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What's Happening? ― I don't know. Anyway,he said ...

事実と真実
「「青鬼の褌を洗う女」は、特別のモデルというようなものはない。(中略)あそこに描かれていることに偽りはないのであるが、然し、それゆえ、これを実話と見るのは間違っている。これは小説なのである。」(『作品の仮構について』坂口安吾 昭和23)
 「実話」と「小説」とは何が違うのか?
「私小説というものは、事実を主体とするものであるが、私の自伝的作品の場合は、一つの生き方によって歪められた角度から構成された「作品」であって、事実ということに主点がない。(中略)私の作品に書かれた実在の人々の多くは、私にザンコクに露出せしめられたということより、あるいはむしろ、私に「いたわられている」という印象を受けはしないかと思う。」(『作品の仮構について』坂口安吾 昭和23)
「僕自身が、自伝的小説を書いても(中略)僕はただ、実際に在ったことを在りのままに書いているのだけれども、それだから真実だとは僕自身言うことができぬ。なぜなら、僕自身の生活は、あの同じ生活の時に於ても、書かれたものの何千倍何万倍とあり、つまり何万分の一を選びだしたのだからである。選ぶということには、同時に棄てられた真実があるということを意味し、僕は嘘は書かなかったが、選んだという事柄のうちには、すでに嘘をついていることを意味する。」(『ただの文学』坂口安吾 昭和17)
 確かに事実は真実とはちがう。法廷や報道では事実を積み重ねれば真実と決めつけるが、ウソも本当も「現実」にすぎない。改ざんで塗り固めた商売、それが作家やジャーナリズムという、それも現実。どこに真実があるか?
「単なる写実は実物の前では意味を成さない。(中略)単に、人生を描くためなら、地球に表紙をかぶせるのが一番正しい。」(『FARCEに就て』坂口安吾 昭和7)
 たしかに真実とは、地球の実物と同じく、それを肉眼で(宇宙船からでなく)見た人はいない。誰にもあり、しかし、本人にも見えない。その人の全存在といってもいい。それをつかもうとウソまで駆使する、それが小説やジャーナリズムでもある。
「ともかく私が現在辿り得た思想の地盤というものは、私の自伝的作品に於て、私が選んで語らなかった事実、その選び方の上にあるということを知って欲しい。」(『作品の仮構について』坂口安吾 昭和23)
 この物言いはどこかで聞いたことがある。
「フロイドの誤謬の訂正とは、誤謬を素直に訂正することではなくて、もう一度、類似の誤謬を犯すことによって、訂正のツジツマを合せようとする意味である。けだし、率直な誤謬の訂正、つまり善なる建設への積極的な努力を、太宰はやらなかった。」(『不良少年とキリスト』坂口安吾 昭和23)
 何でもオープンにすると謳い、ビデオ映像を公開するか否かでもめている今の政権与党も、いらぬ「加工」より「仮構」が、「善なる建設」にとって必要ではないか?
「生きるとは評価すること、選び取ること、不正であり、制限されてあり、差別的(関心的)であろうと欲することではないのか。」(『善悪の彼岸』ニーチェ p.21)
 この定義からしたら、安吾は自伝的作品で、自分が過去の自分について何を選び取るかに関心的であろうと欲したにちがいない。
「いわゆる自然派というヨーロッパ近代文学思想の移入(あやまれる)以来、日本文学はわが人生をふりかえって、過去の生活をいつわりなく紙上に再現することを文学と信じ、未来のために、人生を、理想を、つくりだすために意欲する文学の正しい宿命を忘れた。」(『理想の女』坂口安吾 昭和22)
 その「自然派」にも一定の功績はあったと思うが、それだけでは「正しい宿命」ではないという。
「人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。だが人間は永遠に堕ちぬくことはできないだろう。なぜなら(中略)堕ちぬくには弱すぎる。」(『堕落論』坂口安吾 昭和21)
 この評論にも、語られなかった思想の地盤が隠されている気がする。
「人間の全体的退化は、ついには今日の社会主義的な愚物や頓馬どもに彼らの「未来の人間」と思われ、彼らの理想と見えるものにまで下降するのだ!―このように人間の退化と矮小化が完全な畜群にまで(或いは、彼らの言うように、「自由社会」の人間にまで)到り、このような人間の動物化が平等な権利と要求をもつ矮獣にまで到る可能性があるということ、このことには疑いの余地がないのだ!」(『善悪の彼岸』ニーチェ p.161)
 こういう先人の警告を知っていながら、それでも安吾が『堕落論』という「民主主義肯定論」を呼びかけたのは、彼自身が「畜群」にまで堕ちぬくことができず、小説で理想をつくらねば生きられない、という真実を知っていたからだろう。
2010年9月30日 (木)

みんなの個人主義
「私はこの自己本位という言葉を自分の手に握ってから大変強くなりました。(中略)そう西洋人ぶらないでも好いという動かすべからざる理由を立派に彼らの前に投げ出して見たら、自分もさぞ愉快だろう、人もさぞ喜ぶだろうと思って、著書その他の手段によって、それを成就するのを私の生涯の事業としようと考えたのです。」(『私の個人主義』夏目漱石 大正4)
 何でも西洋化する時代に漱石はこう言ったのだから、何でも情報化する今日なら、「そう現代人ぶらないでも好い」というにちがいない。
「その時確かに握った自己が主で、他は賓であるという信念は、今日の私に非常の自信と安心を与えてくれました。私はその引続きとして、今日なお生きていられるような心持がします。」(『私の個人主義』夏目漱石 大正4)
 自殺者が年間3万人もいる現代の日本に必要なのは、民主主義より、個人主義ではないか?「他が主で、自己は賓である」とは、いいかえれば「社会主義」ではないか。それは死にたくもなる。しかし、漱石は如何にして、そういう個人主義に目覚めたのか?
「私は下宿の一間の中で考えました。詰らないと思いました。いくら書物を読んでも腹の足にはならないのだと諦めました。同時に何のために書物を読むのか自分でもその意味が解らなくなって来ました。(中略)私はそれから文芸に対する自己の立脚地を堅めるため、堅めるというより新らしく建設するために、文芸とは全く縁のない書物を読み始めました。(中略)科学的な研究やら哲学的の思索に耽り出したのであります。」(『私の個人主義』夏目漱石 大正4)
 奇しくも、漱石がロンドンに留学していた1900年は、ニーチェが亡くなった年で、ニーチェも故国を離れて自己を再建した人だ。
「ただ書物を「ひっかきまわして検索する」ことだけしかしない学者は(中略)しまいには、自分の頭でものを考える能力をまったくなくしてしまう。(中略)こういう学者は、すでに他人が考えたことに然りや否を言うこと、つまり批評することに、その全力を使いはたしてしまって―彼自身はもはや考えない……」(『この人を見よ』ニーチェ p.66)
 大正デモクラシーという時代風潮に同調してなのか、当時、こういう「自己本位」は一般に流行したようだ。
「先づ御自分を大事に遊ばさないといけませんわ。自分の内の人生を守護しなければいけませんわ。他人のことなんか考へる暇のない程生長おしにならなければいけませんわ。他人のことはそれからですよ。一人前にならない内に他人様のことを考へるのは生意気ですわ。」(『桃色の室』武者小路実篤 明治43)
 平成デモクラシーの自己は、大正のそれとは比較にならないほど「生長」したはずだが、剛腕政治家すら「人もさぞ喜ぶ」ことをしなければならないほど「サービス社会」になっている。が、これも漱石は予見していたようだ。
「利他主義がまた復活する。それがまた形式に流れて腐敗するとまた利己主義に帰参する。つまり際限はない。我々はそういうふうにして暮らしてゆくものと思えばさしつかえない。そうしてゆくうちに進歩する。英国を見たまえ。この両主義が昔からうまく平衡がとれている。だから動かない。だから進歩しない。イブセンも出なければニイチェも出ない。気の毒なものだ。自分だけは得意のようだが、はたから見れば堅くなって、化石しかかっている。」(『三四郎』夏目漱石 明治41)
 英国とちがって近代の日本は、極端な利己主義に走っては震災や労働者問題で社会が混迷し、それに懲りて今度は極端な利他主義に走った揚句、対外戦争で無惨に敗北し、それに懲りて、今度はまた極端な利己主義で高度経済成長を遂げ、バブル崩壊後また利他主義になっている、とすれば、その不平衡な動きの中で「イブセン」や「ニイチェ」も出てきたらしい。
「こころよく 我にはたらく仕事あれ それを仕遂げて死なむと思ふ」(『一握の砂(我を愛する歌)』石川啄木 明治43)
 ときに、ここで啄木のいう「仕事」や、漱石のいう「事業」が、現代のそれと違和感を覚えるのはなぜだろう?
「厳密にいうと、「職業」と「仕事」とはおなじではない。余暇に小説を書いたり、社会活動をすることも「仕事」といえる。しかし現代社会では、「職業」がその人の主要な「仕事」であることが、一般的である。」(文部省検定済教科書『新 現代社会』一橋出版 昭和62)
 なぜ、それが「一般的」なのか。それは現代が情報社会で、カネや時間に換算されない仕事は、仕事と見なされなくなって、数字だけがモノを言い、それが生み出される過程や経験は無視されるからではないか。そうした現在偏重な利他主義が「腐敗するとまた利己主義に帰参する」と漱石ならいうだろう。但し、日本が化石しないという前提だが。
2010年9月13日 (月)

人間記念日
「私はジュンプウ良俗に裁かれることを意としない。私が、私自身に裁かれさえしなければ。たぶん、「人間」も私を裁くことはないだろう。」(『余はベンメイす』坂口安吾 昭和22)
 その「人間」が「ジュンプウ良俗」を裁いた天誅が、例えば、ヒロシマナガサキではなかったか?原発にもなる核そのものは是も非もない。人間そのものも是も非もないはずだが、ジュンプウ良俗が暴走する時、人間も原爆と化する。核や戦争がなくなっても、人間を否定する良俗ある限り、天誅はこの世からなくならないだろう。
「肉体なんか退屈ですよ。うんざりする。退屈しないのは、原始人だけ。知識というものがあれば、退屈せざるを得ないものだ。」(『余はベンメイす』坂口安吾 昭和22)
 現代はこの逆だ。知識なんか退屈でうんざりだ。退屈しないのは、知識人だけ。肉体というものがあれば、知識なんて退屈せざるを得ないものだ。人間は困ったもので、肉体あらば知識に倦み、知識あらば肉体に倦む。いずれにせよ悩ましい。
「人間性というものが人間の現世に正しく復帰するということは恐らく永遠に有り得ないと私は思う。いつ如何なる現世に於ても、常に現世の良俗というものが存在して、人間性をゆがめ、各自反逆し合うタテマエを免れ得ないに相違ない。」(『思想なき眼』坂口安吾 昭和22)
 昭和二十年八月は「人間性というものが人間の現世に正しく復帰」した意味で記念すべきだが、「原爆の恐さ」とはいっても、「人間の恐さ」とは誰も言わない。すべては人間がしたことではないか。人間性を見失うと、いつでもそれは「正しく」炸裂する。アキバの路上でもネバダの路上でも。たとえ核廃絶できても、人間性を廃絶できない以上、「正しくない復帰」こそ平和への唯一の道ではないか?
「寝ころんでタバコをくわえながら空を眺めたり、仔犬と遊んだり、キャッチボールをすることもできやしない。なんて窮屈なんだろう。そして、そこに重々しく表されているものは、そのもの以外を否定している心境であった。戦争の前まで、日本の公園の広々とした芝生の幾つかは立入り禁止であった。(中略)彼らの造庭の流儀で云うと、人間どもがどこもかしこも自由気ままに歩いてはいけないのである。作者の定めた通路を通り、それ以上に観賞したり利用したりすることは、許されない。なんというカタクナな否定的態度であろうか。」(『風流』坂口安吾 昭和26)
 こういう「カタクナな否定的態度」が原爆によって吹っ飛んだことを希望を持って彼は見つめていたにちがいない。自分以外を否定する態度こそ、最大の戦犯だが、それが人間性の健康さでもあり、それを肯定する良俗もまた順風というか、純粋で、こうなると、不健康な人間性を育てる不純な良俗を築き、その修復につとめることが永遠の平和かもしれぬ。
「良俗はタカの知れたものではあるが、それが永遠にかかるものでしか有り得ないと見るときには、タカの知れたものであるまま、その意味を認めて何等かの協力を致さざるを得なくなるであろう。」(『思想なき眼』坂口安吾 昭和22)
 核廃絶とはいうが、それは人間の一人もいない現世をつくりだすようなものだ。そうした「カタクナな否定的態度」は、むしろ戦争的ですらある。戦争はしていても、同盟国が敵勢力に武器を流していたという機密情報がリークされる方が、むしろ人間的に見える。
「生きてる奴は何をやりだすか分らんと仰有る。まったく分らないのだ。現在こうだから次にはこうやるだろうという必然の筋道は生きた人間にはない。死んだ人間だって生きてる時はそうだったのだ。(中略)歴史の中の人間はもはや何事を行うこともできないだけで、然し彼らがあらゆる可能性と偶然の中を縫っていたのは、彼らが人間であった限り、まちがいはない。」(『教祖の文学』坂口安吾 昭和22)
 ときに某有名歌手が無期限活動停止するそうな。「第一線を駆け抜け、数々の金字塔を打ち立てた」とはいえ、一年後までスケジュールが組まれた人間とは、もはや「歴史の中の人間」に等しいのだろう。何も芸能人に限らず、すべての現代人が情報に追われる生活にうんざりするのが当然で、うんざりしないのは「情報の中の人間」になって、「生きた人間」でないからだ。そこに人間の恐さも忘れられ、また悲劇が起こる。
2010年8月10日 (火)

夢なき世界
 韓流ドラマやKポップ、キムヨナ、W杯で16強入り…ノッてる国は勢いが違う。かつての日本もそうだったが、今やアイドルも「スキャンドル」、相撲は賭博やら暴力団やらで夢もあったものではない。今の韓国を輝かせているのはたしかに「夢の力」であろうが、それから覚めるのも人間の性である。
「『人間的な、あまりに人間的な』は、厳格な自己陶冶の記念碑で、これによってわたしは、それまでに背負いこんでいた「高等詐欺」、「理想主義」、「美しい感情」、その他の女性的なものすべてに一挙にとどめをさした」(『この人を見よ』ニーチェ p.121)
 「陶冶」とは才能や性格を育て上げること。それまでの彼は「他に調子を合わせ、自分で自分を誤解する(中略)自己喪失」にあったという。
「病気はわたしに忘れることを許した。いや、それを命じた。病気から、わたしは、いやでも静かに寝ていること、何もしないでいること、待つこと、忍耐づよくしていることという贈り物を受けた……だがそれはつまり「考える」ということなのだ!」(『この人を見よ』ニーチェ p.120)
「『感じる』と『信じる』の間にあった『考える』を日本人が失ったのは1980年ごろから。『考える』ことを過剰にやった学生運動の失敗が総括されないまま、経済の繁栄もあって考えることが忌み嫌われるようになり、思想も宗教もない国の幼稚性が進んでいった。」(『新作「ザ・キャラクター」上演』野田秀樹 読売新聞夕刊 平成22.6.23)
 いま、「幼稚性」がどうしても「酔う知性」に変換されて困ったが、実は知性に酔うのも幼稚なのかもしれない。なぜなら、知性とは見るためのものだから。
「題名は「贋作・桜の森の満開の下」にしたいということであった。最初から贋作と打ち出すとは、ナンと大胆不敵な、と思った。(中略)だが考えて見ると原作に忠実というのばかりが能ではない。むしろ忠実であろうとするあまりに原作の模倣になって、魂を抜きとられたようなものになりかねない。」(『著者に代わって読者へ』坂口三千代 平成元)
 1980年頃といえば、日本が米国という「原作」の忠実な模倣に明け暮れていた時代。いつしか魂も抜きとられ、「考える」ことも忘れたらしい。今の韓国がちょうどそうだとすれば、今の日本はむしろ「贋作」かもしれぬ。夢もいらないが、ヒットとか成長、成功もいらない。じゃ、何が欲しいのか?
「高貴であることの徴。―われわれの義務を万人にとっての義務にまで引き下げようなどとは決して考えないこと。自己の責任を譲り渡そうと欲せず、頒かち合おうと欲しないこと。自己の特権とその行使を自己の義務のうちに数えること。」(『善悪の彼岸』ニーチェ p.292)
「あのいちばん底にひそんでいた自我―他の多くの自我の言うことに絶えず耳を傾けていなければならない(―つまりそれが読書といわれるのだ!)という重荷を負って、いわば土砂の下に埋まってしまい、声を失っていた自我が、しだいしだいに、おずおずと、ためらいがちに目をさました―そして、ついにそれはふたたび語りだしたのである。」(『この人を見よ』ニーチェ p.120)
 それを「キャラクター」というのではないか?この状態をニーチェは「病気」というが、そのおかげで彼は「肉体の快癒」を得たともいう。理想主義を脱ぎ捨てるということは、一時的に「裸の王様」になることであり、理性的には確かに危険な状態にちがいない。裸に自信のない人は、この人が勧めたように、ひきこもれ!
「カネの問題で批判されたけど、小沢一郎さんが100人を超す国会議員を引き連れて中国へ行った。あれだけですよ、民主党政権がアメリカに衝撃を与えたのは。」(『60年安保 半世紀目の問い』吉本隆明 朝日新聞 平成22.6.14)
 その「カネの問題」をマスコミが執拗に追求するのも「アメリカ」の差し金ではないのか。小沢氏がどうかは知らぬが、「高貴」な人物とは、民主主義者にとって鼻持ちならぬ存在だ。しかし、その小沢氏自身が「議会制民主主義の定着のために…」などと言い出すからわけがわからない。
「『夢を与える』は綿矢りさの第三作目の小説。(中略)チーズのCMをきっかけに芸能界に入った子役の夕子が有名になり、猥褻な動画の流出によって地位を失うまでの顛末を記す。」(夢を与える―Wikipedia)
 最年少と鳴りもの入りでデビューした芥川賞作家が自らの真実を暴露した自虐的作品だとしたら、そのリアリズムが何らセンセーションも起こさない現状がすでに「夢なき世界」だが、本人にとっては自虐行為とは「自己陶冶」であり、そうして誰もが「キャラクター」となったとき、真の民主主義が定着するはずだが、自民党を模倣する民主党政権を見ていると、現状はその外貌をした理想主義にすぎず、ときにナチスより専制に見える。
2010年6月24日 (木)

『読書ノートから 中上健次「読書ノートから」ほか』
「「矢沢永吉激論集 成りあがり」とタイトルのついたこの本は、歌手矢沢永吉が語り、それを写し取った形である。(中略)この本を語る矢沢永吉もそうだが、その語りを筆写し、整理し、いま、書かれてある語りとして再現した文字の書き手に、私は文学以上の文学を見る。(中略)その書き手が、矢沢永吉を通して自分の矢沢永吉を語っているのである。」(『読書ノートから』中上健次 昭和53)
 その「書き手(糸井重里)」と「矢沢永吉」は、その本で何を語ろうとしたのか?昭和53年といえば、日本も「成りあがり」の時代であった。
「矢沢の語る極貧体験、人とは違って、オイラよく分かる。(中略)この本は、人にある同じ体験を引き出す力を持つ。(中略)この時代に氾濫する満腹ガキには到底理解できぬことだろうが、腹のひもじさは、いまのオイラにも、いま食っても食っても満たされぬ心の飢えとしてある。(中略)矢沢が「成りあがり」と称するのは、この飢えを埋める過程のことだと言ってよい。」(『読書ノートから』中上健次 昭和53)
 この「読書ノート」の3年前に芥川賞受賞で成りあがった中上にとって、「書いても書いても満たされぬ心の飢え」が「同じ体験を引き出す力」となったのだろうが、それだけではないようだ。
「矢沢永吉は、いまひとつの神話を抱えている。つまり、矢沢永吉は、孤児として育ったということである。(中略)説明や解説の手続きを略して言うと、矢沢永吉個人にとっていわば「人間関係の極貧」である部分が(中略)神話のくまどりを与えることになるのである。」(『読書ノートから』中上健次 昭和53)
 「孤児」ではないが、複雑な人間関係のもとに育った中上が、今度は「自分の矢沢永吉」を語っているようだ。曰く、スーパースターの条件とは「人間関係の極貧」だという。なるほど、だからスターの集まるビバヒルのような大都市の人間関係は貧しく、人間関係が豊かな田舎に泊まってもスターは厚遇されないのだろう。
「この本の読者たる多数は、満腹ガキか、満腹ガキの変種だろうから、たぶんその衝撃を分かるまい。そう独り言をつぶやかせる本でもある。」(『読書ノートから』中上健次 昭和53)
 それをちゃんと本にしているところを見ると、誰かには「分かるはず」と思っていたのではないか?そのように読者につぶやいてみせたのも、成りあがりきれていない現状への不満があったかもしれない。奇しくも、日本の成りあがりの夢が破れたバブル崩壊後の平成4年、中上は46歳の若さで死去。晩年、浴びるほど飲んでいたという酒で「心の飢え」も埋めていたらしい。
「経済学というのは歴史を解明できないはずなんです。なぜならば、そのものが経済学の秘密を握ってるわけだから。」(『フェティシズムについて』柄谷行人、岸田秀 昭和53)
 孤児にとって生い立ちなど捨ててしまいたい過去であるように、高度成長期の日本にとっても敗戦は捨ててしまいたい歴史であり、それを忘れるために経済活動に没頭していたようなものかもしれない。
「いまの若者は、目的志向に欠けるという。それは、すべてが現在だからである。なぜすべてが現在になったのか。それは、情報を集め、予測し、管理するからである。それが情報社会、管理社会である。」(『若い人たち』養老孟司 平成3)
 バブル崩壊当時、就職氷河期の「若者」にとっても、未来の希望などなく、彼らは酒に酔う代わりに「情報」に依っていた。すでに地価の急騰が情報社会になった証しであり、米国のサブプライムローンなども「すべてが現在」の人たちが将来を見誤って起きた。
「もう半世紀も前に、ヴァレリーは、近代生活はわれわれが肉体的努力をせずにすむようにするとともに、知的努力もせずにすむようにする傾向をもっている、と書いている。」(『生きた時間の回復』柄谷行人 昭和48)
 少し前、とある新聞の片隅に「iPadは便利で使うのは楽しいが、考える間はなくなる。おかげで米国の知性は退化し…」と米国のニュース誌から引用されていた。「すべてが現在」なのは米国人や「いまの若者」だけに限らないから世論調査につられて首相もコロコロ変わる。さて、還暦を過ぎた矢沢永吉氏はまだまだ「成りあがり」過程のご様子だが、「すべてが現在」という「満腹ガキの変種」にも「その衝撃が分かる」はず。そう独り言をつぶやきたくなる。
2010年6月10日 (木)

偉大なる「無」力
 米国政府はメキシコ湾で原油流出事故を起こした英国BP社に罰金を検討中という。トヨタに次いで…日本もギリシャの二の舞いにならぬよう米国流「企業ゆすり」「企業たかり」を見習うべきか?しかし、なぜ、自由主義経済は破綻するか?
「自然というものの本性を考えてみたまえ。節度もなく浪費し、限度もなく無頓着で、意図もなければ顧慮もなく、憐情もなければ正義もなく、豊饒で、不毛で、かつ同時に不確かなものだ。諸君はその無関心そのものが力としてであることを考えてみるがよい。」(『善悪の彼岸』ニーチェ著 木場深定訳 昭和45 )
 ニーチェにいわせれば、自然に従って生きることは破滅への道であり、それを避けるには節度や限度をわきまえたり、米国のように正義をふりかざすより、自然と同一化して「無関心そのものの力」を身につけるべきなのだろう。すぐさま騒ぎ立てるのは「自己欺瞞者」の証拠であり、国家が破綻しようが子供のように無関心でいるのが賢者の証しであるらしい。
「なぜに昔からの賢者は、大人は子供心を持てということを教えたのか。(中略)エデンの楽園で、インノセントな生活、善悪などを区別しない生活を送っていたのを、いまさら、なぜに恋しがるのか。(中略)東洋の「哲学」はここから出発する。分別して分別せぬこと、「罪」の存在で、そのまま「罪のない」生活をしようという。」(『東洋「哲学」について』鈴木大拙 昭和36)
 しかし、そんな生活にたどり着くまで、大拙も東西の哲学を分別せねばならなかったし、ニーチェも善悪の彼岸にたどり着くまで、ギリシャ時代にまで遡って古今の文献を読み漁らねばならなかった。子供心や無関心力を養うのも楽ではないらしい。
「なにが、哲学だい。なんでもありゃしないじゃないか。(中略)持って廻っているだけ、大人の方が、バカなテマがかかっているだけじゃないか。芥川も、太宰も、不良少年の自殺であった。(中略)然し、生きていると、疲れるね。かく言う私も、時に、無に帰そうと思う時が、あるですよ。戦いぬく、言うは易く、疲れるね。然し、度胸は、きめている。(中略)戦っていれば、負けないのです。」(『不良少年とキリスト』坂口安吾 昭和23)
 戦いぬくから破滅するのではないか。それをあえて戦わずして負けるために「バカなテマ」をかけるのが哲学だとしたら、さすがは哲人の故郷、ギリシャは財政破綻、つまり負けを認めたから、さらなる破滅を回避できたともいえよう。それは、かつて敗戦日本も辿った賢明な道だ。
「然し、日本は負けた、日本はなくなった、実際なくなることが大切なのだ。古い島国根性の箱庭細工みたいな日本はなくなり、世界というものの中の日本が生れてこなければならない。」(『天皇陛下にささぐる言葉』坂口安吾 昭和23)
 そうして神がかりな「皇国」は無に帰して、国際社会というものの中の日本が生まれ、今日の国債残高800兆にまで借金が膨らんだわけだが、そうなる16年も前に日本の賢人かく語りき…
「もう、だいたいこれで終わりなんでしょう。日本のいわゆる発展は終わりで、あとはよき停滞、美しき停滞をできるかどうか。これを民族の能力をかけてやらなければいけないんです。(中略)石橋湛山が何かのときに「いまどうしたらいいでしょう」と聞かれて、「いや、行くところまで行くしかない」、行き着くところまで行ったら、また新しい孝行息子が出てくるよという意味のことを言ったそうですね。」(『国家・宗教・日本人』司馬遼太郎、井上ひさし 平成6)
 湛山といえば、日本の植民地政策が行き着くところまで行ったとき、政界に出て吉田茂や鳩山一郎を支えた人物。もしかしたら、彼らのことを「孝行息子」といったのかもしれぬ。ときに今週発売のとある雑誌の見出しに「安保を飲み屋の話題にした鳩山の偉大なる功績」とある。こちらはそのまた息子の息子だが、たしかに彼の無能というか無邪気さのおかげで沖縄の問題が表に出ることになったとすれば、彼こそは祖父譲りの「孝行息子」かもしれぬと、クリントンではないが称賛したくなる。
2010年5月25日 (火)

母の日宣言
 「母の日」の発端とは何か?
「アメリカでは南北戦争終結直後の1870年、女性参政権運動家ジュリア・ウォード・ハウが夫や子どもを戦場に送るのを今後絶対に拒否しようと立ち上がり「母の日宣言」(Mother's Day Proclamation)を発した。ハウの「母の日」は、南北戦争中にウェストバージニア州で、「母の仕事の日」(Mother's Work Days)と称して、敵味方問わず負傷兵の衛生状態を改善するために地域の女性を結束させたアン・ジャービスの活動にヒントを得たものだが、結局普及することはなかった。ジャービスの死後2年経った1907年5月12日、その娘のアンナは、亡き母親を偲び、母が日曜学校の教師をしていた教会で記念会をもち、白いカーネーションを贈った。これが日本やアメリカでの母の日の起源とされる。」(母の日―Wikipedia)
 そもそも女性運動家の平和宣言が、なぜ、母に感謝するだけの日にすり替えられたのか?
「親が子を育てるのは一般に本能的で自発的な愛情によるものだが、子供が親を養うのはモット義務的で、どうしても親の方が歩がわるい。(中略)終戦後は、子供の親扱いも荒ッぽくなったかも知れんが、親が忍従を忘れ、民主主義的になりすぎたオモムキの方が強いのではないかと私は思う。」(『親が捨てられる世相』坂口安吾 昭和27)
 南北戦争であれ、太平洋戦争であれ、戦争終結直後は、親も子も、そして女性も忍従を忘れ、自由で民主主義的なオモムキが強くなるらしい。しかし、それも束の間、37年も経つと「自発的な愛情」から亡き母を偲ぶ娘が出てくるということは、「母の日」とは「忍従の日」とすべきだ。
「すべて人間の世界に於ては、物は在るのではなく、つくるものだ。(中略)モラルも、感情も、これは人工的なものですよ。つくりうるものです。だから、人間の生活は、本能もひっくるめて、つくることが出来ます。」(『余はベンメイす』坂口安吾 昭和22)
 虐待児が暴力をふるわれた親を必死にかばうのも「本能」であり、どんなに歪んだモラルでも、それに逆らうより忍従した方がラクで安心なのも「人間の世界」である。
「カトリックに於ては、善人は天国へ、悪人は地獄へ、生まれたばかりの赤ん坊は煉獄(ピュルガトワル)へ行きます。日本では普通、煉獄を地獄よりももっと悪い所のように考えているが大間違いで、ピュルガトワルとは天国と地獄の中間、即ち善ならず悪ならず、無の世界で、赤ん坊は善悪に関せざる無だから赴く。私自身の宗教に於ては、赤ん坊だけではない、自ら省みて恥なしなどという健康者はみんな煉獄へ送ってしまう。人間の真似をしている人形だから。」(『余はベンメイす』坂口安吾 昭和22)
 安吾の「宗教」、つまり「文学」に於いて、人間は自ら省みた結果必ずや天国か地獄に行くものであり、自ら省みない「人形」は、赤ん坊と同じく煉獄に赴くものらしい。
「地獄へも天国へもゆけないような状態を、近代になってからの日本人の思考はさまよっているんじゃないですか。(中略)私たちは近代に入って、ずっと煉獄のほうにいるような気がします。幸、不幸を直観することができずに、たくさんの苦患を味わうところが煉獄ですから、これは辛いですね。」(『国家・宗教・日本人』司馬遼太郎、井上ひさし 平成6)
 「普天間問題」で断固反対を叫ぶ人々は、もはや煉獄にはいないのだろう。たとえ地獄に落ちようとも、ハウのように「戦場に送るのを今後絶対に拒否しよう」と立ち上がっている。それは「沖縄返還」を「基地変換」にすり替えられてきた忍従の歴史を自ら省みた結果なのだろう。しかし、今のオモムキもいつか「基地に感謝する日」にすり替えられないことを祈るばかりである。
2010年5月8日 (土)