2023年5月18日
電車の車内広告に面白いのをみつけた。日能研だったかが受験問題を掲載していて、サレジオ中学だったか、その問題というのが、要はコロナの総括を自由に書いてみろと。例文に西南戦争がなぜか挙げられて、それを政府軍が鎮圧したと歴史に残されているが、今回のコロナもいずれ歴史として語り継がれるかもしれないから、君なりに後世に伝えてみよ、という問題。これって正解あんの?まずそう思った。もちろんマスコミで言われ続けた事柄だけを拾って書けば、ダイヤモンドプリンセスから始まって、クラスター感染があちこちで蔓延し、ワクチン集団接種が行われ、飲食店の時短営業やら三密回避でアクリル板やらマスクやら外出自粛やらリモートやら行動規制がなされたことは誰もが記憶に新しい。ここまで書いてみて、私の模擬解答はすでに「歴史」から逸脱したがっていることに気づく。最近ようやく地方局で超過死亡とワクチンの関係が報道されて一部で喝采があがっているが、今更かよって思う。主要局じゃいまだに超過死亡扱うのタブーでしょ。私が厚労省の人口動態速報値を追っかけてたのって21年とかですよ。その時点でこりゃワクチンのせいだと確信したからもう追わなくなった。なぜ確信できたかといえば、鹿先生の動画を熱心に観てたからです。最初YouTubeだったけど検閲が厳しくなってニコ動に移ったね。22年くらいか、ツイッターでも同様に情報検閲がすごいことになってた。今ではそのカラクリもイーロンマスクによって暴露されたけどね。鹿先生、早くから心筋炎だけじゃなく、リウマチなどの自己免疫疾患や今、ターボ癌といわれてる免疫破壊のことも予告していたね。それは「打てば打つほど感染爆発」という論文が海外では出てたから、紹介してくれてたわけだ。向こうでも最初は学会が情報統制してたけど、次第に緩んだみたい。当然、全世界で接種が中止されていった。なのに日本だけが打ち続けて、まだ打たせようとしてる。もちろん感染爆発を起こすためだ。日本語しか知らないって、それだけで世界の言語障害だと思うね。で、こういう現象が単なる偶然ではなくて、すべて計画ってことも当初から言われてたね。世界経済フォーラムではだいぶ昔にパンデミックが議論されてて、その代表格がビルゲイツ。自身の莫大な資産を注ぎ込んでワクチン開発して「これからはミサイルじゃなくコレ(注射)で、人口を減らせます」と得意げに語ってた。キチガイでも何でもなくて、地球をクリーンにしましょうって、優生学ではそれが正義らしい。「水清ければ魚棲まず」っていう多様性を謳う孔子先生の教えとは真逆な発想。かつてユダヤ狩りしたヒトラーの発想でもってコロナウィルスという虚言に、PCRという、その発明者が生存していれば絶対に認めなかった使用方法によって、生物兵器ともいうべき免疫破壊ワクチンが大量に世界中にばら撒かれて多くの人がその犠牲になり、今もその後遺症に苦しんでる人々が大勢いるというのに、それを計画実行し、あるいは加担した者たちはまったく裁かれずにいる。これがわたしの描く「歴史」です。別に後世がどう伝えようと、現世にこう描いてる人がいることをサレジオさんにお伝えしたく筆を執った次第。似たような名解答があったら、どうかその人を不合格にしないでください。彼は有望な人材ですから。
蛇足ですが、西南戦争といえば西郷は元々政府側で明治維新に貢献したが、誤ったと改心して反政府側で討死した人物。「西郷は文明開化の世の中に、おそらく彼の儒教倫理の死を見たに違いない」(梅原猛)地元ではいまだに尊敬されるのは国に貢献したからではなく、そういう儒教の倫理観を守り、同志のために負ける戦で死んだからだ。今回のコロナでも西郷どんのような人物が米国ではチラホラでてきてる。前述のイーロンや、トランプ、それにケネディ甥とか。おそらく倫理観に基づく改心だろう。この日本でもそういう大人物が出てくることを祈るばかり。
2023年5月21日
北澤川を歩いた。といっても、かつて川だった、川の跡。近くには烏山川もあって、ともに目黒川の上流部にあたり、玉川上水から分水して用水として利用され、現在では緑道になっている。用水を足さないと季節によっては枯れ川になってしまうような小川も小川。世田谷には、そうした名も無い小川が削った谷が多くあり、今は住宅地がびっしり貼りついた土地もかつては田畑が広がる農村だった。北澤川の起点は松沢病院内の将軍池あたり。八国山の将軍塚とは無関係のこの池、患者たちが造営したそうで、その中に自称「将軍」がいたとか。作業療法の一環で病院の敷地内に池を造ったなんて、なんともいい時代だなあ。直線的な街区の中に有機的な曲線の細い道を探せば、だいたいそこが川の痕跡で、松沢病院から東へゆるやかにS字を描いて日大グラウンドに続く。空は梅雨の晴れ間で、積乱雲がまるでキノコ雲のように奥行きと高さを感じさせた。あの雲の下は今頃大雨かなと雨雲レーダーとにらめっこしながら歩く。左内弁財天は玉川上水からの用水を引く際に尽力した地元名主、鈴木左内家にちなんでいるとか。川は少しずつ南進して、小田急線の経堂、豪徳寺あたりで併走する。この辺りからは緑道として整備され、かつての橋の跡が残されている。また文学者に所縁もあって、まずは萩原朔太郎がこの辺に自分で設計した家に住んでいたそうだ。次は斎藤茂吉。おどろおどろしい巨石に句が刻まれている。さらに進むと突然、赤煉瓦の門柱が現れる。坂口安吾が若い頃に代用教員を務めた代沢小学校に彼が住んでいた大田区東矢口二丁目の家の門が置いてある。その懐に「人間の尊さは自分を苦しめるところにある 安吾」と刻んである。『風と光と二十の私と』の一節だが、その後に「満足は誰でも好むよ。けだものでもね」と続く。
「私が代用教員をしたところは、世田ヶ谷の下北沢というところで、その頃は荏原郡と言い、まったくの武蔵野で、私が教員をやめてから、小田急ができて、ひらけたので、そのころは竹藪だらけであった。(中略)四方はただ広茫かぎりもない田園で、もとよりその頃はバスもない。(中略)その頃は学校の近所には農家すらなく、まったくただひろびろとした武蔵野で、一方に丘がつらなり、丘は竹藪と麦畑で、原始林もあった。」(『風と光と二十の私と』)
彼が勤めてた大正末期、この辺りは西山谷といって、下北沢駅(標高34m)から緩やかにくだる道の一番底、標高は26mほどの谷間が全部田圃で、その南側がやや小高くなって烏山川でまた下る。当時はそこまで見渡せたのだろう。その烏山川と北澤川の合流点が目黒川の起点。池尻大橋駅の方が近いが、北へ15mほどの階段をのぼって、南側一帯の渋谷から三茶方面までの眺望を堪能してみた。これも川が削った段丘だろう。丘の上は駒場東邦や筑駒、東大など名門校が軒を並べるが、かつては軍の練兵場。戦後間もない地図では井の頭線は京王帝都ではなく、東京急行となっている。そういえば、かつて山手線の外側に環状の鉄道を建設する計画があったらしく、明大前駅にその幻の線路だか名残があるそうな。
2023年6月16日
八十八夜以来、約一ヶ月ぶりに狭山茶の比留間園を訪れた。二度目は極茶人に会うことができた。話をされてる姿は大西園の中島さんもそうだったが、味と香りの追求に余念がないのがわかる。今はすべて新茶とのこと。紫外線照射はすべての製品にやってるが、やればいいというわけではなく、旨味を出すか、香りを出すかのバランスなど、狙う味によって変えているとのこと。この辺は音楽でいうと、エコライジングと同じだなと。トレブルを上げ過ぎれば、バスが引っ込む、逆も然り。
花のような香りがするのは当たり前で、花と葉はもとは同じなのだとか。花になるか、葉になるかは環境次第で、農家は花にならないように栽培して、葉に蓄えられた成分をお茶として我々は頂いているというわけ。仮に葉を全部取ってしまっても木としては枯れはしない(試してみた人がいるそうだ)が、農家としては春に新茶を摘めないから、葉を残して冬を越すのだとか。
自分が渋みや苦味の少ない、旨味や香りのあるお茶が好きというと、それならと、茎茶を推された。茎には苦味や渋みの元となる成分がないとのこと。
また仕事に水出しのお茶を水筒で持参してること、しかも水や氷を足したりしてると話すと、水だと熱湯より渋みや苦味が出にくいのと、時間をかけるため、より味が濃く出やすいので、火入れをしっかりしてあるほうじ茶、とくにお店で出してる「蜜香ほうじ茶」を推してくれ、実際に飲ませてくれた。案外熱い。聞くと、90℃だそうで、この手のお茶は紅茶や烏龍茶と同様に熱い方がいいとのこと。水出しに向いてるのに熱い方がいいとは矛盾してる気もするが、熱いと苦味も出やすく、色など変化が出やすいのだが、ゆっくり水出しならその点は大丈夫とのこと。葉の量だが、水の100分の1でいいと。お店で売ってる750mlのグラスなら8gほど。ということは、お茶パックに半分くらい詰め込んでる私は葉の量が多すぎなわけだ。だから最後は粉っぽくなってしまうのか。
茎茶とほうじ茶と買うものがだいたい決まったので、他に何かオススメを聞くと、これは極め付けというか、いつも来客をもてなすのに出す「まがたま」を推された。比留間氏はこれを氷水で一時間、水出しするとのこと。これは20グラムで他のと同じ値段、という高級茶。紅茶などを沸かすガラスのポットに5グラムの葉と氷と水を半々くらい入れ、一時間置く。暑い夏には最高に違いない。これは夏用に買おう。
あと保管についてうかがうと、冷凍庫でなく冷暗所でいいそう。開封後も別に容器に入れ替えなくても、お店のパックのままで大丈夫と。ジップロックでも冷蔵庫のニオイが移るんだとか。とにかく、開封したら早く飲むべし。
2023年6月17日
ヤフコメに投稿しようと思って電車の中で夢中で書いたのだが、書き終えてみたらどうでもよくなってしまったので、投稿はやめて、こっそり、ここに残しておこうと思う。ニュース記事のタイトルは「新型コロナウイルス、体内から追い出せず後遺症? 感染後に潜伏するヘルペスと類似 大阪大教授が指摘」というもので、免疫学の第一人者であるそのセンセー(75)によると、「新型コロナウイルスも(ヘルペスウイルスと同じく)何らかの仕組みで体内に残存する可能性があり、免疫が弱い人はウイルスを体外に排除することができず、症状が持続する可能性がある」そうだ。そこで以下のようにコメントしようとした。「自分の場合、職場で三回目のワクチン集団接種(70名ほど。自分は全くの未接種)した頃から腰に違和感を覚え、二週間後に職場でクラスター集団感染が発生。自分も陽性反応と発熱で自宅療養となり(その間、腰痛は不思議とまったくなく)、回復後、今度は腰から足にかけて坐骨神経痛のような痛みが起き、とくに左太腿の痛みが強く、不思議なことに動いてると大丈夫で、横になって休むと痛むので、仕事には差し支えありませんでしたが、三時間ほどで目が覚めてしまうので睡眠不足で困りました。整形外科や内科を受診し、レントゲン検査もしましたが、異常はなく、痛み止めを処方されるだけという状態が三ヶ月続きました。しかし、徐々に痛みは消えて今はまったく問題ありません。後で考えた痛みの原因が、帯状疱疹です。その後遺症と症状が非常に似ていたからです。実は5年前に帯状疱疹を発症したのも同じ左太腿だったのです。その時は後遺症もなく、完治していましたが、もしかして免疫が落ちてヘルペスウイルスが目覚め、また免疫が戻ってきて、眠りについたのでは?と。今となっては調べようがありませんが、以後、免疫を維持するべく、ビタミンDと日光浴を欠かさぬよう気をつけています」と。つまり、コロナに感染する前からヘルペスウイルスが再活性化し始めていた兆候を腰の違和感として感じていたわけで、あえて書かなかったが、免疫が落ちた原因を、ワクチン集団接種、あるいはその後に起きたクラスター集団感染とみている。もっとはっきりいえば、ワクチン自体にウイルスが入っており、また、免疫を抑制する働きがあり(だから感染爆発するのは当然!)、接種しようがしまいが、周りからの影響(これをシェディングという)を受けるのは避けられないから、センセーのおっしゃる「何らかの仕組みで体内に残存」というより、みんなでワクチンをやめてしまえば(日本以外の世界中がそうでしょ)周りからのシェディングがなくなり、症状は持続しなくなるはず。けれど何度も接種してしまった人は、免疫が回復不能であろうから、症状は持続どころか、悪化の一途をたどるでしょう。
2023年6月20日
二週間くらい前から下腹部に赤黒いオデキができて、けっこう大きく育って、当初はさわると痛みもあって、それがようやく痒みに変わって、色味も淡くなり、さわっても何も感じなくなった。と思ったら、今度は右腋下に同じような赤みがかったオデキができて、さほど大きくはないものの、膨らみがあって、さわるとやや違和感がある。はて、バイキンでも入ったのか?いつ?どこで?考えあぐねてもさっぱりわからない。いや、何となく目星はついてる。二ヶ所の共通点というと、発熱時にアイスノンなどで冷やすべき部位、つまり、毛細血管が多い部位である。そこで炎症反応が起こったということは、バイキンと免疫細胞との紛争が勃発してるというわけだ。わたしの場合は、その程度で済んでいるが、同じバイキンが命取りとなった人もいて、この三週間で、身近な人がすでに三人亡くなって、三人が入院中である。みな高齢者であるから、もともと持病なり、衰弱していたりと、バイキン一つでも命取りになりうる状態ではあったが、それにしてもまだまだ生きながらえたはず。そして、ここ数日、高齢者ではなく、わたしよりも遥かに若い人が二人、体調を崩し、抗原検査で陽性となっている。わたしにオデキを作ったバイキンが別の人では喉の痛みや発熱を起こしたり、持病を悪化させ、命まで奪ってしまう。そのバイキンの正体とは、三週間前に集団接種でばらまかれた、コロナワクチンである。すでに欧米社会では「生物兵器」と認定されつつあり、免疫抑制は持病を悪化させ、スパイクタンパクが全身炎を起こしたり、血栓ができたりすることがわかっている。こんなもの六回も打てば、ネコなら全滅してしまう。体外に排出されたスパタンは接種してない人にも影響し、わたしの場合、オデキができたわけだ。しかし、恐ろしいのはそれらのmRNAワクチンの遺伝子書き換え作用よりも、その治験中の薬剤の働きも知らず、生ワクチンと同様に毎度恒例の行事のよう無心に接種していく医師、看護師たちである。彼らは職務をただ遂行しているつもりで、相手から感謝されれば、「どういたしまして」と笑顔で返す。自分がしてる行為が生物兵器による殺人行為であろうと。「悪意はなくとも、無智ということ自体が罪だ。悪意がないだけ、救いがない。(坂口安吾『安吾風流譚』)」しかし、ある意味、安楽死の問題はこうして解決するのかもしれないとも思う。何回でも接種する人々は自分が信じた「医療行為」によって、安心を得て、逆に苦しみながら、死に至らしめられているわけだから、これはもう、安寧死と呼ぶほかない。
2023年7月17日
赤いキセツ到来告げて、容赦無く四十度近い日が続く。夏の涼を得るものといえば、風鈴もいいけれど、やはり怪談でしょう。フィルムしかなかった時代とちがって、デジタルにいくらでも加工ができるようになると、心霊画像とか心霊スポット巡り動画はあまり迫力がない。それならいっそ怪談をラジオのように聞き流してゾッとしてる方がいい。霊感などまったくない自分でも、魂ってホントにあるんだ、と思うようになった出来事がある。それは今から八年前の六月のこと。ある朝、起きて、いつものように朝食の準備のため台所へいくと、なんかおかしい。まるで、別荘にきたみたいな静けさ。と思ったら、なんと冷蔵庫の製氷機が水浸し。ドアを開けると暗いままで、全部、常温になってる。こりゃダメだ。故障してるわ。すでに数時間はたっている。そして、もう一つ、飼っていたインコの様子も明らかにおかしい。止まり木に登ることができずに、籠の底で羽をバタバタさせて、ブルブル震えている。そしてその日のうちに死んでしまった。愛知にすむ祖母永眠の知らせがきたのも、ほぼその頃合いだった。さては、ばあちゃん、知らせにきたのかな。お腹空いてたのか、冷蔵庫ぶっ壊して、寂しかったのか、鳥まで連れてっちゃって….。虫の知らせってホントにあるんだ。霊魂ってやつは案外、乱暴者らしい。坂口安吾の「石の思い」にもこんな話が書かれている。「それはまだ暮方で、別邸では一家が炉端で食事を終えたところであったが、突然突風の音が起って先ず入口の戸が吹き倒れ、突風は土間を突きぬけて炉端の戸を倒し、台所から奥へ通じる戸を倒し、いつも白痴がこもっていた三畳の戸を倒して、とまった。すべては瞬間の出来事で、けたたましい音だけが残っていた。それは全くある人間の全身の体力が全力をこめて突き倒し蹴倒して行ったものであり、ただその姿が風であって見えないだけの話であった。そこへ病院から電話で、今白痴が息をひきとったという報せがあったのである。」その白痴とは、安吾の五つ年上の従兄に当たる男で、よく碁を打ったという。ある日、家出をしたまま、一年ほどつかまらず、警察の手で精神病院に送られ、放浪生活から衰弱し、病院で息を引きとったという。こういうのは怪談というより、遠野物語のような逸話、説話の類だろうが、何となく、心が和らぐのは、なぜだろう。
2023年7月17日
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