狂 言 
 忍 池 抄 



(一) (三) (四) (五) (六)

りんしょく くちき きりんじ じんろう うわき きどあいらく くれる るいるい いしずえ えこじ じじ じょうり りゅうすい いもじり りんき きやすめ

りんしょく



旧家の次男坊として生まれた私がポンコツの中古車に乗るような吝嗇家になったのは、出生の秘密を知ってからだった。父と愛人の間に生まれた私を、兄や妹と何の隔てなく育てた母はさぞかし辛かったろう。写真で見た若き日の生みの母は宝塚女優というだけあって美人だったが、どことなく妻の若い頃に似ていて不思議だった。それにしても父は顔に似合わず面食いだ。その血を受け継いだのが私だが、せめて父の商才も受け継げばよかった。私は妻に二人の娘を生ませたが、実は四度も堕胎させていた。何故生ませなかったかというと、二度は結婚前だったからで、あとの二回は兄への配慮からだった。兄は父の商社を継ぐべき長男だから早くから海外留学などで婚期を逃していて、やっと結婚したばかりだった。その兄を差し置いて気楽な身分の私が子だくさんでは「お兄さんと代わればよかったのに…」と皮肉を言われるに決まっている。「どうせ俺はアヒルの子だ」と投げやりな気持ちで我が血を呪ったりもした。元来、好奇心旺盛だった私は、出生の秘密を知るや物欲だけでなく性欲にいたるまで吝嗇になり、四十過ぎの若さで頭髪は灰色になっていた。そんなある日、兄から妙な相談を受けた。兄嫁が躁鬱病でとても子作りどころじゃないという。「お家のために一肌脱いでくれないか?是非、元気な男の子を」「そんなの今さら無理だよ、兄さん。女房のお腹はもう傷だらけなんだ…」「大丈夫。腕のいい医者がいるから」「それに…周りに何て言われるか」「そんなの僕の方からちゃんと話しておくよ」翌年の秋、無事に男の子が生まれた。この子が父や兄の後を継ぐんだ。生まれて初めて私は自信というものを感じた。もう何も引け目を感じる必要はないのだ、二人の母のことも、妻にしたことも。ポンコツ車と一緒に吝嗇も捨てた。するとあんなにアヒルのようだった頭が、美しい白鳥のようになって、「父の後を継ぐのは兄でなくこの私だ」などと今度は権力欲まで生えて困っている。 2006年9月20日

くちき



ボクはいわゆるワーキングプア。一ヶ月の給料は十五万。小遣いは五千円。だから買い物は百均とか古本屋ばかり。たぶん結婚もできないで、このまま何もしないうちに一生終わるんだろうな。そういう不遇な人を「朽木」っていう。腐った木のこと。字が「啄木」みたいだね。そういえば石川啄木も「働けど働けど…じっと手を見る」なんつって腐ってたみたい。ボクも観念だけはデカくなっちゃってて、ヒョンな事から娑婆ッ気なんて起こしたら…犯罪者か英雄になっちゃうかも。だけど、どっちが幸せなんだろう?英雄になった途端に死んじゃうのと、英雄気分でずっと生きてんのと。若くして栄光なんか手にしちゃうと残りの長い人生は余生になっちゃう。それって老後みたいな空しさかも。だったら勝手に英雄気分の方が青春って感じじゃない?だって英雄なんて他人が認めるもんだから、いくら追いかけたってキリがないもん。中途半端な英雄になるくらいならトージョーとかアサハラみたく悪の権化になって処刑されちゃったほうが名を残せるかも…。そんなボクが考えるマトモな娑婆ッ気って、案外、子孫を残すことだったりする。カマキリなんか生存競争でほとんど死んじゃうから卵生めたら英雄だもん。人間なんて子供生み終わってから二倍も三倍も生きんだよ!?バカバカしいよね。ほとんど余生じゃん。だったら寄席の方がいいやね。変に余った娑婆ッ気だすから戦争とか犯罪まで生まれちゃう。それって何のせいだろう?平和がデーンと横たわってる。それでいいじゃん。そのヘーワにちょっと「死ね!」なんてイタズラ書きしたって。ヘーワも悲しき玩具だもん。あ、これってなんか啄木みたい?つうか、朽木だった…。せめて死ぬ間際に子孫残せたらなア。 2006年9月21日

きりんじ



私は政界の麒麟児、いわゆるチルドレンです。今回のタイの政変を各メディアは「民主主義の未熟」と軽視していますが、私は「民主主義の脆さ」と見ました。我々の民主主義は力を封じることで自由を建ててきた、いわば国家規模の家父長制を築いてきたわけですから家長の権力は絶大です。家中で父サンに逆らえる敵は誰もいないんですからクーデターは起こり得ません。そうなると政治に無関心になる人が増えるのも当然です。そこで為政者はわざわざ敵をつくって人々の関心を集めるためにメディアを劇場化します。水戸黄門よろしく、敵と戦う父サンの英雄ぶりをテレビでじゃんじゃん流す。苦戦の末に感動的な勝利を収めるようにシナリオを作るとベストですね。すべてがシナリオの上に動いているうちは平和です。ところが予想外に敵が行動を起こしたら案外、民主社会は脆いと思うのです。法の力は腕力に物言わす無法者には打つ手がないからです。父サンの面子がつぶれたら、母サンしか頼れません。タイだと国王。日本だと天皇ですね。ところで「理窟は凡て後から生れる者である」とは石川啄木の言葉。「知ることと考えることの間には埋め得ない大きな溝がある」とは有島武郎の言葉。ともに明治大正の文人ですが、昔の人は知識より経験を尊んだようです。今はすべて個人主義ですから他人の体験が私たちの経験にはなり得ません。タイの政変も他人事です。ですから私が考える教育改革とはまず子供達を机から解放して体験を積ませ、それを客観的に議論させること。つまり皆で経験を積むわけですね。歴史なんて右と左を行ったり来たりする振り子みたいなものですから、この先もどうなるかわかりゃしません。無派閥でぺいぺいの私のように先行き不透明。もしかしたらテロリズムと圧政の前に民主主義は呆気なく終わるかもしれません。そこで日本が滅びては困りますから相撲でもして体を鍛えておけというわけです。かの三島由紀夫は「世界が終わると政治も経済も道徳も無意味になる」といって、その前に死んではつまらないといってますから、私もせいぜい首を長くしていようと思います…キリンみたいに。 2006年9月23日

じんろう



私は大学を定年退職してから日頃、世間の塵労を避けて暮らしているせいか、今日、久しぶりに車に乗ってスーパーに連れて行かれたらひどく疲労困憊してしまった。ふだん市民農園で肉体を酷使してもさほど疲れないのに、モノ、モノ、モノ、ひと、ひと、ひと、道、道、道…田舎の人が都会に初めて来たように目がクラクラしてしまった。こんな狭いとこをわざわざ車でビュンビュン飛ばすくらいなら家で寝転んで本でも読んでた方がよッぽど空も飛べる。だいたい日本人は狭い空間をわざわざ仕切るのが好きだ。茶室なら大宇宙を感じるという美学だろうが、今や頭の中までバカに壁だらけ。私は疲れたのではなく狭所恐怖症になりそうだったのだ…四畳半に住んでる私がだ!車とかケータイとか便利だけど実は反対に窮屈。ケータイなど持ってない方が勝手気ままだし、車なんか乗るから渋滞でイライラする。最近、アンチエイジングとかプチ整形なんかに無駄なカネをかけるバカが多いのも、頭の中まで壁だらけだからだろう。私みたいにおおらかに暮らせば他人の目なんか気にもならないのに。マルクスは「人間はまず他の人間を鏡に自分を映してみる」といったが、人が過密すると細かいとこばかりに目がいって、かえって全体が見えなくなる。若い人の年金不払いとか公共精神がないというのも、自分が見えてないせいではないかな?ここらで人間の一般的な見本でも見せてやらないと私の年金も危ないなア…そういえば養老先生の「人体解剖マニュアル」なんか見たら「エビちゃん、かわいい!」なんていってるバカどもも黙るんじゃない?全身の皮を剥いだり、頭蓋骨開いて脳をスライスしたり、子宮とか睾丸を取り出して出産の仕組みを見せたり…アレ見りゃわかるけど人間なんて一皮剥けばみんな同じだからね。デブもヤセもクロンボも。差別なんか頭の中の壁に過ぎない。だけどまさか公開解剖を街頭や地上波でやるわけにもいかないだろうしなア…悩んでいたら又クラクラしてきた。何の不思議はない。私が恐れる狭所とは人体だった。 2006年9月24日

うわき



私は今年で38になるのにいまだに結婚できない。「理想が高いんじゃないの?」と人に言われるが別にそうじゃない。今までに付き合った女性だって、てんでバラバラ。共通点といったら…みんな三角関係だったこと。いつしか内縁の夫がいる女性を好きになって自分と彼女の関係を彼に認めて欲しいと頼んでもらったら「おまえが好きでも、おまえを好いてる人を俺がどう理解できるのだ」といって彼女が撲たれたという。そりゃそうだ。どこの世界に平和な三角関係なんかあるか?どろどろのドラマになるのは大抵、三角関係だ。このままだと四十過ぎても独身かも。ちょっと心配になって、先日、易者に占ってもらった。すると易者はこともなげにこう説明した。「三角関係というのは誰もが生まれたときそうなんですよ。あなたとお母さん、そしてお父さん…ほらね?三角関係でしょう?ですから誰もが理想の恋愛関係なんです」「でも誰もがそうならないのは?」「大抵の人は身を退いたり、あるいは戦って奪うわけです。いずれにせよ一対を求める」「それが普通だって観念がありますからね」「ですが、あなたはそうしないんですよね?」「ええ。相手に他に好きな人がいたっていいと思うんです。その代わり私も好いていて欲しい」「なるほど。まさしく赤ちゃんの恋愛願望ですね」「じゃあ、大人になれと?」「三人ともあなたのような人だったらいいわけですね」「三人で認めあっちゃう!いいなア、それパラダイスだ」「ですが、それが三角形から四角形、五角形…なんてならないとも限りませんよ」「私が他に目移りするなんてことはありませんよ!」「でしたら、仮にその女性と関係のある男性が他に十人もいたら、あなたは平気ですか?」「平気ですね」私が自信を持ってそういうと易者は何やら占い始めた。「あなたのご両親とあなたの血液型は何ですか?」「ええと…両親はともにAで、私だけOです」「なるほど。じゃあ、小さいときにお前は橋の下で拾った子だ!なんて言われたことありませんか?」「あります!あります!」「そうですか。じゃあ、結婚は諦めて下さい。いいえ、しても構いませんが、いずれあなたは満足しないで、また違う三角関係を求めるでしょう」「だったらこういうのはどうです?結婚したら妻に浮気させるんです。わざと放ったらかしにして…」「そういう旦那さんが多くて、私の所にも不倫相談が一番多いんです」「やっぱりみんな赤ちゃんになりたいんだ!?」 2006年9月26日

きどあいらく



私は八年前から鬱病になった。あの当時の事はボーッとして思い出す事も少ないが、あの日の事は忘れまい。その日私は青梅にある梅林園にふらっと出かけた。そこに大きな橋があって川まで数十メートルの落差があった。何度も橋を往復しては欄干から飛び降りる機会を伺っていた。そのうち夕暮れになってしまい、橋のたもとの林に分け入ってじっと座っていたら、ふっと梅の甘い香りがして正気に戻ったのだった。私は小さい頃から「いつも楽しそうに笑ってる」と言われ、そのくせ人前で泣いたり怒ったりできず、激しい感情は自然に抑え込むようになっていた。いつしか無表情になり、それを繕うために無意識のうちに「いつも楽しそうに笑ってる」ようになっていた。よくテレビで事故に遭った遺族などが号泣しているのを見ると「こういう人は鬱になることもないんだろう」と思う。「病は気から」というが、鬱病も悲しみや怒りからくる病だと思う。私が鬱病になった原因も小さい頃によく遊んでくれた「みっちゃん」おじさんの死だった。それは自分の存在の一部を根こそぎ取られるような喪失感だった。自分がつくづく無力に感じた。実はその無力感こそ、悲しみだった。しかし毎日泣いて過ごすわけにもいかず、ただ無気力に暮らしていた。できたら雑草かバイ菌のように強く生きて行けたらと思っていたとき、「生きよ、堕ちよ」という呪文のような言葉に出会った。敗戦で祖国を失った人々の悲しみを癒した言葉だという。それを書いた人も幾度も鬱病になって、その度に転居したり、仕事に没頭したり、ときには酒に酔って暴れることもあったという。その生前の写真を見ると、どれも仏頂面で、もしやこの人も泣いたり怒れない人では…と思った。その人も晩年には自分の激情を歴史上の人物に移入することで発病をしのいでいたようだが、ついぞ鬱が完治しないまま逝ってしまった。私もそれでいいと思う。その代わりどんな悲しみや怒りも素直に表現していこうと思う。なぜならそれを忘れることは喜びや楽しみも忘れることだから。それにしても梅香に救われた、あの日以来、失うものなどない暮らしをしてきたはずなのに、どういう訳でこうも悲しいんだろう?今、私は何を失いかけているのか?ああ、わかった!雅子妃殿下、貴方様が不憫でなりませぬ。どうかお怒りなさいませ!さもなくば連中を抹殺して私も自害いたします!! 2006年9月28日

くれる



悲しみに暮れるとは正しくあの頃の私だ。私は過去三回も妊娠中絶で子供を殺している。私はひどい女だ。本能や欲望のままに動いてはカサブタだらけになっていた。それもただ嫌われないように、怒られないようにという、うわべだけの自己満足で、愛されたいというのとはほど遠かった。今思い出しても自己嫌悪でいっぱいだ。私はだけどそんな汚れた過去を一生、忘れたくない。人はそんな私の過去を知ったら軽蔑するかもしれない。けれど私はいつまでもそんな自分でいたいなんて思わない。つねに新しい自分に生まれ変りたいと願っている。欲望だらけでもカサブタだらけでもいい。でも、うわべの努力じゃなくて、ほんとうに人に愛される人になりたい。それを教えてくれたのが、あの人だった。「愛されないのは深く愛してないから」人を愛するということは、自分の悲しみをなめるようなものだと彼は教えてくれた。彼に出会った頃の私はあきらめていたんだと思う。三人目の天使ちゃんを失ったばかりで毎日泣いてばかりいた。その悲しみを自覚することすらできずに相変わらず生活に流されていた。自分は何もできない、ちっぽけで弱虫なんだと思い込んで、そのカサブタを厚くすることが強くなることだと勘違いしていた。実はそれは生活を守っているだけだった。それが悲しみに明け暮れるということだ。でも今は違う。私は天使ちゃんの悲しみも、あの人の思い出も全部抱きしめて生きている。サヨナラだけが別れではないし、思い出すだけが思い出じゃない。悲しみを忘れるのではなく、それを乗り越えた先に、ほんとうに新しい自分があるのだ。悲しみの深さだけ人を愛せるのだと。その勇気こそ、あの人がくれたものだった。 2006年9月28日

るいるい



うちの婆さんが重い腰を上げて押入を探っている。「あら…結婚祝いにもらったやつだわ」見るとずいぶん立派な座布団。「昔の人はずいぶんいいものをくれたんだね」最近の結婚式の引き出物といえばカタログ。いつしか電気カミソリをもらったらオモチャみたいですぐ壊れてしまった。私たちはずいぶんチープなものを豊かと思い込まされて平和な人民だ。六十年前に戦争が終わって経済戦争が始まった。だけどこの戦争に終戦はあるのか?かの小渕首相は「私は世界一の借金王」といって脳溢血で亡くなった。今もその借金は累積して、まさに累卵の危うきのはずなのに新内閣は「景気は回復」とか「経済成長」という。これでは「前進アルノミ!ススメ!ススメ!」と泥沼に突っ込んでいった、あの戦争と同じではないか。負けられるならまだいい。債券発行といってカネをつくりながらの借金だからわけがわからん。誰が日本の破産宣告をしてくれるのか?だけど借金地獄がこんなにモノだらけとはどういうわけか?あの戦争は誰が見たって地獄は明々白々だった。焼け野原に死屍累々。若い女の白い股が焼け焦げて血も流れている。明日は我が身…と人々は無心に通り過ぎる。終わってるというのは無心なのだ。そして何もかも灰になってる。たぶん気分もハイに。私がイスに敷いてる座布団は化学繊維。燃えないゴミ袋の中はポリ袋やらポリ容器だらけ。シャンプーとか洗剤、トイレットペーパー、CD…生活の隅々まで累々たる石油製品。身のまわりだけじゃない。カテーテルとか医療器具だってほとんどビニール系。それで命を支えてたりするから笑っちまう。体の一部まで不燃物じゃあ相撲見たって燃えるわけがない。そのうち体液まで石油になりそう。何のことはない。これが死屍累々…いや生屍累々の焼け野原なのだ。そう気づいた私は婆さんにいってやった。「その座布団、大事にとっときな…一緒に葬ってやるよ」 2006年9月29日

いしずえ



私が建築を学んでいた頃、正倉院や桂離宮の図面のトレースをさせられる一方で設計の授業では「これは屋根のメタファーで…」とか「グリッドがやりたくてさ」とか「これはデコンの影響だね?」などと奇天烈な会話が交わされていた。私も勉強しなくては!と勇んでヨーロッパまで見物に出かけた。一ヶ月ぶりに東京に帰ってみると行けども行けども同じ風景。みんなハリボテに見えた。アルバイト先の若い社員に「どうして長持ちする建築を造らないのか?」ときくと「誰もそんなの求めてないもん」とアッサリ。昔、火事は江戸の華といわれたが、いまだに家というものは三十年で建て替えないと土建業も困るらしい。私はそれをある教授に話した。「日本の建築は建てては壊しの繰り返し。それはなんべんも録画できるビデオと同じです」すると教授は「まじめにやんなよ」とアッサリ。ガックリきた私は建築から離れて文明について考えるようになった。結局、建築も映画や音楽と同じなのだ。もう正倉院は造れない。技術の問題ではなく礎が違う。建築も時代を映す鏡。その点ではピラミッドも同じだが何故にクフ王の遺跡は何千年も残っているか?それは礎の重みである。大阪城には秀吉が東照宮には家康が法隆寺には聖徳太子が東大寺には聖武天皇が眠っている。そういう礎が見あたらないのが現代。従って建築も建った瞬間から風化する。ビルゲイツとかヒルズ族にはキンキラキンの中尊寺金色堂は必要ない。なぜなら来世に不安を抱くほどの礎を現世に持ってないから。栄華の夢より映画のユメでいい…それがビデオ文明のカラクリである。だから建築もファッションでなければ経済も回らない。間違っても三百年持ってはならない。ここに建築も文明の玩具になったのだ。ドラム缶だろうが段ボールだろうがボートでも…何だっていい。こうなったら全的な遊びにしてしまえばいい。色即是空なんである。建築も言葉も人間も全部、土に埋もれてドロドロになって何万年か先の文明の礎になればいい。 2006年9月30日

えこじ



私は高校教師。朝から教員室で教頭が怒鳴ってる。何やら急用ができて外出しなきゃならないらしいのだが誰か代わりに行ってもらいたいらしい。気が進まない用事らしいが、こっちだってヒマじゃない。教頭がいうのには自分が今、出てしまうといざ学校で緊急事態が発生したときに誰も対応できないという。生徒を守ってるのはアンタ一人じゃないだろう?そんなら一体、我々教員は何なんだ?私はもともといつクビになったっていい不良教師だから教頭だろうが恐くないつもり。「大丈夫ですよ。何かあったらすぐ連絡しますから」「でもすぐにはいけないんだぞ」「そんな万が一のことよりも、今大事な用事があるんならそちらを優先すべきじゃないですか?」「そんなのおまえの気持ちだろ!」「キモチじゃありません…」恐くないといいながら、やはり声は少し震えていた。「小間使いじゃねえんだ!」あとで小声でつぶやいてドアを蹴った。私は小心者のくせに昔から依怙地だ。「意地を通せば窮屈だ」って漱石先生も草枕でいってたけど依怙地は疲れる。ペコペコしてた方がラクなんだけど…。帰り道、神社の境内で何やらお坊さんが説法をしていたので立ち聞きしていた。「私のもっとも影響を受けた人は道元禅師で…日本人はガンバレという言葉が好きですが私は一番嫌いです…漢字で人に為と書いて偽るといいます…」なるほどと聞き入っていた。「現実は刻一刻と変化しますから私というのも常に同じじゃないんです、それを無常といいます」確かに男心と秋の空。顔色だって天気のように毎日変わる。それが自然というものだ。高校教師なんて単なる肩書きであって別に私は俺だって僕だってオイラだっていいんだ。教頭だって定年になりゃ、ただの人。「オイ!おまえちょっと代わりに行ってこい」なんて言えんのも今のうちだ。好きなだけ言わせてやるぜ、アホんだら。だけどあのときはとてもそうは言えなかったなあ…もしキモチで言っちゃってクビになったら坊さんにでもなるかなあ。 2006年10月1日

じじ



おれは毎日、世界中の時事ネタに目を光らせている。それもロイターとか共同通信のようなマスコミ情報じゃなくて、どこかのブロガーが流してるガセネタみたいな方が気になる。そしておれんちにはテレビがない。つうか、捨てた。地デジになったらテレビ離れが進むんじゃない?だってつまんないテレビに受信料払うのバカらしいもん。祖父さんくらいの世代はみんなNHK信者だけど、いまやケーブルなら60チャンネルはあるし、衛星放送だってDVDだってある。ケータイで株取引とかヤフオクもする時代。情報は趣向で選ぶ時代なのに選べないテレビにカネ払うなんて不公平だ。だいたい公共というなら税金から賄えばいい。しかしホントに公共と呼べる情報なんて災害とか交通、気象とかであって、ずいぶんどうでもいい番組ばかりやってる。それに朝日読売なんかも談合してるとしか思えないくらい似たりよったり。例えばおれにとっては拉致問題よりテポドンのほうがよっぽど死活問題だ。別に横田めぐみの母親なんか見たくもない。なのに何だ?まるで芸能人じゃないか。死んだ娘のことをいつまでも誕生祝いなんかして、政府のプロパガンダに利用されてるのがわかんないのかね?他にも拉致被害者なんて何十人といるはずなのに、なんであの両親ばかり出すんだ?だいたい政府とマスコミがくっつきすぎだ。そうやって既得権益を守ろうってんじゃないのか。阪神大震災のとき、おれの大学の先生が珍しくNHKに呼ばれて出たんだが「東京じゃなくてよかったですね」なんていったら「不謹慎だ!」って二度と出してもらえなくなった。首都で起きてたらそれこそ国家の危機だから正直にそういったのに。誰もが知るべき現実も政府にとって都合がわるけりゃ隠さなきゃいけないらしいね。これが民主社会か?中国と同じじゃないか。啓蒙するはずが迎合してさ。要は権力とか視聴率が恐いんだ。そんなの恐くもないブロガーのつづるシュールな現実のほうがよっぽど時事だね。 2006年10月5日

じょうり



事実は小説より奇なりというが、真実はもっと奇なり。私の近所に「再生現象」の伝承がある。文政五年、武州国中野村で、ある日突然、七歳の勝五郎少年がこう言い出した。「僕は本当は程窪村の九兵衛さんちに生まれた藤蔵っていって、五歳の時に一度死んだんだ。しばらく天国で暮らしていたんだけど白い服を着た老人に『お前はもう一度生まれ変わるのだ』と言われて、その家の柿の木の下に潜んで、ちょうど六日目の夜に母親の胎内に潜り込んだんだ」少年があまりに母親に会いたいと泣きじゃくるので裏山をこえて程窪村に連れて行った。すると「藤蔵にそっくりではないか…」みんなは涙を流して生まれ変わりと信じたそうな。この伝承は国学者の平田篤胤も調査していて、ほとんど事実関係が一致しているという。だけど私は嘘だと思う。たまたま両家に出入りしていた人が「死んだ藤蔵にそっくりだ」と思ったことがきっかけで話が広がって、偉い人まで調査にきて収集がつかなくなって、そこへ墓とか生年月日なんか持ち出して辻褄合わせてるうちに条理が整ったと考えられる。そもそも勝五郎少年がホントに最初にそんなこと言ったかどうかはどうやって証明するのか?死人に口なし。お蔵入りでしょう。でも、こういう伝承には史実よりも人間の情理が見える。死んだ子が帰ってきたら…と願う親心はいつの世も同じで、その切なる思いが不思議な逸話も生み出す。それが真実が事実より不条理なる所以。 2006年10月7日

りゅうすい



私は小学校教員。最近、日本の教育の質が落ちているといわれるが、それよりも子供たちの声が低いのが気になる。私が子供の頃はもっと大声で怒鳴りあったものだ。今の子供は家でも学校でも息を殺して暮らしている。一体、なぜ子供らはのびのびできなくなったのか?昔はガキ大将はいたけれど、いじめはなかった。今はどこの学校でもクサイとかキモイとか最低の侮辱をする。それは頭の中だけで価値が決まってるせいだ。私たちは自然の中で生きてきた。当然、腕っぷしの強い人間が必要だった。それがいつの間にか人間の中だけで生きるようになった。「キリストは思想でなく、人間そのものである」といった作家がいたが、それをいうなら「仏陀は思想でなく、自然そのものである」神道や仏教を信仰する日本人がキリスト思想から生まれた科学文明を追求すると人間どころか人形そのものになってしまう。そのいい例が日本の先進的と言われるロボット産業だ。子供らもロボットみたいだからクサイとかキモイが許せないのでは?最近、英語を小学校から必修にせよという。ハッキリいって、やっても無駄だと思う。昔、ポルトガルから伝来した鉄砲も江戸幕府二百六十年で無用の長物になった。いまだにピストルを持ち歩いてる国民とは比べようのない善良さ。悪く言えば、腑抜け。生活に必要のないものは無用なのだ。必要ならとっくに身に付けてる。しかも自己流に。智に働けば…角を丸め、情に棹させば…一緒に流される。しかし流水は腐らず。水に溶けないものは純金だけ。そんな、ゆく河の流れのような日本文明も意地さえ通さなければ干上がることもないのでは?意地を通したから東亜戦争に負けたんだし。日本人は履物で内と外を使い分ける。それを交易でも使えばいい。外では行儀良く、しかし内では弁慶でいたらいい。子供らも社会に出れば出る杭は打たれる。せめていまのうちに杭を伸してやりたいものだ。 2006年10月8日

いもじり



我が輩は、カマキリである。名前はまだない。いや、別名ならいっぱいある。「いもじり」「いいぼむしり」「おがみ虫」「斧虫」「とうろう」などなど。英名のmantisは「予言者」という意味もあるとか。え?カマキリなんか見たこともないって?たまに道端につぶれて死んでない?あたしもいつかそうなる運命だと思うんだけど、まだ卵も産んでない嫁入り前だから必死に生きてる。これから秋が深まるにつれて交尾の季節。人間の世界も夏に出会った二人の仲が深まる時期でしょ?あたしは今日も高い木の枝に逆さまにぶら下がって獲物を探す。あたしらは人間みたいに死んだものなんか食べない。動いてるものにしか反応しないの。だから蝿とかゴキブリとかすばしっこいのしか食べない。コオロギなんかもジューシーで食欲をそそるわ。人間と似てる点といえば、共食いすることかしら。同じ種なのに殺しあうってことね。さっきもテレビで北朝鮮が核実験を実施なんていってたわ。インドもパキスタンもやってるし、アメリカなんかホントに落としたくせにね…。あたしらの中には交尾しようと近づいたオスを勘違いして食べちゃうメスもいる。もっとすごいのは交尾中に栄養が足りなくて相手を頭から食べちゃうのまでいる。さすがにこんなのは人間にはいないか?でも最近は逆ギレして殺しちゃう子もいるかな…。あたしの自慢はこの長い触覚。つまりアンテナね。人間でいうと神経とか霊感かしら?このアンテナで美味しそうなエサとか、すごいフェロモン発してるオスを見極めるの。そういうのは高いところが見つけやすいわけね。人間だってタワーとかヒルズとかに才能が集まってくるでしょ?だけどずっと同じところにいちゃダメ。見切りをつけたら羽を使ってピョンと違う枝に飛び移る。鳥とか戦闘機が落下のスピードでサッと旋回するように、あたしらも動くときは素早く身をかわす。そして長い触覚で獲物を察知したら後ろだろうが横だろうが絶対に目を離さない。カマが届く距離まで近づいて相手が動くまでじっと待つ。そうして相手の反応速度を伺うのね。そしてそれより速い反射神経と強力な腕力で一撃でしとめる。人間でもそういう人っているんじゃない?あたしが人間の女性だったら、いい男みつけても、すぐには手を出さないわ。わざと目立たない格好して近づいて、じっとチャンスを窺う。そして相手の隙を見極めたら一瞥で射止めちゃう。食って殺すかどうかは、そのときにならないとわからないけど。 2006年10月9日

りんき



ワタシは女優。それが僕の歩く道?っていわれたら、まだウーン…って感じだけど。去年くらいからドラマの仕事が立て続けに入るようになって今や超売れっ子、らしい。今、やってるドラマでは自閉症の人の幼馴染み役。最初、台本みた時は「エッ……」って感じだったけど、いざやってみると共感することが多くて、世の中には偏見が多いことに気づく。「自閉症」って病名だってそう。多かれ少なかれ誰だって自閉してない?それに気づかないから悲しい事件が起こるんであって。例えばワタシは今のところ芸能界では何とかやっていけてるけど、その「芸能村」を出たら…ちゃんと暮らしていけるかな?まあ、ダメもとだから、いつものように「まいっか」ですませるかな。才能がなかったんだ、なんて。でも、才能って何だろう?ドラマの中で自閉症の人を見てて「天才と狂人は紙一重」って思う。天才的な学者とか芸術家とかも自閉的な人って多いんじゃない?ひきこもらないと才能も伸びないと思う。「最近どうよ?」「まあまあ」なんて口を合わせてるのは凡才の証拠。社会も凡人にあわせてできてるから偏見が偏見を生んで、その常識が狭くなると、はみだしちゃう人も増える。ドラマではそういうのをなくしていこうって内容になってる。ワタシたち日本村の「ふつう」だって、外国じゃ通用しないかもしれないし、そうやって村意識をなくしていけば世界中の人が仲良くなれるでしょ!?このドラマがその出発点になればいいな!なんてね。だけどワタシも自閉症の人みたいにパ二ックって「わーーーーー!」って叫べたらなって思う。そうやって感情を表に出すのがワタシは苦手だ。ドラマの中だから泣いたり怒ったり色目使ったりもするけどプライベートでは恋愛にしても淡白って言われるし。だからモデルの仕事なんかできるのかもしれないけど「悋気は女の七つ道具」なんていうからドロドロの不倫劇とかも演じてみたい。だって家庭村を飛び出した先に世界村もあるわけだから。 2006年10月10日

きやすめ



どうして親って勉強!勉強!ってうるさいんだろ?今、高校受験に向けて塾に通ってるんだけど、勉強なんかしてわかるのは知らないことだらけってことくらいじゃない?それがわかってりゃそれでいいじゃん。「俺は何でも知ってるぜ」みたいな奴が世界を滅ぼすにきまってる。だから大学なんかも行きたくない。学がないより字がないほうが嫌だ。字は何よりもその人を表してると思うから。うまいとかキレイっていうより、まっすぐな字がいい。クラスにすごく好きな字を書く子がいる。ペンなのに右払いとか丁寧で。性格もまっすぐで人を疑うことをしないからすぐダマされちゃう。ダマされても人を憎まないから気休めにゲーセンでUFOキャッチャーやったりしてる。「あんなのぬいぐるみとかばっかじゃん。欲しいもんなんてあんの?」「あるよ!ある、ある!」そういう彼はとってもイキイキしてる。ボクは習字やってたくせにノートに書く字はいい加減。筆をもったときだけまっすぐ書く。こないだも学校で「祝創立百周年」なんて書かされた。だけど卒業文集は活字にしてもらいたい。そんなところに個性とか表現なんかしたくないもん。小さい時、書道教室に柄の悪い子がいたんだけど、その子の書く字がめちゃくちゃ立派なんで人は見かけによらないなって思った。反対にカワイイ女の子でもひどい癖字だったりするとガッカリする。そういうのも偏見なのかもしれないけど目立ってる人がみんないい人格とも思えないからいい字書く人を信用することにしてる。最近ある作家が好きでよく読んでて、その人は四十過ぎなんだけど自分の人格がわからないっていう。そんならボクなんか一生わからないや。きっと勉強すればするほどわかったつもりになるんじゃない?だったら、このままでいいや!勉強なんてやめちゃえ!なんて…こんなのも気休めなんだけど。ボクは気休めで一体、何をキャッチしてるんだろう? 2006年10月11日

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