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ブルシット

またまたヤフコメアンケート。第三弾。今回は「介護職員を傷害疑いで逮捕」という記事に、「そもそも民主主義社会で福祉事業って無理がある。政治は裏金汚職だらけ、メディアも検察も権力忖度の形ばかりの民主主義なんかやめて地域主体の共和制に改変した方がいいかも」とコメントしたら、共感6反対61だった。実に9割以上が反対だって。なんでそんなに民主主義を守りたいんだろうか?わたしのコメントは私見というより、斎藤幸平氏の受け売り。例えば彼はこういう。「資本主義社会でのエッセンシャル・ワークに対する圧迫には、「価値」と「使用価値」の極端な乖離という問題が潜んでいる。」「現在高給をとっている職業として、マーケティングや広告、コンサルティング、そして金融業や保険業などがあるが、こうした仕事は重要そうに見えるものの、実は社会の再生産そのものにはほとんど役に立っていない。(中略)これらの仕事に従事している本人さえも、自分の仕事がなくなっても社会になんの問題もないと感じているという。世の中には無意味な「ブルシット・ジョブ(クソくだらない仕事)」が溢れているのである。」(『人新世の「資本論」』)そういえば、ニコ動をみていたら西部邁が「デモクラシーこそ古代アテネを滅ぼしたブルシット」と言っていた。歴史的にみると、どうも民主主義はろくなもんじゃないらしい。なのに、なぜ、日本人一般はそれが正しいと思っているのだろうか?「戦時中は外国文化を尊重する外的自己は抑圧されて、日本の伝統に価値を置く内的自己が幅を利かせていました。(中略)ところが、戦争に負けたとたんに事態は逆転します。今度は内的自己が抑圧され、外的自己がのさばります。(中略)アメリカ憎悪はたちまち賛美へと変わり、民主主義であれ自由主義であれチューインガムであれ、アメリカのものは何でもすばらしいということになった。」(『日本史を精神分析する』岸田秀、柳澤健)でも、すでに80年近くたとうというのに?「敗戦直後から冷戦時代にかけては、日本を自由主義陣営に引き止めておくためにアメリカは日本を援助する理由がありました。もうその理由はなくなったのに、一部の日本人、とくに権力のある地位を占めている官僚などには、それがわかっていないのです。官僚の特権にしがみついているからか、あるいは、官僚の習性からでしょうか、惰性的にアメリカの言う通りにすることが日本の安全と国益と一致すると思っている。」(『日本史を精神分析する』)そういうのを「属国根性」と岸田氏は断じる。ヤフコメの9割もこの根性かもしれない。「アメリカはつねに自由と民主主義を阻害する敵国を必要としていますから。そういう敵国を次々とつくり、次々とやっつけて、自由と民主主義を守ってきた、というのがアメリカのプライドの根本です。」(『日本史を精神分析する』)しかし、その「プライド」はアメリカ人の末端にもあるのだろうか?「アメリカのような民主主義社会においては、国民の世論を国民に知られずにコントロールする者が、目に見えない統治機構を構成し、真の支配者として君臨している。」(『世界を破壊するものたちの正体』馬淵睦夫、高山正之)そういえば、最近、ミス日本にウクライナ人が選ばれて賛否両論になっているが、この選出の背後にも「目に見えない統治機構」の存在を感じないわけにいかない。このように民主主義は如何様にも、独裁主義にすらコントロールできてしまう危うさを孕んでいることは、ムッソリーニやヒトラーが熟知していた。そしてその「目に見えない統治機構」によって今のアメリカはどんな状況に陥っているのか。「アメリカははっきりと落ち目です。(中略)アメリカの工業生産力ではアメリカ国民は養えないそうです。外国の製品を輸入してどうにか暮らしている。完全に貿易赤字です。(中略)アメリカ軍はもう実質的にはあまり戦力はない。しかし「アメリカは強い」と見せかけるために、弱い国を見つけて因縁をつけて攻撃する。」(『日本史を精神分析する』) ウクライナ戦争においては、もはや代理戦争で、しかも戦費も底をつき、日本などに金を出させ、戦場は旧型の武器処分場と化しているという。 「アメリカは移民の国ですが、新しい移民は搾取されて縁の下の力持ちになる。彼らが働いてのしあがると、また新しい移民がやってきて働く。そのように次から次へとやってくる下層階級に支えられてアメリカの繁栄があったわけです。(中略)でも、最近、「そんなのは嘘だ」ということが、アメリカの民衆にもだんだんとわかってきた。」(『日本史を精神分析する』) それどころか、連邦政府が不法移民の手助けして、彼らが店を破壊し、商品を略奪しても逮捕できない法案まで可決されているという。そんな治安の悪化した街には麻薬常習者がゾンビのように溢れている。 「アメリカの正義が崩れるとき、アメリカは崩れるのです。(中略)アメリカは人為的な国家ですから、統一を維持するのは大変なのです。ローマ帝国も滅びたのだから、アメリカもそのうち滅びるでしょう。」(『日本史を精神分析する』) さて、そのとき外的自己でアメリカを奉じてきた日本人はどうする?また内的自己に舞い戻るか? 「日本の近代政府が成立したとき、官僚はもともと国民に奉仕するために任命されたのではなく、政府の上に立つ天皇の使用人だったからです。(中略)だから、国民への奉仕など最初から念頭にないどころか、天皇に仕える身なのだから、むしろ国民の主人のつもりなのです。」(『日本史を精神分析する』) 官僚は天皇を奉じるとして、国民は何を奉じるか? 「経済力の根本はエネルギーです。原子力は非常に危険なエネルギーですが、そのマイナスを埋め合わせるプラスが国家の経済力の強化だと思われているのです。(中略)原発をなくすということは、経済大国という夢、プライドを思い切るということです。」(『日本史を精神分析する』) 一体、世界第何位まで落ちぶれたら、その夢を思い切れるのか。そのときは、最初から経済を諦めて軍事力に注力している北朝鮮のように核兵器の虜になるかもしれない。ヤフコメの9割は属国根性から反転、憲法改正に大賛成するのではないか。 2024年1月25日

片平川

帷子は「かたびら」と読む。地名であるが、もとは裏地のない衣類の総称。片方が山、片方が平地なので、その名がついたというが、それなら「片平」でいいのに、なぜ?そんな興味から散歩してみる気になった。延長17kmほどの小河川だが、横浜港に河口があり、源流は東名高速の横浜町田ICにほど近い若葉台公園付近。本当の水源は茂みの中のようだが、いかにもという、水がコンコンと湧き出す岩がしつらえてあった。上流は国道16号に並行するように蛇行して流れる。この辺りは掘割が深く、ほとんど水面に近づけない。下川井あたりから直線化+遊歩道が整備され、川沿いを歩くとカモやサギ、カワセミにも出会えた。旭区役所や鶴ヶ峰公園あたりでは支流を集めて流れも勢い盛んになる。かつて暴れ川と呼ばれた頃の蛇行した流路は、今はのどかな緑道になっている。相鉄線と新幹線が交差するところに西谷駅があり、ここがだいたい中間地点。ときに横浜は明治の頃までは内海があり(「袖ヶ浦」と呼ばれていた)、旧東海道のあたりまで入江だった。帷子川もそこに注いでおり、その河口は今の平沼橋あたり。だいぶ埋立られたことがわかる。横浜駅も何回か移転していて、最初は桜木町、次に高島町あたり、昭和になって今の位置になり、東海道線の直線上になった感じ。なぜそうなったかというと、港が桜木町付近にできて、東海道はかなり迂回するので、内海を渡る鉄道の築堤が敷かれた。その築堤の真上は今は高速道路が走ってる。旧東海道を辿っていくと、天王町のあたりから先、小高い丘に挟まれた谷間に町が形成され、今の保土ヶ谷駅のあたりに帷子町がある。この付近を流れてる川は今井川といって、帷子川の支流。天王町のあたりで分岐して西北に流れるのが本流。星川のあたりは野鳥が多く、海から上ってきたユリカモメが電線にとまっていたりする。川の両側は高低差30mほどの断崖絶壁に住宅がはりついている。この狭い谷間をウネウネと蛇行して、おそらく丘からの雨水や湧水も流入して、この激流の勢いを増していた模様。国道16号は八王子街道とも呼ばれ、明治期には八王子から生糸が横浜港まで運ばれた「シルクロード」でもある。帷子に袖ヶ浦、そして絹の道と、何かと繊維に縁のある土地柄だ。ちなみに昭和初期には相模川の砂利を運ぶ「神中鉄道」が厚木から横浜まで敷かれ、それが戦後、相模鉄道となり、沿線の宅地開発や横浜駅周辺を商業開発したという。横浜というと、みなとみらいやランドマークタワーとか都会的なイメージしかなかったが、いろいろ紆余曲折しながら発展してきたようだ。武蔵野散歩といえば、地酒。西谷駅のすぐ北側にある酒屋を物色すると、厚木七沢の「盛升」があった。新米しぼりたて生原酒の純米と本醸造はともに精米70%で淡い琥珀色。濃厚な味わいの純米とややスッキリしたフルーティな本醸造、どちらもいい感じだった。 2024年2月19日

カセットテープ

たまにみてるオーディオ関連のYouTube「創造の館」で、ついにカセットテープの解析をしていて、「テープの周波数特性と歪みの違いをバイアスと録音レベルで補正してしまえばどの機器も同じなので、変調ノイズと振幅の揺らぎが機器の違い」だそうだ。そんな風に言われると、我が子の成績表を晒されてるようだが、どんな出来の悪い子でも一流大学に行ける!みたいな情熱で80年代には実に様々な技術開発がなされていた。例えば、ドルビーノイズリダクション。Bタイプ、Cタイプにdbx、それにHXプロなんてのもあった。ダブルキャプスタンにアモルファスなどの3ヘッド、電流バイアス調整、録音キャリブレーション機能などなど。カセットのケースをプラスチックからセラミックとか一部アルミダイキャストにして変調ノイズ低減を狙った高価なテープもあった。これらを駆使すれば、ほとんどCDと音質的には変わりなかった。そこまでしなきゃならないんだったら最初からCDでいいじゃん、と言われそうだが、当時3千円もするCDソフトは学生には高く、あちこちにレンタルがあったから借りてきて録音だと5百円で収まる。で、いっぱい借りれる。でもだんだんCDも安くなってきて、テープも面倒くさいし、そのうちMDとか出てきて、CD-Rに直接焼いたりできるようになって、いつしかテープから離れた。時が経って懐かしいテープを引っ張り出して、中古のデッキを入手して聴いてみたら、なんとも味わい深い。でもなんか音が篭ってる。アジマス、要はヘッドとテープの角度がズレてる。それをマイナスドライバーで調節して、ビタっ!と合った時の感動たるや。どうも回転が遅いときがある。中を開けてメカのとこにKURE5-56を吹きかけると、おお!安定した。かけすぎてベルトが外れたこともあったけど、かけ直せばOK。ヘッドやローラー周りのお掃除や消磁などお手入れも案外楽しい。レコードプレイヤーや真空管アンプもそうだけど、アナログ機器は手間がかかるのがむしろ楽しい。クルマとかバイク、楽器みたいなもの。それとノスタルジー。これと音楽は切っても切れない。その音楽を聴いていた時の季節感とか自分の境遇、感情が全部、記憶されてて、それがお湯をかけてふわっと蘇るみたいな感覚。それを味わいたくてレトロなアナログ機械にハマる人が多い。こういうのは決して数値では表されない。とはいいつつ、デジタルも便利。いつもギター演奏はmicroSDに保存してる。24bitだからCDより高音質。1時間の演奏で1GBほど。それをちっこいSDに60から120ほど入れてスマホなどで散歩中に聴く。ここにヴィンテージな音はあっても、ノスタルジーはないね。30年後に聴ければ懐かしいだろうけど、果たして30年後にこのSDの音は聴けるのか?そもそも自分は生きてるのか?? 2024年2月25日

文明の敵・マスメディア

「「民主主義は文明の敵である」という命題をつきつけなければなりません。それは真正のデモクラシーを探す営みであり、またデモクラシー(民衆政治)とデモクラティズム(民主主義)とを截然と区別する作業なのです。注(中略)この精神作業には統合失調になる危惧があります。その危惧が現実となるのを防ぐには、(中略)要するに、自問自答の自己弁証をやりつづける、ということです。」(『文明の敵・民主主義』はじめに 西部邁 2011) お勧めという、この民主主義への懐疑を突き詰めた結果が、7年後の自決に結実したのかもしれない。自殺は2018年頭なので、2017年内に何か絶望的事件でもあったのか。 「同月15日、西部と木村三浩(一水会代表)は駐日ロシア大使館を表敬訪問し、日本とロシアの友好についてロシア代理大使と意見交換」(Wikipedia「西部邁」より) 「同月」とは2018年1月のことなので、亡くなる五日前。米国や西側の没落を予見していたのであろうか。 「十八世紀は啓蒙の時代、十九世紀は機械の時代、二十世紀は民主主義の時代といったふうに、時代意識が伴われている」(『文明の敵・民主主義』p.143 西部邁 2011) 二十世紀は、あるいは「マスメディアの時代」だったとも思うが。じゃあ、今世紀は? 「世界は国家主義の時代に入っている、その現実をそろそろ見据えなければなりません。その表層現象としてステーティズムが進んでいるのは、個人主義にもとづくリベラリズム(自由主義)が、グローバリズムにまで拡大された挙げ句に挫折しているからです。」(『文明の敵・民主主義』p.271 西部邁 2011) 今から13年前に、すでに西部のような識者には、グローバリズムは終わってる、という見立てだったらしい。となると、近年のコロナパンデミックやダボス会議でのグレートリセットなどは最後の悪あがきか断末魔といったところなのか、あるいは、ステーティズムによるグローバリズムのお片付け、リセットされるのはグローバリストという図式?その国家主義の先鋒となっているのが、トランプ、プーチン、BRICSの国々で、お掃除される側がワシントン政府、米国民主党、英国や西側諸国とその傀儡であるウクライナ政府と我が国の政府、自民党、そして皇室なども入るのか。そういったら、西部氏は大反対しそうだ。 「天皇制を絶対に必要などとはいいませんが、日本の歴史の類稀な文化的発明品であるその制度を捨てる必要はおろか、非難する必要は毫もないというべきでしょう。それをわざわざ廃棄するのは、日本国民がみずからの文化を否定するという愚行に出ることを意味します。天皇制が政治的に悪用される危険などをいうのは、その人の歴史意識が貧弱であるからにすぎないのです。」(『文明の敵・民主主義』p.143 西部邁 2011) こんなこと言われると、戦争経験にもとづく、この人の有名な本を思い出す。 「私は天皇制に就ても、極めて日本的な(従って或いは独創的な)政治的作品を見るのである。天皇制は天皇によって生みだされたものではない。天皇は時に自ら陰謀を起こしたこともあるけれども、概して何もしておらず、その陰謀は常に成功したためしがなく、島流しとなったり、山奥へ逃げたり、そして結局常に政治的理由によってその存立を認められてきた。社会的に忘れられた時にすら政治的に担ぎだされてくるのであって、その存立の政治的理由はいわば政治家達の嗅覚によるもので、彼等は日本人の性癖を洞察し、その性癖の中に天皇制を発見していた。」(『堕落論』坂口安吾 1946) 「日本は天皇によって終戦の混乱から救われたというが常識であるが、之は嘘だ。(中略)今度の戦争でも天皇の名によって矛をすてたというのは狡猾な表面にすぎず、なんとかうまく戦争をやめたいと内々誰しも考えており、政治家がそれを利用し、人民が又さらにそれを利用しただけにすぎない。」(『天皇小論』坂口安吾 1946) 終戦の時、西部少年はまだわずか5、6歳で、安吾は四十の中年男子で、さらに東京大空襲という、未曾有の一般人への無差別虐殺を逃げ延びた経験を踏まえると、いくら72歳の識者の言葉であろうと「歴史意識が貧弱」というには経験不足は否めない。つい最近、能登半島地震の被災地を訪問した天皇陛下は、なぜだかマスクをしていた。たしか年頭の一般参賀ではノーマスクだったはず。ここに玉音放送にも似た、何か政治的サインをみないわけにいかない。 「古代ローマの帝政期におけるプレブス(自由浮遊民としての平民)とアメリカ(およびこの属国として物質的繁栄した「戦後」日本)のマス(大衆)とは大いに類同しております。ローマ帝国では属州から流入してきたり奴隷から解放されたりしてくるプレブスが「パンとサーカス」を皇帝に要求し、皇帝のほうもこの要求に応えることができなければ、版図の拡大どころか維持もままならぬ、という事情にありました。」(『文明の敵・民主主義』p.120 西部邁 2011) 「ローマの版図が地中海沿岸に広がるにつれ、「ラテン語の俗化」が進んだといわれています。(中略)また、帝国にはローマ人のための「市民法」のほかに、諸民族に通じる「万民法」が必要になります。このグローバリズム(世界画一主義)によって、社会のルールが(歴史的な実態を失って)抽象的な形式に流れていきもしました。(中略)アメリカでも同様のことが生じました。」(『文明の敵・民主主義』p.122 西部邁 2011) ローマとアメリカの両帝国は、トインビーの文明論でいう「拡大ゆえの没落」の路線にある、という。「ローマ帝国も滅びたのだから、アメリカもそのうち滅びるでしょう」という岸田秀の見立て(『日本史を精神分析する』2016年)とも一致する。じゃあ、今あるアメリカはとうに滅びた姿なのか。そういえば、この前、テレビでアメリカのどこかの街角の風景が流れていた。21歳というがドラッグのせいで老けたヒッピー風の男がギターをかき鳴らしてレットイットビーを歌っていたり、ゲイが髪を蒼く染めて変竹林な格好でLGBTの運動をしている。番組ではそれを多様性の面白さ、豊かさとして扱っているようだったが、頽廃した、滅びゆく国の姿に見えた。こうなったら日本もお終い、と。 さて、西部にとって、護るべき文明とは何だったのか。 「世論を動かしている情報メディアは、みずからに「言論の公器」とか「社会の木鐸」と銘打っております。しかし、そうだという保証はどこにもありません。(中略)ひとまず、民衆およびその代表者の行う議論において(福澤諭吉のいう)「廉恥、公平、正中、勇強」が示されているなら、それをもって公心の現れとみてよいのだと思われます。つまり、言論の言葉づかいにおける「徳義」が公心の表現手段だということです。」(『文明の敵・民主主義』p.135 西部邁 2011) 公器どころか、文明破壊の兵器がマスメディアではないか。大衆とか世論とか空疎な幻想を作りだし、自作自演している、それが民主主義、デモクラティズムではないか。しかし、どんなに徳義のある言葉で表現したところで西部もジャーナリズムの一人。同じ穴の狢。自分の仕事が自分の敵でもあると認識した時、もうこの世界に生きている理由も失われたのかもしれない。 2024年3月24日

イーロン様にお願い

「えらいことをした。標的機を民間機(日航機)に当ててしまった。今、百里基地から偵察機(F4E改造機)2機(式地豊二尉ほか)に追尾させているところだ」(『書いてはいけない』p.149 森永卓郎) 1985年夏に起きた日航123便墜落事故、御巣鷹山事件の真相はいろんな人が邪推しているが、本書を読んで、決定的な証拠が出そろった感がある。 「そのお腹の部分、つまり飛行機の左側のお腹の部分、四〜五メートルくらいになるのかなあ。貨物室ドア二枚分ぐらいの長さでしょうか。円筒形で真っ赤。だ円っぽい形でした。濃いオレンジ、赤という色です。」(『日航123便 墜落の新事実』青山透子 2017) この目撃証言は事件当時22歳の女性によるもので、勤務先の藤枝でそれを見たという。駿河湾から富士山の方へ右旋回していた日航機は、窓が見えるほどの低空飛行だったといい、機体の下部後方にその「円筒形のオレンジっぽい物体」が張り付いていて、五分後にファントム機が同じ方向へ飛んで行ったという。 「この標的機は金属のワイヤーの曳航索で標的である「吹き流し」部を引っ張る。(中略)鯉のぼりの上に取り付けられる「吹き流し」と構造は同じで、先端部の丸い円環から空気が入って円筒状になった中を高速で流れていく。先端の円環部は直径約3mで、長さは10mである。訓練で攻撃する側からの視認を容易にするために、この吹き流しもまた赤、オレンジ色に塗装されている。」(『書いてはいけない』p.149-150 森永卓郎) つまり、自衛隊の訓練用標的機が誤って日航機の垂直尾翼を破壊、両方とも海に落下、吹き流しだけが機体後部に引っかかったまま飛行していて、それを百里基地からのファントム機2機が追尾してたわけだ。この自衛隊機が日航機墜落の原因を作ったという、エンジン攻撃説がある。 「第4エンジンに関しては、当初から大きな疑問が呈されていた。それは、墜落現場で第4エンジンだけが主翼から外れ、粉々になって、広範囲に散乱していたからだ。(中略)7トンもある頑丈なエンジンが、柔らかい木立に衝突して、粉々になるなどということが起きるはずがないからだ。」(『書いてはいけない』p.162 森永卓郎) だけど墜落寸前のボイスレコーダーには、けたたましいサイレン音と「フラップあげろ!」「やってます!」というクルーの必死の声しか入ってなかったと記憶している。 「その生データは、現在、日本航空が保管しているのだが、いまだに公開されていない。(中略)私は、公開されているデータが改ざんされている可能性が高いからだと考えている。」(『書いてはいけない』p.166 森永卓郎) イーロン・マスクが旧ツイッターを買収したように、誰か大金持ちが日航を買収して、情報を公開したらいいのに。高濱機長じゃないけど、どーんと行こうや。しかしさすが経済アナリスト、著者は飛行機墜落の陰にもっと大きな墜落をみている。 「1985年8月の日本航空123便の墜落事件の後、時計が突然逆回転を始めた。戦後40年かけて築き上げた日本の主権が音を立てて崩れ落ちていくことになる。(中略)この場で「プラザ合意」と呼ばれる日本経済にとって致命的な決定がなされた。(中略)2倍の円高になるということは、日本のすべての輸出商品に100%の関税をかけるのと同様の効果を持つ。」(『書いてはいけない』p.171 森永卓郎) つい先日、トランプ氏が大統領選に勝ったら、中国のEVに100%の関税をかけてやると豪語していたのを思い出す。 「日本政府は日航123便の墜落の責任をボーイング社に押し付けたことになる。ボーイング社の顔に泥を塗ったのだから、大きな見返りが必要になる。それだけではない。日本政府はそのことがバレたら、政権が確実に崩壊するほどの大きなウソをついてしまった。だから、アメリカに「123便のことをバラすぞ」と脅されたら、なんでも言うことを聞かざるをえなくなってしまったのだ。」(『書いてはいけない』p.177 森永卓郎) 時の首相、中曽根が語った「墓場まで持っていく」というのがそのウソのことで、そのせいでプラザ合意の後も日米半導体協定や日米構造協議、年次改革要望書など対米追従のレールが敷かれてしまったという。 「今から振り返ると、柳澤大臣の主張は真っ当で、金融緩和に転じて逆バブルを解消すれば、不良債権の問題は自然に解決される問題だったのだ。しかし、政府は、不良債権処理の方向に大きく舵を切ることになった。小泉内閣が誕生したからだ。」(『書いてはいけない』p.187 森永卓郎) それはブッシュ政権からの年次改革要望書で、世界一の債務国の米国がなぜ、世界有数の債権国である日本の企業の不良債権処理を求めたのか? 「結局、こうしたことが積み重なって、本来は処理する必要などなかった企業資産が、”不良債権処理”の名のもとに二束三文でハゲタカに売り飛ばされた。日本が戦後営々と築いてきた大切な企業資産がまるでマグロの解体ショーのように次々と叩き売られていった。これこそが小泉不良債権処理の正体だった。そして、これが日本航空123便の墜落以降、日本が受け入れた経済政策の結末であった。」(『書いてはいけない』p.199 森永卓郎) 本書にはジャニーズ問題と日航123便墜落と同じく、もう一つ、メディアではぜったいに言ってはいけないタブーがあるという。 「ザイム真理教は、カルト教団と同じく、布教活動に熱心だ。メディアに対して、細かく丁寧なご説明に足を運ぶとともに、財政緊縮政策を批判する論調を記載したメディアには容赦なく税務調査に入る。そうしたことの結果として、新聞でもテレビでも、「日本の財政は世界最悪の状況であり、消費税を中心とした増税を続けていかないと、次世代に禍根を残す」という根拠のない神話が繰り広げられていく。」(『書いてはいけない』p.73 森永卓郎) メディアだけでなく、時の政権や検察、裁判所まで牛耳っている。要するに、財布の紐を握ってる限り、泣く子と財務省には勝てぬという構図になっている。その財務官僚が崇拝するものとは何か。 「財務省では、増税を「勝ち」と言い、減税を「負け」と言う。増税を実現した財務官僚は高く評価され、その後、出世して、最終的に豪華な天下り先が用意される。天下り先での年収自体は数千万円だが、そこに個室と秘書と専用車と海外出張と交際費という豪華5点セットがついてくる。天下りを1人受け入れただけで、受け入れ先には1億円以上の負担が降りかかってくると言われている。」(『書いてはいけない』p.71 森永卓郎) 要は、財務官僚は国の経済成長より、自分の出世、安泰しか念頭にないってことらしい。そのためにひたすら国民を苦しめる緊縮財政、増税路線を進める。ときに、Xにこんなポストがあった。 「日本が米国債を勝手に売る事はできません。日本の財政法第4条があり、「国の歳出は公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない」と規定されているからです。米国債を売る場合は米国にお伺いを立てる必要があります。財政法第4条は、日本が戦費調達のために赤字国債発行をさせない為にGHQの追加条項です。財務省がプライマリーバランスを重視するのもこの条項があるためだと思います。」(SolidState_GG) このリプ欄に「WW2で敗れた日本の再軍備を恐れてGHQが追加した条項とミンスク条約は比較になりません。それに月2回の日米合同委員会で未だに日本は監視されています。」とあった。なるほど、天下無敵に思われた財務官僚も、さらに上から監視されてるわけだ。バイデンに首根っこつかまれてだらしなく嗤うキシダのように。これじゃ、保身に走るしかないか。やっぱりここにもJAL123便の禍根が残っているようだ。日本の人口減少を憂い、日本が大好きというイーロン様、それならどうかJALを買収してください。 2024年3月31日

バードウォッチャー

近所の川沿いをいつも散歩しているのだが、番の雉子をたまにみかける。メスは地味な茶色だが、オスはまるで孔雀かと思うほどド派手。鶏のような真っ赤な鶏冠がよく目立つ。カス!みたいな空気の抜けたボールを押しつぶしたような啼き声が遠くまでよく響く。散歩中に立ち止まってみていると、やはり散歩中のおじさんやおばさんも立ち止まって一緒にみながら、あそこにいるね、みたいな会話を交わすこともある。この道をゆく人々の中ではけっこう有名な存在らしい。他には白鷺、青鷺、真鴨、川鵜、オオバンなどの水鳥や、雀や鵯(ひよどり)、尉鶲(じょうびたき)、椋鳥、目白といった小鳥をよくみかけるが、中でも個人的に好きなのが、翡翠。いわゆる、カワセミ。青い宝石と言われるだけあって、メタリックブルーに輝く羽とオレンジ色のお腹のカラーリングが目を惹きつける。小枝にとまって様子を伺ってるかと思いきや、一瞬で水面に降りて小魚を捕獲して次の小枝に飛んでいく。動きが素早いのでぼーっとしてると見失う。うちの近所の川は少し河原が広いのでなかなか出会えないが、幅10m程度の小河川ならわりと出会いやすい。先日、横浜線の相原駅から境川を歩いたら、30分の間に七、八羽も見ることができた。中島みゆきの「僕は青い鳥」はこう歌う、「幸せになりたくて 人は変わってゆく 幸せを追いかけて 狩人に変わってく 青い鳥 青い鳥 それは自分なのに 青い鳥 青い鳥 今夜も迷子」あの青い鳥ってカワセミなのか?カワセミはたしかに水辺の狩人だけど、あのまっすぐ飛んでく姿は、幸せを追いかけてるのか?あと、ご近所でたまに耳にする、ぴーひょろろー、という特徴的な啼き声は、鳶。かなり高いところをほとんど羽ばたきしないで、羽を広げて優雅に風に乗っている姿には憧れる。しかし、風に乗れない日などは低いところを飛んでいて、カラスと空中戦を繰り広げていたりする。見ているとカラスの方が追いかけている。鳶は一応、鋭い爪をもつ、鷹と同じ猛禽類だが、あまり好戦的ではない、というか、むしろドジなのかも。先日、河原の砂利道を歩いてると、可哀想に、鳶の死骸があった。ちょうど電車のガード下だったので、もしや、強風に煽られて、電線に引っかかったか、電車に衝突して落下した?あるいはカラスの集団リンチにでもあった?近くでみると、やはりすごい立派な爪。宝の持ち腐れ?だけど、そういうのが好きだな。能ある鷹より能なしの鳶でありたい。散歩中に鳶がのんびり飛んでるのを見かけると、なんとなく親近感がわく。「トンビ飛べなかった 今日も会えなかった」スピッツの歌にあるけど、どうしてトンビなんだろ?(追伸)これを書いた後、その散歩道を歩いたら、なんと猪に出くわしてしまった。体長1m以上はある。牛みたいに丸々と肥って土手を降りて水を呑みに行った模様。そんな田舎でもないのに、よほど山に餌がない模様。 2024年4月5日

しろやま桜

かねてより切望していた桜をようやく観にいくことができて幸せ。それはあきる野にある光厳寺の山桜である。野崎酒造の奥様から教えていただいた、地元の大桜である。紅葉の季節に戸倉城山に登頂した際に、この寺に来たときにはうっかり見逃していた。武蔵五日市駅から向かう途中、城山の麓あたりに桜の木がチラホラみえ、あの中にあるのだろうかと思いを馳せながら歩いた。沢戸橋を渡ったところで酒蔵とは反対の方へ曲がる。今日の目的地の一つである、小宮神社へ向かう。なぜ、その神社にいきたいかというと、地元の名士、平山季重が創建したからである。もう一つ、ここから少し東、武蔵増戸にある大悲願寺も彼の創建で、そこは一月に訪問した。秋川の支流、盆堀川に沿った一本道を緩やかに登っていくと二十分ほどで神社に着いた。本殿と鳥居の間に三本の御神木が聳え立つ。幹の直径は1m以上、高さ20mほどはある杉だが、創建当時に植樹したものだとすると、軽く樹齢800年。その湿ってゴツゴツした幹に触ってきた。来た道を戻り、光厳寺へ。あちこち桜が満開。どれも立派で、どれがその大桜なのか。寺の門前にも大きな桜があるが、少し離れた斜面に、幹が隆々として、ひときわオーラを放つ大桜がそれであった。説明によると、都の天然記念物に指定され、樹齢400年は下らないとか。幹周5m以上で都内の山桜としては最大と。ちょうど杉の高木が防風林のように立ちはだかって、下からは隠されているところもまた奥ゆかしい。帰りは酒蔵に立ち寄って季節の新酒を購入し、いつものように秋川沿いの岩瀬峡に降りて駅に向かう。川が大きく曲がるところに桜並木があって、ふと名札をみると、大島桜と。葉っぱが青々としていて、あとで調べたらこれが桜餅に使われるという。桜にもいろいろあるんだなと。野生種は十種ほどで、交雑種を含めると百種以上はあるそうだ。花見といえば今は染井吉野だろうが、これは人工的にかけあわせた種で、クローンなので一斉に花だけ先に咲くのが鑑賞用にはいいが、やはり山桜のように花と葉が同時にある方が自然な感じがする。いずれにせよ、はらはらと桜吹雪舞う風景は、これぞ日本の美という風情だった。 2024年4月10日

エコチェン大臣様へ

「ただ、一さいは過ぎて行きます。」(『人間失格』太宰治) これが、人間失格の人格からみえる世界観ということなのだろう。ということは、反対に人間合格の人格からは、一切は過ぎて行かない、ということで、それは同時に自分もその一切と一緒に過ぎて行っているからなのだろう。川の流れの中に入って、水はもちろん、石ころなどと一緒に流されているのが合格者で、その外で佇んでいるのが、失格者というイメージ。 「いまは自分には、幸福も不幸もありません。」(『人間失格』太宰治) そして、これが失格者の抱いている心境という。え、別にそれでいいじゃね?静かで、穏やかで、世の中の喧騒から遠い、安らかな人生ではないか。 「人間は生まれたとき、個体としてその生命は周囲の世界から隔絶している。そのままの状態にとどまるなら、個人は周囲の世界から隔絶した自閉性のなかで空回りして滅び去るほかはない。そこで、個体としての生命の一部を自我の領域とし、周囲の世界の一部を擬似現実として、自我と擬似現実とをつなぎ、自我が擬似現実のなかに住むという形で自閉性から脱出する。」(『太宰治論序論』岸田秀) ここに2つの円を描いてみる。一つは「個人の生命」、もう一つは「周囲の世界」と名付ける。その円を少しずつ近づけて重ねると、重なりの部分を「自我」、個人の生命の円のうち残った部分を「エス」と精神分析では呼ぶ。様々な精神疾患はこのエス領域から起こされるらしい。 自我も、擬似現実も、ともに幻想であり、その内容は千差万別、一つとして同じものはないし、その密度や情報量も個人差があり、経験や年齢によっても変化しうる。認知症などは加齢による自我の閉塞状態で、『人間失格』では、若くしてそのような状態になっていると思われる。 自我にも外面性と内面性がありえ、本音と建前とか、「個人的にはこう思います」といった物言いなどが、どちらかというと内面性の内容といえる。しかし言葉というもの自体が擬似的で、どこまで本心を語ったところで、自我の領域にすぎない。エスは語れない。言葉を絶した領域だからである。逆にいえば、語っているうちは、そこに自我が存するわけで、『人間失格』の人物もその意味ではまだ失格とはいえない。自分でその危機を周囲に表明している状態で、認知症の初期くらいと思われる。 ときに、エコーチェンバーという現象がある。詳しくは調べてもらいたいが、現代はこういう誇大妄想に陥りやすい情報社会である。「ブロック太郎」という渾名のついた政治家がいるが、国会質疑などでの彼の高慢な言動をみていると、自分の考えを否定してくる意見を一切合財ブロックしているうちに、自分の考えがあたかも世の中の一般と思い上がっている節がある。それは本人の中では自己肯定感が強くあって、価値観の合う仲間と楽しく豊かな人生を送っているかのような錯覚を与えてしまう。こういう錯覚こそ、人間失格への近道なのではないか。 「然し、彼がM・Cでなくなるほど、身近の者からカッサイが起り、その愚かさを知りながら、ウンザリしつつ、カッサイの人々をめあてに、それに合わせて行ったらしい。その点では、彼は最後まで、M・Cではあった。彼をとりまく最もせまいサークルを相手に。彼の遺書には、そのせまいサークル相手のM・Cすらもない。」(『不良少年とキリスト』坂口安吾) ここで「M・C」とは司会者のことではむろんなく、「マイ・コメディアン」つまり、現実を笑い飛ばす喜劇役者といった意味で、太宰は自身をそう称していたらしい。ここら辺は、ファルスや戯作を愛し、自作もその延長線と考えていた安吾と通ずる、無頼派の作家魂なのだろう。虚実の皮膜で世を笑う戯作者がユーモアを忘れて、本音の愚痴ばかり書いていたら、それは芸ではない、そういうことを安吾は自戒を込めていいたかったのだろう。 現実とは自分にとって都合のいいことばかりではない。受け入れ難い現実の方が多いのが人生の常。しかし、そんな苦々しい現実が笑いに変わるような言葉の魔法を身につけ、自我を鍛えてきた人には、一切は過ぎて行かず、そういう人こそ、人間合格なのだろう。 2024年5月3日

神不全

ここのところ右肘が痛い。何かをつまんで引っ張ったり、ちぎろうとすると、あまり力が入らない。年のせいか、仕事の疲れか、あるいは、そんなに弾いてないので、ギターの弾き方が悪いのか。よくこんなに激しく弾いて腕がぶっ壊れないな、と4月21日に92歳で亡くなったフジコヘミングの追悼番組をみていて思った。その演奏シーンは亡くなるほんの数ヶ月か数年前だから、米寿を越えた人のもの。私が初めて聴いた25年前の演奏と比べたら、多少は年齢を感じさせるものの、その齢を考えたら超人的、いや、この人らしくいうなら、奇跡の演奏。「ぶっ壊れそうな鐘でいいじゃない。ぶっ壊れそうな繊細な芸術家が、私は好きよ」初めてテレビで見たフジコさんは「ラ・カンパネラ」を弾いた後でそう言っていた。今聴くとそれでもまだ頑丈そうな鐘の音に聴こえる。そのフジコさんが階段を踏み外して転落。大怪我して入院したのが、去年の11月。入院中にガンもみつかってベッドからなかなか出られない不自由な生活となり、それでもコンサートを控えていて、電子ピアノを弾いてみたものの、「こんなのピアノじゃない」と。それでも諦めず、本物のピアノの前に連れていってもらい、鍵盤に手を置いてみたものの、何も聞こえない、手も思うように動かない。「たぶん、もう弾きたくない」とこぼした。もう弾けない、ではないところが彼女らしい。思えば、「音楽」とか「楽器」という日本語は、そこのところをよく表現している。楽しくないなんて弾く意味がない。ピアニストがピアノを弾きたくない、なんてそれは死を意味する。その追悼番組、途中から見ていて辛かった。病院とか老人ホームにいるふつうの老人とはずいぶん違う。フジコさんの死因は医学的には膵臓癌ということらしい。でも本当はちがうと思う。ピアノと通じ合っていた心を失った事。心不全というと心臓の状態だから、神経不全、神不全といった方がいいかも。人は最後、気力で生きてるものだ。手も足も動かせなくなって、人様のご厄介になっても生きているのは、ひとえに気力のなせる業。それを失って、食欲もなくなり、みるみる衰えて、抵抗力も尽きる。それを医者は肺炎だとかガンなどと専門用語で片付ける。フジコさんに言わせれば「そんな機械じゃあるまいしさ」である。フジコさんから受けた影響はいくらもある。猫がかわいいと思う心などもそうかもしれないし、古いものが何となく気が安まるのもそうかな。こうして日記みたいに書き記すのもそうだろう。あんな偉大なピアニストと比べたら全然レベルが違うことは承知だが、楽器や音楽に接する態度も影響されてると思う。間違えたっていい、正確に弾くことより、心に正直に弾く。音符をなぞるならコンピューターに任せればいいし、名曲をなぞるならAIに任せればいい。生きものなんだから音を楽しまなきゃ。いっぱいの音を弾く必要はない。ただ一つの音に心を、魂を注ぎ込め。フジコさんの音に魅かれたのも、当時、一音入魂!みたいな古臭いブルーズばかり聴いていたせいもあると思う。「だけど世間には二つしか持っていないものを、八つに見せるような人が多いじゃない」(『フジ子・ヘミング 運命の力』フジ子・ヘミング 1999)こういう言葉がいちいち染みた。どうでもいい話だが、うちにカラヤンとバーンスタインの指揮した、ともにホルスト『惑星』のレコードがある。ともに70年代の作品。何となくわたしは後者の方が好きな理由がわかった気がした。「カラヤンが死んだから、みんな言っていた。彼は音楽については素晴らしかったけれど、その心は清らかではなかったって。天才だったけれど、目が見えない。お金の勘定でものごとを判断したり……。カラヤンはそういう人。名前のある人にはヨワかった。無名の人を泥沼から引き上げてくれるような人ではなかった。」(『フジ子・ヘミング 運命の力』フジ子・ヘミング 1999)音楽にはそういうのも出ちゃう。隠そうとしても、神様にはバレちゃう。 2024年5月31日

東京のふるさと

もうすぐ都知事選だが、立候補者が五十人以上という乱立状態になっている。 「大工だの師匠だの市井人というものは、見ず知らずの人に政見を語るほど、ウヌボレも強くはないし、ヒマ人でもないものだ。ハッキリと、自分の生活をもってるのだから。文化人というものは、ウヌボレ屋で、ヒマ人で、自分の生活をもたないのである。」(『我が人生観(三)私の役割 坂口安吾) とすると、現代人はみな、文化人で、自惚れ屋の、暇人になった、ということか。 「一文も、金はいらないよ。オレは、なんべんも、旅にでたんだ。村々の木賃宿に泊るんだ。オレが、役場や、学校や、会社を廻って、似顔絵をかいてくるからネ。東京は、不潔だよ。物質慾、物をもつ根性が、オレはキライなんだ。女をもつのも、金をもつのも、着物をもつのも、オレはキライだ。旅にでると、オレの言うことが、わかるよ。先生は、まだ、とらわれているんだ。オレみたいな、才能のない奴が、何を分ったって、ダメなんだ。先生に分って、そして、書いてもらいたいんだ。旅にでれば、必ず、わかる。人間の、ふるさとがネ、オヤジもオフクロもウソなんだ、そんなケチなもんじゃないんだ、人間には、ふるさとが有るんだ。慾がなくなると、ふるさとが見えるものだ。」(『死と影』坂口安吾) このセリフは、三平という銀座の似顔絵描きのものだが、「人間のふるさと」とは如何なるものなのか。 「私はもとより、三平の云う素朴なふるさとに安住できるものではない。然し、三平と一しょに村々の木賃宿を泊り歩いてみようかと思うことは時々あった。どうしても、それが出来なかったのは、それぐらいのケチな逃げ方をするぐらいなら、死ぬがよい、という声をいつも耳にしていたからだ。」(『死と影』坂口安吾) それでも安吾は、彼なりの「ふるさと」を見出そうと、必死に踠いていたようだ。 「私がそれを意志したわけではなかったのに、私はいつか淪落のたゞなかに住みついていた。たかが一人の女に、と、苦笑しながら。なぜ、生きているのか、私にも、分らなかった。私が矢田津世子と別れたことを、遠く離れて、嗅ぎつけた女があった。(中略)私は女の店の酒を平然と飲み倒した。あまたの友人をつれこんで、乱酔した。嵐であった。平和な家を土足で掻きまわしているような苦しさを、つとめて忘れて、私は日ごとに荒れはてた。」(『死と影』坂口安吾) 「素朴」の反対語は「洗練」ということらしいので、安吾のような洗練された現代人には、「人間のふるさと」を発見する方法は、三平のように旅をすることではなく、もっと洗練された?方法が必要で、それが淪落、あるいは堕落ではなかったか。それを別の人がいうとどうなるか。 「物のあわれでは、まだ感情の世界をうろうろしているものと見なければならぬ。そこには霊性の動きが認められぬ。自己というものの源底を尽くしていない。いわばまだ病気にかかっていない、自己否定の経験がない。病気というは、この経験のことである。普通にいう病気は肉体の否定である。この否定で肉体の実在に逢着する。ここに人間と他の生物との差等を見うるのである。」(『日本的霊性』鈴木大拙) 「それは幾時如何なる時代でも、人間の置かれる一種の動物的状態である。現代人には、鎌倉時代の何処かのなま女房ほどにも、無常という事がわかっていない。常なるものを見失ったからである。」(『無常という事』小林秀雄) 洗練されすぎて「常なるもの」を見失った人間は、「病気=自己否定の経験」あるいは「一種の動物的状態」によって、「ふるさと」を見出しうる、ということか。 自己否定の経験というのは、何も個人的な経験のみから得られるとは限らない。 「国やぶれて山河あり、とはまさしく私の感慨でもあったが、八月十五日に敗戦を確認したとき、それが四年前の十二月八日の日から確信していた当然の帰結であったにも拘らず、「日本が本当によい国になるのは、これからだ」という溢れたつ希望と共に、祖国によせる思いもよらなかった愛情がこみあげてきて、こまった。」(『風流』坂口安吾) では、その十二月八日は、どんな「感慨」であったか。 「僕はラヂオのある床屋を探した。やがて、ニュースが有る筈である。客は僕ひとり。頬ひげをあたつてゐると、大詔(たいしょう)の奉読、つゞいて、東条首相の謹話があつた。涙が流れた。言葉のいらない時が来た。必要ならば、僕の命も捧げねばならぬ。一兵たりとも、敵をわが国土に入れてはならぬ。」(『真珠』坂口安吾) この日米開戦時の安吾は、まだ大拙のいう「物のあわれ、感情の世界」をうろついていたが、祖国がやぶれるという集団的自己否定の経験によって、祖国への愛情という自己の実在に逢着したのではないか。その経験を彼はこう描写している。 「何千という一かたまりの焼死体や、コンクリのカケラと一しょにねじきれた血まみれのクビが路にころがっているのを見ても、あのころは全然不感症だった。美も醜もない。死臭すら存在しない。屍体のかたわらで平然とベントーも食えたであろう。一分後には自分の運命がそうなるかも知れないというのが毎日のさしせまった思いの全部だから、散らばってる人々の屍体が変テツもない自然の風景にすぎなかった。」(『もう軍備はいらない』坂口安吾) この絶望的な光景こそ、彼にとって「人間のふるさと」ではなかったか。それは小林のいう「動物的状態、無常」でもあり、現在のウクライナやガザ、あるいは能登ならこういう光景は日常かもしれないが、都知事選を控える東京に「人間のふるさと」は見出しうるか。 「復讐や憎しみは政治の世界だけではなく、宗教の世界でさえ同じだった。この世は集団ができると、対立が生じ、争いが作られ、相手を貶めるための謀略が生れる。戦争と戦後の日本のなかで生きてきた磯辺はそういう人間や集団を嫌というほど見た。正義という言葉も聞きあきるほど耳にした。そしていつか心の底で、何も信じられぬという漠然とした気分がいつも残った。(中略)だが、一人ぽっちになった今、磯辺は生活と人生とが根本的に違うことがやっとわかってきた。そして自分には生活のために交わった他人は多かったが、人生のなかで本当にふれあった人間はたった二人、母親と妻しかいなかったことを認めざるをえなかった。」(『深い河』遠藤周作) ここにも磯辺という人物の「何も信じられぬ」という集団的自己否定の経験が語られているが、「一人ぽっち」という状態が、三平の言葉にある「オヤジもオフクロもウソなんだ」と共通の、つまり、孤独こそ人間のふるさとだという核心を突いていないだろうか。 「平和といふ様な空漠たる観念の為に働くのではない、働く事が平和なのであり、働く工夫から生きた平和の思想が生れるのであると確信した人。さういふ風に働いてみて、自分の精通している道こそ最も困難な道だと悟った人。さういふ人々は隠れてはいるが至る所にいるに違ひない。私はそれを信じます。」(『私の人生観』小林秀雄) さういふ孤独な人々が東京の至る所にいて、祖国への絶望と愛情から投票所に向かうことを信じます。 2024年6月21日
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