2022年11月19日
武蔵野散歩もディープな用水路散策に突入している。先日は戸倉新田の辺りを歩いた。この地名、どこかで聞いたと思ったら、前にあきる野の野崎酒造を訪れたとき、同じ戸倉だった。あの山間の集落から五日市街道をはるばる歩いて、武蔵野に移住した先達が切り開いたようだ。他にも国分寺分水、恋ヶ窪分水、上鈴木分水、南野中分水など、すでに総延長三〇キロほど歩いたが、用水路自体はほとんど残っていないので、玉川上水のような景色はないのだが、その代わり所々に樹齢数百年の大欅が立っていたり、立派な蔵のある大屋敷があったり、今では往時の何分の一だろうが、畑が点在していて、歴史を漂わせている。それは幅1メートルにも過ぎない用水路から生まれ、育まれたと想像できる。電気水道ガス道路鉄道のおかげでどこでも人が住めるようになった現在では信じられないが、ほんの三〇〇年前までの武蔵野はとても人が住めるような土地ではなかった。
「武蔵野に散歩する人は、道に迷うことを苦にしてはならない。どの路でも足の向くほうへゆけばかならずそこに見るべく、聞くべく、感ずべき獲物がある。」
国木田独歩が『武蔵野』を書いた百年前ですら、見渡す限りの野原や雑木林ばかりで、東西南北、どこへ進んでも、見るべきものがあると独歩はいうが、それって田舎育ちが都会で暮らして、郊外にきたら故郷みたいな?わたしのはむしろ反対に、都会の中で、ぽっかりと時代に取り残されてしまったような異質な空間に惹かれる。それを探しに「たましんデジタルアーカイブ」のマップを辿りながら歩いてると「かならずそこに見るべく、聞くべく、感ずべき獲物がある」といった塩梅。そこでふと思うのは、家康は一体、何を考えて、こんな辺境の地に幕府を建設しようと思ったのか。血の気の多い武士連中と距離をおきたかったのか。その家康もマズイ井戸水に困って玉川上水をつくったのだが、その完成からわずか数年で、遠く数十キロ離れた砂川地区へ分水が許可されたのは、如何なる特殊事情か?幕府の財政再建のためというが、貴重な水を分けてやろうなんて、砂川家はよほどの名主なのか。
「砂川家は尾張徳川家のお鷹場の管理をしていた。」(『武蔵野ものがたり』三浦朱門)
なるほど、鷹の恩恵か。そのおこぼれで武蔵野に新田が開けたわけだから、豪農は鷹を祀らないと。
2022年11月19日
ここのところ、家にいると耳鳴りして、ひどい時は頭重感までして、その原因をいろいろ探っていたのだが、ようやくわかった。最初は、オーディオかな?と疑って、いろいろ機器や配線をいじってみたが、さっぱり変わらない。次にWi-Fiのルーターかな?と疑って、いろいろ配置を変えてみた。できるだけ自分から遠い位置にしてみたりしたが、そんな数メートルの違いじゃ、電波の強さすら一つも減らなかった。ふつう耳鳴りというとどういう感じなのか知らないが、わたしの場合は絶えず一定の高周波が耳の奥で響いてる感じ。それは音というにはあまりに高く、振動というのもあまりに微細だが、アナログ盤の溝にたまった埃を針が踏む、プチというノイズよりは気になる。寒い日に熱い風呂に入ったときに頭がじーーんとなる、あの感じにちょっと似てるけど、もっと鋭く、不快な感じ。それはスマホやノートPCでネットに繋いでる時に顕著だし、街で電車に乗ってるときにもふと感じるし、仕事でタブレットを使ってるときにも。なので、きっといわゆるIT機器と関係があるんだろうとは睨んでいた。それで試しに、スマホは機内モードに、ノートはWi-Fiオフにしてずっと過ごしていたら、これがまったく耳鳴りもしない。快適に音楽も聴ける。頭の中が澄んでる感じ。でも、それじゃスマホ持ってる意味ないし、何かネットで調べる時にいちいち機内モードをオフにしたり、Wi-Fiオンに切り替えなきゃならないのも、なんだか面倒くさい。けれど、この頭の中の静けさには変えられない。便利とは体に悪いもんだし、快適とは面倒くさいもんなんだろう。
2022年11月19日
霞川を入間市駅から散策したのが十月末だから、まだ一ヶ月たたないのだが、その時に買ってきた大西園のお茶、三つのうち二つを完飲(とっさに造語した熟語だが、変換ででてきた)してしまった。ともに九〇グラム入なので合計一八〇グラム消費した計算。ちょいといつもより早いペースに驚く。そんなに美味しかったってことか。大西園のご主人中島さんは、全国手もみ茶品評会で日本一の常連で「永世茶聖」の称号を持つ、すごいお方。お店にも手もみ茶が売っていたが、わずか3グラム(ティーバックくらい)で千円していた。品評会に出す茶にいたっては、3グラム6千円以上もするそうな。店では美しい奥様がいくつか試飲させてくれて、丁寧に説明してくださった。買ってきたお茶はふつうに一袋千円くらいのだが、最初に飲んだお茶は「ふくみどり」で、これはジャスミン茶のような香りだった。次が「狭山かほり」で、これは玉露のように被せ(日光を遮断すること)で苦味を抑え、甘み成分を出したもの。今は香味くき茶。これも天日干ししてから火入れしてるので、香味がゆたかである。天日干しすると香りがよく出るそうだが、なかなか大量にそういう工程で製茶するわけにはいかない。パッケージも他の茶園より丁寧に包装されてる。真空パックにさらに説明の色紙がついて、さらに厚手の紙にまるでお祝儀袋のように包まれている。しかもデザインはすべて違う。これなら一〇〇グラムでなく、九〇グラムで売ってるのもうなずける。もう一軒、これも霞川沿いにある増岡園の有機栽培の煎茶も今日、開けて飲んでみたが、これも実に味がいい。狭山茶らしい濃い味わい。少し冷めてきた方が豊かな香りを愉しめる。霞川の南側の丘に広がるお茶畑の長閑な風景が思い出される。年末になりそうだが、すべてなくなった頃にまた訪ねてみようか。その時は茶聖にお会いできるといいな。
2022年11月20日
やっと理想の音に辿り着いた感がある。ギターなんて何でもいい。二〇〇万のストラトでも四万のレスポール でも何でもいい音がする。そう、アンプが一番大事だから。そのセッティングというか。痒いとこを素手で掻くより孫の手があるとラクなように、最近はプリアンプを使って音を描いてる。例えば、65年製のVOX AC10だけでも負帰還回路のない五極管のぶっとい音だけど、その前にSoldanoをつなぐ。これも三〇年物だけど四本の双三極管、つまり八つの増幅段を二系統に分けて、それをスイッチで切り替えて、幅の広い電圧調節ができる。VOX側はEL84に定格を遥かに超えた電圧をかけて適度な電流をスピーカーに叩き込む。ふつうだったら爆音だが、リアクティブロードのおかげでスピーカーへ流れる電流は少しだけに絞られ、しかし録音用に出るラインレベルは爆音並みの音という。若い頃はこんな便利な機材がなくて、アンプのボリュームを1か2に絞って、その代わりゲインを最大にしたり、トランジスタのペダルをかましたりしてた。これじゃ満足する音はしない。エレキギターは歪んでなんぼでしょ?拙者はクリーンでしか弾かぬ、という強者は知らんが。ゲインMaxの歪みは高音ばかりキンキンして疲れる。理想は三角ピラミッド。低域がどっしり、中域がもっちり、高域がしなやかに、きらびやかに。こういうバランスならクリーンでもいい。それにはスピーカーに近いボリュームほど最大にすべきで、ゲインとかプリなんてどうでもいい。後の方ほどあげる、これがいい音の鉄則。オーディオもそうで、わがシステムはスピーカーの方から順にデジタルアンプ→プリアンプ→カセットデッキ(セレクター)とつないでいるが、合計3つのボリュームをどうするかで音圧がちがう。スピーカーの許容入力がアンプの出力の半分しかない事情からこのボリュームはせいぜい6が限度で、セレクターであるデッキも各ソースのバランスのため7くらいが最適だし、そうすると真ん中のプリアンプでの調節だけが自由にできる。これも上げ過ぎればスピーカーが飛ぶのでふつうは9時くらい。うるさくない程度で、隅々までしっかり出る。レコードのプチプチや残響まで染み染みと聴こえる。これが、わが理想の音。
2022年11月20日
狭山茶の大西園に再び来訪。前回、不在だったご主人、中島毅さんに会うことができた。写真でみていたよりも、気さくな若旦那といった印象。たぶん着てる服装が、あの白い作業着?割烹着?ではなく、ラフなシャツ&ジャージだったせいもある。はじめは、工場に勤めてる若者かと思ったほど、永世茶聖という威風はなかった。そのため、ざっくばらんにお茶談義に花を咲かすことができた。
話してる姿は本当にお茶づくりに余念がないといった感じで、お茶の説明をいくら読むより、お店に来て試飲してほしいと。昔はデパートなどで試飲もできたが、と残念な様子。またコロナの影響で贈答用にあまりお茶が出なくなってるそうで、それで90gのパックに丁寧な包装という体裁にしているとのこと。今出てるオリジナル茶は秋冬の限定で、ネットでも販売しているが、なくなれば終わりで、つぎは春まで出ないそう。今度はまた春に来なくちゃ。なんと9種類の品種を扱っているそうで、それは他ではあまりないのだとか。それも品種によって生育時期が異なるため、一種類だけを一気に栽培、製茶するより、品種の生育に合わせて茶摘み時期をずらして、年間通じて製茶ができるそうだ。今はトラクターのような機械に乗って茶摘するそうで、ミリ単位で調節できるのがいいと。昔は人力でやっていたため、高さがマチマチになり、生育が早すぎたり、遅すぎたりしたそう。
中島さんは、なんと14代目で、大西園は江戸時代から二百五十年続く茶園とのこと。昔より都市化が進んで、周囲には工業団地やインターができ、茶畑の中を大型トラックがバンバン通る環境だが、土や日射といった狭山ならではの風土が茶づくりに適しているようだ。ただ、いつもアマゾンで買ってる玉露茎茶のことを話したら、玉露はなかなか狭山では難しいとのこと。しかしあの塩っぽい味に衝撃を受けたと話したら、それはグルタミン酸のせいだと興味深そうに話していた。やはり香りにこだわっているという点では同じなんだろう。
店内に貼ってあった写真に、サッカー日本代表の中田選手が中島さんと茶畑で写っていたので、どういう関係か聞くと、彼は引退後、全国を回って日本の伝統文化を学び、自身のブログで紹介し、販売もしているそうで、大西園にもお茶づくりを学びに来たとのこと。是非、そっちもチェックしてみよう(にほんもので検索)。中田選手が訪れた狭山茶園は大西園ともう一つ、比留間園という。ここも後でチェックしてみよう。
最後、一番大事なこと。お茶は開封後は常温保存。半年くらい飲まないなら未開封のまま冷凍保存がよいとのこと。ニオイや湿気がつくので冷蔵庫は絶対ダメ。
2022年11月29日
古いレコードを聴いてると、溝にたまったホコリのプチプチノイズがけっこう気になるものもあって、今までは皿を洗うように中性洗剤や食器洗浄剤で洗って、ドライヤーで乾燥していたが、それでも溝の深くにたまったホコリまでは除去できない。
超音波レコード洗浄機なる機器があって、KLAUDIO社のCln-200などは七十万とか高価だし。先日、YouTubeでレコードの洗浄方法のおすすめが出てきたので、いろいろ見てみた。みんないろいろやってるなあ。例えば、アルカリや酸性溶液を吹き付けて、スポンジで丁寧に拭いて、山羊毛ブラシとかでホコリを除去したり。その人は溝の洗浄に手製のブラシを使っていて、どうやら歯ブラシを2列に8個くらい並べて固定したもののようだった。えー!歯ブラシなんかで細かいホコリ取れるかねえ?でもやってみるか。
いつものように水を入れたスプレーをターンテーブルで回転させたまままんべんなく吹きかけたら一旦、停止して、レコード盤を手に持って、溝に沿って歯ブラシでガシガシこすっていく。ちなみに歯ブラシは毛が細めのもの。
さあ、効果はいかほどか。再生してみると、おお!?あんなにブチブチいってた冒頭の空白が…シーンとしてるぞ。一曲聞いていい感じ。二曲目に入って…ん、でも後半からまたプチプチいってきた。そこで回転を止めて、そこを重点的にスプレー&ブラッシング。そしてまた再生すると、おお!ノイズが消えた……部分もあるけど、ブチブチいってるところもある。うーん、これも結局、溝のホコリは取れてなくて、単にホコリが水を吸って擦れる音が目立たないだけかも。
やっぱり、パラダイスレコードの動画で紹介していた方法が一番手間いらずで効果が大きい。それを少し応用して、百均で売ってるアルカリ電解水か汚れがひどい場合は重曹をスプレーした後に、クイックルワイパーの立体吸着ドライシートで拭き取ると、驚くほど効果がある。演奏後に盤の表面に垢みたいにホコリの塊が残ることがあるので、ふっと息で吹き飛ばし、針にもホコリがどっさり絡まってるので、一回ごとに針の掃除も忘れないこと。いずれにせよ、こういう手間がレコード愛好家にはむしろ魅力だったりする。
2022年11月30日
十月半ばに拝島宿を散策したおりに石川酒造に立ち寄って以来、福生の田村酒造、五日市の野崎酒造、秋川の中村酒造を訪ね、目下、武蔵野の地酒ブームなのでありますが、日本酒には大きくわけて二種類、つまり純米酒と本醸造酒があることに、ふと疑問がわいた。原料が米、米麹、そして、「醸造アルコール」という添加物があるのが、本醸造酒なのだが、なぜ、コメだけで作れるのにわざわざアルコールを足すのか不可解だった。醸造アルコールとは、サトウキビやサツマイモなどを原料として、含糖物質を発酵、蒸留した約九十五度という高純度の蒸留酒のことで、コロナ禍で消毒にこれを使えないかという話もあったほど引火性もあり危険なので、酒造所が仕入れる段階では三〇度程度に薄められているそうだ。そんなものがなぜ入ってるのだろう?何となく、添加物入りというのはいいイメージがしない。それをいろいろな人に聞いても、そんなこと考えたこともなかったという顔をされる。何となく純粋な方が上等な気がするが、大吟醸にも醸造アルコールは入ってるし、一方の純米酒もピンキリだし、全く別のタイプ、いわば赤ワインと白ワインみたいなものと解釈すべきか?実際に本醸造酒を飲んでみると、学生の頃に安酒屋で無理に呑んで悪酔した苦い記憶をつい思い出してしまうが、今となっては、温燗のまろやかな風味などは特にいいものだ。平成バブルの頃、吟醸酒を冷やして飲む、地酒ブームがあって、酒といえば淡麗辛口というイメージがついていたので、かえって新鮮だ。そこで酒造りの歴史をちょっと紐解くと、江戸時代にアルコール添加の「柱焼酎」という方法が発達したことが起源とわかった。当時は木樽を使いまわしており、雑菌による酒の腐敗防止のために焼酎を添加してアルコール度数を高めたと。大正期、タンクで造るようになってからは、品質管理上の理由はなくなっているし、現在の本醸造酒では添加できる醸造アルコールの上限は白米重量の半分以下と規制されているので、風味のためという意味合いが主になっている。これから寒くなる季節、地元でしか手に入らない地酒をちびちび嗜んで、学生の頃のイメージを刷新したい。
2022年12月1日
きっかけは酒の名。先日、入間川を飯能まで散策した帰りに駅ビルの地酒売場をのぞいたら、近隣の地酒、天覧山と高麗王がおいてあって、後者を買って帰った。何となくその名が気になって、その晩、坂口安吾の本を読み出した。「新日本地理」というシリーズに、高麗について書いた文章があったからだ。これはわたしも現地に行かねばと思い立ち、すぐにマップで散策プランを考えた。安吾一行と同じく西武線の高麗駅から歩いて高麗神社を訪ねる。そして最後は、高麗王の長澤酒造も訪ねる。師走にしては暖かい日和に恵まれたので行ってきた。
アウトサイダー。
高麗の人々はたぶんそういう人たちではなかったか。多くの渡来人が先住民と溶け合って暮らしていた中で、高麗人は特に目立っていたのではなかろうか。奈良時代、朝廷は遣唐使を送り、大陸との対等な関係を築こうという意図で、天皇を中心とした国をアピールをしていて、内部においても単一民族という設定を徹底する必要があって、それにそぐわない渡来人を豪族の目の届かない土地に隠したのではなかろうか。当時は平城京や藤原京など近畿地方が政治の中心。武蔵国など辺境も辺境であり、さらに秩父の山際という、今でいったらシベリアみたいな?土地ではなかったか。しかし、そこには何らかの見返りがあったかもしれない。今でいう公共工事の立ち退きに対する補償みたいな。若光という人物を正式な王として認めている。それが酒の名の由来なのだが、この若光王こそ高麗神社を代々守ってきた高麗氏の祖師であり、神社の近くにある聖天院にその墓がある。酒のラベルと同じ独特の古代フォント?で、高麗王廟と書かれていた。坂口安吾が高麗神社に関心を抱いたのも、彼自身アウトサイダーというか、独立不羈、無頼の気質だったからではなかろうか。どこか波長が合うのでは?
神社への参拝はおろか、お守りを買うなんてめったにしないのだが、さすがに遠くまで歩いて来たからにはと、お守りを買った。巫女?白装束の若い女性が手渡してくれる際に、「お参りくださり、ありがとうございます」みたいなことを言っていた。ふつうそうなの?何だか丁寧ですね。
最後に高麗王の長澤酒造へ立ち寄った。君が旗という銘柄もある。聞くと、もともとそれ一つでやってきたのだが、酒の種類が増えたので四〇年前に高麗王をつくったそうだ。四合瓶二本買ったら、酒粕をおまけにくれたので、それを鍋物につかってみた。味噌汁にちぎって入れてもいいらしい。買ってきた「にごり酒」はスパークリングみたいに炭酸ガスが吹き出るので栓を完全に開けられるまで数分かかったが、飲んでみた感じ、マッコリを彷彿とさせる甘みと酸味があった。やはり朝鮮系?
高麗川の流れの美しさは安吾も書いていたが、ところどころ遊歩道を歩いて、エメラルドグリーンの淵に出会えた。この清流は秋川上流を彷彿とさせるが、背高のススキが群生した河原をみていると、釣り人さえ近寄れぬ険しさゆえかもしれない。
2022年12月10日
所有するいくつかのアンプの中では製造年が一番新しい2011年製Fender EC Tremoluxも、中古で買って五年になる。初めてのオールチューブアンプということで、真空管をいろいろ交換したり、スピーカーもアルニコに交換したり、一昨年には電源を入れた途端、焦げたようなヤバイ臭いがして、すぐリペアに出したら、トランスが故障だった。幸い、他の部分には被害が及んでいなかったが、交換したら購入時よりデカい音が出るので、元から壊れていたようだ。もしかして前オーナーが100Vより上で使っちゃったのかな?ヴォリュームポットも下の方が音切れがするので、Jカーブのものに交換したりと、中古なのに新品で買ったのと同じくらい金をかけてきた。それもお勉強代だと思ってる。
で、本題だが、ここ数ヶ月、どうもこのアンプのトレモロ(音量が揺れるレトロなエフェクト)の調子がよくない。というか、全然、かかってない!
もしかして、故障?それか、スピーカーの間にリアクティブロード(出力をさげる機器)を通してるからかな?と思って、リペアショップに聞いてみたが、何ともいえないとの回答。
そのまま放っていたが、ずっと気にはなっていて、昨日仕事に向かう途中に突然、ひらめいた。
このアンプには三つの電圧増幅管が使用されていて、真ん中がトレモロ用で、これは抜いても音は出る。しかし初段と三段目は抜いたら音が出なくなる。結局、三段目が原因と判明。いろいろ吟味するうちに初段にはスッキリした音が好みのGE製JG-5751管、そして三段目には増幅率のかなり低いGE製JG-12AY7管を入れていた。この状態だと六十年代のようなシャープでブライトな音だが、トレモロがほとんど効かない。そこで三段目を六十年代のFender社製アンプの多くで出力段の手前に使用されていたRCA製12AT7管に交換した。本機の取説ではもっと増幅率の高い12AX7が標準なのだが、この方が往年の名器のような枯れ具合にさりげなくトレモロ効果が加わっていかにもヴィンテージな音。ともあれ、犯人は自分だったわけで、おいおい、それじゃトレモロかかんないよ、と設計者のレオに揶揄われそうだ。
2022年12月13日
桑乃都の小澤酒造場に行ってきた。浅川をひたすら歩いて暁橋を越えて、萩原橋で左折し、秋川街道に入り、しばらく直進すると甲州街道と交差する。そこを右折し、百米ほどいくとでっかいレクサスの営業所の横に、こじんまりとした建物がある、そこが小澤酒造場である。え?どこで酒造ってんの?建物の周囲を見回してみても、どこにも今まで訪問してきた酒蔵のような工場はない。中を覗くと事務所のようだが、本当にここが酒蔵?という雰囲気。なんとか入れたが、すぐにカウンターで、自由に動けるスペースはわずか。店の女性がすぐ立ち会ってくれた。その年配の方と若い女性がいて、事務所の奥が貯蔵場になっているようだ。まず聞いたのは、どこで酒を醸造してるのか。昔はここでやっていたが、今は青梅にある澤乃井の小澤酒造(名前が同じなのは偶然?)の工場を借りてるそうだ。以前は、隣のレクサスの敷地が全部工場だったといい、甲州街道を跨いだ向こうにも別の酒蔵があったという。二〇年前のマップをみると、西岡酒造とある。水はここの地下水を使っていたそうで、昔は子安神社の一帯が沼だったんですと。八王子宿が発展した影にはいい水の利があったのかなと思ったが、たましんデジタルアーカイブに「八王子宿と治水」という記事があって、昔は浅川が氾濫して町がよく浸水していたそうで、今の市役所付近と明神町以東に遊水地があったという。おかみさんのいうのは、その沼地だったようだ。「八王子の米でつくった酒があるそうですが」「八王子城ですね。でも実際は他の米も混ぜてます」と正直なおかみさん。「やはり八王子の米じゃダメですか」「同じ山田錦のタネを使っても土壌がね」おかみさんの話では、昔より酒づくりの技術が上がって品質は高いが、どこでもだいたい同じような味になってしまうと。面白い話で、店で売れ残って返されてきた酒が熟成していて旨いことがあるそうで、それを家の床下に貯蔵して、つまり自家熟成をやってる通な客もいるとか。あと今では吟醸だの醸造だの酒税法の特定名称が幅をきかせているが、昔からの一級酒、二級酒、つまり普通酒を好む客も多いそうな。戦後間もない頃の三増酒の影響で悪酔する安酒のイメージがあるが、今は規制もあり、そういう添加物は入ってないそうで、いつかそっちも挑戦したい。
「醸造アルコールを添加する理由って単にコストダウンじゃないんですか?」と聞いてみたら、素直に「ハイそうです」と。「でもうちのは多くても十%くらいです」とも。ちょうど「ひやおろし」の写真があったので、「火入れを一回だけして、夏を越してそのまま卸すんですよね」と秋川の中村酒造で教わった知識を話したら「でも出荷前に火入れしないのって実は怖いんですよ」と。千代鶴の酒造りは真面目というか、厳しいようだ。こういう話は直接業者さんからでないと聞けない。とりあえず、一番新鮮な季節商品、しぼりたて原酒と社長さん肝入りの純米吟醸「元巳」を買って帰った。
2022年12月16日
府中の地酒、國府鶴の野口酒造店に行ってきた。日曜とあって入口らしきガレージも閉まっていて、作業もお休みのようだった。そこの看板に「コウヅル」とルビが打ってあった。これが、まず地元の人ですら読めない。小田原の方に国府津という地名があるが、特に繋がりはないようだ。酒蔵の方は府中街道と甲州街道の交差点から北へ少し行ったところにある。そして同会社が経営する販売店、中久本店は、そのまま府中街道を南へ、京王線も越えて、旧甲州街道との交差点の角っこにある。すぐ近くに市役所や大国魂神社もあり、鉄道だと京王線府中駅とJR府中本町の間くらいにある。創業は1860年ということは、明治維新より前の、一応、江戸時代だ。明治期の地図をみると、当時は鉄道はもちろん今の甲州街道(国道20号)もなく、旧甲州街道が東西に、そこへ府中街道(鎌倉街道)が南北に交わってるだけで、あとは人馬のやっと通れそうな道筋と桑畑、一面の野原だったようだ。その二つの街道の交差点付近が宿場町として発達していて、酒蔵は桑畑と町の境目あたりに、酒店は町の中心地に立地していたのがわかる。歴史をさらに遡れば、奈良時代に武蔵国の国府がこの地に置かれ、国分寺が少し北に建造されていた。武蔵国といえば、東京と埼玉の全域と神奈川の一部にまたがる広大な範囲で、その行政の中心地だったわけだ。そんな歴史の中で育まれたといえば、大袈裟だが、この地でかつては酒造りが行われていたのだ。中久本店で聞いた話では、今では時代の流れで、ここでは酒造りはやっておらず、県外の醸造所に「こういう酒を造ってほしい」と注文をして、それをタンクごと運んできて、加水、瓶詰め、出荷しているそうだ。買ってきた酒のラベルをよくみると、製造者ではなく「加工者」となっているのもそういう事情からだ。店の人に「武蔵野の地酒を求めて、小澤酒造、田村酒造、石川酒造をはじめ、あきる野の酒蔵を巡っている」と話したら「そんなビッグネームと同列にしていただいて」と恐縮していたのも、そういうことか。しかし、八王子の小澤酒造場でも聞いたが、今の時代、酒の品質はどこも高く、均質化しており、価格も大差なく、結局、酒蔵やその客がどういう酒を求めてきたかではないか。府中の人々が飲み継いできた地酒は、果たしてどんな味か?甘めとして勧められた純米吟醸と普通酒を呑んでみた。うーん、確かに甘い。思えば、甘酒がそうであるように、本来、コメは甘いもの。それを温燗にするとアルコールのせいで少し辛くなる。このくらいがちょうどいい塩梅。野口酒造店では現在、市内にある東京農工大と連携して地元の米や水を使った酒造りを研究しているそうな。府中産米、地下水で醸す真の地酒を飲める日もそう遠くない。それにしても、野口酒造の野口さんとは?パンフによれば、大國魂大神(大国主命)が初めて府中の地に渡られたとき(たぶん、奈良時代)に、一夜の宿を探して、野口家に泊まったことから、神社と深い繋がりができ、その分家、中屋久兵衛が(江戸末期に)酒造りを始めて繁昌したという。きっと幕末には、新撰組の近藤勇や土方歳三もこの国府鶴を呑んで、国の危機を講じていたのだろう。
2022年12月25日
調布飛行場に近い人見街道を散策していたら、近藤勇の墓、生家、道場に出会して、新選組に興味が湧いた。考えてみたら、今のウクライナ戦争も、欧米側についてるゼレンスキー政権が日本では西郷隆盛や坂本龍馬といった倒幕側で、敗れた幕府側についた新選組は(負けてないけど)ロシアということになる。いいかえれば、新選組は、欧米の植民化に抵抗した保守側であり、今のウ戦争では国内にではなく、国外のロシアにその勢力図がある。明治維新の時は、イギリスがフリーメイソンのグラバーを通じて、大量の武器を坂本龍馬などに流していて、今のウ戦争ではアメリカとEUが直接、ゼレンスキーに武器を供給しているわけだ。要するにあの頃の日本が今のウクライナで、欧米列強の植民地化政策(今のグローバリズム)の洗礼を受けて、目下、国民に代わって欧米側の傭兵部隊に抵抗してるのがロシアという構図。それが日本のメディアではロシアが不当に侵攻とプロパガンダしている。例えば、こんなことはあり得ぬが、あの頃の日本で朝鮮が幕府に援軍を送って、倒幕派と戦ったとして、それを遠い欧米では「チョーセンがジャップに不当に侵攻!」と言ってるようなものだ。もちろん国内の人にはどっちがどっちの味方かは明白だが、部外者の欧米市民には「チョーセンはけしからん!」と映り、指導者が「チョーセンを制裁せよ!」と煽ってる、みたいな話。歴史や政治なんていつもそんなもの。でも面白いのは、判官贔屓ではないが、負けた方の新選組の方が人気がある。題材にした幾多の小説、映画、ドラマ、漫画などの作品、れいわ新選組とかいろんな場面でその名が用いられたり、土方歳三や井上源三郎の生誕地、日野でも市を挙げて新選組を観光アピールしている。そういえば、神風特攻隊についても、靖国神社に時の総理が公式参拝するかしないかでいつも揉めているが、そういう外国の侵略に抵抗して、散って行った英霊を奉ずる心が根強くある。
今、SNS上でよく「日本は終わる」みたいに言われる。外国に土地を買い漁られ、政治家も売国奴と化し、日本の資産をどんどん外国に流しているとか。けれどそういうなら、日本はこれまでも何度も終わってきた。徳川幕府が終わり、明治政府が始まり、大日本帝国の軍国主義が終わり、GHQと新政府による戦後民主主義が始まる。で、今回もその日本が終わるのだろう。でも、終わったはずの古い日本は完全には消えず、脈々と愛され続ける。西郷隆盛も倒幕側だったが、後にひるがえって、最後は西南の役で政府に抵抗して死んだから、今も上野に銅像が立っている。「勝てば官軍、負ければ賊軍」という諺があるように、正しいも悪いも、要は権力が強いか弱いかにすぎず、善人が往生できるなら悪人は言うまでもない、という親鸞の悪人正機説が通用する日本には真理など存在しない。ただ新しいものに抵抗して散った魂だけは尊重される。柔道黒帯で、武士道を愛するプーチン氏も、近藤や西郷などサムライたちの仇を西方で討っている。
2022年12月26日
朝からうちの庭に近所の子供らがドタバタと侵入して、何やら追っかけまわしている。聞くと、家で飼っていた猫が昨日から逃げ出していて、みんなで捕まえるといい、ちゅーるを手にベランダや車の下を覗き込んだりしている。しばらくして子供らがいなくなると、それらしきキジトラの猫が姿をあらわした。おや、いつも日向ぼっこにくる、キジトラとそっくりではないか。中年の彼と比べると、もっと若くて、ちょっと小柄で、細身ではあるが、白い手袋をはめたような手足などは、親子か親戚ではと思わせる。聞くと、子供らの親戚の家で四匹生まれて、もらってきたという。やっぱり親子では?今、うちに来ている中年キジトラは、二年前の夏、同じように我が家に迷い込んできて、牛乳や余り物をあげてるうちに毎日通ってくるようになり、そのうち雌を引き連れてきて、さらに一年後、つまり昨年には子猫を四匹、引き連れてきたのには度肝抜かれた。三匹は同じキジトラで一匹は黒だった。とてもうちでは面倒みきれないと敬遠していたら、そのうち、ぱったり子猫たちは姿を見なくなり、代わりに母猫の耳にV字カットが施されていた。誰か他にも近所に餌やりさんがいて(まさか、それが子供らの親戚だったり)、その人が避妊手術をしたらしい。子猫らもどうなったのやらわからないままだった。まさか、あの時の一匹がさっきの迷い猫だったりして?一度来たことがあるうちのベランダを覚えていて、逃げて来たのかな。それ以前にも、五年前には茶トラの雄、十三年前には白黒の雌が、我が家に居ついたことがある。が、だいたい数ヶ月か、長くて一年半でどこかへ行ってしまった。茶トラは今でも十ヶ月に一度くらいのペースで「わてまだ生きてまっせ」と顔をみせる。遠くに行っても、ちゃんとお世話になった家は覚えてるようだ。もしかすると、職安か観光ガイドじゃないが、あそこに行けば何か貰える、とか、あそこは冬の日光浴には絶好ポイント、みたいなネコ端情報が流通しているのかもしれない。また、そうしてやってきた猫たちが残したニオイが、ここは安全という太鼓判となって、次なる猫を呼び寄せるのかもしれない。
2022年12月26日
浜松町といえば、浜離宮、芝公園、増上寺、東京タワーなどなど外国人の観光客も多い。まさかこんな都会のど真ん中に酒蔵があるとは誰が想像できようか。その名も、江戸開城。知ってる人はほとんどいまい。しかし歴史は意外に古く、今から遡ること二百年前の1812年。幕末の藩士、西郷隆盛や勝海舟が密談のため利用したという酒屋、若松屋が母体となり、この地で酒造を行なってきた。途中廃業していた百年のブランクはあれど、十年前に復活したという。今月頭に立川にある東京酒造組合でその存在を知り、試しに東京シリーズの「芝の酒」を買った。水道水を使用と聞き、果たしてどんな味がすんの?と恐る恐る飲んでみると、これが驚き。スパークリングワインのような仄かな甘酸っぱさ。それが忘れられず、オンラインショップも覗いてみると、オール江戸、オール東京というすべて東京産という酒に目が止まった。なんと酵母も江戸から伝わるものだとか。これは飲んでみたい。それと乳酸菌を使用した酒。え、どんな味すんの?いろいろとユニークな酒蔵だ。さすが東京のど真ん中。発想が斬新というか自由。さて、店につくと今までに訪問したどの酒蔵とも違う雰囲気。テイスティングカーはカジュアルな居酒屋だが、ショップの方はファッション系のような小洒落た佇まい。中へ入るとすぐ右にレジカウンター、正面に酒の貯蔵された冷蔵庫。お店の人の話では、オール江戸、オール東京は品切れで次は二月頃になるとのこと。使用米は多摩地区などで収穫された飯米を使っていて、酒米より小粒なのをさらに半分まで削っているという。そう、この醸造所、日本酒は純米吟醸、純米大吟醸しか造ってないのだ。アル添はなし。そしてユニークなことに蜂蜜の醸造酒ミードや梅酒、どぶろく、甘酒も醸造している。すべて無添加。センスが文明開化的ですね(笑)。さすが明治維新の主役たちが利用した店だけのことはある。気になっていた乳酸菌の酒「パラカセイ」と、新年用に奮発して桐の箱に入れられた「江戸開城プレミアム」を買って帰った。それと酒粕も。紙の手提げに入れてくれたが、これも何だかブランドショップみたいにハイセンス。瓶もワイン用のだし、日本酒というイメージを刷新してくれることうけあい。(追伸)前回の迷子猫は戻ってきたそうだ。自分から。寒いし腹減ったし疲れたし、そろそろ帰るか。そう思ったらしい。
2022年12月29日
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