時間の駄無

その2



老獪と誠実

「芥川が彼(島崎藤村)を評して老獪と言ったのは当然で、彼の道徳性、謹厳誠実な生き方は文学の世界に於いては欺瞞であるにすぎない。」(『デカダン文学論』昭21.10 坂口安吾)
 藤村にしろ、志賀直哉や小林秀雄にしろ、安吾がこき下ろした作家達は大抵70〜80歳まで長生きしており、反対に芥川や太宰、牧野信一のように親愛の情を寄せた人達は、大抵30〜40歳の若さで自殺している。安吾自身は、その中間ともいえる49歳で自殺でなく、藤村と同じく脳出血で死んだということは、彼自身の人生は老獪であったか?誠実であったか?
「文学者は軽々に告白すべきものではない。むしろ告白せざることによって、その罪の深さを見凝め骨の髄まで我身の罪をひとり飽くなく味わうべきであると思う。(中略)告白は次の告白を必要とし、どこまで行ってもきりがなく、徒に真相を離れて、ただ破綻するのみである。」(『文芸時評』昭21.7 坂口安吾)
 キリがないのはウソや言い訳も同じだろう。本人が破綻してないつもりでも、世が破綻するのは離婚や自殺、医療費の増加が証明する。破綻しない誠実な告白はないものか?それが医療費も自殺者も削減するのではないか?
「彼は『新生』の主人公ほど老獪な偽善者に出会ったことはなかった。」(『或阿呆の一生』芥川龍之介)
 ここで芥川は藤村を暗示しつつも、「新生の主人公」と書いており、「インデキスをつけずに貰いたい(前文)」と名指しを避けている。しきりに「藤村は、藤村は」と名指しで悪態付く安吾は、作家と主人公を混同しているようだ。今では自然主義や私小説は流行らないし、ノンフィクション作品に個人的な罪の告白など誰も求めない。そんなフィクション王国だから、こんなに長寿国なのかもしれぬが、三万人もいるという自殺者やその予備軍は、そんな欺瞞な世に見習って偽善者にもなれないから死にたいらしい。
「友人のW君が目下神経衰弱で帝大病院へ通っているが、療法をきいて面白いと思った。医者は薬を与えない。毎日日記を書かせてそれを提出させる。(中略)要するに潜在意識をさらけ出さしめ、それを隠すことによって精神を疲労せしめた原因を除去するのではあるまいか」(『流浪の追憶』昭11.3 坂口安吾)
 文明開化以降、明治大正期の日本は急速な西欧化による神経衰弱が流行っており、一方、西洋からはフロイトの精神分析も入ってきて、自然主義や私小説とは医者の代わりに本人がする精神分析療法ではなかったか?わざわざ世間に恥を曝してまで表白するのは、心身の汚れを漂白して健康に長生きしたいからだろう。今みたいに病院に行けば簡単に薬をくれた時代ではない。
 西洋思想に通じた芥川も安吾も、文学の中で主人公にさせる告白と、本人が日記に書く告白とでは、まるで質が違うことくらい気づいていたはずだが、それが混同しそうな狭間で、告白の「勝ち組」に嫉妬していたのかもしれない。そんな老獪藤村にとって誠実とは、妻亡き後四人の子供を男手ひとつで育て、脳溢血をかばいながら72歳まで生き伸びた生活、つまり安吾の言う「世間的処世」に対してだけだったかもしれない。が、芥川や安吾自身の文学も、否、誰の文学もそれが破綻しない告白である為には、虚実が混同するのが自然なのは、文芸がそういう虚実の皮膜に浮かぶ世の誠実なる写し絵だからではないか。2005年06月23日



サルトル悟る

「実存は無動機、不合理、醜怪なものだという。人間はかかる一つの実存として漂い流れ、不安恐怖の深淵にあるという。(中略)サルトルは救いを『無』にもとめる。これはサルトルの賭だ。こういう思想は思想自体が賭博なので、彼自身の一生をはる。」(『肉体自体が思考する』坂口安吾)
 ノーベル文学賞を辞退した59歳のサルトルは、その歳になるまで彼の思想を貫いていたといえる。実存主義は知らぬが、人間、否、文明は意味を求め、そして使ったら、最後に捨てなければならぬ。意味自体にそうした宿命があるという思想が何主義というかは知らぬ(虚無主義?)が、情報も食物と同じだと思うだけだ。カラダがモノ食って排便しないのなら誰だって便秘になって嘔吐するか、知らぬ間に血行不良で身体の内部を病む。それは誰のアタマも同じだというだけ。
 じゃあ初めから意味など知らぬがよい、とりあたまの如く白痴で生きられたら楽だろう。無知は何でも神秘に見えて、さぞかし楽しそうだ。しかしそれも世界の歴史がそうだったように食糧や陣地の争奪戦への近道だろう。他を侵す前に限度を知ることが自律である。サトルことである。
 カラダも栄養不足ならやがて死ぬ。けれど過ぎ足れば病気の元だ。それはアタマも同じ。意味を食い過ぎて排便しなければアタマを病んで、やがて死にたくもなる。忘却は贅肉と同じで排便とはなりえぬ。どうせ意味の排泄なら、おしゃべりや独り言よりは、手で書く小説執筆の方がいいとサルトルも『嘔吐』で悟るのもわかる。口から出す嘔吐は消化不良だから実にもならぬが、排便なら栄養になったはずだから。小説に限らず良い芸術作品とは嘔吐物ではなく排泄物である。ウンコの味もゲロと似て苦いかもしれぬが、それは、もう要らぬものだからだろう。捨てるべきものがウマかったら、その方がマズイ(笑)。
 サルトルが世界からの大賞賛を拒否したのも虚無や意地ではない。意味を持たされることへの自己防衛だろう。実存とは恐らく、宇宙の如く有害でも無害でもない混沌としたもののはず。それに人為的に有用性や方向性を与えたとき、例えば相対性理論のように、有害性も持ってしまう。サルトルは受賞の巨大な意味を貰う前に捨てたのだ。そんな肉体自体が思考していた彼の思考自体がすでに肉体化していたに違いない。2005年06月06日



暗黒からの思想

「お安の体はそのまま一本のマッチの軸のように炎に包まれ、声もなく横倒しとなり、しばらくはプスプスとくすぶって、風吹くたびにこまかい火の粉をまきちらしていたが、それも消えて闇。」(『マッチ売りの少女』野坂昭如)
 もし昼間が真白一色の世界だったら?それは太陽のそばに行けばいいが、灼熱で生物はたちまち焼け死んでしまう。白とは死色でもある。反対に黒とは、全ての色を混ぜて行き着く色でもあり、全てを覆い尽くす色でもある。最も安定した色といえる。しかし暗闇は恐い。真実もあまりに惨い。
 畏れとは、そのように黒と白の両極を知った故に、微妙で儚い赤や青や黄を大切にするコントラストの知恵だろう。かつての男色家も真っ当に結婚をしたのに、昨今は一般人すら非婚化・晩婚化が進み、自殺者が増加というのは、一面白世界なのか、それとも真っ暗闇なのか?現実にある性の問題も軍事の問題も目を背けたい暗国主義なら、ハレーションを起こしたユートピア世界が白く覆っていくだけだろう。どうりでみんな死色を選ぶ。どうせ虚像世界を描くなら、いっそ『マッチ売りの…』のように暗黒を描くほうが宇宙の如く自然。しかしそんな野坂氏は♪空にきらきらお星様…と歌う童謡『オモチャのチャチャチャ』の作詞者でもある。
「♪鉛の兵隊トテチテタ/喇叭ならして今晩は/フランス人形素敵でしょ/花のドレスでチャチャチャ」
 こうした楽しい色彩感覚と『マッチ売りの…』の救いようのない闇とはコントラストを成している。ここに自殺した三島由紀夫にはない畏れの深さがあるようだ。白い画布に自由に描くのではなく、暗いテレビ画面の映像を何とか明るくするように、心の画面にも光を当てると畏れも深くなる。試しに、この画面に目を凝らしたらいい。目が慣れたら、そこに何か映像が浮かんでいるかもしれない。
「♪空にさよならお星様/窓にお日様こんにちは/オモチャは帰るオモチャ箱/そして眠るよチャチャチャ」そんな楽しい映像が。そして、そんな文明のオモチャをオモチャ箱に眠らすと、現実の色彩も白から鮮やかに見えてくるだろう。2005年06月04日



文明というオモチャ

「『戦争と一人の女』はゲラ段階でGHQの検閲によって大幅な削除をこうむって発表された。削除理由は『Militaristic / Love of War Propaganda』。」(『戦後短篇小説再発見』解説より 井上時男著)
 堕落とは人間を救う出発点ではあろう。それは偏見社会をも救う。しかしその先には精神の頽廃、肉体の不具・不感症があると悟らねばならない。
「私は親に女郎に売られて男のオモチャになってきたわ。私はそんな女ですから、遊びは好きです。汚いなどとは思わないのよ。私はよくない女です。けれども良くなりたいと願っているわ。なぜ、あなたが私を良くしようとしてくれないのよ。(中略)あなたは私を汚いものときめています。私の過去を軽蔑しているのです」(『戦争と一人の女(無削除版)』坂口安吾)
 ここで男(野村)は、戦時下という死の絶望から生の欲を貪るだけだ。行動だけを観るならば、少女を監禁してSMプレイする青年と大差ない。そうした性倒錯にも相手への軽蔑がなく、「良くしたい」という思いがあるなら、それも愛の一形態だろう。
「戦争なんてオモチャじゃないか、と考えた。(中略)もっと戦争をしゃぶってやればよかったな。もっとへとへとになるまで戦争にからみついてやればよかったな。血へどを吐いて、くたばってもよかったんだ。もっと、しゃぶって、からみついて――すると、もう、戦争は可愛い小さな肢体になっていた。」(『戦争と一人の女(無削除版)』坂口安吾)
 上の文中の「戦争」を最初から「肢体」と読み替えてみたら、捕まった監禁青年の味わった肉欲も少しは想像できる。さらに「死体」と読むと、まるで現実を通り越して「桜の森の満開の下」の肉慾になる。
 人間には死ぬほどオモチャが必要らしい。それが可愛いミニカーや人形やゲーム機、ケータイであるうちはいい。その対象が他の人間になったときも、そこに愛があるならいいだろう。それが他の社会ともなると、戦争になる。それも文明の掟というなら、これを飼い慣らす術も文明によるしかない。文明自体がオモチャなのだ。
 天皇と一緒に日本國民も「人間宣言」して以来、そうしたオモチャの発明に余念なく今日もその途半ばのはずだが、最も根元的なオモチャを失ってきてもいるから、また戦争の歴史を繰り返したくなるのじゃないか?動物には言語も、生殖以外の性も必要ない。従って戦争もない。何故、人間だけがオモチャを必要とするか?
「人類は生物進化の畸型児である。(中略)牛や馬の赤ちゃんは生まれて間もなく自分の足で立ち、自分で食物を探して自活できるようになるが、人間の赤ちゃんはほぼ完全に無力・無能な状態で生まれ、自活できるようになるまでには長年にわたって親または代理の世話と保護を受けなければならない。」(『国家論』岸田秀)
 弁慶は生まれ出たときすでに髪がフサフサで、言葉をしゃべり、なんと親に挨拶までしたという。そんな事が有り得るか。有り得ぬから伝説なのだが、オモチャもそれでいいではないか。
「私は今さらながら、言葉の真の効用を会得した。言葉が相手にするものこそ、この現在進行形の虚無なのである。いつ訪れるとも知れぬ『絶対』を待つ間の、いつ終るともしれぬ進行形の虚無こそ、言葉の真の画布なのである。」(『太陽と鉄』三島由紀夫)
 監禁青年は4度も結婚して、何人もの少女を首輪にはめて調教していたという。この旺盛な行動力に欠けるものは確かに「言葉の効用」だろうが、性なき愛国心も自死に行動の帰結を求めるしかない永遠の虚無だろう。人生は虚無が大半だから行動より少し多く文明を活用せねばならない。
 昭和21年10月に発表された「戦争と一人の女」の原形は、それから半世紀近く日の目を見ることはなかった。その理由が「軍国主義者的あるいは好戦的宣伝」だとGHQは封印したわけだ。何が問題だったのか?
「エロスは危険なエネルギーを秘めているから、どんな社会もそれをコントロールするためのシステムを作っている。具体的にはそれは男が女の性を管理し支配する、という形態をとる」(『戦後短篇小説再発見』解説より 井上時男著)
 その「男の性」を調教しているのは、母だったりする(笑)。ならば、その管理とは、泣く子に無闇にかまわぬことから始められよう。2005年05月21日



文明の治水

 戦時中、坂口安吾は「黄河」という脚本を書こうとしていた。これは日本軍の治水事業の宣伝映画だったという。
「北は天津から南は南京の対岸まで黄河が流れた跡なのである。(中略)黄河の水はだいたいに於いて50パーセントの黄土を含み、水の流れではなくて、泥の流れなのである。(中略)大雨のあとは河床が泥で平地より十数メートルも高くなり、堤を高くしても追っつかない。」(『国宝焼亡結構論』坂口安吾)
 結局、歴代の統治者の到った結論は、水に逆らわぬ方がいい、という。これでは治水ではない。が、古代シルクロードの東西交易も成長著しい昨今の中国経済も、それを支えたのは黄河治水と同じ放任哲学だったのかもしれない。
 そんな黄河に比すべき日本文明発祥の河が大和にあると安吾はいう。
「飛鳥川に有為転変の感懐を託していた日本文化の源流というものは、温室育ちも極端であり、あまりにも小さすぎて、いじらしく、悲しく、おかしく、異様ですらある。」(同著)
 安吾は調べていくうちに宣伝映画の脚本づくりよりも、黄河の巨大な魅力に惹かれて、書き上げる意欲を失ったようだ。フィルムになりそうもない戦局にもかかわらず彼の熱意の籠もった読書は、そこから後に堕落論に結実する多くを学んだようだ。あまりにも大陸は大きく、日本は卑小で、あの戦争がいかに無謀だったか、黄河の治水事業にも、それを見抜いていたようだ。
 水を治めることと人民を治めることは文明の宿題。憲法というのも文明の治水みたいなものだろう。日本の河といえば急峻な山から一気に海に注ぐ急流が特徴で、そこから飲料水や電気を戴いて現代生活に活かしているわけだから、その主役はダムだろうか。ならば文明のダムとは何か?歴史や文化のストックであろう。つまり、そことの対話なくして改憲もない。
 しかし、ダムや堤の改良で数千年来の河の流れ方まで変えられるわけではない。飛鳥川でも黄河でもガンジス河やミシシッピ川でもいい、どんな河にも通用する万能な治水の方式があるとしたら、それはまさしく、水に逆らわぬ方がいい式となり、もはや憲法ではない。
 ときにモノの領域は、まさにその方式。ならば、そんな世界の軍需産業の中でMADE IN JAPANの株はいかほどか?ミクロ&プレストな日本流にもそれなりに特技があるのか?それは宇宙開発がいい試験場になるのだが…。六十年前と同じ恥をかかぬ為には、改憲の是非よりも日本流の実力をまず知ることだろう。2005年05月07日



ハイブリッド社会

「その時分は今と違って就職の途は大変楽でした。(中略)つまりは人が払底なためだったのでしょう。」(『私の個人主義』夏目漱石)
 そんな払底な時代に比べると、今は何でも太ってぇ時代。人も物も有り余っている。年々増殖するニートは経済活動に貢献しないから問題という。さらに少子化が進むと年金や保険、徴税が問題だともいう。カネカネおっかねぇ?個人がエゴイストなのは自然だが、社会までイストだと狂気である。人口とGNPが低下して、ODAを現状維持できれば、国連の常任理事国入りの条件値も遠くないではないか。どうも日本経済は内燃機関に喩えると旧式のガソリンエンジンに近くて、ハイブリッドではないから世界一等国として認められないのじゃないか?余剰エネルギーを発電に活用するコ・ジェネを、経済で言うなら将来の貿易のために途上国に資金援助することだろう。今のように消費に伴う医療費など二次的な浪費で成り立つ豊かさはカスケード運転しすぎてオイルが切れたエンジンのようで、どうりで老いるのも早い。
「高齢化社会で老人に生き甲斐が必要だとか何か趣味を持たなきゃいけないなんてバカなこと言うなって。趣味というのは一生かけてやり続けるから趣味なんであって、老人になったからいきなりピアノを趣味にしようと思ったって、弾けるわけないじゃないか。」(『死ぬための生き方』ビートたけし)
 趣味もそうだが仕事もそうだ。カネに縁があれば仕事、なければ趣味なのか?何でも経済価値に換算するデジタル狂気がニートというコトバを生んでるのじゃないのか。「断食道場で男を磨く中年が増殖中」というのも、大昔にお釈迦様がやり始めたことで、つまり働くというのは五感を鋭敏にするということで、それは何もしないことから研ぎ澄まされる。
「『物臭さ』『億劫がり』は東洋人の特色であって、私は仮にこれを『東洋的懶惰』と名づける。(中略)禅宗の道元の如きは「仏教のための人生であって、人生のための仏教でない」という風に考えていたらしい。基督教とは千里の差があるように思う。」(『懶惰の説』谷崎潤一郎)
 世のケーザイと余のケータイばかり働かせる欧米的日本人は、実は自分が働いておらぬことに気づいていない。情報やモノばかりで血が流れないから体内の管という管が詰まってしまう。自らの体内の働きを自らの精神の収入としている人を、非難する人はオイル切れした社会の歯車に過ぎない。
「闇の女は社会制度の欠陥だと言うが、本人たちの多くは徴用されて機械にからみついていた時よりも、おもしろいと思っているかも知れず、女に制服をきせて号令をかけて働かせて、その生活が健全だと断定はなしうべきものではない。」(『続堕落論』坂口安吾)
 出番がないときは引っ込ませて、無為自然な生活から人生を学ばせ、いつでも迎入れる余裕のあった漱石の明治時代のほうがよほど人間が豊かではないか。学歴偏重や年功序列でガチガチの偏見社会にそんな隙間は出来ない。未だ戦後復興みたいだ。まずは有り余るモノを減らすこと、カネよりも血を流すこと、その結果として人口やGNPの数値が下がることは社会のハイブリッド化への過程であり、その先に世界に物言える立ち位置もあると言える。2005年05月05日



てめぇの人生はてめぇで…

「役人は私をよほど無能というよりも他の徴用工に有害なる人物と考えた様子で、(中略)私が天命主義でちっともジタバタした様子がないので薄気味悪く思ったらしいところがあった。」(『魔の退屈』坂口安吾)
 天命主義?それをいうなら「てめぇ主義」だろう。天命で生きる、それがてめぇの人生であり、青春であり、たとえそれが熾烈な戦いであろうと魂の幸せというもの。天命も運命も見えないという世は、戦時中と同じく不幸で巨大なシステムが在るだけだ。
「先のことを考えても、本当に今の現実と争うこと、つまり現実と魂とが真実つながる関係がないのである。」(同著)
 例えば相手をイカすより、自分がすぐにイクような性交が二人でするオナニーに過ぎないように、盲目的な夢に満ちた目的ばかりの社会は人間にとって不幸である。しかし、さすがの安吾も戦時中にそう言えたろうか?終わってからしか真実がないなら「サヨナラダケガ人生」と同じ事。花見みたいに、みんなでワイワイやってパーッと散る人生ならいいが。
「徴用令も出頭命令というのはきたけれど、二、三たずねられただけで、ほかの人たちに比べると驚くほどあっさりと、おまけに『どうも御苦労様でした』と馬鹿丁寧に送り出されて終わりであった。」(同著)
 きっとやる気のない返事をしたのだろう。戦争というあからさまな現実ですらも、人間の目は節穴らしい。だらしない男や、ギャング、ハリアイなく笑う女、こういうハミダシ者だけが悪魔の退屈で、現実を冷ややかに見据えて、その抜け穴を狙っている。
「彼らはいったい女房とどんな話をし、私には彼らが女房に言う言葉はわかるけれども、女房の返事はどうだろう?」(同著)
 オーバーランしてしまう人間を秒分刻みの運行ダイヤに収めなければならぬ鉄道会社も、荒くれ者をカネや名声で飼い慣らすメディア業界も、数字上のカケヒキにイノチガケしてる株式市場も、システム自体のデジタルな狂気には気づかない。安全対策とは、いかにハミダシを抑えて表層の安定を保つかではなく、そのハミダシた歪みの音を聞いて、融通や柔軟さを備えるかではないのか。それは苦笑いや溜息の中に隠れて毒気付いてしまった、てめぇのかすれ声を聞くことから始まる。2005年04月28日



サヨナラダケガ人生カ?

 初めて読んだ狐狸庵さんの本は、小学校の頃に読んだ「ぐうたらシリーズ」で、確か学生時代の珍妙なカンニングの話だった。先日、埋もれたビデオの中から偶然みつけた、ある番組の中でナレーションが「こりあん」と発音するのを聞いて、それが「KOREAN」のことだと気づいた。氏はとかくカトリック作家と目されるが、実は「引き揚げ家族」だったのだ。
「一人ぽっちになった今、磯辺は生活と人生が根本的に違うことがやっとわかってきた。そして自分には生活のために交わった他人は多かったが、人生の中で本当にふれあった人間はたった二人、母親と妻しかいないことを認めざるをえなかった。」(『深い河』遠藤周作)
 井伏鱒二の訳詞『歓酒』の「人生足別離(サヨナラダケガ人生ダ)」を、そこだけ気軽に引用する人は多いが、この「人生」という深い河は、狐狸庵さんですら晩年にしてやっと気づいたほど見えにくい。それは何故か?
「『キリがないから厭になったのさ』『あら、おかしいね。なんでもキリがないものよ。毎日毎日ごはんを食べて、キリがないじゃないか。毎日毎日ねむって、キリがないじゃないか』」(『桜の森の満開の下』坂口安吾)
 そんなキリがない「生活」が「人生」を押し流してしまうからだ。食うや寝るならまだしも、何でも一々価値や理屈をつけて競争させるこの世には、カネに困ったり他人と交わるキリのない「生活」ばかりで、人間とふれあう「人生」はないから、終わりがすべてになってしまう。つまり人生足別離に。じゃあ、いったいキリがある生活とはどういうことか?
『遠藤周作 最後の旅 インド神々の大地にて』という、この番組の中で在りし日の狐狸庵さんはこう語る。
「踏み絵をふんだ時、その人の足はすごく痛かったと思いますよ。ですが、そういうものを歴史とか政治は無視しちゃうわけだ。そういう沈黙の範囲に閉ざされた弱虫の声を聞くって言うのは歴史とか政治でなく、文学ですから」
 その自身の「閉ざされた弱虫の声を聞く」のが文学というより、キリのある生活、つまり「人生」ではなかろうか?
「復讐や憎しみは政治の世界だけでなく、宗教の世界でさえ同じだった。この世は集団が出来ると、対立が生じ、争いが作られ、相手を貶めるために謀略が生れる。」(『深い河』遠藤周作)
 ガンジス河で沐浴する人々を、自身の過去と向き合っている姿と見た狐狸庵さんは、ならば満州大連で育った引き揚げ家族として、この生活大国ニッポンの過去とどう向き合うだろうか?我々は内なる弱虫の声をどれだけ聞いて、それを外に発しているだろうか?それでも、やはりサヨナラダケガ人生ナノカ?2005年04月21日



頭のダイエット

「私は中学生のとき漢文の試験に『日本に多きは人なり。日本に少なきも亦人なり』という文章の解釈をだされて癪にさわったことがあった…」(『教祖の文学』坂口安吾)
 本当の人物が少ないのはいつの世も仕方ないとして、それを今の日本に当てはめるなら「日本に多きは阿呆なり。日本に少なきはサルなり」だろう。
 モノが売れないのは誰のせい?そのくせ偽金づくりが横行するのは?
 頭がザルなら情報は満ちることなく流れて、知恵は生まずとも楽しいはず。でもそんなサルも文明に飛びつくと阿呆になる。昔の曲が懐かしいなら阿呆の証拠。記憶は忘却はしても、完全に消失しないからウツや白髪も増える。外部メモリをどんどん高速化・大容量化してもキリがない。
 阿呆はサルを目指す必要がある。戦後日本の貧乏サルが文明大国を目指して裕福な阿呆になったように。阿呆がその自覚なく何も捨てようとしないから経済も行き詰まる。捨てるためにカネすら使う必要がある。
 頭のダイエットもINを減らしてOUTを増やせばいい。そして記憶の贅肉を燃焼すればいい。じーっと考えればいいのはサルの話で、身体生活が欠けた阿呆には運動が必要。カラダを使って記憶も知恵に還元される。それを頭に眠らせては肥満になって体に悪い。情報も快眠快食快便が必要。
 健康人はそれが巧い。彼はよく生活し、反省し、見聞したものを知恵に還元し、それを生活に使い、また反省する。生活とは、そのように身体と言葉と心を一緒に使うこと。ゴミの山を捨てるのは簡単だが、それで頭のダイエットにはならない。情報や文明に罪はなく、阿呆がサルのように生活しないのが悪い。そういえばフランスのワイン消費量が減少しているというのも阿呆がサルに退化している賢明な努力の顕れだろう。2005年02月05日



まずい句

 種田山頭火の俳句はアンビエント音楽に似ている。ジャズもクラシックもポップスも平均律のプールで泳ぐ自由に過ぎない不自由だから、海で泳ぐ自由を求めて楽曲を捨てたのが「アンビエントの伊豆」の実験だった。彼の俳句もそんなアンビエントな生活から、とりとめなく溢れた言葉のカット編集に違いない。
 アルコール依存の人は自殺する確率が高いという。山頭火も酒に溺れやすかった。神経衰弱のため22歳で早大を退学し帰郷。42歳で泥酔がもとでトラブルを起こし禅門に入り、放浪の旅に出て句集を出すようになった53歳にも自殺未遂している。結局58歳で心臓麻痺で逝くまでに七つの句集をつくった。その最後の句集が『鴉(からす)』。
「啼いて鴉の、飛んで鴉の、おちつくところがない」
 「所詮は自分を知ることである。私は私の愚を守ろう」晩年の彼は、そのように自分を在るがままに見つめられていたようだ。「在るべきものに苦しみ、在らずにはいないものに悩まされていた」という「在るべきもの」とは自分の存在感、「在らざるにはいないもの」とは欲念と読むと、ビールを飲まずにはやってられぬ腹の出た現代人も同じだろう。自由、自由と唾を飛ばして叫ばねばならぬ国の人々も。「すべてが在るものの中に蔵されている。在るものを知るときすべてを知る」と悟ったはずの翌年に彼は自殺未遂している。ということは「在るもの」、つまり肉体そのものを捨てて逃げようとしたのだ。その自殺未遂の直後、54歳の彼は救いを求めて良寛の国上山を訪れている。
「青葉わけゆく良寛さまも行かしたろ」
 「私は酒が好きであり水もまた好きである。昨日までは酒が水より好きであった。今日は酒が好きほどに水も好きである。これからは水のような句が多いようにと念じている。」51歳、第二句集の頃の言葉である。
「鴉とんでゆく水をわたらう」
 この句を詠んだ晩年の彼は、水の如く淡く、アルコールの匂いのしない夢の境地にいたようだ。
 彼の生家は大地主だったが後に荒廃してゆく。10歳のとき父の放蕩を苦に母が投身自殺して、その後は祖母に養育されたというから、彼の神経衰弱は遺伝的な影響もあるかもしれぬが、それは物質的豊かさの中で放ったらかしに育つと落ち着きのないキレる子になる現代と同じく、有り余る環境が生む文明病ではなかったか?その彼が鴉の自覚を客観できるまで、酒に酔いつぶれ、彷徨い歩き、幾千も句を詠まねばならなかったのなら、それが現代人も辿るべき運命だろう。
「山頭火の句には西行や芭蕉にないものがある。それは『近代人の自意識』である」(『百人一語』梅原猛)
「肉慾すらも孤独でありうることを見出した私は、もうこれからは、幸福を探す必要はなかった。私は甘んじて、不幸を探しもとめればよかった。」(『私は海を抱きしめていたい』坂口安吾)
 「何がしたいかではなく、何が私にできるかが問題」とは北朝鮮の拉致家族、ジェンキンス氏が今後の就職希望について語った言葉だという。そのように自由主義社会の幸福とは、不自由や不具、不遇、不運、不幸の中に漲って在るのかもしれぬ。「何がしたい」を探して、自由の海で溺れそうな人が多いのなら。
 子規以降、碧梧桐や荻原井泉水など明治の新傾向俳句の中から山頭火の自由律俳句が世に認められたのが死後ということは、同時代の俳人たちにとっては「拙(まず)い句」だったのだろう。古典や自然主義に縛られた彼等に欠けたものは、芭蕉や一遍、空也のような行乞生活であり、それこそが詩の海だと気づいた山頭火に必要だったのは形式よりも、「まず行く」生活だったのだろう。いくら考えてもカラダを使わないと解らない。自由や幸福、平和も。言葉が勝手に言葉を生んでいるような情報化社会に、山頭火の「まずい句」が「いとをかし」なのも、ますます文明病が身体性を奪うからである。2005年02月02日