シンクウの思想 (真空で見た空の色は真っ赤だった)

(その2)


生死の中庸

「子程子曰く、偏らざるを これを中と謂い、易(か)わらざる(若しくは、やすからざる)を これを庸と謂う」(『中庸章句』朱熹)
 そもそも『中庸』の著者、子思は何故、「偏らず、易からず」を説いたのか?  中国では戦乱の時代に偉大な思想家も生まれている。乱世を収集するには政治や軍事力だけでは埒があかず、倫理が必要らしい。
「戦争は人類に多くの利益をもたらしてくれた。(中略)原子エネルギーとても、同じことで、その使用の限界が発見、確定せられて、はじめて文化の一員となりうるにすぎない。」(『戦争論』坂口安吾 S23.10)
 戦争とは思考の停止状態であり、平和とは脳内戦争、つまり思考状態といえる。しかし寝る間も惜しんで、モノや情報を消費するだけの生活なら思考も停止状態。チェスや将棋と違って、昨今の文明の利器は、それ自体が精密な思考装置だから、人間に思考は要求されない。ただ反応するだけの虚無ならば、これもひとつの戦争ではないか?
「虚無というものは、思想ではないのである。人間そのものに付属した生理的な精神内容で、思想というものは、もっとバカな、オッチョコチョイなものだ。」(『不良少年とキリスト』坂口安吾 S23.10)
 考えないのも危険だが、考えすぎるのもオッチョコチョイ?
 どんな卑劣な戦争でも、大義名分があれば「聖戦」という。9回で終わる野球と違って、人と人との殺し合いは、いずれかが力尽きるまで終わらない。その大義名分を形作るものが実態のない論理だから埒があかないのも当然。水掛論争してるうちはいいが、それが血を懸ける戦争になるのを見て子思も朱熹も、思想も程々にするのがよいと考えたのだろう。
「私も、元来、政治に於いては、方便を是とするものである。政治に於いては、私は、極右も、極左も、とらない。もっとも、文学に於いては、そうではない。人間の生き方の究極というものを我が身に賭けて探してみても、所詮本人一人好きこのんでのことで、誰に迷惑がかかるわけでもなく、自殺しようと、断食しようと、いいではないか。」(『戦争論』坂口安吾)
 そういえば最近、簡単に自殺してしまう子供が多いらしい。こういう命知らずが大人になると、敵の脅しにも簡単に反応してしまうのではないか。それも思考停止の虚無のせいならば、方便としての「極右」と「極左」の血を懸けた脳内戦争が「中庸」をとるとき、昨今の文明もまた人類にとって「文化の一員となりうる」に違いない。2006年03月23日


恐怖・この人を見た!

「これはツアラトストラの詩人ニイチェです。その聖徒は聖徒自身の造った超人に救いを求めました。が、やはり救われずに気違いになってしまったのです。もし気違いにならなかったとすれば或いは聖徒の数へはいることも出来なかったかも知れません。」(『河童』芥川龍之介)
 ならば芥川にとって「救い」が自殺だったのか?晩年と呼ぶには長すぎる11年間を「気違い」として過ごしたニーチェにとって、自殺しなかったことは彼がそもそも「救い」を求めていなかった証左だろう。救いとはそのように世間的な問題に過ぎず、昨今の日本女性はそれをバレンタインチョコに求める。
「完全な女は、愛する者を引き裂くのだ(中略)ひとりの小さな女であっても、復讐の一念に駆られると、運命そのものを突き倒しかねない。」(『この人を見よ』ニーチェ)
 ひたすら自分を愛す女性たちはニーチェにいわせれば「子を生ませて救済すべき」だろうが、育児も他人に任せる彼女らに救済の道は果たしてあるか?パール・バックはナチスを支持した女性たちが女性解放の勝ち組を社会から引きずり降ろそうとしたと批判したが、そういう嫉妬深さこそ女性の救いだろう。少子化が進む男女同権社会とは、その救いを社会が掬い取って成り立っている。
<「精神障害者は犯罪を犯す。犯罪を防ぐためには彼らを閉じ込めればよい」という発想は「金が欲しい。銀行には金がある。銀行から強奪すればよい」という発想と同じレベル>(『「保安処分」の愚かさ』岸田秀)
 ノーマライゼーションの社会は、いかなる人も法で救わなければならない義務を負っているはずだが、六本木の巨大ディスコの深夜営業が犯罪を助長するから認められぬというなら、よほど義務を放棄したいらしい。風俗営業を規制するなら、その欲動の受け皿は何処に行くのか?臭い物にフタならいいが、ゴミ箱を用意しないなら、その放置によって被害は甚大になる。ニオイの元を絶たぬ限り英国テロやフランスでの移民者の暴動、9.11やオウムのような宗教テロは永遠に続くだろう。法律の網で人間の水のような欲動を掬うには限界があるから、教育があるのだろう。
<「笑イナガラ真剣ナコトヲ語ル」ということ―それは人間味そのものである。>(『この人を見よ』ニーチェ)
 ユーモアもオンナもアルコールすらも無用だった堅物の彼を育てたキリスト教育とは、彼が人間に嘔吐するほど「人間ぎらい」だったらしい。
「西洋人の観念には、神という絶対の存在―つまり比類を絶した唯一のウソ―があるように思いますね。」(『この国のかたち四』「日本人の二十世紀」司馬遼太郎)
 キリストの神自体が在りもしないウソというならば、何がホントなのか?アンチクリストを自称し、仏教を「衛生学」と解し、ブッダをして「深遠な生理学者」といったニーチェにとって真理とは、生理という現実だけではなかったか?
「言いたいことを飲み下してしまうのは必然的に性格を悪くする―それは胃さえ悪くする。沈黙家はみな消化不良にかかっている」(『この人を見よ』ニーチェ)
「思う事言わねば腹脹る」とは徒然草の言葉だが、北朝鮮の腹黒さもそのせいならば、国交正常化にはニーチェの生理学、すなわち「栄養、気候、休養の選択」が有効かも知れぬ。
「いま我々の足元を見ると、結局、物をつくって売って国を航海させているわけですから、やはりお得意さん大事という精神、このリアリズムだけが、日本を世界に繋ぎとめる唯一の精神だと思えてなりません。」(『この国のかたち四』「日本人の二十世紀」司馬遼太郎)
 敗戦日本がそうだったように物質的向上が消化不良を緩和する一歩だとすれば、拉致の復讐心で経済制裁するのは逆効果だろう。外交などというものは商売根性に徹することだ。商人国家が恥なら「承認(コンプライアンス)国家」でよい。
 「根が健康」というニーチェにとって病気とは「人間の内部にある本来の治癒本能、すなわち防衛と武装の本能が脆弱になること」だという。これを国家にあてはめるなら無能な自衛隊しかもたなかった戦後日本は病気だったらしい。確かに他人に守って貰う約束あっての平和は「お妾」みたいなものだろう。そんな二号の分際で牛肉問題に異議申し立てするとは、夫からしたら身の程知らずだろう。
「(斎藤)しかし、ニーチェなんか、脳梅ですね。モーパッサンも。」
「(開高)新大陸説によればインディアンの男のふられっぱなしが、誰も相手にしてくれないので野牛、バイソンを相手にやった。その野牛やらなんやらが持っていた病気が人間にうつって(中略)ジャガイモと一緒にはびこったというんだけれど。」(『恐怖・恐怖対談』吉行淳之介、斎藤茂太、開高健)
 いっそわれわれも狂牛病にでもなって、ニーチェの如く発狂したほうが身の為かも知れぬ。2006年02月15日


絶体絶命主義

 仏教の「十二縁起」とは人間の迷いが起こる法則で、その発端は「無明」、つまり真理を知らないこと。その無明によって行があり、行によって識があり、以下、名色→六処→触→受→愛→取→有→生ときて、最後に老死がある。これを反転して、老死を滅するべく生を滅し、生を滅するべく有を滅し…最後に無明を滅するべく行を滅すのが修行という。つまり無知を悟ることで迷いも消滅する。ということは無知では何の働き口もないという合理主義は、迷うことで繁栄するシステムらしい。どおりで血迷った事件が多い。
 人間は必ず死ぬ。だが、いつ、どこで、どんな風に死ぬかは誰にもわからない。こんな当然なことを誰もが自覚しているわけではないから迷いが生じ、「十二縁起」が二千五百年も前から説かれたのだろう。逆に「人間五十年、夢幻のごとく…」と織田信長のように常に死を覚悟していれば無明から先に迷い込むことも少なかろう。有り余るカネも名声も権力も知識も才能も「あの世」に持っていけないから、必要以上の仕事はせず、無駄なカネも持たぬように…というと、こういう人物をニートなどというのだろうが、ならば死を科学は合理化できるか?死期を伸ばして消費に明け暮れさせても、迷いと悔いのうちに生を惜しんで死ぬだけだろう。
 <私はようやく「存在の世界」にかえって来て、帰家穏坐とでもいいたいここちがする。私は長い間さまよっていた。体がさまよっていたばかりでなく、心もさまよっていた。(中略)在るものを知るときすべてを知るのである。(中略)私は詩として私自身を表現しなければならない。>(種田山頭火 昭和9年 其中庵にて)
 そう記した翌年、彼は自殺を図ったということは、よほど「在るもの」は知るほどに耐え難く、十二縁起でいう「有」を詩として表現することで「生」そして「老死」へと「さまよって」いったのかもしれぬ。自殺未遂の後、良寛の円通寺を訪れ、それ以後、病死するまで自殺をしなかったということは、彼はそこで何を見たか?「私は、私は」と「私」を連呼する彼の中には私以外には居ないかのようで、それでは大自然の中をいくらさまよってみても見出せるものは、やはり「どうしようもない私が歩いている」姿だけではなかったか。これを梅原猛氏は「近代人の自意識」と表現した。(『百人一語』)私が…という場合、果たして本当にそうなのだろうか?と疑うことを忘れたのも近代合理主義以降ではなかろうか。
 <「人間は変わらない」という安吾の「人間」は、(中略)「他なるもの」の経験そのものにほかならない。>(『堕落の倫理』柄谷行人)
 試しに一番認めたくない屈辱的な人物に「私」という主語を置いて作文してみると、そう悪口は書けないものだ。反対に尊敬すべき人物になりきって大胆にも「私」と書いてみたら自分が偉くなった気分がする。自と他とはそういうものではないか。知った時点でそれが如何なるものであっても、すべて自分の中に「在るもの」なのだ。そうと知ったら絶対に正しいとか悪いとは言えない。「絶対」などというものは死以外ないと。もし絶対を表現するならば自死を以てするしかないと、そんな言ってみれば「絶体絶命主義」が「無明を滅する」ことだとすれば、どおりでそんな慎み深い人物なんか見当たらない世だ。2006年02月07日


多富多彩

「一説によれば、もし基督教があくまで一夫一婦の掟を強いなければ、信長も切支丹になったであろうと言われている。」(『イノチガケ』坂口安吾)
 岐阜城にあるハイカラな信長座像が物語るように、彼は堕落した仏教より基督教を文化的に賞賛し、切支丹を保護したが、信仰はしなかった。それが一夫一婦の掟のせいだったというなら、未だに日本の基督信者が人口の1%にも満たない理由も、また近年のグローバル化が世界中で嫌悪される理由もその掟のせいかもしれぬ。離婚率の上昇というのも原則的には一夫一婦だが、実際は一夫多妻ならぬ「多夫多妻」なのだから。ということは離婚が珍しかった頃の戦後日本は純粋な一夫一婦であり、人口増加や経済発展、社会秩序というのが、そうした禁欲の賜物だったならば、反対に欲望の解放によってその恩恵も喪失するのだろう。
「それにしても今の日本は『時分の花』が重んぜられすぎていやしないか?(中略)こんな調子では晩年にいたって『年々去来の花』を咲かせる前に、みんな息切れがして倒れてしまうだろう。文学の世界だけでもそういうことがないように祈るが…」(『「純文学とは?」その他』三島由紀夫 '62)
 「時分の花」というより「自分の華」という感じの昨今は、三島が純文学の条件という「作者自身が身の危険を冒して得られる幸福感」は希薄で、私小説ならぬ「他小説」ばかりだから推理小説が犯罪の手引きにもなってしまう。確かに我が生死がどうの、という純文学が廃れるのは平和のせいだろうが、自然や芸術にとっては些か不幸な時代かもしれぬ。
「金を儲け、快楽を追求するのは、一見自由な行為のようであるが、それは彼が実業という機械じかけに忠実であることを前提にしている。その機械じかけの許す範囲の、自由と快楽しか、許されていないのである。これもまた別の死ではないか。」(『花影』大岡昇平)
 人口減少社会を危惧する人は多いが、三島の純文学にとっては希望だろう。何故なら生よりも死が日常的になるはずだから。また生殖が盛んでないということは、一夫一婦の掟を難じた信長も今なら基督教を心から信仰するかもしれない。
「明智の勢は、本能寺を取り囲んで、それから本能寺のなかに乗り込んで行ったのではなく、本能寺のほうでは謀反などという嫌疑すらも持っておりませんでしたので、誰も手向かってゆく者がない。どこに一人も抵抗する者もなく…」(『ヨーロッパ的性格 ニッポン的性格』坂口安吾)
 顔を洗っている最中に味方の矢で背中を刺された信長のように、独裁者とは意外な側近の謀反で呆気ない最後を迎えるものらしい。それも「自分の華」の独善を過信した宿命だろう。
「『自』と『他』とは、二にして一ならず、一にして二ならず。」(『文章の話』里見とん)
 禅において「無分別の分別」とは、選り好みをしない、言いかえれば「自分の華」は持たないことを意味し、それは「多夫多妻」というより「多富多彩」を好むもので、それが三島のいう純文学の本懐ではないか。その三島が忠実な風俗小説を書くとしたら「超現実主義風な作品になるのではないか」というのも昨今のやりきれぬ現実を見ればわかる気がする。2006年01月23日


ナマズのまごころ

 関東大震災直後、菊池寛の芸術無力説に対して真っ先に『珠は砕けず』と反論したのが『多情仏心』の里見とんだった。彼の「珠」や「まごころ」は色即是空だから地震で砕かれるはずがない。現実を諦観している楽天家と現実にしがみつく実業家の議論が咬み合わないのも当然。
 当時の大正日本が如何に現実を見失っていたかは大杉栄殺害事件に象徴されているようだ。それは軍部が無政府主義者を不法に殺害した事件で、大杉と親しかった里見は軍部の減刑運動を拒否することが出来ない自分を「卑怯」と表現したが、それは臆病だったのではないか?彼の「まごころ」は社会主義にも、むろん軍国主義にも染まらず、孤独に自分とだけ向き合い、それが結果として偽善になろうが、全ては「まごころ」の仕業という、無抵抗、無責任かつ無力なものではなかったか?
「当時の小説家たちは地震の体験記はたくさん書き、地震が出て来る小説もいくらか書いてはいるけれども、震災そのものを話の軸として長篇をものした例は案外少ないのである。」(武藤康史著、小沢健志編『写真で見る関東大震災』)
 そんな里見が震災に見た物は単にモノの破壊ではなかったはず。色即是空ならば空即是色でもあったはず。それは何だったのか?
「へとへとに疲れているといいながら、結局彼女は明け方まで寝かされなかった。世の中が滅茶苦茶にひっくり返ってしまった、という感じが、性慾にまで影響を及ぼすかと思われるほどの一夜だった……」(『陥没(凡夫愛に改題)』里見とん T14)
 彼は浮気や性慾まで地震のせいにするということは、地震によって「まごころ」が突き動かされたことが最大の事件だったらしい。それほど「まごころ」とは善悪もない、いわば、ただのエネルギーであり、彼はただそれに敏感かつ忠実なのだろう。
「この世界の原理を探求しようとした物理学がまずはじめに問題にしたのがエネルギーであったということは、物理学もまた、空間の屈辱から逃れようとする一つの企てであったことを示していると言えば、言い過ぎであろうか。」(『時間と空間の起源』岸田秀)
 そのエネルギーすら忘れて、時間と空間に突き動かされている屈辱的な世間に現実は災害となって現れるのだろう。現実だけの自然界には人災はおろか天災もないはず。無礼講といって羽目を外していた地域の祭が災害を畏れる社会行事だった意味がよくわかる。人間と自然を切り離し、内燃機関や原子力エネルギーで安全に炸裂させようとするのが合理主義であろうが、ナマズにはそれも無用であろう。なぜなら常に自然に屈し、慾望にも屈し、虫けらの如く臆病な「まごころ」で理不尽な現実に接しているからである。しかし、その風力エネルギーによって里見は百歳近い人生をローラースケートで突っ走れたとすれば、「まごころ」こそはマグニチュード7.9にも勝る魔除けだったといえる。2005年12月25日


理セモノとホンモ能

「何かの因縁だろうが、自分は『東洋的見方』ということを強調したくてしようがない。」(『東洋的見方』鈴木大拙 1961.11)
 「二元論は争いのもと」といいながら洋を東西に二分していたり、あたかも「禅」を「神」に見立てて「東洋文明」などと対抗したくなるのも、それほどまでに力まなければならぬ状態であったらしい。その「因縁」とは何だったのか?
 理性より前にある本能は乳幼児に漲って在り、あらゆる理性は本能が挫折した上に成長したニセモノだから、そればかりに目を奪われていると「天災は忘れた頃に起こ」り、ホンモノに吃驚して命まで落とす羽目となる。この理性を発展させて自然を支配できるとまで考えるのが西洋思想の欺瞞らしいが、東洋の聖人、例えば孔子は自由なんて形あってのモノだからとわざわざ形だらけの習慣に身をおいたということは、やはり理性と本能は別物という二元論は同じ。分けて制するか、分けて屈するかの違い。東洋が欺瞞でないなら、それは欺瞞を認めているからだろう。
 ときに昨今の少年犯罪はゲームが一因にあるという。暴力を肯定する要素があると。少年犯罪に限らず格闘技人気やイラク戦争なども、忘れたはずのホンモノを起こしすぎる人災だとすれば、何故、ホンモノはニセモノにダマされるか?
「父は力と律法と義で統御する。母は無条件の愛でなにもかも包容する。」(『東洋文化の根柢にあるもの』鈴木大拙 1958.12)
 この「父」を欠くと「母」は何もかも許して、その子は本能のままに暴力や戦争をも肯定する。ゲームのせいにする以前に「父」の欠如を断じなければ暴力は治められない。つまり理性が自らをニセモノと断じる理性である。そうして内なるホンモノに根ざせたから、大拙は百歳近い寿命を全うできたのではないか。91歳の彼の「因縁」とは「父」と「母」の不和であったらしい。2005年12月20日