愛の真空管?
惜しみなく自由も奪う(上) (下) ホコリとホーキ 掌説『阿部定』 ゴーストバスターズ 「両親」という矛盾 「家」という病 或阿呆vs愚か者


惜しみなく自由も奪う(上)
 有島武郎がキリスト教を捨てたのは「明治四十三年」とある。その年譜には当時の社会的事件が併記されていて、二年前にはニーチェの『この人を見よ』の出版が記されている。
「ニーチェは弱い人だった。彼もまた弱い人の通性として頑固に自分に執着した。そこから彼の超人の哲学は生まれ出たが、そうしてそれは強い人に恰好な背景を与える結果にはなったが、それを解して彼が強かったからだと思うのは大きな錯誤といわねばならぬ。(中略)強い人は幸いにして偉人となり、義人となり、君子となり、節婦となり、忠臣となる。弱い人はまた幸いにして一個の尋常な人間となる。それは人々の好き好きだ。私は弱いが故に後者を選ぶほかに途が残されていなかったのだ。」(『惜しみなく愛は奪う』有島武郎著 旺文社文庫p.30)
 もう一つ、「ずるい人」とは、強い人が好きだ。ほとんどの人々は、この「ずるい人」である故に生き延び、強い人はますます強く、弱い人はますます弱くなる。
「今のような人間の進化の程度にあっては、知的生活の棄却はおそらく人間生活そのものの崩壊であるであろう。しかしながら、その故もって本能的生活の危険を説き、圧抑を主張するものがあるとすれば、それはまた自己と人類とを自滅に導こうとするものだといわなければならぬ。この問題を私がこのように抽象的に申し出ると異存のある人はないようだ。けれども仮にニーチェひとりを持ち出して来ると、その超人の哲学はたちまち四方からの非難攻撃に遇わねばならぬのだ。」(『惜しみなく愛は奪う』有島武郎著 旺文社文庫p.98)
 仮に秋葉原通り魔殺人犯を持ち出して、現代社会の「圧抑」を主張するものがあれば、「たちまち四方からの非難攻撃」となろうか。
「社会的なる人間と個人的なる人間と、この二つが相反せざる唯一のものとなり得る時があるだろうか。思うに現世の良俗は破れた嚢を縫うような間に合せな稚拙なカリヌイであるにしても、あらゆる現世に於て多かれ少かれカリヌイであることはその宿命で、良俗に就てかかる絶望的な宿命を確認することは、良俗への侮蔑の念を失う根柢ともなるものである。」(『思想なき眼』坂口安吾 昭和22)
 アキバの通り魔も、現代の「破れた良俗」にとって「絶望的な宿命」だったのかもしれぬ。
「自分が自分であることを忘れさえすれば、どうしてこの逆巻く波さえも心にかかることがあろう。そう思ったときに恐れや後悔の念はたちまち湯に溶けた雪のように消え去って、跡方もなくなった。」(『革命哲学としての陽明学』三島由紀夫 昭和45)
 そんな恍惚状態はゲームの世界と同じく、確かに自由だが、自己喪失ではないか。愛も奪うが、自由も惜しみなく奪うらしい。「尋常な人間」ほど、その失われた自己を取り戻そうとしてもがくだろう。有島だけでなく、芥川や太宰が自己について書きまくって自殺したように、足掻いた挙げ句、最後にプッツンしてしまう。ニーチェは死ななかったが半死状態になった。認知症というのも、そういうプッツン状態なのだろう。自由の先には永遠の無があるとすれば、それを避けるにはどうすればよいか?
2008年6月13日 (金)

惜しみなく自由も奪う(下)
「ニーチェが「私は自分が主張を固執するために焼き殺される場合があったら、それを避けよう。主張の固執は私の生命を値するほど重大なものではない。しかし主張を変じたが故に焼き殺されねばならぬというのなら、私は甘んじて焼かれよう。それは死に値する」という意味のことをいったそうだ。この逆説は正しいと私は思う。生命の向上は思想の変化を結果する。」(『惜しみなく愛は奪う』有島武郎著 旺文社文庫p.129)
 そう書いた三年後に有島は自殺したということは、彼の主張は、そんなに「生命を値するほど重大なもの」だったのか?
「権力と輿論とは知的生活の所産である。権威と独創とは本能的生活の所産である。そうして現世では、いつでも前者が後者を圧倒する。釈迦は龍樹によって、基督は保羅によって、孔子は朱子によって、すべてその愛の宝座から智慧と聖徳との座にまで引きずりおろされた。」『惜しみなく愛は奪う』有島武郎著 旺文社文庫p.98)
 ここで有島は「愛」を「智慧と聖徳」より高いもの、「本能的生活」を「知的生活」より優れたものと考えているようだ。それが「生命を値するほど重大な」主張だったらしい。
「そしてかかる日本の封建思想を完成せしめた孔子は実に自由人であり、永遠の現代人であり、而して彼の現身は保守家ではなく、反逆者であった。(中略)キリストもまたそうである。彼は反逆者であった。ハリツケにかけられた罪人だった。」(『私の小説』坂口安吾 昭和22)
 有島の「愛」も、坂口の「自由」も、ともに「永遠の現在」であり、現世においては反逆であった。社会という他者の中で生きる個人が「自己」という制約を喪失して「永遠の現在」を謳歌することは、「尋常な人間」であればあるほど、「永遠の無」への疾走となってしまうようだ。ケータイやネットの掲示板で炎上や中傷合戦が起こるように、仮想世界の愛や自由に浸れば、「恐れや後悔の念」も消え去ってしまうほど、誰もが強い人になってしまう。さすれば、有島の自殺を解して「彼が弱かったからだと思うのは大きな錯誤」といわねばならぬ。
「武郎さんがもう少しずるい人間だったら死なずにすんだであろう。また武郎さんがもう少し強い性格の人だったら死なずにすんだろうと思う。」(『武郎さんの死』武者小路実篤 大正12)
 『白樺』創刊時、有島がキリスト教を捨てたように、実篤がトルストイの影響を脱すべく「私にとって『自己』以上に権威のあるものはありません」と徹底的な自我肯定を主張したのも、「尋常な人間」のずるさ、強さであろう。この『お目出たき人』の著者が90歳まで生き延びたのもわかる。
2008年6月13日 (金)

ホコリとホーキ
 「日本人は誇りを失った」というが、「誇り」という日本語を失わなかっただけでも不幸中の幸いではなかったか?
「天皇陛下が旅行して歩くことは、人間誰しも旅行するもの、あたりまえのことであるが、(中略)「真相」という雑誌が、この旅行を諷刺して、天皇は箒である、という写真をのせた」(『天皇陛下にささぐる言葉』坂口安吾 昭和23)
 戦前は天皇が国民の誇りであったから、敗戦で民主主義となって天皇自身がそのホコリを一掃するホーキともなり得た。民主化が大成功した今日、ホコリはおろか塵ひとつ落ちていない状況らしいが、昔から藤原氏やら平家やら栄華を極めた貴族たちは、いらぬ誇りを放棄すべく、キンキラキンの大仏や寺を建立し、空海とか道元とかいろいろな人間国宝を祭り上げてきたのだろう。
「親鸞は弟子一人ももたずさふらふ」(『歎異抄』唯円著)
 そんなふうに勝手に祭り上げられてはかなわぬ!と、戦犯を免れた昭和天皇も「朕は人間である」と必死に全国を行脚したのかもしれない。神や国宝にされてしまった人々は、いったい何を拠り所とすればいいのか?
「芸人にはカタギがあって、権門富貴も屈する能わず、芸道一途の良心に生きるが故に、芸をも自らをも高くした。」(『芸道地に堕つ』坂口安吾 昭和19)
 芸道が地に堕ちたのは戦争で芸人の良心が荒んだせいもあろうが、それ以上に、人々の誇りが天皇に集中したからではなかったか?良心とちがって誇りは権力に一極集中しやすいから弊害も多いのだろう。芸人にとって万人に通じる芸をみがく、その民主性こそ良心なのであって、チッポケな誇りほど修業の邪魔はない。今や国際社会では「日本」というのもチッポケなホコリであるなら、戦争と一緒に放棄すべきかもしれぬ。
「かくては日本は、戦争に勝っても文化的には敗北せざるを得ないだろう。即ち、戦争の終ると共に欧米文化は日本に汎濫し(著者註:氾濫か?)日本文化は忽ち場末へ追いやられる。」(『芸道地に堕つ』坂口安吾 昭和19)
 誇りはなくとも、良心を持たぬ人間などいるだろうか?だとすれば、良心と誇りはちがうものらしい。これが一致していれば世界の大舞台でも「美しい日本の私」と言えるのだろう。その川端康成とはどんな人柄だったのか?
「氏は一度も、人より一段高い壇上から大声で物をいったりしたことがない人、という感じを与え、氏の文学もそういうものである。」(『川端康成氏と文化勲章』三島由紀夫 昭和36)
 その川端が「壇上から大声で」いったかは知らぬが、坂口安吾の葬儀でこう弔辞を述べたという。
「すぐれた作家はすべて最初の人であり、最後の人である。坂口安吾氏の文学は、坂口氏があってつくられ、坂口氏がなくて語れない(昭和30)」(坂口安吾『風と光と二十の私と』講談社文芸文庫 作家案内より 関井光男著)
 一途な良心とは、そのようにオンリーワンなものであるならば、つねにナンバーワンに向きがちな誇りとは対照的なものではないか?
「そういう自信というのは、非常に身勝手な自信になる危険があるというふうに僕は思っていますけどね。だから自信ができてきたからって、安心できないというか…」(『黒船幻想』岸田秀、K.D.バトラー 昭和61)
 ここで「自信」というのは軍事大国になったとか、経済大国になったとか外面的なことで、いくら幸せそうに見えても内面的にはそうでないから、美人アナも自殺する年間三万人の「自殺大国」であったり、国際人権団体から批判される世界十一位の「死刑大国」なのだろう。だからといって「私は悪魔になりました」とか「どうせ日本は負け犬だ」というのも、かえって卑屈だ。
「阿部お定女史が舞台に立ちたいというから、あのときは私が半日がかりでコンコンと不心得をいさめたのである。本人が舞台へでるというのは、因果物だからである。」(『ストリップ罵倒(安吾巷談)』坂口安吾 昭和25)
 それでも阿部定は場末の小屋で懇々と「因果物」を演じていたらしい。ただ有名になりたい、せっかく有名になったのだから、というコンタンは「芸をも自らをも高く」しないことは、彼女のその後の消息が物語る。日本もせっかく経済大国になったのだから、という場末的コンタンで、途上国を支援しようとか、自衛隊の海外派遣を恒久法化しようとしても、そこに「一途な良心」が伴っていなければ、「役立ちたい」も「目立ちたい」に見えてしまう。己の良心に従えば、誇りはむしろ、いらないものだろう。
2008年5月28日 (水)

掌説『阿部定』
 霊界にも精神病院があり、フロイトのもとへ阿部定が相談にきた。「あたしは好きな男のあそこを切り取りました。どう精神分析します?」「女児の男根羨望はごく一般的だ。その羨望が嫉妬や男性コンプレックスとなって、女らしさへと展開する。君には男の兄弟はいるかね?」「はい。でも二十歳以上離れていますが」「子供の頃に男の子の性器を見た記憶はあるかね?」「いいえ。毎日、歌や踊り、三味線のお稽古で学校はほとんど行ってませんでしたから」「初めて見たのは?」「十四です」「相手の人も同じくらいの?」「いいえ。三田の大学生でした。あたしその人に強姦されたんです。しかも、まだ生理もなかったのに」「君は手淫はするかね?」「いいえ。その代わり毎日セックスしてないと不安なほど依存症なんで、こうして相談に来てるんです」「結婚は?」「してません」「なぜ?」「芸妓ですから」「ゲイギ?ああ、西洋でいう、娼婦のことかね?」「…まア、似たようなものです」「私は日本の風俗はよく知らないが、子供は欲しいと思わないかね?」「欲しくありません。芸の邪魔です」「おかしいなあ。私のリビドー説によれば、女児の場合は男根羨望=子供羨望という方程式になるはずなんだが」「だいいち、子供なんかとセックスできないじゃない」「それはそうだが…そういう合理的な考え方が君を男性的というか、病的にさせているのかもしれない。つまり君はふつうの女らしくないわけだ。むしろリビドーとしては男性なのだ」「あら、そんなに魅力ないかしら?」「そういう意味じゃなく、男根羨望からの嫉妬やコンプレックスがないといっているのだ」「なら、それは育ちのせいよ。まわりは大人ばかりの中で育ったんですもん」「君はなぜ好きな人の性器を切り取ったのかね?他の女と遊べないようにするためか?」「まさか。だいいち、すでに死んでいたのよ。首を絞めてくれっていうから、遊んでいるうちにホントに死んじゃったの。何で浮気の心配なんてする?」「じゃあ、なぜ、よりによって性器を?」「頭かあそこか迷ったのよ。それをいつも持ち歩いていれば、いつでも二人きりでしょ?」「頭にしなかったのは、なぜ?」「大きすぎて包むものがなかったし、重くてケータイできないでしょ?」「それだけの理由かなあ…やはり男根羨望があるように思うなあ。君はその男を愛していたわけだろ?」「ええ。一生、忘れられない人だわ」「憎しみから殺して死体をバラバラにする事件は多いが、ときどき愛情のゆえに君のように切り刻んで、しかも食べてしまったケースもあるんだ」「へえ!そりゃすごい。それこそ一心同体だわ」「そう、まさに同一化のためなんだ。私の論理では性愛の原初的形態に同一化というものを想定している」「日本では昔から愛しあう男女はあの世で一緒になる為に心中自殺したわ。それに男女の遊びはまさに一緒になりたくて、噛んだり、叩いたり、ときには首を絞めたりもするのよ」「そう。サディズムやマゾヒズムなどの性倒錯は小児に顕著に見られる、いわば性的未発達が根底にある」「だけど正常に発達したって夫婦喧嘩ばかりして、『悋気嫉妬は女の常』なんていわれてバカバカしいわね。あたしはそんな阿修羅のような人間がきらいだから芸の道に堕ちたようなものね。芸の世界は純粋で清潔よ。それに裏切らないわ。自分を恨んだって始まらないもの」「私も自分のいやらしさがきらいで、さりとて無神論者だから、精神分析の研究に没頭してきたのさ。君はもう病気じゃないよ。芸の道に生きているんだから」…かくして二人は手をたずさえて闇の中に消えていった。
 蛇足ながらつけ加えると、阿部定事件当初、切り取られた一物が世にも巨根だったという伝説が流れたというが、それ自体が世間的な男根羨望であったと思う。ときは昭和11年。二・二六事件や相次ぐ事変、その後の太平洋戦争へと時代がヒステリックに動いていた時代であった。男根羨望そのものは小児の性的発達、ひいては人間の生殖活動や文化的活動にとってなくてはならないものだが、必要以上に拡大視されても異常な事件を生み、軽視されすぎても現代のような少子化を生じるのであろう。私事で恐縮だが、私自身、生まれて初めて異性に男根が無いのを発見したのは、幼稚園のプールであった。男女とも素っ裸で入るのだ。この程度のささやかな体験で充分なのではないかと思う。

【参考文献】
『性欲論』フロイド著 懸田克躬訳
阿部定―Wikipedia
阿部定事件―Wikipedia
2008年5月23日 (金)

ゴーストバスターズ
 テレビが面白くなくなって久しいというが、これは今に始まったことではないらしい。
「新聞記者だの文化映画の演出家などは賤業中の賤業であった。(中略)要するに如何なる時代にもこの連中には内容がなく空虚な自我があるだけだ。」(『白痴』坂口安吾 昭和21)
 安吾がなぜ、そんなにメディア界に詳しかったか?
「私は戦争中、日本映画社の嘱託をしていた。一週間に一度出掛けて、試写室でその週のニュース映画と文化映画と外に面白そうなのを見せて貰って、専務と十五分ぐらい話をしてくればよろしい」(『日映の思い出』坂口安吾 昭和22)
 そこで彼は「黄河」という脚本を書いたが、映画にはならなかったという。
「前篇、後篇に分れていて、後篇がこの宣伝映画であるが、前篇は純然たる文化映画で、黄河とはいかなる河であるか、その独自の性格を知らせるための芸術効果を主にしたもの、つまり治水事業の困難さを知らせる伏線的なものである。」(『国宝焼亡結構論』坂口安吾 昭和25)
「「黄河の脚本、かいた?」「書かないよ」「なぜ?」「書く気にならないからさ」「私だったら、書く気になるけどな」「あたりまえさ。君はムダなことしかやれない女なのだ」」(『魔の退屈』坂口安吾 昭和21)
 すでに文化映画などムダであったらしいが、ムダでないことしかやらないとはどういうことか?
「伊沢の会社では「ラバウルを陥すな」とか「飛行機をラバウルへ!」とか企画をたてコンテを作っているうちに米軍はもうラバウルを通りこしてサイパンに上陸していた。「サイパン決戦!」企画会議も終らぬうちにサイパン玉砕、そのサイパンから米機が頭上にとびはじめている。「焼夷弾の消し方」「空の体当り」「ジャガ芋の作り方」「一機も生きて返すまじ」「節電と飛行機」不思議な情熱であった。(中略)芸術家達の情熱は白熱的に狂躁し「神風特攻隊」「本土決戦」「ああ桜は散りぬ」何ものかに憑かれた如く彼等の詩情は興奮している。そして蒼ざめた紙の如く退屈無限の映画がつくられ、明日の東京は廃虚になろうとしていた。」(『白痴』坂口安吾 昭和21)
 昨今のテレビ局もムダでない番組ばかりやって、文化という偉大なムダがないから廃虚状態なのではないか?しかし、そんなムダでない宣伝映画も、敵国にはそうは映らなかったという。
「これらの映画を見るアメリカ人はしばしば、これこそ今までに見た中で、最もすぐれた反戦宣伝だという。(中略)というのは、これらの映画は戦争の犠牲と苦痛ばかりを取り扱っているからである。」(『菊と刀』ルース・ベネディクト 1946)
 そんな映画社で安吾が煙たがられたのは、むしろ彼がアメリカ人に近い存在だったからかもしれぬ。
「映画界というところはうるさいところで、演出は演出、企画は企画、俳優は俳優、カメラはカメラ、それぞれ自分をまもるための組合組織みたいな結合が発達していて、(中略)つまり下部の各組織が自分をまもるにコチコチの団結力をもっていて、自分達の才能のレベル以上のものを受容れる能力、創造的な開放力をもっていない。」(『日映の思い出』坂口安吾 昭和22)
 昨今のメディア界は上部までコチコチだから、自分達の才能のレベル以下からネタを拾うしかないらしい。
「日本の映画製作の機構には多くのムダがあり、迷信があり、しかもそれが映画人にはほとんど反省されておらない。(中略)従来のヤリ方では、金と時間がかかりすぎる。演出家や俳優、脚本家たちが、どうしてそこに気がつかないのか、私には不思議だ。」(『不思議な機構』坂口安吾 昭和23)
 戦前の日本には他にも「不思議な機構」や「迷信」があったようだ。
「日本人の考えに従えば、食いたいのをがまんして食を断つことは、どれくらい「鍛練」ができているかを知る、特にすぐれた鑑別法である。(中略)日本人はアメリカ人が自明のこととしている栄養と体力との間の一対一の対応関係を認めない。だからこそ、東京放送局は、戦争中防空壕に避難していた人びとに向かって、体操が飢えた人びとの体力と元気を回復する、などということを説くことができたのである。」(『菊と刀』ルース・ベネディクト 1946)
 同じように現代のメディアも「メタボには運動がいい」と説いている。国も「鍛練」を鑑別するためにメタボ健診しているらしい。あの戦争が目的なき狂躁であったなら、現代の喧噪も敵なき狂躁であろうか?視聴率も支持率もそれを左右するのは、顔なき大衆である。それを「お化け」というのだろう。
「おい、怒濤の時代に美が何物だい、芸術は無力だ!ニュースだけが真実なんだ!」(『白痴』坂口安吾 昭和21)
 さすれば、そういう無力でムダなウソばかりやれば、退屈なお化けたちも見る気になるかもしれぬ。
2008年5月8日 (木)

「両親」という矛盾
「日本文化では、男たちの背後に母親がおり、母親の背後に世間があるという構造になっているわけです。」(『黒船幻想』岸田秀、K・D・バトラー 昭和61)
 それなら、「女たち」の背後には何があるのか?
「欧米の男の子が父親に(中略)拒否されて、拒否する父親と同一視して自分が父親になるように、日本の女の子は、母親に拒否されて、拒否する母親と同一視して自分が母親になるんですよ。」(『黒船幻想』岸田秀、K・D・バトラー 昭和61)
 つまり「家」が背後にあったわけだが、その「拒否されて、同一視する」心理とはどういうものか?
「フロイドの同一化の概念が実は全く「甘え」に該当することを悟った次第である。(中略)すなわち「甘え」が依存欲求を満足している時に起きる感情であるとすれば、同一化はそれが満たされない時に起きるであろうと考えたのである。」(『甘えの構造』土居健郎 昭和46)
 先の光市母子殺害事件なども、その「同一化」が屍姦の真犯人だったらしい。
「西欧人の目を驚かす日本人男子の行動の矛盾は、彼らの子供時代の訓育の不連続性から生じるのであって、「上塗り」をされたのちもなお、彼らの意識の中に、彼らが自分の小さな世界における小さな神様であった時代(中略)の深い痕跡が残る。」(『菊と刀』ルース・ベネディクト 1946)
 日本女性が世界一長寿なのも、家という「小さな世界における小さな神様」として一生を全うできたからであろう。唯一、多産でなければならないという生殖行動に矛盾があったであろうが、それが「西欧人の目」に入るはずもない。
 家という「小さな世界」にすら矛盾があるならば、「世界は一つ」を標榜するグローバリズムは、普遍的な矛盾を孕んでいるに違いない。
「われわれアメリカ人が良心をもたぬ人間と言うのは非行に当然ともなうべき罪の意識をもはや感じなくなった人間のことであるが、これに反して日本人が同様の表現〔「無心」、「無念無想」など〕を用いる際には、それはもはや固くならず、妨げられないようになった人間を意味する」(『菊と刀』ルース・ベネディクト 1946)
 罪も、恥も、それを感じる「良心」の背後には倫理がある。西欧にはキリスト教があり、日本にも世間があった。ニーチェが母国を憎み、神を殺すことで、両親の呪縛から解放されたということは、罪の文化にもやはり矛盾があるらしい。世界を「同一化」するグローバリズムは、さすれば、「甘え」はおろか、依存欲求すら拒否するのだから、男女の生殖行動が減衰するのも当然の帰結であろう。少子化を食い止めるには、その「普遍的矛盾」を解くしかあるまい。それはつまり、われわれ日本人にとっての「良心をもたぬ人間」になることに違いない。
2008年4月27日 (日)

「家」という病
 ニーチェが「ドイツ的」といって激しい憎悪の言葉を吐く場合、そこには別の、もっと具体的な人物が暗示されているように思えてならない。
「わたしの母フランチスカ・エーラーは、どの点から見ても非常にドイツ的な存在である。父方の祖母エルドムーテ・クラウゼも、同様である。」(『この人を見よ』ニーチェ 岩波文庫 p.24 以下、同著につき、頁のみ記載)
 そして彼は、彼の父が死んだのと同じ36歳の頃、ちょうど死にかけていたという。
「わたしを助けにきてくれたのは、わたしの父の側からのあの困った遺伝―つまり短命という定め―であった。(中略)病気から、わたしは、いやでも静かに寝ていること、何もしないでいること、待つこと、忍耐づよくしていることという贈り物を受けた…だがそれはつまり「考える」ということなのだ!」(p.120)
「わたしの父は(中略)プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム四世にたいして深い忠誠の心を抱いていた。牧師の職を授けられたのも、この王からである。(中略)わたしは、このような父をもったことを、大きい特権だと思っている。その上、わたしのもっているそのほかの特権もすべてこの特権から説明がつく、と思っている―もっとも生きる力と生への大きい肯定、これだけは別であるが。」(p.25)
 つまり彼の祖国や道徳との格闘は、彼の特権でもあり、病いの原因でもある、「家」の克服から説明がつく、と思えるのだ。
「はっきりいうならキリスト教道徳、それをわたしは否定する。(中略)肯定には、否定し、そして破壊することが条件なのである。」(p.184)
 つまり父なるキリスト教を否定することで肯定しようとし、母なるドイツを憎悪することで愛したのではないか?
「性生活の軽蔑、『不純』という概念による性生活の不純化は、すべて、生そのものに対する犯罪であり、― 生の聖霊に対する真の罪悪である。」(p.90)
 そのような「生への大きい肯定」にも、やはり「否定し、そして破壊することが条件」だったはずだ。
「人間の心に巣食う、したがって男の心に巣食う「女性崇拝」は、およそ、わたしの世界への参入を不可能にするものである。そんな荷物をもっていては、とうてい、この大胆不敵な認識の錯綜した道へふみ入ることはできまい。」(p.84)
 その「大胆不敵な認識」とはこんな具合だ。
「完全な女は、愛する者を引き裂くのだ…わたしは、そういう愛らしい狂乱女たちを知っている…ああ、なんという危険な、足音をたてない、地中にかくれ住む、小さな猛獣だろう!しかも実にかわいい!…ひとりの小さな女であっても、復讐の一念に駆られると、運命そのものを突き倒しかねない。」(p.88)
 さらに人間はもうひとつ「荷物」をもっているらしい。
「人間というものは、欲しないでいるよりは、むしろ無(無価値なもの)を欲しようとするものだからである。」(p.162)
 神よりもマシなものが、カネとして、それが無価値なものにベラボーな価値をつけて、サブプライムのように破綻しても、もともと無いものを欲していただけのことだ。神が存在しなかったようにカネも無であっただけだ。それでもまだ「無を欲しようとする」と、無差別に殺すしかないのか?
「認識というはたらきにおいてさえ、そこにわたしが感じ取るのは、ただわたしの意志の生殖欲と生成欲だけである。わたしの認識に無邪気さがあるとすれば、それは、その認識のなかに生殖への意志があることから来ている。」(p.156)
 「完全な女」が「愛する者を引き裂」き、「復讐の一念」から「運命を突き倒しかねない」ように、彼も「無を欲しようと」して、キリスト教と祖国を「認識」で引き裂き、復讐の一念から己の運命を突き倒したのかもしれない。だとすると、ニーチェの悲劇は、仏陀のごとく「家」という病を克服した西欧近代における希有な事例であった。
2008年4月4日 (金)

或阿呆vs愚か者
「博識は元来教室からも得られますし、十年も読書に耽ければ一通りは身につくものです。然し教養はそういうわけに行きません。(中略)芥川は晩年に至ってはじめて自らの教養の欠如に気付いたのだと思われます。」(『女占師の前にて』坂口安吾 昭和13)
 現代の知識人が芥川龍之介のような悲劇に陥らないのは「教養の欠如」に気付いていないからだろうか?ほとんどの大卒者にとって知識も教養も処世のパスポートにすぎない。それはカネと同じく、自分の血や肉にはなり得ないから、政治も堕ち、経済も防衛省も堕ち、学力もモラルも出生率も低下…寿命ばかり伸びて社会保障が崩壊する。これは喜劇なるか?
「エゴイストは必ず負ける。家庭がかかる天性の娼婦に敗れ去るのはいかんとも仕方がない。芸術の世界もまたそうだ。エゴイストであってはいけない。」(『エゴイズム小論』坂口安吾 昭和21)
 安吾は特攻隊や天性の娼婦の「献身と犠牲」「無償の行為」には微塵のエゴイズムもないといい、そこに芸術家としての「勝つ性格」を見ている。芥川が負けたのも、そのエゴイズムのせいではなかったか?
「シニシズムは、社会的因襲、すなわち押しつけられた現実をどれほど軽蔑し、冷笑しようが、どれほど寸鉄人を刺すうがったことを言おうが、それを内側から支えている自分自身のなかの要素を見逃しているわけだから、その現実をむしろ永続化、固定させ、決して克服することはできない。そのため、かぎりなく軽蔑と冷笑をつづけなければならず、それは、一方で養っている子を他方でいじめているようなもので、そのうち必ず、軽蔑し、冷笑していた現実から復讐される。(中略)龍之介の晩年の諸作品は、自分のなかにそのような足場を見つけ出そうとする試みであった。(中略)それに失敗したとき、もう彼には自殺しか道は残されていなかったのであろう。」(『シニシズムの破綻』岸田秀 昭和52)
 その自殺が実は必然ではなかったという意見もある。
「これは恐らく時代の罪だと思います。あのころの時代の好みが自殺なぞということの行為自体に超人的な深さをもった意味を持たせていたのでしょう。」(『女占師の前にて』坂口安吾 昭和13)
 大正末期の国内の動きとしては、例えば「治安維持法」の成立がある。ワシントン会議の軍縮傾向とは裏腹に、国内では軍人教練に学生が駆り出されて、学校教育では「国体」が叩き込まれていた。つまり、「お国の為に死ぬ」ことが奨励されていた時代だった。芥川の自殺は「時代の好み」だったのかもしれぬ。確かに自己を否定し尽して、足場を失うということは、大震災に匹敵するような体験だ。そこから新たな足場をつくれればよいが、できなければ死ぬか発狂するしかない。芥川もそのような恐怖に震撼しながら、しかし「或阿呆の一生」を書かずにはおれないエゴイストではなかったか?
「もしも作家が作品の前に自己を知ってしまうなら、彼の作品は自我のために限定され、己れの通路と限界の内部でしか小説を書き得なくなってしまう。」(『女占師の前にて』坂口安吾 昭和13)
「私は誰?私は愚か者。私は私を知らない。それが、すべて。」(『私は誰?』坂口安吾 昭和21)
 そのような安吾の訓戒は自叙伝にも徹底されている。
「「青鬼の褌を洗う女」は、特別のモデルというものはない。書かれた事実を部分的に背負っている数人の男女はいるけれども、あの宿命を歩いている女は、あの作品の上にだけしか実在しない。(中略)私の自伝的作品の場合は、一つの生き方によって歪められた角度から構成された「作品」であって、事実ということに主点がない。」(『作品の仮構について』坂口安吾 昭和23)
 芥川も「愚か者」であれば死なずに済んだかもしれぬ。では、どうすれば「愚か者」になれるか?例えば、テロリストのように守るべき自分を持たず、正義のために犠牲になれる人というのは、ある意味、愚かだが、崇高だ。特攻隊も武力にはなり得なくとも、魔力にはなったから、今日も靖国に祀られているではないか。「愚か者」とは、そのように魔力のために自己を犠牲にできる者だとしたら、その魔力は如何にして身につくか?
「芸術というものは、その実際のハタラキは、芸という魔法的なものではなくて、生活でなければならぬ。それが現実の喜怒哀楽にまことのイノチをこめてはたらくところに芸術の生命があるのであり、だから、その在り方は、芸術というよりも、生活的なものだ。」(『現代とは?』坂口安吾 昭和23)
 近頃の芸能人も、芸のコヤシの為に出産、そして離婚したりするらしい。だが、子を産む苦しみは産んでしまえば消えるが、芸術を生む苦しみは、生んだ後も生じ、おそらく一生消えない。芥川のように死んでしまえばラクだが、愚か者で生き続けるのはラクではない。
2008年3月18日 (火)