君だろ?自分こそ、つい最近まで歴史小説ばかり書いてたくせに」「うるせぇ!この教祖め!」「なんでぃ、この河童!」「変なこと言うな。お前の顔が俺に映って見えんだろ」「バカヤロー!てめぇこそ、教祖の顔が俺に映って見えんだ!」似たもの同士の喧嘩は犬も食わない。

激高

ベートーベンが男に問いました。「月光はどうして明るいか知ってる?」「太陽の光が反射してるんでしょう?」「そう。天文学的にはね。でもホントは君の命が誰かの愛で輝いてるのさ」「誰かって?」「一番最初はお母さん。それが友達になりやがて恋人になって…」「今は酒になったわけだ」男は戦争で妻子をなくしていた。「つくづく僕はついてない」男がため息を漏すとベートーベンは続けた。「私も今宵は月を肴にして曲をつくるつもりだけど、君は終わりのない夢と終わりのない戦争、どちらがいい?」「そりゃ、人生がすべて夢みたいならいいけど働かないと酒も飲めないし」「人間がみんな蟻か機械だったら夢も戦争もいらないのにね」「仕方ないよ、生きてればやりきれないことにも出会うもんだ」「ひとついいことを教えてあげよう。実は太陽も月が必要なんだ」「どういうこと?」「夜が真っ暗じゃ、太陽はまずいわけ」「なぜ?」「人間はね、夜の寂しさに耐えられないからさ」

冥輝

銀河鉄道が廃止されてはや二十五年。車掌は失業して人間に戻ったが、メーテルは今や至る所に神出鬼没だとか。機械化母星が消滅しても組織化とは機械化を意味することに変わりないからこの世から組織がなくならない限り、メーテルの旅も終わらない。それは三百年前からそうだった。「月日は百代の過客にして行き交う年もまた旅人なり」奥の細道で芭蕉がそう呟いた隣にもメーテルはいたのだ。メーテルを卒業して人は青年から大人になったが、あらゆる組織が形骸化した現代はいつまでもメーテルを卒業しない人が多い。機械でもなく、人間でもない、まさしく車掌のような迷える現代人。制服さえ着ない透明人間たちが闇の中でああだこうだ言い合っている。きっとみんな孤独の退屈に耐えられないんだろう。自分の作った世界に住むなんて、王様か母親にしかできないから芭蕉みたいに死ぬまで旅するよりない。夢は枯野を駆け巡るしか。999が銀河を駆け巡らなくなって夢は行き場を失った。

敗僕

飯島愛、いや、大久保松恵です。この名前が大嫌いであたしは人生を偽装してきた。芸能界はそれにうってつけだった。でも嘘だらけなのは政界も同じ。何が造反よ?ヤラセじゃない。何が政治の閉塞状況を打開よ?ホントに危機感持ってるの?他人事じゃない。あたしがエイズ予防活動したのは他人事じゃない。コンドームの販売サイトまで立ち上げて、生まれて初めて自ら欲して働くことを知った。人から命令されて機械みたいに働くんじゃなく、人として同じ人にどうふれあえるか真剣に考えてたどり着いた結論だった。でもビジネスの世界も肩透かしだった。所詮、どこの世界にも組織の操り人形しかいないのよ。独りで悩んでもバカみたい。でも本やブログを書いたのは幸せだった。自分で自分を知るってスリリング。だんだん嫌な自分ばかり目立っちゃうけど、知らないでおくのが幸せとは思わない。昔の日本人が愛した「敗北の美学」って意味がわかるよ。ああ、久しぶりに書いたら書き過ぎちゃった。じゃあね。

争除

年の暮れになると我が家は大戦争。掃除の仕方にも性格が出るからだ。私はめったに掃除しないがやると徹底的。母は掃除ばかりしてるくせに同じ所ばかりで、第一、物が捨てられない。そこら中に細々と飾ってはホコリをかぶっている。「こんなん捨てるよ」と手渡すと「わぁ…懐かしい」手にとって思い出に浸っている。それを奪い返して捨てようとすると「ああ!やめて!」大混乱。「こんなのもいらないじゃん、全部捨てるよ」まとめて片付けようとすると「もうさわんないで!」発狂寸前。だから鬼の居ぬ間に洗濯、ならぬ「親のいぬ間に選択」。本人のいない間にこっそり、ごっそり捨ててやった。ああ、すっきり!物がなかった時代に育ったせいで物を大事にする気持ちもわかるが、今や物が有り余る時代。物も天下の回りもち。家に眠らせておくよりリサイクルした方が世のためだ。ついでに思い出もリサイクルした方が世のためにちがいない。

空恋

天国のヒロから美嘉へ。『恋空』みたよ。今だから本当のことを言おう。お前と付き合いだしてからもずっとサキと付き合ってた。レイプ事件も黒板事件も流産の件も俺がサキにやらせたようなもんだ。あいつ尻軽のくせにすぐ嫉妬するし、お前はウブでなかなかヤラセてくれねえくせにすぐ妊娠しやがったからな。ホント女って面倒くせえよ。しかし似合わねえことするもんじゃねえな。お前んとこの親父に頭下げにいった後だよ、ガンの告知されたの。俺みてえのが人並みになろうってのが間違いなんだ。覚えてっかな?別れるとき「いろんな女と遊びたくなった」っていったけど、ありゃ本心だ。男ならみんなそうだからよく覚えとけ。死ぬってわかったら誰だって自分に正直になる。それに誰も頼りにならない。お前に看病させたのはひどい目にあわせた罪滅ぼしさ。死んだ子を毎年、弔ったのもそう。罪と罰。それだけが生きてる証。ついでに死だけが真実。それはお前も知ってるはずだ。死にそうな俺の世話してるときが一番、幸せそうだったぜ。だからいっぱい写真撮ってやったんだ。やっと夢から醒めたか?バカな奴、あばよ。

挫説

元民主党議員の永田寿康です。偽メール事件以来、私は自分の誤りに気づきました。超エリートコースを歩み、何一つ不自由のなかった私の人生に一つだけないものがあったとしたら、それは挫折です。自分を疑うことを知らないというのは致命的な欠陥です。今朝、自民党の広告を見ました。どこかの自治体の広報かと思いました。総理は何でもカネで解決できるとお考えのようですが、カネで片が付くなら人は自殺などしません。生活とは自分を守ることです。職を失い、家族も失って、それでも自分を守るのにいくらかかるか?総理、あなたにそれがわかりますか。景気なんていってる場合じゃないでしょう。百年に一度の危機だったら百年の国家大計を描くべきなのです。私は今でも日本は超一流だと信じるからあえていいますが、戦前のような無謀な理想を掲げてもいいのではないですか。総理がそれをいわずに誰が言うのですか?戦後を全て否定しろとはいいませんが、いつまでも戦後じゃマズイんじゃないか、戦後の常識を疑え、それが永田町への遺言です。<完>

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