ウェットン満更ね ワルメン じゃじゃ車 日本も死のう、何度でも ランボルギーニX アンチロッカー アイラブクンタッシ 超車論 GTAに告ぐ イージーモデラー 日米首悩怪談 パクリP 空を翔る牛 社会の窓2 エピソード0 エンドレスゲーム 河童2011
しかし、このライナーどうなんだろ?とある音楽雑誌のライターが書いてんだけど、要するに「プログレ」なんてもう死語だってのに、何でこの人たちは戦友たちとメンバーチェンジを繰り返して、自分らの誇りを守ってんだろう?みたいな書きっぷり。初めて読んだ時、ふーん...って感じだったけど、25年たった今読むと、そりゃ、おめえたちの方だろ、アホ!と思う。「誇りを守る」じゃなく、反対にぶっ壊したかったんじゃないかな?「この激変の中でオレらは生き残れるのか?いつまでも過去にしがみついてちゃダメだ」と一人焦って、仲間を説得していたかもしれない。そりゃ、こむずかしい評論家とかジャーナリズムからすりゃ、輝かしい戦歴、ビッグバンドを渡り歩いてきたツワモノと祭り上げたいところだろうけど、本人としちゃ、ただ曲がよくて、ビジュアル的にも気に入ればいいっていうMTV世代に受け入れられたかったにちがいない。だいたいジャーナリズムはすぐレッテルを貼る。プログレだ、メタルだ、ジャズだ、何でもカテゴライズして、それを裏切られると駄作だとコキ下ろす。ソロ作だからって何で鬱憤晴らさなきゃならないのか?そんなのはビッグネームの話でしょ。往年のヒット曲のオンパレードで世界ツアーやって、名人芸を披露するサーカス団だ。そんな団員の姿は似合わないって職人もいて、彼ら同士でソリが合わないから渡り鳥のようにバンドからバンドへ渡り歩かなきゃならない。基本的に職人は一芸に秀でていても時代に迎合できるほど器用でもない。その反りを「誇り」と言われてしまうだけ。音楽雑誌も最近は読まないから能書きに惑わされなくていいけど、過去の刷り込みを修正したくて久々に聴いてるコレ、やっぱ名作とは思わないけど、すごく気持ちわかる。37歳というと曲り角だ。相当努力したんだろうな、この若さ、というか、軽さを作るのに。
2011年8月26日
あたしは恋愛不全症候群だと自分のことを思う。それってニートの女版だよね。でも仕事があるからまだいい。ニートも家族がいるからまだいいと思う。何で恋愛できないのかな?いい男がいない?それもそうだけど、だったら自分がそんなにいい女か?っていうとそれもウソだし。メイクして着飾れば、どっから見てもあたしは女だけど、実はすごい男っぽいなと自分では思ってる。クルマとかゲームとか大好きで、機械にもお酒にも強いし、オヤジギャグとかいつもムダなことばっか考えてるし。その点、韓ドラとかKポップのイケメンとか見てると、すごいキレイで、あたしより女っぽいかもって思う。三島由紀夫が『不道徳教育講座』でいってた。「女と寝れば寝るほど男性は女性化する」と。江戸時代もそうだったらしくて浮世絵に出てくる男女はどっちが男で女かわからない。現代もそうなんだと思う。女性的な男性がもてはやされるのも女性が男性化してるからだ。自分もジャニーズとか見るのは好きだけど恋愛対象にはなり得ない。じゃあ、AKBとかKARAはどうか?同性から見ても確かにかわいいけど、かっこいいって感じの方があたしは好き。アムロちゃんとか。そういえば彼女が選んだSAMは確かにいい男だったな。育児はしなさそうだけどワイルドで危ない感じ。そういう男となら恋愛できるかも。何をするかわからない、ハチャメチャな感じ。太宰治とか、昔の小説にはよく出てくるけど、そんなの今はヤクザくらい。もしかしたら、そういうのがニートとかフリーターになってるのかな?世の中の方がハチャメチャになれば、そういう男が表に出てきて、女たちの見る目も変わるかもね。イケメンなんて誰も振り向かなくなって、ワルメンにいい女が群がる。そんな時代になったらあたしの恋愛不全も治るかも。
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2011年8月30日
数年前に宝くじが当たったので子どもの頃憧れだったスーパーカーを購入しました。中古のカウンタック、'85年製クアトロバルボーレです。値段は一応、1500万でしたが、維持費やら整備費やらで毎年最低でも150万はかかります。まず燃費が2��/Lくらいなのですぐガソリンがなくなります。それから駐車場は青空というわけにもいきませんからセキュリティ付きで、しかもガルウィングドアを開閉できる高さでないと出入りもできませんから、その賃貸料がバカ高です。それと、何で?というところが故障して、しかも整備費がバカ高くて、ヘタすると国産車が一台買えます。また部品がなくて整備に出しても数カ月かかることもあります。いざ走るともっと大変です。まずクラッチがバカ重。仮免のときBMWでしたが、あんなもんじゃないです。そして走り出したらまず閉所恐怖症になります。車高が1mちょっとしかありませんから天井は低いし、後方視界ゼロ、サイドミラーもあてになりません。窓はちょっとしか開きませんから顔も出せません。ですから駐車するときはいわゆるカウンタック乗り、つまりドアを上に開けてサイドシルに身を乗り出して腰をひねってバックするしかありません。それからエアコンは効きませんから夏は蒸し風呂状態。そしてパチンコ屋店内並みの騒音とオイルのニオイで、高速なんか乗ったら最悪です。文句ばかり垂れてきましたが、ただ一つ、自慢です。小学生の娘を学校に送り迎えに行くと、友だちの子が物珍しそうにたくさん近寄ってきて、エンジンをバフォーン、バフォーン!とふかすと耳をふさぎながら「すげえ!」「かっけえ!」なんて目を輝かせて歓喜します。それで娘も得意になって後で「パパまた乗せてね」と言ってくれるので、こんなじゃじゃ馬ですが、なかなか手放せないのです。
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2011年9月1日
「いい国つくろう、何度でも」とマッカーサーの広告が話題になってるけど、人間、何度でも死ぬべきだ。マジで。ホントに死んだら、そりゃおしまい。生き返りません。そうゆうことじゃなく、死に値する破綻を経験せよ、ということ。死にかけてるとき、人間は強くなってる。奇跡なんかも起こったりする。野田首相もいってるじゃん。「千載一遇のチャンス」なんて。ことわざにも「禍いは福」とか「禍い転じて福となす」とある。今は「禍」を「災」と書くからいけない。フェンダーってギターメーカーは今でこそ老舗だけど、実は60年代半ばに倒産しかけてる。ストラトといえば今や名器中の名器だけど、ジミへンが出てくる寸前は一番安い材で作られてた。はっきり言ってB級品。ランボルギーニって自動車メーカーも70年代末に実は一度倒産してる。政府の管理下に置かれた状態で、あのスーパーカー中のスーパーカー、カウンタックを製造してたんだからすごい。よくもまあ、そんな切羽詰まった状態であんな非常識なクルマを、しかもそれだけしか生産してなかったってんだからバカにもほどがある。いつか三島由紀夫がいってた。「谷崎や鏡花のような往年の文士は作家として何度も死んでいる。自分のような戦後の文士は出ずっぱりでなければすぐ忘れられてしまう」と。だけどそれって単に三島が「出しゃばり」だったんじゃないか?三島は一芸に徹するバカになれなかったんで死んじゃったけど、気の長い仕事ができた「往年の文士」は単にみんな文学バカだったんですよ。それしか能がないから爪も隠す。隠してるからって別に鷹は死んだわけじゃない。バカは死ななきゃ治らないというけど、バカは何度でも死ねる。死んでもっとバカになる。フェンダーもランボもそれで王者になったようなものだ。だから...
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2011年9月3日
イタリアの高級スポーツカーブランド、ランボルギーニは2013年に創業50周年を迎えるにあたり、「50thアニバーサリープロジェクト」を発表。その1は「カウンタックLP400」のリイシューである。生産台数わずか150台だった希少モデルを外装内装はもちろん、エンジンもパーフェクトに復刻。生産台数は50台。価格は約5000万円を予定。その2は「カウンタックLP730-2」。外観はカウンタックだがエンジンも内装も中身は最新のアヴェンタドールである。ボディは軽量なカーボンファイバーを使用。ミウラやカウンタックと同じ2WDの730馬力で最高時速は370��/h。こちらは生産台数100台。価格は3500万前後。このLP730-2はGTレース仕様も同時発表し、世界中のGTレースにこの50thアニバーサリーのカウンタックを走らせます。むろんデザインは痛車で度派手に決めます。このデザインについては日本のアニメーションクリエイターとコラボを予定。その3は石油王ウォルターウルフのシグネチャーモデル「LP500S」のリイシュー。リアウィングやホイール、シートベルトに至るまでパーフェクトに再現。有名な赤に加え、伝説のブルーバージョン含め限定50台生産。価格は1億前後と推定。ここで終わりならランボルギーニらしくない。半世紀を記念するイベントなのだから未来へのメッセージも残したい。その4、「ランボルギーニX」。早い話がカーデザインコンペである。子どもがクレヨンで描いたスケッチでもOK。これホントに走れるのか!?って落書きもOK。もはやクルマというよりピカチュウかガンダムか!?ってなのでもOK。とにかくあなたが考える「スーパーカー!」なら何でも大歓迎。入選作品は当社が誇るデザインチームのリデザイン後、展示用として一台限定で生産。世界中の正規ディーラーを巡礼する旅に出ます。またミニカーメーカーMRコレクションより1/18モデルとして販売。価格は5万程度。また日本マイクロソフトとの提携によりXbox360用ゲームソフト「Forza5」の車種にも「ランボルギーニX」として採用される。
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2011年9月4日
別に音楽評論家じゃないけど90年代のシーンを振り返るとき外せないのは「ビーイングブーム」。TUBE、ZARD、B'zに始まり、一時はチャートの上位はすべてこの系列が占めてた。このブームを支えたのが団塊ジュニア。だからか、今聴くとギラギラ、ゴージャス、肉食系な感じ。そこへ「♪寒い夜だから」とtrfやglobeなど小室系、安室とかSPEEDなど沖縄系が食い込んできて時代はどんどん熱帯化。歌って踊れなくちゃダサダサに。ミスチルとか草食系バンドも躍進してきたからビーイング系は一気に下火になった。2PMだか2AMだか4Minuteだか今どきのKポップも乱立状態だけど、一時ビーイングもDEENだかZYYG、BAADとか何が何だかって感じ。こういうのを「産業ロック」といって80年代は冷やかす気風があったけどビーイングはそれを大っぴらにやった。「ん?産業ロックで何が悪いん?売れればええやん。カリスマ性がない?あるやん。みんなテレビに出とらんで。したらこれ誰だ?ってみんな知りたがるやろ?そこでCD買うんや」そういう戦略が功を奏したのは間違いない。でも所詮は大阪の商売人の考えだから浅はかというか飽きられるのも早い。それにテレビに出なかったのも大きい。あの頃は若者も携帯なんか持ってる人は少なかったからまだテレビを見てた。結局、90年代に膨らんだ業界のバブルも00年代に入ってはじけた。その中で浜田麻里って人の存在はユニーク。この人、最初の頃ビーイングだったけど、ブームが来る前に離れて、LAの連中とやるようになった。80年代から90年代まで一年一枚ペースで出して、しかも全詞手がけてた。「ニーチェやサルトルのヒューマニティ」なんて歌ったり(爆。タイトルに「アンチヒロイン」なんて掲げるあたり、やっぱりブームに逆らっていたかったのかな?今でも我が道を進んでる姿が凛々しいロック姉さんだ。
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2011年9月9日
「何でそんなにクンタッシが好きかって?そりゃ美しいからだよ」「そんなこといったらオレはランドローバーが美しいね」「そりゃ感性の問題だってのは知ってるよ」「じゃあ、クンタッシのどこが美しいか言ってみな」「先ず誰もがパッと見て驚くのは車高の低さだ。1mちょいしかない」「確かに平ベったい印象だな。でもF1マシンだって低いぜ」「サイドシルが異様に分厚いからよけいに平ベったいんだ」ちょっと紙に計算する。「何計算してんだ?」「高さと幅の比率。ほら、ムルシエラゴもアヴェンタドールも0.56なのにクンタッシは0.52しかない」「何でガンディーニはそこまで平ベったくしたのかね?空力のためか?」「いや、空力的には問題が多いクルマだよ。そのヒントはバックミラーにあると思うんだ」「ほとんど後ろが見えない、あのミラーに?」「いや、初期のLP400には屋根に溝があってね、潜望鏡がついてるんだよ」「潜水艦じゃあるまいし」「そういう発想がSFっぽいだろ?」「ああ、でも'70年頃ってそういうの流行ったな。キューブリックの映画...何だっけ?」「2001年宇宙の旅とか時計じかけのオレンジとか?」「アポロ計画もあったし」「そうそう、エアロパーツもウィングもついてないLP400を真横から見るとまるで空飛ぶ円盤みたいだよね。ほらムソルグスキー型だっけ?」「アダムスキー型だろ?」「どっちでもいいけど、とにかくタイヤなんてオマケみたいなもんなんだよ」「今のクルマじゃあり得ないな。15インチだっけ?」「いや14インチの七まるタイヤ」「ははは。スーパーカーらしくないな」「いや今の18とか19インチってのがデカすぎんだよ。扁平タイヤだからバイクみたいだ」「じゃあ、ガルウィングは?」「美しいね。メルセデスの300SLをカモメとすれば、クンタッシのはスワンだね。ドアを上げたままリバースする姿なんかまさに...チャ〜チャララララ〜(白鳥の湖を歌い出す)」「優雅だね。だけど実用的じゃないな」「芸術ってそういうもんだよ。ある意味、非常識」「そこだな、君が惚れた理由!?」
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2011年9月12日
みなさん、スーパーカーってご存じですか?実はこれ専門家の間でも定義が難しくて、「これはスーパーカーと呼べるか?」なんて議論してるんですね。今ギネスで最高速はブガッティヴェイロンの431��/hですが、特定のテストコースでしか出せない速さのために一億以上も出して買うなんてバカげてますが、これこそ文句なくスーパーバカーです。ときに今、世界中の巨大メーカーには「不況」と「環境」の2KYOが吹き荒れてまして、目標千万台とか技術開発のための合併や提携が盛んですが、そんな巨大メーカーのつくるスポーツカーはいくらスペックが凄くても「うちもひとつ作ってみました」的な要素を感じます。そういうクルマの購買層は「カネが余ってしょうがないからうちもひとつ...」的な成金なんでしょう。要はスーパーカーは数字じゃないんです。光岡の大蛇なんか外観的にエキゾチックなオーラはありますがオートマですから問題にもなりません。非常識ってくらい扱いづらいというのもスーパーカーの条件なんでしょう。そもそもスーパーカーは中世欧州の階級制度の産物といわれます。環境主義でスポーツカー自体が絶滅しつつある欧米社会はどんどん共産化してるようです。たしかに十数億人もいる中国やインドで自転車代わりに乗られた日には燃費がよくないと大気汚染がヤバいです。そのうちガソリン税もタバコ並みにベラボーに跳ね上がってスポーツカーなんて庶民の手の届かない金持ちの道楽になるでしょう。それはそれで本来のスーパーカーが登場した状態に戻るのかもしれませんが、そうなるとスーパーカーのみ生産という少数のメーカー、例えば、パガーニやノーブル、SSC...だけが本物ということになるでしょう。それから、昔のランボルギーニがそうだったようにレースに出てはダメです。なぜって、賞金とか順位のためじゃなく、夢のためにスーパーカーは存在してほしいからです。
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2011年9月14日
あんさあ、SUPER GTみてて思うんだけど、GT500クラスってみんな同じ車に見えんだよね。だいたい参戦してるの国内メーカーだけじゃん。何それ?海外締め出し?それに全然SUPERじゃない。何で500馬力で280��/h、 FRじゃなきゃいけないの?規定が細かすぎて交流戦すらできない。内向きニッポン。そんな規定すべて取っ払ってコスト制限一本にしたら?だってカネかけりゃいくらでもモンスターな車はつくれんでさ。そうじゃなく3000(万)クラスとか、300クラスってのがあってもいい。その方が万人にわかりやすい。カネがモノを言うのさ。エンジンなんてリアだろうが何馬力でもいいんだ。マシンのみが対決するわけじゃない。せっかくコストかけてもウェイトハンデだのリストリクターだのつけられて、結果、同じような形、メーカーになっちまう。つまらんね。GT300クラスの方がまだ個性的で楽しいよ。痛車なんて出ててさ。ミクとかイカ娘とかかわいくて、しかも速い!ドリフトとかクラッシュしても許しちゃう。でもこの下位クラスにフェラーリとかポルシェ、ランボルなんてスーパーカーが出てるのが不思議だよね。つか無惨だねえ。300馬力で250��/hって70年代の実力だよ。性能をフルに出せないレースって何?本来なら700クラスで争うべきメーカーだろ。性能の均衡化ってのもわかるけど、それが結局、コスト高騰になってんじゃ本末転倒だし、タイヤがすぐバーストすんのも、よけいなハンデのせいちゃうか?優勝が入れ代わり立ち代わりなんて子どもの運動会じゃねえんだからさ。レース管理しすぎ。いいんだよ、ダントツトップが独走しても。そこで各チームそのマシンを研究して自分のマシンを見直す。その期間が充分あっていい。だから毎月じゃなく、せめて三ヵ月おきでいい。夏の陣とか銘打ってさ!四季豊かな日本的じゃん。それにプロモーション費削るとかって、オレの周り誰も知らねえよ。その辺歩いてるギャルでも知ってる、っていうのをプロモっていうんだ。
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2011年9月19日
「これだこれ!」ネット画面に食い入った。子どもの頃、上手く作れなかったマルイのカウンタックLP500。伝説の名作キットがなんとオークションで二万もしてる!見覚えのあるパッケージ。横向きに近い角度の青いボディがまるで冷たくそっぽ向かれた感じで子ども心に恨めしかった。あれから30年。リベンジしたい気持ちに駆られてついポチってしまった。数日後、商品が届いてびっくり!壮絶なギミックの数々。「モーターで走行(しかも高速低速の切り替え式)」「ヘッドライト開閉&点灯可」「テイルランプ点灯可」「コクピット内ハンドルに連動してステアリング可動」「ドア開閉可(実車どおり先端が車体に潜り込む!)」「エンジンフード開閉」「スロットルレーシング走行用ピン付属」...実は最近、アオシマから出てる同サイズのカウンタックも作ったのだが、エッチングやメタルシールなど部品数は壮絶、メッキもふんだんに使用されていて、マスキングシールまで付属なのには感動した。それが三千円ちょいなのに、この名品が当時たった八百円だったことが信じられない。さて製作に入る。プラモなんて色分けされてパチパチ組み立てるだけのガンプラしか作らないガンダマー!?の私は、接着剤もうすめ液も持ってない。気合いを入れてサンペは2000番まで、それにサフ、トップコート、マスキングゾル、コンパウンドまで用意。むろんボディカラーはメタリックブルーとクリヤーでスプレー塗料。時間も三日三晩かけた。シンナーのニオイで頭が痛くなりながらやっと完成!!何となく不格好だけど出来栄えはまあまあ。一応リベンジ達成。しかしもう懲り懲りだ!つくづくモデラーにはなれない。世の中にはそういう物臭太郎がたくさんいるらしく、高価だけど本物と見違えるほどリアルな完成品とか、ライトも前後点灯してドリフト走行までするトイラジコンがプラモ並みの値段で手に入る。だいたい正規ライセンスだから不格好なわけない。それで「対象年齢3歳以上」とか書いてある...ホント、今の子どもは幸せだよ。あ、でも逆かな?だってリベンジするには、本物手に入れるしかないんだから!
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2011年9月22日
オバマ「日本の首相が毎年変わるのはどうしてなのか?これじゃ普天間問題もちっとも進まないじゃないか」野田「進めたくないからじゃないですか?日本には古くから、お茶を濁す、という慣用表現がありまして」オバマ「どういう意味か?」野田「適当にごまかすとか、その場をつくろって何とかしのぐ、という意味です」オバマ「ところで原発再稼動はどうなってる?前の首相のような脱原発依存でまさかいくわけじゃないだろう?」野田「ええ、一刻も早く安全性を確保して来年の夏には再稼動させる方針です」オバマ「しかし、君もそのときまで首相でいられるかわからないよな?何だっけ、オチャヲ...」野田「たしかにわかりませんね。いざ再稼動となったら支持率が急落して、野党やマスコミから猛烈な野田降ろしに遭うかもしれません」オバマ「じゃあ消費税増税はどうなってる?」野田「それを言ったら毎年どころか毎月首相が変わってしまいますから、たばこ税とか他の税目で何とかお茶を濁しております」オバマ「またか。お茶といえば中間選挙のときにさんざん苦しめられた茶会運動みたいに国の未来のために議論を尽くすということができないのか?」野田「議論はできるんですが、いざ実行となるといろいろな利害が絡んできまして、結局、にっちもさっちもいかなくなるんです。だから先の戦争でも国づくりはお宅にお任せした経緯がありまして。ところで、大統領、日本のことはさておき、アメリカ国内の経済や雇用問題は大丈夫なんですか?来年秋の次期大統領選の勝算は?」オバマ「そのために君たちに一大決心を迫ってるんじゃないか」野田(...そっちだって次に会う時、大統領でいられるか知れたもんじゃないのになあ)悩める両首脳であった。
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2011年9月23日
ぼくはニコ動でかなり有名なボカロPですが、実を言うと自分の曲は全部パクりです。ていうか、曲を作れるソフトすら持ってません。ただ、音楽は大好きで、ネット上に溢れるmp3を日々、何百曲もダウンロードしてますと、そのうち、自分だけで楽しむのはもったいない、これをできるだけ多くの人に聞かせたい!という願望が湧いてきます。そこで知りあいの絵師さんに頼んで動画を作ってもらうんです。で、それを批判する人もいますが、ぼくは別に自分が有名になろうと思ってやってるわけではなくて、ただ大好きな音楽を広めたいだけなんで、レコード会社のプロモーターみたいなもんです。本人の代行でうpしてるみたいな。ホントならちゃんと承諾を得るべきなんでしょうが、あまりにたくさんの曲から拾ってるので、どこの誰だったかもわからなくて、それにネットの世界って著作権がないに等しくて、まあいっかって感じ。そういえば、こないだ変な人がいた。少女時代の曲を自己流にパクる、つうか、パロってて、昔、アルヤンコビックがマドンナのライクアヴァージンを「ライカ、サージャーン(外科医)」なんて替え歌してたのを思い出した。ぼくにもそういう音楽的才能があったら、どんどんパクっちゃうし、自分の曲もパクってほしいけどな。DJのリミックスみたいにどんどん壊して遊んじゃってほしい。でも、ホントにパクられたくないなら、絵みたいにどっかにサインしとくしかないね。音にどーやってサイン?音色とか声自体がアイコンみたいな...サザンの桑田さんとかミスチルの桜井さんとかユーミンさんとか一聴してわかるよね。お笑い芸人にモノマネされるくらいがかえって箔がつくみたいな。今はそんな人ほとんどいなくて、みんな同じに聴こえるし、ボカロなんてわざとそっち目指してるから、サインのない写真と同じでどこでどう使われたって仕方ないと思う。
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2011年10月9日
「これが世界に七台しかないイオタのひとつっすか!?」「そう。3年もレストアにかかって、まだエンジンは調整中だけどね」「赤の塗装がめっちゃキレイすね!新車みたいす」「でも'68年製だよ」「じゃ、43年前!?」「もとはミウラだったのを改装したんだ」「ミウラとどこが違うんすか?」「レース仕様でね、エンジンの馬力も最高速度も上がってるし、車重も軽いよ。ほら、ここ見てごらん」「ネジがごっついすね。昔の飛行機みたい」「このリベットで表面のアルミ板を補強してるんだよ」「あとウィングがてっぺんについてるの珍しいすね」「そう。ちょっと小さいよね。オリジナルJにはこれがついてなくて、試験走行中に230km/hでノーズが浮いちゃって横転、炎上...」「ああ、たしか廃車になったんすよね」「そう、幻のNo.4683ね」「ランボルギーニってそういうの多くないすか?世界に一台の、みたいな」「うるさい顧客のオーダーにいちいち応えてるからだろうね。ま、アウディ傘下になってからはそうでもないらしいけど」「あ、こないだ北野武のガヤルドを所ジョージが運転してる番組見ました。所さんV12なんて言ってましたけど、あれV10すよね?」「エンツォはV12以外はフェラーリと認めないって言ったけど、フェルッチオもガヤルドはランボルギーニじゃないって言うかもね」「単なる金持ちのアクセサリーすよね」「ちょっとエンジン音聞く?」「はい!」なかなかエンジンがかからない。「大丈夫すか?」「うん。だいたい、いつも3回目くらいでかかるんだけど」やっとかかった。「すごいっすね。クルマっていうより...大型トラックすね!」「もともとトラクターの会社だしね」「あ、けど速度計、400km/hまであるんすね...ホントに出ます?」「うーん、こわいね。ぜったい前が浮く」「じゃあ、横にも羽があったら空飛べますね」「うん。ホントにそんな気分にさせてくれるクルマだね」
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2011年10月19日
最近のスマホを見てると四次元ポケット的な万能さと同時に、カードいっぱいの財布みたいな危うさも感じる。例えば大学の卒業者名簿はマーケティングにとっちゃカネのなる木だけど、端末の個体情報もターゲティング広告にとっちゃ垂涎のマト。それがアプリのインストールとともに勝手に自動送信されてしまうのがプライバシー侵害にあたるとかで問題になってるらしい。そりゃ、マスコミで一斉に広告を垂れ流してヒットする時代じゃない。よりターゲットを絞ってピンポイントで広告をうつ方がたしかに時代に合ってる。わたしのヤフーにもオークションで見てるのがクルマの玩具ばかりだから、最近、シトロエンとか本物のクルマの広告ばかり表示される。けど、そもそもクルマは見たり聴くものであって、乗るものと思ってないから広告なんてされても買う気は全然起こらない。だけどこういう個人情報の自動送信って昔からあった。アップルのiTunesにCDの曲名を問い合わせるサービスがあるけど、自分のライブラリにしかないはずの曲(自分のつくった曲でタイトルがdwofとかいう記号)がネット検索でひっかかった時は目じゃなく、林檎を疑ったね。トラック取得と同時にライブラリ内容も自動送信されてるんじゃないか?と。もう6年も前のことで、それを『ギックリ語誌(西)』の中で「社会の窓」という笑劇として書いてるからよく覚えてる。あれ以来、ネット上の窓にはカギなんてないんだと思ってる。じゃあ、どんどん流出させてしまえ!と、嘘もホントもないまぜの煙幕攻撃をこうしてはってるわけ。四次元ポケットもドラえもんがいてこそ、愚かなのび太にも悪用されない。スマホにもそういう管理者があるといいね。ま、タダより高いものはなし。無料のアプリとかは無闇に入れないことだ。そのうちべらぼうに高いセキュリティアプリがばんばん売れるかもね。
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2011年10月20日
スターウォーズを見てたら、80年代初頭のSFアニメに同じようなパターンがいっぱい流用されてることに気づく。息子の宿敵が実は父だった!とか、暗黒の世界を滅ぼすみたいな展開は「さよなら銀河鉄道999」もそうだった。ダースベイダーが黒騎士そっくりだし、デススターも機械化母星メーテルみたい。それに主人公ルーク・スカイウォーカーが使うサーベルやフォースも「機動戦士ガンダム」のビームサーベルとかニュータイプそっくりだし、森の惑星を闊歩する2本足のロボットは「戦闘メカ ザブングル」のウォーカーマシンの方がかっこいい。考えてみれば、あの頃、冷戦時代のアメリカの影響を日本は文化面でも経済面でも強く受けていて、その顛末がバブル崩壊だったわけだ。エピソード�困妊茵璽世�死ぬ前にルークにアドバイスする言葉がある。「怒りと恐怖に気をつけろ」みたいな。恐怖というのも無知から来るものだと考えれば、この言葉は仏教の三毒(貪瞋癡)とすごく似てる。けど、なぜ父と対決してまで暗黒面を倒さねばならないのか?それこそ貪りの心じゃないのか?そこが正義の国アメリカの映画。ニーチェはキリスト教は「怨恨の精神から生まれた一つの敵対運動」といったけど、むしろ「貪り」に満ちた精神だと思う。最近の映画、例えば「アバター」にしても基本は人間と自然の敵対運動で、その根底には貪りの心がプンプン臭う。第一、よくもまあ、あんな凝った3D映像なんてつくる。ご苦労さんだね。きっとタイのような仏教国でスターウォーズを作るならヨーダのセリフは「すべてあきらめなさい」になるか、さもなくば、さんざん面白がらせて、最後は、すべて夢でした!チャンチャン♪みたいな展開になるはず。そもそも映画なんか誰も見ないだろうね。一部の金持ちだけで、あとみんなボンビーだから。テレビや映画が廃れてる日本もそっちに向かってるニオイぷんぷんな今日この頃。
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2011年10月20日
『キムタック』とか韓ドラ見てると凄いなって思う。都合よすぎ!って知りつつ、よくもまあこんな...と感心する。視聴者の涙を絞り出すために、これでもか!これでもか!と、ドラマなんて感動させりゃいいんでしょ?とわかってる。変にリアリティなんて追求してないとこが潔いけど、そこがちょっと頭のいい人には敬遠されるのかも。出てくるクルマとかロケ地もパねえ。日本だとバブリーだと敬遠されそうだけど、あちらはせめてドラマの中だけは最高の夢見せて!って感じなのかも。日本なんてエラい人が失言ですぐ辞職したり、企業の不祥事対策が妙に万全だったり、子どもの声くらいに苦情が出たり、妬みが蔓延してる感じ。でも、それって世の中が平べったくなってるからだ。階層社会じゃ雲の上に文句は言えまい。これが民主社会の姿?大した夢もなく人々は妬み合う。大国の経済が低迷するのも資本主義の必然という意見がある。これ以上、大人がどう成長しろっていうのか?子どもと一緒になって競ってどーする?ゲームならいいけど。ん?すべてがゲームというならそうもいってられないか。「資本主義社会に生活はない。あるのはただ宿命だけ」とサルトルはいったし、大岡昇平も『俘虜記』の中で戦後の状況を演芸大会として描いていた。この状況は帰還する日の永遠にこない俘虜生活だ!といわんばかりに。そこにドップリの日本でちゃらい恋愛ドラマしかつくられないのも当然。モバゲーが球団を買収するのも必然?生活もないが宿命もない。あるものはただ永遠に続くゲーム。ゲームオーバーになればリセットしてまたスタート。その繰り返し。韓国にはまだ終わりのくる生活や取替えのきかない宿命があるんだろう。そこに韓ドラのリアルさがあるにちがいない。ところで、私事で恐縮だが、楽器を最近買った。2万円のちっこいアンプだけど、これさえあれば今までのは何もいらない!つくづく楽器との出会いは運命だと思う。けど、こんなのが運命と感じてしまうのが、資本主義社会なのだ。きっとゲームの中にもあまたの運命があるんだろう。まあ、韓国も中国、インドもそうなっていくんだろうけど...。 |
2011年11月1日
これは或る精神病院の患者が誰にでもしゃべる話である。「三年前の夏のことです。病室で寝ていると、突然、小太りのおばさんが入ってきて、僕の手を片手で握りながら、もう片方の手でオモチャの鉄琴をたどたどしくたたき始め、「ね、この曲、知ってるでしょう?幸せなら手を叩こ、トントン」と僕の手を叩かせました。ちょっと笑ってみせたら、おばさん、今度は「幸せなら、おなか叩こ」と勝手に歌詞を替えました。お腹は勘弁して欲しかったのですが、さらに得体の知れない液体を自分の手につけて、僕の手や二の腕に塗りつけてきて「ね、いいにおいでしょう?何の香り?」といいました。この光景を誰かが見たら、さながら、ひと頃流行ったスピリチュアルなんとか、みたいだったと思います。でも苦笑いしかすることができなかったのは、たぶん、おばさんの厚化粧のせいだと思います。その肌のマット感は、さながら、スプレー塗料を吹いただけの模型のようでした。年の割りに白髪が一本もない栗色の髪も、ツヤがなくてどこか作り物のようでした。何と言っても、あの引きつったようなフランクな笑顔で赤ちゃんをあやすように囁きかけてくる声には鳥肌がたってしまいました。あれは阿弥陀如来とかモナリザの微笑というより、小さい頃、たまに遊びにいっていた親戚のおばちゃんに似ていました。ちなみに、その人の旦那さんは働き盛りで亡くなりました...。「これは洗礼か何かですか?」「いえ、この病院の活動方針の一環なんですよ」おばさんは、なんとかセラピーと言っていましたが難しくて忘れました。そのとき、窓の外にタバコを吸いながら携帯電話に見入る看護婦の姿が見えました。「それだったら、あの人たちにやってあげてください」「どうして?」「仕事のしすぎでストレスがたまってるみたいですから」精神を病んでいるおかげで仕事もできず、したがって酒も飲めず、女とも遊べず、世間とは隔絶された孤独生活をしていることに、あのときほどありがたく思ったことはありませんでした。」 |
2011年11月15日 [完] |