原人日誌(二)



爆音映画 アメノミクス 削る愉しみ 若者にクルマを この世の不安 他意 プラモ的カウンタック論 renew本能 酢竜府先生 アースキラー 好かんダル オトコの維持 母へ テープバブル ストラティ

爆音映画

映画「RUSH」のことは以前から知ってはいたがカーグラみたら急に見たくなった。調べたら今日が先行上映、しかも千円デーということで有楽町まで行ってきた。やっぱ映画はいいね、そう思えたのも巨大サラウンドスピーカーによる爆音のせいだったかも。テレビで聞くハエのようなF1サウンドとはまるでちがう。ラウダがイタリアの田舎道をアルファロメオでブっ飛ばすシーンには思わずニヤニヤしてしまった。映画のストーリーはラウダの回想を誰かが友情の物語に仕立てた感じ。映画では語ってないけどラウダはこの翌年タイトルを奪還してて、瀕死の事故から40日で復帰よりそっちの方がすごくね?ラウダって人の超人性は私生活においてもすごくて、還暦近くで三十歳も若い奥さんと再婚して双子の父になってる。実はレースにつぎ込んじゃって新婚生活のカネがないんで今回の映画の話に乗ったんじゃね?なんて考えちゃった。ただそんな幸運に巡り会えたのもいろいろな奇跡の積み重ねで、その中にハントとのタイトル争奪戦もあったことは確かなんだろうね。実際あったかは知らないけどラウダに無礼な質問をしたインタビュアーをハントがボコボコにするシーンは思わず「かっこいい」って唸っちゃった。あと出てくるクルマがやっぱりよかったね。わが幼児期のバイブル「自動車大百科」にも載ってるマシンばかり。しかもCGじゃなく実写!ハントのM23、ラウダの312T2の他、JPSロータス、ティレルP34!6輪!などなど。あの頃のマシンって今ほど洗練されてなくて程よい荒削り感がBGMのロック(シン・リジーとか)と合ってた。今のF1なんてEDM系だもんね。たしかにハイブリッドとか電子デバイスの時代だからそうなるんだろうけど、ターボ800馬力が勝つか?リッター30キロが勝つか?の決着をF1の大舞台でつけてほしい。そんな現代版「RUSH」を見てみたくなった。そういえば意識不明のシューマッハは大丈夫なのか?あれでレース復帰、タイトル奪還なんて奇跡が起きたらいいのに。2014年2月1日

アメノミクス

二日酔いで丸一日パーになってわかったこと。プラモやるにも1に健康、2に上機嫌(これは音楽や食べ物、適量のアルコールで得られる)、3にクルマへの愛が必要ってこと。このクルマを作りたい!って情熱がないと気力が続かない。でも実は1の健康が一番土台にあることがわかった。プラモ製作中はワインはOKでもウィスキーは禁物。ときに政治にはとんと興味ないけど、今回の都知事選で当選した舛添氏の発言を聞くと、要はアベノミクスと歩調合わせますよって感じで選挙運動中ははっきり言わなかった原発問題も猪瀬氏の脱原発、電力自由化を切り捨てるっていうし、本当は再稼働したいのがみえみえ。要するに脱原発派の猪瀬知事を引きずりおろして、自分らに都合のいい原発推進派の知事を立てましたって結果になった。仲井真知事にはオドシ、猪瀬知事はクビ。何としてもアメリカ様に媚を売りたい人たちの作戦が成功したらしいね。米軍基地を作り、原発を再稼働させて何としても景気をよくして、世界経済の牽引役に一役買いたいと。そのために邪魔な奴は何としても消して、首を縦に振らせる。恐い国になってきたね、日本も。国そのものがマフィア的というか、オレオレ詐欺的ですよ。団塊の世代をうまい言葉でだまして、カネをださせ、票をあつめる。しかしアホだね、団塊の世代。アベノミクスを支持する世代。戦争を知らないだけじゃない。先代を知らない。過去と切り離されてるから先行きも不透明。アメリカを頼りにするしかない。経済しか生き甲斐がない。今の十代、二十代の方がよっぽど歴史を知ってる。地に足がついてる。夢なんかみない。テレビもみない。カネがないのは当たり前。彼らが中心になる時代までしばらくはこの状況が続くのかね?ちなみに舛添氏が交通体系を見直すっていってたけど、先日の大雪ではじめて振替輸送を体験して、バスもけっこう楽しかった。十分有機的じゃない?それよりJRすぐ止まるのどうにかしてほしい。やっぱいざって時は電気よりガソリンですよ。2014年2月12日

削る愉しみ

今回のプラモ、そろそろ4週間たってやっと形がみえてきた。いつもはモーターとかライトに走るけど、今回は基本にもどってプラバンやパテで造型しまくってる。ゼロから作るんではなくて完成品を解体&改造してるので頼りになるのは説明書じゃなく、ネット情報。「花道」とかプロ技を参考にしつつ、海外サイトの資料も探して、ないものは作り、わからないとこは想像で作っちゃう。これが楽しいんだ。そのためなら労力は惜しまず、出費もなるべく惜しまず、ほぼこれで生活が回ってる。先日なんか残雪険しい道をチャリで2時間かけて往復し、3つの店を回ってきた。もう汗だくですよ。夜布団に入っても「あそこはああやったら…」なんてまだ作ってる病。フォトショップ&プリンターでデカールを作ったり、ガラスの曲面はプラバンをドライヤーで熱して曲げたり、ハイテクなのかローテクなのか?とにかく技術の向上ってのはどれだけいろいろな道具を使いこなしてるかってことだ。私の道具箱もすごいことになってきた。ドリルは0.4〜1.2mmまで、穴あけポンチも2〜4.5mmまで用意するハメになり、メッシュは真鍮、ステンレス、黒と3種を使い分けるが、なぜかカッターとヤスリと筆はいつも同じのしか使わない。グリップ感がいいみたい。接着剤はちゃんと接着面をヤスってピタッとさせてやれば流し込みタイプのセメントが一番。ヤスリ技もかなり鍛えられた。右腕が最初の頃、しびれたけどもう平気。彫刻みたいにカッターでざくっと、ダイヤモンドヤスリで大まかに、あとペーパーで仕上げ。穴あけはドリル、ポンチで無理ならちょい臭いけど半田ごてでジュッとやる手もある。もうどんな形状でも作れそう。そういえば、最近、ミニカーメーカー、MAKEUPの人のブログみて、コンピューターから立体的に樹脂を作り出す機械にすげえ!と思いきや、もうすでに家庭用3Dプリンターってのが販売されてんだってね。しかし機械が十数万で、樹脂が1キロ5千円もする。色もさほど種類がない。さらに出来上がるまで1時間もかかるっていう。未来のプラモはデータだけ販売、自宅の3Dプリンターで出力&組み立てって感じになるのか?エアロパーツのみ販売なら便利かも。あと今の動画や音楽みたいに素人が3Dデータを投稿したら楽しそう。でも、手作業で手間ひまかけて作る楽しみはもっと貴重になるんだろうな。プラモは彫刻とかと同じほとんど体力勝負の世界。塗料や削った粒子なんかも体に悪そうだし、身を削るほど楽しいんだな。2014年2月18日

若者にクルマを

どこかの新聞に「若者のクルマ離れの原因が経済事情」みたいに書かれてて、相変わらず我田引水な屁理屈こねてんなと。ってことはさ、景気がよくなりゃ若者もクルマに飛びつくってこと?んなワケないっしょ。キシュ変かゲームに無駄金費やすだけですよ。なぜかって?彼らの脳味噌がそうなってんですよ。そういうプログラムになっとる。しかしオヤジたちは景気につられてクルマに無駄金使って奥さんにあきれられるでしょうな。それもそういうプログラムになっとるからです。つまりプログラムを変えない限り購買動向なんて変わんないってことです。コーチやヴィトンを身につけてる女の人にどうしたらクルマを買わせるか?景気がよくなりゃ…なんて考える人はまずいないよね。プログラムを変えるってのはそのくらい難儀ですよ。一朝一夕じゃ無理。小さい頃からクルマに乗せられてるうちに親から子へ遺伝されていくだろうし、朱に交われば…みたく悪友に感化されてってのもあるでしょう。でも今の若者が峠を攻めるなんて遊びはしないだろうし、せいぜいゲームの中でレースってくらいでない?結局、オヤジたちが思い描いてる「若者」像ってのは自分らの若い頃の姿でしかない。それを今の人に当てはめてみたってズレまくり。『資本論』の著者もいってますよ。「人間は鏡をもって生まれないから、まず他の人間という鏡に自分を映してみる」と。それは彼の時代の話で、もう少し文明が発達すると「他の人間」が「身近なモノ」に代わり、ミニカーで遊ぶ子のようにクルマに「自分を映してみる」大人が増殖するし、さらに文明が発達すると2Dや3Dの映像や音楽などの「情報」に自分を映してみるわけです。結局、何にカネを使うかは、その鏡を手に入れるためだから、いくらカネがあったって鏡にならないものはいらないし、カネがなくてもいい鏡はほしいのが人間ってヤツなので、若者のクルマ離れを食い止めるには、まず情報社会をあらためて、かつての二十世紀のような物質社会に戻すのが一番手っ取り早いってことになる。でもそれって情報統制というか情報断絶するってことだから、今の北朝鮮とか中国みたいなヘンテコリンな社会になるってことだよね。2014年2月22日

この世の不安

「♪この世の不幸はすべての不安…」と歌ったのはフィッシュマンズだったけど、認知症や統合失調、躁鬱病などすべての精神疾患の発端が不安だと思う。医者が出すクスリもだいたい安定剤。それは不安を解消させるというより脳の働きを抑制して、つまり画像はモザイクだらけ、音声もピー!だらけの世界にしてるだけ。日光の土産物と同じね。見ざる言わざる、何だっけ?聞かざるだっけ。着飾るならいいのにね。こういうのを考えた人も不安症だったんじゃない?今みたいにクスリもないから猿と遊びながら不安解消してたのかもね。ペットを可愛がる世のセレブ女性たちも実は不安から物言わぬケモノに癒されてる。「人間って物言うからいやよね。一人や二人ならいいけど大勢もいるとうるさいわよ。そんな戯言いちいち情報化したり物質化するから世界がめまぐるしく変化して不安はどんどん拡大するのよ」って愛犬に愚痴りたい。不安解消法には老荘の仙人や吉田兼好のようなオタク派もいれば、芭蕉やローリンストーンのように活動派もいるが、漱石のように「どこへ越しても住みにくいから詩や絵を書く」という諦め派もある。坂口安吾によると葛飾北斎は生涯で百回も引越したという。彼自身も「引越し屋」と自称し数年ごとに引越しをした。同じ所に長く住んでると人間関係が鬱陶しくなるかららしい。人間はとかく先のことを考えるから不安に陥る。このままいくと……ウワーーーッ!クルマで人ごみに突っ込んだり。先日も名古屋であったね。そういう脳の働きをストップさせるのがクスリであったり、ペットであったり、引越しであったり、旅行であり、詩や絵、歌などもそうなのかも。昔、仕事で部屋で寝ているとこを起こしにいくと「♪富士の高嶺に降る雪も、京都先斗町に降る雪も、溶けて流れりゃ皆同じ」を歌いだす老婆がいた。見慣れぬ男が突然入ってきて追いはぎかと思ったにちがいない。今はそういう人がいたら一緒に歌ってあげることにしている。追いはぎはまさかそんなことしないだろうから。 2014年2月26日

他意

虫の知らせってあるらしい。私の場合、神経の痛みやしびれとしてでてくることが多い。人の死を察知して、死神が誰かを迎えにきてることを教えるのか?1月末に『我が寝冷え対策』を書いたら2月に入って立て続けに二人も亡くなった。で、ここ数日、顎の右側が痛むと思っていたらやはり一人亡くなった。2月末まで自分で箸を持って口に運んでいた人だ。起きてわずかでも食事をしていればもっと生きられたはずだが、起きなくなった途端食べなくなり、五日目に息を引き取った。「露命」とはいうが、人の命とは儚い。飲まず食わずでも一ヶ月生き延びた強靭な人もいたが、だいたい長くても2週間。それが自然なのだ。もともと人為的に生かされているのをやめたら自然に亡くなっただけ。本人の意志を全部聞いていたらもっと前に亡くなっていただろう。それを半強制的に起こして食べさせて風呂にも入れていただけのこと。誰の意思でか?さあ。家族や本人以外みなの「他意」であろう。「人生80年」などというのもそういう「他意」によって成り立っていて、何かの理由(大地震とか)でそれどころでなくなると途端に消えてしまう露の如き命がごまんとこの国にはあるのだ。あの311からもうすぐ3年となる。あの時、いろんなものがストップして、いろんなことが明白となった。それを忘れてはいけない。当たり前と思っていることが実は他意思的、もっと文学的にいえば、全部、夢幻の如きなのだ、と。2014年3月5日

プラモ的カウンタック論

『素人プラモの世界』などと動画を作ってるけどいつも時間の関係で省いてしまう素人くさい部分を書いてみたい。例えばカウンタックのドアガラスって微妙に曲面になってるのでプラバンを電気ストーブにかざして少しずつねじる。昔の人が火鉢でイワシだか海苔を焼く感じ?ちょうどいい頃合いに手で強く曲げてみるけどそんなに曲がらない。それでいいんです。それを繰り返すとプロペラ曲面ができる。フロントガラスの縁も異常に細いので裏からプラ棒で補強してガラスの受けとする。さらにプラバンから形を切り出すときに上下に爪をつくっておき、そいつをボディ側にかませると窓の形にビタッと合う。手を離しても外れないからセメントを流し込んだらちょっとやそっとじゃ外れない。開閉部のヒンジもランナーに0.8mmドリルで穴をうがち針金を差し込んでるだけ。針金はクリップを切ったもので0.5mmより若干太い。多少きつい方が耐久性がある。ランボといえばスウィングアップドア。アーム式だとすぐ折れるのでカーテン金具を使う。適当な長さに切ってL字に折り曲げて長い方をドアに、短い方をダッシュボード下に差し込む。短い方は直径3mmの肉薄プラ筒に差し込むと回転がスムーズ。あとライト点灯もプロはめったにやらないけどなぜかね?楽しいのに。ガンダムの眼が光って「アムロいきま〜す!」みたいな感動がある。でも鉄道模型みたくバッテリーを外付けにしたり、土台に乗せてその下にスイッチなんて興ざめ。できればドーナツランしながら光るのが理想。そのためには神技的な収納力を要求されるけど実車のなぜ?もいろいろわかる。例えばカウンタックのスーパーなのは実はあの小ささだと思う。ディアブロ以降のホイールベースより200mmも短い。今のクルマだとCR-Zとかミニクーパーと同じ長さにその3倍ほどのエンジンが収まってるんだからすごい収納力。車高もぺしゃんこ、前も短いからダッシュボードなんかホイールアーチで支えるしかない。昔のクルマとしては異常に前寄りの操縦位置だったはずだけど、それほど理想の重量配分にしたかったのだろう。当初は5ℓの予定だったとか。それがせめて3ℓだったらプロトタイプのデザインのままでいけたかもしれない。理想が実現するとクアトロバルボーレだから、夢は夢のままがいいってことか。2014年3月5日

renew本能

人はなぜ、モノを直すのか?壊れたプレーヤーを拾ってきては修理したり、動かないポンコツを買ってきてオーバーホールするのか?かくいう私も前につくったプラモや曲を作り直すと新しく作るより嬉しかったりする。古くなったものを刷新する行為といえば、掃除だって美容だってそうだ。女性はいつまでも若くてきれいでいたい、でしょ?男性だって嫁とクルマは新しい方がいいに決まってる。自分が老い、色あせて、朽ちていくのが嫌だ、いつでも新品でいたいというrenew本能が人間にはあるようだ。タイムマシンを考えた人はよほど悔いの多い人生だったに違いない。「オレは人生に悔いなんてないね」と強気の人も照準が定まってないだけで、しっちゃかめっちゃかに思い出をrenewしてるだけ。照準が定まるとどうなるか?70年代スーパーカーブームの火付け役ともいえるシーサイドモーターで働き、今なお往年の名車をレストアし続ける人がいる。その鞍和彦氏のブログを偶然みつけて読んだ。「50歳になったとき、俺の人生はこれから終末に向けてまっしぐらか?と少し危機感を覚え、今のガレージの開設に着手したわけです。」以後、足しげく海外に渡ってはディノやミウラ、デイトナといった希少なイタリアンカーばかり買い付けて、徹底的にレストアし、新車同然のコンディションにした上で、相当の額で売り飛ばしているという。ナショジオでやってる「名車再生!カーディーラーズ」に似てるが、もっと妥協や算段がないようだ。彼曰く、シーサイドモーター時代に体感したクルマの新車状態の走りはもちろん、エンジン音やバランスまですべて体で覚えているという。だから中途半端に直すんじゃ、納得いかないのだろう。しかし誰しも同じようなことを日常的にしているものだ。あの時のあの味をもう一度!あの感覚をもう一度!そうして日々、別のものに甘んじている。「歴史は人類の巨大な恨みに似ている」といったのは小林秀雄だが、個人レベルではそこに「思い出」という美酒が醸造し、その同じ味を求めて同じ過ちを繰り返すのも人間の本性だ。2014年3月7日

酢竜府先生

原人社会にも博士がいる。「酢竜府先生、スタップ細胞ってなんすか?」「わしの名が何か?」「いえいえ、日本の若い女性研究者が世界で初めて発見したっていう…」「ふーむ、きっとスタンプみたいにしてつくった論文じゃな、がっはっは」「え、御存じなんすか?」「いや冗談じゃよ。わしゃ、最近ちと耳が遠いんでの」「でもまさにそのとおりで、コピペだらけってことが発覚してもう大変。自殺しちゃうかもしんないっすね、あの先生」「だいたい論文なんちゅうもんは緻密なSFみたいなもんじゃからの。わしが若い頃からそうじゃったよ」「へえ、先生のお若い頃っていうと半世紀は前っすね」「そう。東京オリンピックの頃じゃったな」「じゃあ先生もコピペして博士になったんすか?」「失敬な!引用というもんじゃよ。ちゃんと出典も書いてな。それが多ければ多いほど立派な論文に見えたもんじゃ」「なるほど。それをだまってるからインチキなんすね」「でも君たちもよくやってるじゃろ?人の作った文とか絵を勝手に失敬しとるじゃろ」「それは日常茶飯事…つか、むしろ親作品はこれですって明言した方がボクら無名なクリエーターにとっちゃ有利なわけっすよ」「じゃから、それが出典なわけじゃろ」「じゃあ、スタンプ論文も別に問題じゃないじゃないっすか」「ま、書き方にもよるな。いかにも盗用してるのと、それを踏まえて別のことを言っとるのとじゃ大違いじゃ」「じゃ、99%引用でも1%の大発見があればいいわけっすか?」「その1%を証明するのに必要な99%ならな」「そんならボクらのやってることなんてほとんどが先人の築いた礎の上に石ころを積み上げてるようなもんっすよ」「たまにはいいこというな」「だから真に大発見なんてそう滅多にできるもんじゃないっす。知れば知るほど既に知られてることばかりっすね、世の中」「さよ。知る者は言わず…科学者なんざ、言う者の代表じゃよ」「じゃあ、あのスタンプ先生もとことん沈黙したらいいっすね」2014年3月16日

アースキラー

今月の8日から製作開始したプラモがやっと完成。今回は撮影もちょっと工夫して照明をLEDにして鏡で反射させた。従来のモデラーさんは「いかにきれいに撮るか」なんだろうけど私は「いかに楽しく」が大切で、今回はモーターなしなので走るはないけど、光る、動くを見せたいのでどうしても動画ということになる。で、今回はモディファイ、つまり「変える」も盛りだくさんなんで、その辺の解説も入れたくてプレゼンを工夫したり。当初は前回余ったデカールを使いきりたいってくらいの動機で始めたのに気づいたらあちこち手を入れるはめに。やっぱ「ないもの」を創るって楽しい。何したっていいんだから間違いも正解もない。ぬり絵の絵自体を変えちゃうようなもんだ。さて、動画制作にあたってお勉強もした。今回はボンネットに描いた絵の人について調べた。英文しかなくて翻訳機能の怪しい日本語だけが頼りだったけど温故知新ってやつだね。スーパーカー世代もここまでは知らないでしょうっていう。そのボブ・ウォレスって人がいなかったらイオタもカウンタックも世に出てない。したらフェラーリも対抗してBBなんて作らなかったろうし、スーパーカーブームもずいぶん寂しいものだったにちがいない。ホント、陰の立役者だね。今でもランボ社にいんのかね、ああいうレース屋出身のクルマ気違い。レース嫌いな社長に反抗してレースカーを仕事時間外につくるためにガレージに寝泊まりして、ロードテストに明け暮れて、そのクルマで家まで帰っちゃうっていう。よく奥さんに別れられなかったね。心の広いお方だ。たしかに速いクルマ、乗ると緊張するすごいクルマは今でもある。でもレースカーってのはふつうの人じゃエンジンすらかかんない。それを公道用にしたのが、スーパーカーだと思ってます。だから誰でもひょいひょいと300km出せますなんてのはちがう。いくら何億とかしたってそんなのは金持ちのおもちゃにすぎない。ワイルドスピードの俳優さんが事故死したカレラGT、あれなんかは数少ないスーパーカーといえるんじゃない?やっぱスーパーカーはキラーじゃないと。ただ最近は人間の方がセルフキラーなんでクルマも自動運転やら自動ブレーキなんて時代だし、F1ですら環境だのダウンサイジングだのお偉いさんの顔色伺っちゃってる時代。ボブウォレスならどんなアースキラーなクルマをつくるだろう?2014年3月30日

好かんダル

タレントという稼業、スキャンダルの一つや二つは売れてる証拠のようなもの。昔、オリジナルラブの歌にもあった。「売れてる人と人の間にスキャンダル」って。(そう聴こえるけど、正確には「群がる人と人の間…」です)ところが、売れたい人と人の間にもスキャンダルはよく立てられる。今年、三十路を迎えるKはモデル出身のタレントで、映画やドラマなど女優としても数々のキャリアを重ねているが、不思議なことに男の噂がたったことがない。そこへとある台湾の芸能事務所からオファーが入った。といっても、スキャンダルで一緒に打ち上げませんか?というものだった。Kの人気も女性ファッション誌の読者の間では相変わらずであったが、タレントとしては別に歌や踊りやトークがうまいわけでもなく、俳優としても演技派というほどではなかったから、事務所としては悪くない話だった。もちろんK本人には内緒でパーティをセットして、そこにカメラマンを潜入させた。ところができた写真があまりにひどかった。というか、Kの素性を知る人からすればそのままじゃん!という、いつもの豪放磊落なKがいつものように泥酔して、いつものように裸同然で寝乱れてる姿が写ってるそばに誰とも知れぬアジア系の浅黒い男性が写ってるだけであった。「んー、いまいちだねー」関係者が話し合ってるところへKが入ってきて、すべての顛末を知ってしまった。「なーんだ、そーゆうことだったんだァ…じゃあ、撮り直しましょう。もっと衝撃的なセクシーショットを約束しますよ」いざ、同じシチュエーションで撮影となった。ほとんど局部が見えそうな過激な下着でKは撮影に臨んだ。「さすがモデルさんですね」カメラマンも感心。「しかしてそのポーズ何?辛くないですか?」それはがに股で足の裏と裏をくっつけたポーズであった。「こうやって神に祈ってるんです。インド映画の『カーマ・スートラ』って観たことないですか?」「ありますけど、あれって男性と絡んでませんでしたっけ?」「ああ、いいの、いいの」「もっと絡んでくださいよ。スキャンダルになりませんよ」「ダメ。聖典では性行為は神聖な儀式なんだから!」そんなKに怪訝なカメラマンだったが、撮影は無事に済んで、数日後にはスポーツ新聞や女性週刊誌にその写真が掲載された。ところがスキャンダルどころか「Kは男の趣味が悪すぎ」という記事がネットを少し賑わしただけだった。その写真に写っていたのは実は例の台湾タレントではなく、彼はとっくに帰国していて、代わりにその場にいたスタッフを代役に立てたのが悪かった。火のないところに煙は立たないとはいうが、わざと煙を立てようとするからこういうことになる。2014年4月8日

オトコの維持

春は色っぽい話が多い。AV男優のSは絶対にイカないと自負して、その番組の企画に臨んだ。その企画とは二丁目で知らぬ者はいないというゲイとのイクかイカぬかの大勝負であった。Sのマネージャーは番組の中で「彼は絶対にイキません。彼には発射のタイミングを自由自在にコントロールする能力があるからです」と自信たっぷりに語った。Sも「入れたまま何時間でも耐えられますよ。え?コツ?そりゃプロですから。そうね、呼吸法です」と語った。一方、二丁目の男はというと、「え?あたしとヤッた数?そーね、4ケタはしてるわね。1日に8本なんてこともあるわ。うふ。けど、一度もイカせられなかったことなんてないわよ」と自信ありげ。さて番組の収録が始まった。二人がご対面。「こっちは仕事でやってんだよ。そっちは趣味だろ」とマネージャーがけしかけると「こっちだって本気よ!仕事よりも本気なんだから!」と不思議な説得力で応じる二丁目。Sはもちろん素っ裸。日焼けした体はさすがプロの貫禄がある。一方の二丁目はでっぷりとした普段着姿。Sの腰のあたりを箱で隠し、一方は棒立ち、一方はしゃがんでちょうどhのポーズとなった。早くも10分経過。「まだタッてないよ」余裕の表情のSに対し、もう汗だくの二丁目。20分経過。Sも時折天を仰いだり、うつむいたり。「その辺の女の人よりはうまいけど…絶対にイカないよ」と意地をみせる。二丁目ここで上着を脱いだ。いよいよ本気モードか。「それじゃバキュームいきまーす」得意技を繰り出すようだ。35分経過。Sはかなり苦しそう。ここでマネージャーの檄が飛ぶ。「おい、負けたら覚えてろよ!」二丁目「のど輪締め行きまーす」いよいよ最終兵器のようだ。「や、ヤバい!イク…イク…イク…………」一瞬Sの両足の力が抜けたように見えた。一体、目隠しの中で何が起こっているのか。箱に首を突っ込みながら二丁目、そばのティッシュを2、3枚もぎとった。箱から顔を出すと安堵した顔でそれを口に当てて「ごちそうさまでした」………。その収録の一週間後、Sが逮捕された。女子中学生とわいせつ行為をしたという。ネットでは「仕事以外でも?さすが」と賞賛する声も聴かれたが、こんな声も囁かれた。「しかし誰だ、こんなの通報するヤツ」それがマネージャーであった。男の意地というのも恐るべし。2014年4月8日

母へ

母はもうすぐ70になるが、そろそろ40年間呑み続けている(といっても酒ではない)クスリをやめてもいいのではないか。東北の方の老人ホームで「おむつゼロ」を実現した背景に精神系のクスリをやめた効果が大きかったと聞いたことがある。クスリをやめたら自然な排泄のリズムが戻ってきたという。クスリがいかに廃人にしてるか。(あんまり元気になっても困るが)そうしないと保てない社会秩序の方がおかしい。ちょっと変な人が昔はいっぱいそこらにいたよ。母に限らず躁鬱になる人というのはガンバリ屋さんだ。若い時に頑張る癖をつけてしまった人の宿命で頑張り続けるしかない。アンドレジイドの言葉に「憂鬱は凪いだ熱情」というのがある。最初から熱情のない人には憂鬱もない。クルマに喩えると憂鬱とはエンジンだけが空回りしてるアイドリング状態でギヤがうまく噛んでないのが問題なのに、クスリはエンジンを止めようとする。人間もクスリによってボケボケにされてる。精神薬は現代のアヘンだ。安倍政権のいう「景気回復」なんて世の中に氾濫する精神薬をすべて禁止にすればすぐ実現するんでない?それはどうでもいいけど、母は実はインテリ。光塩から南山といったら女子では名門。見栄っ張りの祖母のせいで実力以上の学校に無理矢理入れられてそりゃ大変だったはず。がむしゃらに勉強しないとついてゆけない。知らず知らずガンバリ屋になってしまったのだろう。50くらいまでは子供の受験やら海外旅行など趣味活動でそのガンバリ屋精神をうまいこと燃焼できていたのだろうが、60くらいから家庭環境が激変し、姉が家を出て、その代わり単身赴任歴何十年の父がテレビや台所を占拠し、母の居場所、生活は奪われてしまった。それでも40年来通ってる病院だけは通い続け、こうなると依るべきものは先生だけとなり、クスリもどんどん増える。「眠れないんです」「鬱なんです」こういう患者の一方的な訴えに医者としては精神薬を増やすしかない。医者も辛いよね。老い、って悲しいものだ。どんどん居場所がなくなり、希望がなくなり、変化を受け入れなくなり、どんどん世の中のお荷物になっていく。母よ、それでいいのか?2014年4月13日

テープバブル

1980年代後半の頃、よく使ってたテープでソニーの「Do」というのがあった。なぜ、それをよく使ってたかというと、安い割に音がよかった(気がした)から。テープにはノーマル、CrO2、メタルの3種類があり、値段もだいたいその順だったが、「Do」はほとんどノーマルの値段でCrO2、つまり手軽に使えるハイポジだったわけ。同様にTDKからも格安ハイポジが出てて、そのうちメタルにもノーマル並みのが出てきてよく使ってた。しかし当時はたかがテープにおびただしい種類があり、ソニーならHF、HF-S、HF-X、HF-ES、HF-PRO(ここまでノーマル)、Do、UX、UX-S、UX-PRO、UX-Master(ここまでハイポジ)、Metal-S、Metal-ES、Metal-Master、TDKならAE、AD、AD-S、AD-X、AR、AR-X(ここまでノーマル)、SF、SA、SA-X、SR、SR-X(ここまでハイポジ)、MA、MA-X、MA-R、MA-XGといった具合…。そんなテープ序列の中で高嶺の花だったのが、例えばTDKのMA-XGで、透明なプラスチックの間に金属が挟まれていて非常に重かった。またソニーのMetal-Masterもハーフがセラミック製だった。当時読んでたFM雑誌に「CDで聴くよりアナログ盤から高級メタルテープに録音した方がいい音」なんて意見があって、今そのMA-XGとMetal-Masterの音を聴いてみているが、そもそも「いい音」ってなんだろう?当時「月刊Stereo」では数値でいろいろ測定したあげく、最後は「金物系がややうるさい」とか「弦楽器が重厚」とかソムリエみたいな批評になってたのもわかる。でも一つはっきり言えるのは、そういう「テープバブル」もCDの普及、さらにデジタルオーディオの普及によって陽炎のごとく消え去ったこと。いつの間にかテープなんて使うのは年配の機械音痴だけになり、そのデザインはテープ残量がわかりやすいように透明で、録音時間がでかく60とか90と書かれてるだけになった。今から考えると録音していちいち音が変わったら困るけど、当時はそれも「特性」ととらえていた。デジタルになってそういうことはなくなったと思ったら、今度は自分で好みの音にマスタリングしたりするようになる。正確さを求めつつ、同時に曖昧さも求めるという人間は矛盾した生き物だ。2014年4月22日

ストラティ

ライトハンドだとかが主流だった時代にジミヘンやロリーギャラガー、レイヴォーンにショックを受けて自分の山のような機材を縮小化してったギタリストは多いはず。当時、そんな機材などなかった私はとりあえずギターだけはと手に入れたのが'56年と'64年製ストラト。その2本ともなぜかネック側のピックアップ(磁気マイクのこと)が断線して、他のに交換していたのだが、今年に入って'56年製の方をとあるリペア屋にリワインドしてもらったところすこぶるよくて、今度は'64年製の方も頼んでいた。それができあがってきたので、さっそくハンダ付けして先日つくった『桜吹雪とマセラティ』という曲に使ってみたら、あらためてギターって一本一本ちがうなあと実感した。同じフレーズを弾いてもしっくりこないから、いろいろ工夫してみる。ヴォリュームを思い切り絞ってみたり、単音を和音にしてみたり、ポジションをかえてみたり、オクターブで弾いてみたり、アームやチョーキングでビブラートなんて久しぶりにした気がする。Aの音ならAを弾けばいいピアノとちがってギター、とくにエレキは弾き方によって全然音がかわる。そこが難しくもあり、また面白いところ。弾きやすさを追求するとネックは薄く、指板は平らに、フレットは大きくなって、アンプやエフェクトは山のように増えて、ギターらしい音からはほど遠くなる。それってクルマもそうらしい。今のクルマはいろいろアシスト機能が山のようについたメタボな図体に高価なカーボンをちゃらちゃらさせ、高出力のエンジンで強引に転がすのが主流。ところが昔のクルマ、例えば60年代のマセラティTipo 61バードケージなんて600kgしかない。それに4気筒エンジンで最高速300kmも出た。そのかわり人間がやることはいっぱいある。今の例えば日産GT-Rなんて人間は何もすることなく300km出ちゃう。古いギターを弾き倒すのも同じで、その時代のクルマを乗り倒すのと同じ気合いがいる。その点でマセラティとストラトは近い。限りなく昔に近いギターをつくり続けるフェンダーに習ってマセラティにも是非、600kgの新車を出してほしいね。2014年4月24日
(三)に続く