2014年3月7日 原人社会にも博士がいる。「酢竜府先生、スタップ細胞ってなんすか?」「わしの名が何か?」「いえいえ、日本の若い女性研究者が世界で初めて発見したっていう…」「ふーむ、きっとスタンプみたいにしてつくった論文じゃな、がっはっは」「え、御存じなんすか?」「いや冗談じゃよ。わしゃ、最近ちと耳が遠いんでの」「でもまさにそのとおりで、コピペだらけってことが発覚してもう大変。自殺しちゃうかもしんないっすね、あの先生」「だいたい論文なんちゅうもんは緻密なSFみたいなもんじゃからの。わしが若い頃からそうじゃったよ」「へえ、先生のお若い頃っていうと半世紀は前っすね」「そう。東京オリンピックの頃じゃったな」「じゃあ先生もコピペして博士になったんすか?」「失敬な!引用というもんじゃよ。ちゃんと出典も書いてな。それが多ければ多いほど立派な論文に見えたもんじゃ」「なるほど。それをだまってるからインチキなんすね」「でも君たちもよくやってるじゃろ?人の作った文とか絵を勝手に失敬しとるじゃろ」「それは日常茶飯事…つか、むしろ親作品はこれですって明言した方がボクら無名なクリエーターにとっちゃ有利なわけっすよ」「じゃから、それが出典なわけじゃろ」「じゃあ、スタンプ論文も別に問題じゃないじゃないっすか」「ま、書き方にもよるな。いかにも盗用してるのと、それを踏まえて別のことを言っとるのとじゃ大違いじゃ」「じゃ、99%引用でも1%の大発見があればいいわけっすか?」「その1%を証明するのに必要な99%ならな」「そんならボクらのやってることなんてほとんどが先人の築いた礎の上に石ころを積み上げてるようなもんっすよ」「たまにはいいこというな」「だから真に大発見なんてそう滅多にできるもんじゃないっす。知れば知るほど既に知られてることばかりっすね、世の中」「さよ。知る者は言わず…科学者なんざ、言う者の代表じゃよ」「じゃあ、あのスタンプ先生もとことん沈黙したらいいっすね」2014年3月16日 今月の8日から製作開始したプラモがやっと完成。今回は撮影もちょっと工夫して照明をLEDにして鏡で反射させた。従来のモデラーさんは「いかにきれいに撮るか」なんだろうけど私は「いかに楽しく」が大切で、今回はモーターなしなので走るはないけど、光る、動くを見せたいのでどうしても動画ということになる。で、今回はモディファイ、つまり「変える」も盛りだくさんなんで、その辺の解説も入れたくてプレゼンを工夫したり。当初は前回余ったデカールを使いきりたいってくらいの動機で始めたのに気づいたらあちこち手を入れるはめに。やっぱ「ないもの」を創るって楽しい。何したっていいんだから間違いも正解もない。ぬり絵の絵自体を変えちゃうようなもんだ。さて、動画制作にあたってお勉強もした。今回はボンネットに描いた絵の人について調べた。英文しかなくて翻訳機能の怪しい日本語だけが頼りだったけど温故知新ってやつだね。スーパーカー世代もここまでは知らないでしょうっていう。そのボブ・ウォレスって人がいなかったらイオタもカウンタックも世に出てない。したらフェラーリも対抗してBBなんて作らなかったろうし、スーパーカーブームもずいぶん寂しいものだったにちがいない。ホント、陰の立役者だね。今でもランボ社にいんのかね、ああいうレース屋出身のクルマ気違い。レース嫌いな社長に反抗してレースカーを仕事時間外につくるためにガレージに寝泊まりして、ロードテストに明け暮れて、そのクルマで家まで帰っちゃうっていう。よく奥さんに別れられなかったね。心の広いお方だ。たしかに速いクルマ、乗ると緊張するすごいクルマは今でもある。でもレースカーってのはふつうの人じゃエンジンすらかかんない。それを公道用にしたのが、スーパーカーだと思ってます。だから誰でもひょいひょいと300km出せますなんてのはちがう。いくら何億とかしたってそんなのは金持ちのおもちゃにすぎない。ワイルドスピードの俳優さんが事故死したカレラGT、あれなんかは数少ないスーパーカーといえるんじゃない?やっぱスーパーカーはキラーじゃないと。ただ最近は人間の方がセルフキラーなんでクルマも自動運転やら自動ブレーキなんて時代だし、F1ですら環境だのダウンサイジングだのお偉いさんの顔色伺っちゃってる時代。ボブウォレスならどんなアースキラーなクルマをつくるだろう?2014年3月30日 タレントという稼業、スキャンダルの一つや二つは売れてる証拠のようなもの。昔、オリジナルラブの歌にもあった。「売れてる人と人の間にスキャンダル」って。(そう聴こえるけど、正確には「群がる人と人の間…」です)ところが、売れたい人と人の間にもスキャンダルはよく立てられる。今年、三十路を迎えるKはモデル出身のタレントで、映画やドラマなど女優としても数々のキャリアを重ねているが、不思議なことに男の噂がたったことがない。そこへとある台湾の芸能事務所からオファーが入った。といっても、スキャンダルで一緒に打ち上げませんか?というものだった。Kの人気も女性ファッション誌の読者の間では相変わらずであったが、タレントとしては別に歌や踊りやトークがうまいわけでもなく、俳優としても演技派というほどではなかったから、事務所としては悪くない話だった。もちろんK本人には内緒でパーティをセットして、そこにカメラマンを潜入させた。ところができた写真があまりにひどかった。というか、Kの素性を知る人からすればそのままじゃん!という、いつもの豪放磊落なKがいつものように泥酔して、いつものように裸同然で寝乱れてる姿が写ってるそばに誰とも知れぬアジア系の浅黒い男性が写ってるだけであった。「んー、いまいちだねー」関係者が話し合ってるところへKが入ってきて、すべての顛末を知ってしまった。「なーんだ、そーゆうことだったんだァ…じゃあ、撮り直しましょう。もっと衝撃的なセクシーショットを約束しますよ」いざ、同じシチュエーションで撮影となった。ほとんど局部が見えそうな過激な下着でKは撮影に臨んだ。「さすがモデルさんですね」カメラマンも感心。「しかしてそのポーズ何?辛くないですか?」それはがに股で足の裏と裏をくっつけたポーズであった。「こうやって神に祈ってるんです。インド映画の『カーマ・スートラ』って観たことないですか?」「ありますけど、あれって男性と絡んでませんでしたっけ?」「ああ、いいの、いいの」「もっと絡んでくださいよ。スキャンダルになりませんよ」「ダメ。聖典では性行為は神聖な儀式なんだから!」そんなKに怪訝なカメラマンだったが、撮影は無事に済んで、数日後にはスポーツ新聞や女性週刊誌にその写真が掲載された。ところがスキャンダルどころか「Kは男の趣味が悪すぎ」という記事がネットを少し賑わしただけだった。その写真に写っていたのは実は例の台湾タレントではなく、彼はとっくに帰国していて、代わりにその場にいたスタッフを代役に立てたのが悪かった。火のないところに煙は立たないとはいうが、わざと煙を立てようとするからこういうことになる。2014年4月8日 春は色っぽい話が多い。AV男優のSは絶対にイカないと自負して、その番組の企画に臨んだ。その企画とは二丁目で知らぬ者はいないというゲイとのイクかイカぬかの大勝負であった。Sのマネージャーは番組の中で「彼は絶対にイキません。彼には発射のタイミングを自由自在にコントロールする能力があるからです」と自信たっぷりに語った。Sも「入れたまま何時間でも耐えられますよ。え?コツ?そりゃプロですから。そうね、呼吸法です」と語った。一方、二丁目の男はというと、「え?あたしとヤッた数?そーね、4ケタはしてるわね。1日に8本なんてこともあるわ。うふ。けど、一度もイカせられなかったことなんてないわよ」と自信ありげ。さて番組の収録が始まった。二人がご対面。「こっちは仕事でやってんだよ。そっちは趣味だろ」とマネージャーがけしかけると「こっちだって本気よ!仕事よりも本気なんだから!」と不思議な説得力で応じる二丁目。Sはもちろん素っ裸。日焼けした体はさすがプロの貫禄がある。一方の二丁目はでっぷりとした普段着姿。Sの腰のあたりを箱で隠し、一方は棒立ち、一方はしゃがんでちょうどhのポーズとなった。早くも10分経過。「まだタッてないよ」余裕の表情のSに対し、もう汗だくの二丁目。20分経過。Sも時折天を仰いだり、うつむいたり。「その辺の女の人よりはうまいけど…絶対にイカないよ」と意地をみせる。二丁目ここで上着を脱いだ。いよいよ本気モードか。「それじゃバキュームいきまーす」得意技を繰り出すようだ。35分経過。Sはかなり苦しそう。ここでマネージャーの檄が飛ぶ。「おい、負けたら覚えてろよ!」二丁目「のど輪締め行きまーす」いよいよ最終兵器のようだ。「や、ヤバい!イク…イク…イク…………」一瞬Sの両足の力が抜けたように見えた。一体、目隠しの中で何が起こっているのか。箱に首を突っ込みながら二丁目、そばのティッシュを2、3枚もぎとった。箱から顔を出すと安堵した顔でそれを口に当てて「ごちそうさまでした」………。その収録の一週間後、Sが逮捕された。女子中学生とわいせつ行為をしたという。ネットでは「仕事以外でも?さすが」と賞賛する声も聴かれたが、こんな声も囁かれた。「しかし誰だ、こんなの通報するヤツ」それがマネージャーであった。男の意地というのも恐るべし。2014年4月8日 母はもうすぐ70になるが、そろそろ40年間呑み続けている(といっても酒ではない)クスリをやめてもいいのではないか。東北の方の老人ホームで「おむつゼロ」を実現した背景に精神系のクスリをやめた効果が大きかったと聞いたことがある。クスリをやめたら自然な排泄のリズムが戻ってきたという。クスリがいかに廃人にしてるか。(あんまり元気になっても困るが)そうしないと保てない社会秩序の方がおかしい。ちょっと変な人が昔はいっぱいそこらにいたよ。母に限らず躁鬱になる人というのはガンバリ屋さんだ。若い時に頑張る癖をつけてしまった人の宿命で頑張り続けるしかない。アンドレジイドの言葉に「憂鬱は凪いだ熱情」というのがある。最初から熱情のない人には憂鬱もない。クルマに喩えると憂鬱とはエンジンだけが空回りしてるアイドリング状態でギヤがうまく噛んでないのが問題なのに、クスリはエンジンを止めようとする。人間もクスリによってボケボケにされてる。精神薬は現代のアヘンだ。安倍政権のいう「景気回復」なんて世の中に氾濫する精神薬をすべて禁止にすればすぐ実現するんでない?それはどうでもいいけど、母は実はインテリ。光塩から南山といったら女子では名門。見栄っ張りの祖母のせいで実力以上の学校に無理矢理入れられてそりゃ大変だったはず。がむしゃらに勉強しないとついてゆけない。知らず知らずガンバリ屋になってしまったのだろう。50くらいまでは子供の受験やら海外旅行など趣味活動でそのガンバリ屋精神をうまいこと燃焼できていたのだろうが、60くらいから家庭環境が激変し、姉が家を出て、その代わり単身赴任歴何十年の父がテレビや台所を占拠し、母の居場所、生活は奪われてしまった。それでも40年来通ってる病院だけは通い続け、こうなると依るべきものは先生だけとなり、クスリもどんどん増える。「眠れないんです」「鬱なんです」こういう患者の一方的な訴えに医者としては精神薬を増やすしかない。医者も辛いよね。老い、って悲しいものだ。どんどん居場所がなくなり、希望がなくなり、変化を受け入れなくなり、どんどん世の中のお荷物になっていく。母よ、それでいいのか?2014年4月13日 1980年代後半の頃、よく使ってたテープでソニーの「Do」というのがあった。なぜ、それをよく使ってたかというと、安い割に音がよかった(気がした)から。テープにはノーマル、CrO2、メタルの3種類があり、値段もだいたいその順だったが、「Do」はほとんどノーマルの値段でCrO2、つまり手軽に使えるハイポジだったわけ。同様にTDKからも格安ハイポジが出てて、そのうちメタルにもノーマル並みのが出てきてよく使ってた。しかし当時はたかがテープにおびただしい種類があり、ソニーならHF、HF-S、HF-X、HF-ES、HF-PRO(ここまでノーマル)、Do、UX、UX-S、UX-PRO、UX-Master(ここまでハイポジ)、Metal-S、Metal-ES、Metal-Master、TDKならAE、AD、AD-S、AD-X、AR、AR-X(ここまでノーマル)、SF、SA、SA-X、SR、SR-X(ここまでハイポジ)、MA、MA-X、MA-R、MA-XGといった具合…。そんなテープ序列の中で高嶺の花だったのが、例えばTDKのMA-XGで、透明なプラスチックの間に金属が挟まれていて非常に重かった。またソニーのMetal-Masterもハーフがセラミック製だった。当時読んでたFM雑誌に「CDで聴くよりアナログ盤から高級メタルテープに録音した方がいい音」なんて意見があって、今そのMA-XGとMetal-Masterの音を聴いてみているが、そもそも「いい音」ってなんだろう?当時「月刊Stereo」では数値でいろいろ測定したあげく、最後は「金物系がややうるさい」とか「弦楽器が重厚」とかソムリエみたいな批評になってたのもわかる。でも一つはっきり言えるのは、そういう「テープバブル」もCDの普及、さらにデジタルオーディオの普及によって陽炎のごとく消え去ったこと。いつの間にかテープなんて使うのは年配の機械音痴だけになり、そのデザインはテープ残量がわかりやすいように透明で、録音時間がでかく60とか90と書かれてるだけになった。今から考えると録音していちいち音が変わったら困るけど、当時はそれも「特性」ととらえていた。デジタルになってそういうことはなくなったと思ったら、今度は自分で好みの音にマスタリングしたりするようになる。正確さを求めつつ、同時に曖昧さも求めるという人間は矛盾した生き物だ。2014年4月22日 ライトハンドだとかが主流だった時代にジミヘンやロリーギャラガー、レイヴォーンにショックを受けて自分の山のような機材を縮小化してったギタリストは多いはず。当時、そんな機材などなかった私はとりあえずギターだけはと手に入れたのが'56年と'64年製ストラト。その2本ともなぜかネック側のピックアップ(磁気マイクのこと)が断線して、他のに交換していたのだが、今年に入って'56年製の方をとあるリペア屋にリワインドしてもらったところすこぶるよくて、今度は'64年製の方も頼んでいた。それができあがってきたので、さっそくハンダ付けして先日つくった『桜吹雪とマセラティ』という曲に使ってみたら、あらためてギターって一本一本ちがうなあと実感した。同じフレーズを弾いてもしっくりこないから、いろいろ工夫してみる。ヴォリュームを思い切り絞ってみたり、単音を和音にしてみたり、ポジションをかえてみたり、オクターブで弾いてみたり、アームやチョーキングでビブラートなんて久しぶりにした気がする。Aの音ならAを弾けばいいピアノとちがってギター、とくにエレキは弾き方によって全然音がかわる。そこが難しくもあり、また面白いところ。弾きやすさを追求するとネックは薄く、指板は平らに、フレットは大きくなって、アンプやエフェクトは山のように増えて、ギターらしい音からはほど遠くなる。それってクルマもそうらしい。今のクルマはいろいろアシスト機能が山のようについたメタボな図体に高価なカーボンをちゃらちゃらさせ、高出力のエンジンで強引に転がすのが主流。ところが昔のクルマ、例えば60年代のマセラティTipo 61バードケージなんて600kgしかない。それに4気筒エンジンで最高速300kmも出た。そのかわり人間がやることはいっぱいある。今の例えば日産GT-Rなんて人間は何もすることなく300km出ちゃう。古いギターを弾き倒すのも同じで、その時代のクルマを乗り倒すのと同じ気合いがいる。その点でマセラティとストラトは近い。限りなく昔に近いギターをつくり続けるフェンダーに習ってマセラティにも是非、600kgの新車を出してほしいね。2014年4月24日 (三)に続く |
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