狂 言 
 忍 池 抄 



(二) (三) (四) (五) (六)

まゆ ゆめ めぐり りひ ひあそび びめい いじる るつぼ ぼや やまし しんわ わな なやす すきま まつ つわり りつめい いのり

まゆ



あたしは三歳の記憶を覚えてる。あのときも、今のように不自由の身だった。伝言サービスで知り合った男に監禁されて半年。いつしか、あたしは男が昔の母親のように思えてきて、恐ろしい反面、抵抗できない状態に陥っていた。男は、母親のように何でもしてくれる。食事、排泄、入浴…それにセックスまで。ここにはカレンダーもテレビもない。三歳の頃と同じく、世間から切り離されている。こうなる前のあたしの生活をちょっと思い出してみると、いつも何か不安に追われていたように思う。誰でも小さいときの思い出が鮮烈なのは、安全な繭の中にいるからだろう。あたしは他にどうすることもできないので、赤ちゃんみたいに微笑む。追い込まれて思考不能になると笑うしかできないみたい。すると男は母親のようにあたしを抱く。別にこの男が好きなわけじゃない。こうされるしかないから抵抗しないだけ。一回だけ、男が留守のとき、あたしは鍵を開けて外に出てみた。男はあたしがいないのに気づいて、方々を探し回ったらしい。あたしが部屋に戻ると、男は別に怒った様子もなく「家に帰りたい?」と聞いたので、あたしは首を振った。久しぶりに出た外界のほうがよほど恐かったから。すると男は切ない顔で言う。「こんな不自由な身にしてすまない。オレは親に捨てられて大きくなったせいか、いつ捨てられるかと不安で、いつもこうなってしまう」涙をこぼす男を見ていると、あたしは抱きしめたくなる。思えば、世間にはいろんな監禁施設がある。刑務所、病院、学校…そこで罪人になり、病人になり、生徒になる。社会そのものが安全な繭だ。あたしの魂は、それでは安心できず、三つ子でいるのが一番しっくりしただけ。でも、誰だってそうじゃない?忘れてるだけで。 2006年8月11日

ゆめ



あたしは小学校のとき、カッターナイフで友達を刺して死なしてしまった。あれから同級生の子とは別々の生活。今頃、夏休みだから、みんな海やプールに行ってる頃だけど、あたしは独りぼっち。水着なんて何年も着てないや。だけど、いまだにわからないのは、「人間は生き返らない」ということだ。もちろん、ゲームとかゾンビーみたいに死体が起きあがるとは当時だって思ってなかった。だけど、大人が「死んだら終わり」っていうのがいまだにわからない。死んだこともにないのにどうしてわかるのかと思う。あたしはいまだにゲームとかマンガ、ブログとか好き。大人はそういうのは現実逃避だっていうけど、そういう夢の世界で暴れたり、闘ってないと物足りない。昔の人だって、芸術とかスポーツで生活を補ってたと思う。そういえば、最近、面白いお爺さんに会った。「日本はなんで戦争に負けたの?」って聞いたら、変な顔して「負けたんじゃない、終わったんだ」って、まるで運動会かお祭りが終わったみたいな言い方。その人は通信の仕事をしてたっていうから、それじゃ、ゲームと同じだなと思った。「戦争はもうこりごり?」と聞くと、首を横に振った。思えば、あたしがハマってる遊びなんかも、この人のやってた仕事みたいなもんだ。ってことはどっかで今も誰かが死んでるのかな?アフリカじゃ、毎日何千人も餓死してるっていうし、テロの犠牲者も多いし。その原因は案外、あたしたちの、この豊かな生活なのかも。でも、こんな現実からほんのひととき脱線しても、また揺り戻されるのも現実。また脱線して、また戻される。人生はその繰り返しから逃れられないみたい。あたしは、死ぬってことも案外、そんなもんじゃないかって思う。だから死んだら終わりじゃなくて、また揺り戻されるんだろうなって。ずっと静かに眠ってたいのに。夢の中で。 2006年8月14日

めぐり



わしは今年いくつになるんじゃろう?その前に、今年は何年じゃったか?還暦の頃までは、まだ世間についていっとったんじゃが、最近はとんとご無沙汰。妻は、そんなわしがボケとるんじゃないかと心配しておるが、そんな妻のほうがめっきりシワくちゃ婆さん。わしはランニングシャツから土方みたい日焼けした腕出して、鼻歌混じり毎日欠かさず散歩。だいたい同じ道を四時間くらいかけて歩く。蝉の初音を聞いたり、沈丁花の匂いに足を止めたり、小さな季節を発見するのが楽しみ。この年になると時間は「すぎる」じゃなく、「めぐる」もの。外の世界だけじゃなく、からだの中も思い出はめぐる。消えては浮かぶ面影の数々は、いつまでも変わらず胸の中。ずっと一緒の妻だけが、変わり果てて、すぎた時間を感じさせる。妻から見れば、わしはボケており、わしから見れば、妻はフケておる。この差は、思うに「めぐる」と「すぎる」のすれ違い。妻は世間話をよくする。「愛子さまも、あんたみたいに笑わないのよ」「へえ」「雅子さまの悲しいお気持ちを察してらっしゃるのかしら」「じゃあ、わしもそうなのかもな」「なんで、わたしが悲しいのよ?」人間も自然もめぐるもの。それだのに世間はどんどん過ぎゆく。思い出も悔恨も忘れて歴史を刻むばかり。ボケ老人をつくっとるのは、そんな忙しない世間だと思う。わしはフケるくらいなら、ボケる方がいい。めぐるのが自然だから。昔の祭りとか行事は、暦とともにめぐるものだったのに、いつから左から右へ定規で線を引くようになったのか?「お前も新婚の頃、ムスッとしとったぞ」「忘れたわ、そんな大昔のこと」「こんなはずじゃなかった、なんて」「あら、そうだった?」めぐる時間を生きておれば、無闇に笑ったり、悲しんだり、怒ることもない。そういうのは車輪がきしむ音みたい。わしは竹とんぼみたく、力つきるまで飛ぶつもり。落ちたら踏まれようが、蹴飛ばされようが知ったこっちゃない。 2006年8月16日

りひ



オレの学校は、甲子園に出場するはずだったが、暴力事件を起こして出場停止になった。最近、ある有名人がオーナーになってるクラブチームでも暴力事件があって解散しそうになった。「やめないで」っていう声援があったけど、あのオーナー、ホントは、やめたかったんじゃない?うちの学校でも生徒の暴力沙汰を恐れてるのは先生の方。それは手に負えないって言うより、自分の立場が危なくなるから。選手の方はといえば、野球でメシ食う気なんかないから、遊びとわきまえて楽しむだけ。暴力事件が起きたのも、遊びが遊びでなくなったからで、その理由は詳しくは知らないけど、いろんな圧力があったんじゃないかな。大人しく従うことに利益があるのは、それで将来が保障される場合。いくらアメをもらっても、ムチとつりあわないんじゃ、別の方向に気がいくのも当然。早い話が、正道じゃ楽しめないから、もっと邪道な遊びがしたくなる。所詮、人間は理非をわきまえるだけじゃ生きてけない。「わきまえる」から、「わきまえない」がしたくなる。何に対しても程々に、なんて五十過ぎのおっさんならいいけど、オレら十代には無理。これで死んじゃってもいい!ってくらい、それをせずにはおれない時がある。思うに戦争とか犯罪だって、後悔するとわかってやるヤツはいない。交尾の後に死ぬ生物だってあるし、昔は出産で命を落とす母親もいたっていうし、生きてるってそういうもんじゃないかな。今は、何かやる前にわきまえることばっかりだから、殴って血が出て、やっと「ああ、生きてる」って思えるし、死にかけて「ああ、生きててよかった」って思える。仲間なんか信じて甲子園の土をせっせと掻き集めてるヤツにかぎって、後悔するんだろう。 2006年8月18日

ひあそび



私はイラクに派遣された自衛隊員。こちらに帰ってきてからは、静かな生活を送っている。同じようにイラクから帰還した米兵の中には、重度の心的外傷で自殺した者もいるという。幸い、私の場合はさほどの実戦を経験してないので日常との違和感は今のところない。しかし、夜中に物音で目覚めることはよくある。それほど非日常的な昂揚状態にいたのである。本来、平和は喜ばしいことであるが、何か脱力感のような空しさも感じる。それが戦争中毒である。そんな戦場体験で確信したことは、戦争は火遊びに似てるということ。そして、みんな花火が好きなように、戦争もやがて好きになるということ。日本人は一度狂うと竹やりで戦車に突進するようなバカもやりかねない。長い戦争の歴史を持つ中国が危惧するのも解る。今度の政権は確実に憲法改正を目指してくるだろう。自衛軍と称して世界中の戦場に送り込めるようにする、ということは犠牲者もたくさん出るということだ。靖国神社に祀られる人がさらに増えるだろう。しかし、国土を侵略から守る為に死ぬのと違って、わざわざ外地へ出ていって死ぬというのは、果たして何の為の死なのか?それが大義だとか国益というのか?私は今の平和憲法の上で活動することに誇りを持ってきた。しかし、もし今度また戦地に行けと命令が出たって私は従わない。牢屋にぶち込まれようが火遊びには手を貸さない。政府が世論を巻き込んで狂気に走るなら、個人が国家や憲法を捨てるしかない。彼らは政治では戦争はなくせぬことをまたしても歴史の上に刻印するだけだから。 2006年8月21日

びめい



 オレにとって、あの歌との出会いは、まさに「人生の最初の日」になった。その歌は「自分自身の中にすべての未来がある」と歌っていた。もう何処にも行く必要はないと確信したオレは一心不乱にギターの練習をした。みんながすごいというギターヒーロー、アルバートのマネをしまくった。彼と同じギターとアンプを手に入れて、同じように太い弦を張って、同じように音をベンドしまくった。気がついたら、オレの奏法はマシンガンのようだと言われた。オレの生まれ育ったアイルランドは、昔から戦闘が絶えない場所だったから、それは自然なことだった。オレの出す爆音によって観衆が歓喜するのがたまらなかった。人間同士が殺し合う衝動が、音楽によって満たされるなら、これ以上の平和への祈願はない。あの頃は、ちょうど米ソが冷戦時代で、誰もが平和を望みながら内なる衝動を持て余していたから、オレはどこへ行っても人気者になった。しかし、オレはそれだけでは気が済まず、かつて信奉したヒーローを葬り去らなければならなくなった。彼らをゲストに迎えたアルバムで、彼らの音をズタズタにマシンガンで撃ち殺した。彼らを信奉する人々からは「やりすぎ」と批判されたが、王者アルバートはセッションの最後にこういった。「フィルモア・ウェストでヘンドリクスに本物のブルーズを教えてやってから二十年。わしも老いぼれたもんだな。人間の死に方には、情死と殉死、それから戦死しかない。戦士にとって美名に隠れて生き延びるのはもっとも辛いことだ」彼の築き上げた古城は、すでに荒城となって、その往生のときを待っていたのだった。オレのマシンガンもいつかそうなる日が来るのだろう。 2006年8月23日

いじる



僕はホームヘルパー。今日も四件の身体介護をこなした。月給はだいたい二十五万くらい。僕も今年で二十五だから、そろそろ身を固める年齢だけど、こんな収入じゃ、とうてい結婚なんて無理。子供なんて一生つくれそうにない。つくづく情けない。そんな僕の心の支えは、こんな僕を頼ってくれるお年寄り。彼らも僕以上に社会的弱者だ。介護なんて昔から肩身の狭い者同士がいじり合うようなもの。姑が嫁を教育と称していじり抜いて、嫁がその仇を恩で返すみたいな。人間はつねに自分より弱い者をいじってないと自尊心を保てないみたい。ペットや子供をかわいがる人も、彼女に無償でセックスをさせる男も、生徒や部下を服従させる上司や先生も、ゲームやクルマみたいに物言わぬオモチャで遊ぶ人も、正義と称して他国に派兵する国も、合法的に弄ることで自尊心を保ってる。だけど、みんなホントは独りじゃ恐くて死んじゃう。何もせずボーッとしてられる人が一番つよい。最近、東京の老人ホームで性的虐待事件があったけど、僕の場合、逆にお年寄りにセクハラされる。汚らわしい陰部を「もっとキレイに洗って!」とか、台所で洗い物してたら後ろから握られたり、僕の方がいじられてる。世間じゃ、子供や女性、お年寄りばかり被害者扱いするけど、仕事上ノーといえない僕だって被害者だ。誰もいじる相手がいないから、僕はヤケになって自分をいじり抜くつもり。いつかその仇を恩で返されたりして!? 2006年8月27日

るつぼ



世間では芸能人がバツイチ、バツニやなんて自慢しとるが、俺様なんざバツハチや。再婚は何回までッちゅう法律でもできんかぎり俺様はこれからも離婚するやろな。なんでかって?そりゃ、強姦罪で逮捕されてみいや、もう女とデキへんやろ?あくまで女とは合法的にやるっきゃねえからな。なら、カネ払って商売女とやりまくりゃええやん、て?それもなんや物足りねえ。セクスの醍醐味っちゅうもんは強姦、いや、合意の上やから「合姦」やけど、しいて言やあ「豪姦」やさかいな。「ハメたわね!」「いや!いや!」なんてジタバタされながら、一番恥ずかしいとこ嬲っとるうち、いつの間にか濡れ濡れになって「カモン、ミー!」なんて言わしめる。そういう興奮のるつぼこそ、男も女も燃えるんや。そやから女が嫌がらねえのはおもろうないんや。昔から「嫁と畳は新しい方がええ」なんちゅうのも、結婚して二三年もたつと恥じらいがなくなるからやな。俺様が離婚を繰り返す理由はそこや。そやけど、近頃の女ときたら最初ッから恥じらいがねえ。小学校ンときから男女共学やさかいしゃあないか。アチラさんから腰動かしてこられた日にゃ、興ざめやな。そういや、昨日の新聞に京大のアメフト部員が、鍋パーティーで酒に酔った女、強姦して捕まったッちゅう事件あったけどな、気イ失っちまう女もアホやけど、そんなカモしか相手にできへん男もしょうもないな。AVだのエロ本だの嫌がらないオンナばかり相手にしとるやさかい、そうなるんやないか?けどな、いくら百戦錬磨の俺様でもな、最近はドメスティックなんたらッちゅう野暮な話があんねん困っとる。世はまさにオトコもオンナもねえ、るつぼやな。 2006年8月29日

ぼや



あるタレントがあたしに似てるって友達に言われてるうちに「もしかしてあたしも有名になれるかも」って思うようになって、何度かオーディションを受けてみたけど、現実はそんな甘いもんじゃなくて、希望よりも落胆がつのる毎日だった。そんなとき、あたしの傷ついた心を慰めてくれたのは火事だった。たまたま近くであったボヤを見物しに行ったとき、火事がこんなに気持ちいいって初めて知った。ガスコンロやライターの安全な火とちがって、本物の炎はあたしの魂を揺さぶる無限の力を秘めていた。「このまま世界が全部、炎の海になっちゃえば楽しいのに!あたしの夢と一緒に消えちゃえばいい!」そんな欲望を抱くようになって、気がついたら、あたしは放火魔で逮捕されていた。牢屋の中でいろいろ考えた。「ホッ」と「スッ」のちがいについてとか。長いハラハラから解放されて「ホッ」とするよりも、今したい!ことをすぐして「スッ」としたほうが気持よかったから、あたしはタレントより放火魔になったんだと思う。反対に「ホッ」とできない心のぼやきがボヤを起こさせたんだ。もう二度とボヤに「スッ」としないですむように、どんな小さなぼやきでもすぐに「スッ」と消そうと思う。 2006年8月31日

やまし



捨て子だった俺は物心ついた頃から万引き、すり、空き巣、詐欺…ありとあらゆる泥棒を働いてきた。そして、そのカネはほとんど賭博に費やした。昔ッから江戸っ子は宵越しの金は使わねえってんで、俺もつい散財しちまう。貧乏するほど贅沢したくなるもんで、一生働かなくてもいいほどのカネが手に入っても、ついまたカネを求めちまう。思うに、欲望と本能はちがう。欲望ってヤツは、ついやりすぎちまう。気づいたら借金とか苦痛を背負ってる。ところが、本能ってヤツは、必要しか求めねえ。痒いとこ掻きすぎて血イ出すなんてバカはいねえ。俺がホントにしてえのはそっちなんだ。欲しいのはカネじゃねえ。イッちまいそうなスリルが欲しいんだ。ただ、野生の勘をビンビンに働かせてえだけだ。俺がこんな山師になったのは、やましい生まれだからだろうが、それは俺のせいじゃねえ。おふくろのオッパイなんて知らねえで育ったんだからカネしか信じらんなくなるのも仕方あるめえ。けど、俺も歳とったせいか、カネもなんだかつまんねえ。イノチがかかってねえから、ちっとも気がイケねえんだ。そろそろホントにイッちまいてえのかもしンねえな。近頃じゃ、俺の勘は大自然に大共鳴しやがる。グラグラッとかゴロゴロッとくりゃ、ブルブルッとする。血が騒ぐってヤツだ。虫の知らせでもありゃ、ただちに出発の支度だ。昔の俺ならドサクサにまぎれて一攫千金と行くところだが、今の俺はその危険な山場であえて命懸けのサバイブがしてえ。それで死ねたら山師の本望だ。 2006年9月3日

しんわ



私はインドの天文愛好家です。欧米社会では冥王星が惑星かどうかで騒がれているようですが、私が今夢中になっている星は、地球から150光年離れた「HD188753Ab」という系外惑星で、なんと3つの太陽を持っています。三重連星自体はそれほど珍しくありませんが、そこに惑星が発見されたのは珍しいのです。一体、この星の一日はどんな風に明けては暮れるんでしょう?そこに人類が住んだとしたら、神も3つ必要なのでしょうか?私たちの常識などは一切通用しないかもしれません。もっとも、科学の常識が通用するのも欧米社会だけでしょうが。そもそも、1+1=2という公式が一つの仮定でしかありません。科学だけでなく、聖書にある処女受胎の神話なども、最初の仮定そのものに大嘘があると考えるのです。わがインドには数千年の昔からアーユルベーダやカーマスートラといった教典があります。これらは経験に基づく教えであって、実験に基づく理屈とはちがうと思います。経験といえば、あれは私が三十五のときでした。突然、私の前に現れた美しい人に私は恋をしました。その人も恐らく私に運命を感じたのでしょう。二人は溶けるように愛し合いました。そして、その人はサヨナラもいわずに去っていき、私もそれを運命として受け入れました。そして、その直後、私は1+1=0という定理を発見したのです。私たち二人が完全な愛で無心になったように、私たちの存在はすべて無に帰する運命にあり、頭の中にある一切は神話の断片にすぎないと悟りました。今日もまた夜空に未知の惑星を探すのは、私の神話を完成させたいわけです…米国人が発見した冥王星を除外して、太陽系神話を我がモノにしたい欧州と同じく。 2006年9月4日

わな



ボクは彼女イナイ歴十九年の高専生。けど最近、好きな子ができた。その子は同じ研究室の子で、今まで女の子と付き合ったこともないボクにとってはドキドキの毎日。一応、ボクの方が成績いいんで、いろいろと勉強のことを聞いてくる彼女に親切にしていた。情けは人のためならず、でボクにとっても勉強になると思ったから。でも、実は違った。ボクは利用されていた。実は彼女はずっとKと付き合っていた。風の噂でそうと知るまで、ボクは何も知らず、罠にはまっていたんだ。急にバカらしくなってシカトしてたら、Kに呼び出されて殴られた。きっと彼女がチクったんだ。ボクも男だから黙って引き下がれない。それで昨日の朝十時、彼女を研究室に呼び出した。「…Kのどこがいいんだ?中身ペラペラじゃないか」「Kくんは、そんな風に人の悪口は言わないよ。すごくやさしいし…」「そんなのスケベに決まってる!」「そういうキミの方が下心見え見えじゃない」まさか、死ぬとは思わなかった。揉み合いになって気づいたら彼女は冷たくなって首にコードがぐるぐる巻になっていた。だから、今こうしてミニバイクで逃走してる。逃げ通せないのは分かってるけど、自首するくらいなら死んだ方がマシ。「女に振られたから殺した」なんて口が裂けても言えない。親に見せる顔もない。だけど、親の時代はいいなあ。モテなくても結婚できて、勉強すればそれなりにエラくなれて。ボクなんかいくら頑張ったって先は見えてるし、せめて結婚で幸せになるしかないのに…あーあ、ボクがイケメンだったら、こんな事にならなかったのに!だいたい「イケメン」って何だ?マスコミが勝手につくり上げた虚像じゃないか。そんな罠にまんまと引っかかってバカな女共が。だけど、そんな女の甘い罠に引っかかったボクはもっとバカだった。だから、その罰で自分を罠にかけて死ぬつもり。首吊る縄も買えたし、あとは丁度いい場所を探すだけ。だけど、縄を買うとき顔がバレてたらお終いだったな。未成年でよかった。 2006年9月8日

なやす



今年で七十五になる助産婦です。長年、多くの母子を見てきて感じますのは、昔に比べて大きな赤ちゃんが産まれにくくなっていることです。その原因は、胎児の頭が身体の割りに大きくなっていることと、母体の産道が狭くなっていることです。わたしが仕事をはじめた頃といいますと、十月十日が過ぎてもなかなか産気づかないこともよくありまして、それでも自然分娩で四千グラムくらいの赤ちゃんが産まれたものでした。ところが今では栄養がいいせいなのでしょうか?それとも悪いせいなのでしょうか?胎児の頭が産道を通らなくなってしまう恐れから陣痛促進剤で早めに産ませてしまうことが多いのです。最近の子供はキレやすいとか、アトピーや喘息、アレルギーになりやすいのも、そういった早産のせいではないかと思います。いくら哺育器に入れても、胎内で育った丈夫な子にはかなわないと感じます。このままいきますと、ますます早産化が進んで「十月十日」は「九月九日」になるのではないでしょうか?自然分娩の場合、産気づくのはたいてい夜中ですから、当直はほとんど眠れません。助産師のなり手が少なく、職員の定着率も低いのは、そんな重労働のせいでしょう。高齢出産も増加していますから、技術的にも楽な帝王切開が増えるのは仕方ないのですが、麻酔や手術による合併症の危険も高く、米国や韓国などでは減らす方向にあります。一人目は帝王切開で産み、二人目は自然分娩にしたいという場合、両足にお灸をすえる方法もありますが、あまりの熱さにビックリされる妊婦も多く、うちの助産院では母乳相談に来る母親の乳もみと並行して、コケシのような電動器具を使って産道をなやすマッサージも施しています。この方がお灸のような熱い刺激もないし、かえって育児疲れがスッキリすると喜ばれるようです。ですが、ときどきバカバカしく思います。何で婆さんのわたしがこんなことしなきゃならないんだろう!ダンナがすりゃアいいものを!なんて。 2006年9月10日

すきま



いつでもしたくなったらしていたヨ。カノジョの体が僕の体の一部みたいだった。僕のアパートにカノジョが鍵を開けて勝手に入り込んでくる。休日で布団にもぐっていると「ね〜、ね〜」といって猫みたいに布団にもぐり込んでくる。暖房もろくにない、すきま風の入る寒いアパートには布団ほど暖かいものはない。それと、人肌。「テレビはいらない」といっていたのに、ゲーム機まで一緒にカノジョが持ち込んだ。一度か二度やっただけでテレビもつけない。新聞もとらない。会社にいけばあるし。新聞屋がしょっちゅう勧誘にくる。「プレスリー懐かしいっすね!昔のレコード好きなんすか」人んちのインテリアをみて、やたらホメちぎって、洗剤をドッサリ置いて去っていったかと思うと、数日たってまたやってきては…「うちは新聞とりませんヨ」「もらうモンもらっといて、それはないでしょう」「そっちが勝手に置いてったんでしょう?」「ドロボー!」「どっちが…」世間には「どっちが…」といいたくなることが多い。みんな人のことをいってるつもりで自分のことしかいってない。だったら、ホメあえばいいのに。それはそうと、いつでもできることばかりしてると「今しなきゃ!」を忘れる。カノジョの性器が自分のモノみたいになるということは、セックスもオナニーになるということだ。互いの体を弄びながら、結局、二人で自慰してるだけ。いつでもできるからそうなる。「今でなきゃ!」を保つには「いつでも…」は極力、捨てるべし。そう思うより早く体は動くもので、気がついたらライトバンを借りてアパートを引き上げる支度をしていた。一緒になって掃除してくれるカノジョのシャツの裾からはみ出した背中が侘びしい。「ほんとにいっちゃうの…」寂しそうにつぶやいた。振り返ってはいけない。この生活から逃げ出すには「今でなきゃ!」車のバックミラーに映るカノジョをふと見て肝に銘じる。振り返ってはならない、と。今から生まれ変わるんだ。「いつでもできない」けど「今でなきゃ!」のために、すきま風と共に去りぬ。 2006年9月13日

まつ



俺はガキの頃から待つことを知らなかった。ムショから逃げ出したのも、このまま死ぬのが待ちきれなかったからだった。そんな俺を拾ってくれたのが今の親父だ。親父ったって血のつながりなんかねえ。じゃあ、何で親父かって?命の恩人だからさ。俺は親父以外、誰も信じねえ。親父のいうことなら何でも正しいと思えるんだ。その通りやってきて今の俺があるんだから疑いようがねえ。野良犬みてえな俺が数万人の観衆の前でファイトできんのもすべて親父のおかげだ。むろんこのチャンピオンベルトは俺のもんだ。俺の実力でつかみとったもの。だけど親父なくしてはあり得なかったと思うから、俺は親父に捧げるんだ。そんな俺からすると世の中にゃ恩もねえのに神様みてえに祭り上げてるやつが多い。ただ血がつながってるってだけの親子とか、紙切れのつながりしかねえ女房とか先生とか上司とか、それすら何もねえ天皇とか…佑ちゃんとかも。思うにそういうやつらは自分がこの世から消えてなくなっちまうことに耐えらんねえから何でもかまわず祭ってんだ。日本がこんなに経済大国になれたのも死と向き合わねえで、せっせとカネだけ祭り上げてきたからだろう。今度は何になったとか、何を食ったとか、何を持ってる…なんて自慢してるようなやつの欲望なんて貧乏の裏返しじゃねえのか?周りが持ってて自分が持ってなかった頃の復讐してんだけじゃねえか。俺は一晩で数億のファイトマネー稼ぐ今だって何も持ってねえし、持とうとも思わねえ。持ったって仕方ねえんだ、ボクサーは。つねに死と隣合わせだから。応援してくれるファンに感謝はするけどサインなんかしねえ。ただ俺は勝つだけさ。野良犬同然だった俺がドッグファイトじゃなく、リングの上で人間として扱われるためには勝ち続けるしかねえんだ。リングに立てなくなって死ぬまで待つくれえならリングの上でくたばっちまう方がマシ。リングは俺にとっちゃ栄光の舞台であり墓場だからさ。 2006年9月15日

つわり



妊娠二ヶ月の妻が悪阻で苦しんでる。「気持ち悪い?」「二日酔いとおんなじだよ」「じゃあ、吐いたらすっきりすんじゃない?」「全然すっきりしないよ。すぐまた吐きたくなる」妻は気づいてないかもしれないが、彼女はあの最中にもよく漏らす。じわーっと私の股間に広がる熱感はオシッコに違いない。音は出さないがオナラもよくする。ゲロもそうだろうが、不意に締まりが緩むからには、よほどそれどころじゃないんだろう。感激の涙もそうだけど、そういう時って頭が真っ白になって心地よかったりする。なぜって頭の中の決まり事を全部とっぱらっちゃうなんて、そういう瞬間でないと滅多にできないから。妻もそんなお漏らし情事の後は、熱烈に抱きしめてキスしてくる。それが何よりも感謝感激雨あられって感じで男の勲章って感じ。人間は生き物だからときには頭を空っぽに掃除しないと毒がたまる。それを吐き出せなくなると頭がカチカチ山になって無闇やたらに壊したくなったり、中には人を殺したりして危ない。「二日酔いと同じなら、悪阻も体の消毒だよ!」そういって妻を励ましたつもりだったが「てめえが酔わせたんだろ!」と叱られた。つまり、それどころじゃないらしい。 2006年9月16日

りつめい



私のもっとも尊敬する人物は織田信長です。私にいわせれば信長も新興宗教にはまったカルトな若者でした。そして彼が堕落した仏教徒を憎んだように私も堕落した民主主義を憎みかけています。私は小学校から私立校を受験し、いわゆる受験戦争を勝ち抜いて、一流の大学に進学しました。いってみれば民主主義をもっともあつく信仰してきた一人です。思うに信長も仏教をあつく信仰した結果、その堕落に落胆したんだと思います。そして彼が西洋の宗教音楽やファッションに心酔したように、私もコンピューター技術を駆使した音と映像の世界に心酔しています。何一つ不自由もない私がなぜ民主主義に落胆したかというと、一部の勝者だけが裕福な生活をして、多くの敗者が貧困と病苦に苦しんでいる世界の実情を目の当たりにしたからです。たぶん信長の時代の仏教もお布施といいつつ寺院の建立など自らの繁栄のみに費やし、民衆に還元することがなかったから、信長は自らの力によって政権を握り、民衆を救い、おごった連中を追放したんだと思います。先日、ある教団の教祖の死刑が確定した記事をみました。その教団は怪しいやり方で信者を募ったり、武装したりして、とても優秀な人間集団とは思えない幼稚さでしたが、それが戦後日本の目指した効率重視の教育だったと思います。何のために学び、働くのかという一番大切なものが抜け落ちているから若者は迷い、子供たちも荒れるのではないでしょうか?大人にしても倫理観を疑うような事件が多すぎます。今は情報の時代ですから、信長がもし今生きていたら武力のような時代遅れな方法はとらないでしょう。人々の心の奥底に募っている不満を自覚させることに腐心するに違いありません。私は臆病で怠け者ですから彼のような改革者になれるとは思いませんが、彼と同じものを信仰しているとは思います。それは立命ということです。リズムといってもいいでしょう。つねにそれさえ忘れなければ何を身にまとったっていいと思います。そしていつか現実が偽のゲンジツをひっくり返したとき、私は喜んでその新しいゲンジツを受け入れるでしょう。ですが、心地よいリズムが恐れや疑いの中からは起こってこないように、現実も立命の中にしかないと思っています。 2006年9月17日

いのり



私は東京消防庁の救急隊員。最近は簡単に救急車を呼ぶので困る。今朝も熱が四十度だというので駆けつけてみると血圧もいいし意識レベルも高い。酸素飽和度が九十とやや低い程度。これではどこの病院もなかなか受け入れてくれない。「ちゃんとした診察が受けたいんでしたら診察時間まで待った方がいいですよ」動揺している家族にそう伝えると「でも救急の方が順番待ちしないですぐ診てもらえるから」という。とんでもない!あんたらみたいなのが多いから!とは言えず仕方なく、あちこちの病院に受け入れを探す。今はどこの病院もいっぱいだから我々が右往左往しなければならない。救急隊を天から現れた救世主みたいに見るけど、単なる運び屋だし、医者だって神様じゃない。何より患者本人に苦しい!治りたい!という強い意志がなければ病気なんか治りっこない。先日、そんな我が家にも急患がでた。といっても十五歳の愛犬が危篤に陥ったのだ。あいにく私は勤務中で、女房も旅行にでていた。高校生と中学生の子供が犬をいつもの動物病院に運んだ。「パパ、早く帰ってきて!ランディ死んじゃうよ!」こっちだって死にそうだった。「ガタガタ震えだしちゃったよ。先生が痙攣を和らげる注射するかって聞いてるけど、どうしよう?注射すれば何時間かはもつって」「パパもママも立ち会わなくていいよ。君らがちゃんと見届けてやりなさい」「そんなー!冷たいなー!みんな家族じゃない。みんなで見届けよーよ!ぜったい注射する!パパが来るまで何回でも注射する!!」「バカ!いたずらにランディを苦しめるだけだぞ」私が病院に駆けつけたとき、ちょうど子供らが大きな箱を抱えて出てくるところだった。「ランディがこんなに重いなんて…」歯を食いしばりながら必死に泣くのをこらえているようだった。「また犬飼う?」二人とも首を振った。ピーポーピーポー…遠くでサイレンがなっていた。今もあちこちで救急隊が右往左往してる。愛犬の死に立ち会えた子供らは幸せだ。なぜって祈りを捧げられたんだから。祈りを忘れるから生死をさまよう。私は天命には逆らわないつもりだが、延命には逆らう。これ以上仕事以外で右往左往したくないから。 2006年9月19日

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